Rauber Kopsch Band1. 31

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II. 筋 系Systema musculorum, Das Muskelsystem

(筋学Myologia)(人体の筋学MuskellehreはP. Eisler, Die Muskeln des Stammes. Jena 1912, 更にFrohse und Fränkel, Die Muskeln des menschlichen Armes. Jena 1908およびdie Muskeln des menschlichen Beines, Jena 1913に詳述されている.--筋の作用MuskelwirkungについてはR. Fick, Handbuch der Apatomie und Mechanik der Gelenke, Teil IIIに詳細な記載がある.(原著註)

A. 筋学総論Allgemeine Muskellehre

1. 序論

 原形質はすべて,収縮する性質をもっている.筋組織においては,この性質がはなはだ高度に達していて,一定の様式に発現し,複雑な法則のもとに置かれている.

 生体がもっているこの種の能動的な運動素材の全部が,横紋筋・平滑筋・心筋という3つの相異なる形にわかれている(59頁参照).前の2者はからだの中で広汎に用いられていて,横紋筋は特に骨格の各部の運動に使用され,これに反して平滑筋は特に内臓領域の運動に使用されている.

 骨格の各部相互の運動は,体を全体として空間の中で動かすのに必要であり,また上肢がなすことのできるあの多種多様な活動を遂行するために必要である.筋の活動によつ{生ずる体幹の拡張および縮少が,呼吸を可能にする.筋の活動は明瞭な言語を発するうえに,更にまた他の型の発音を行なううえに重要な役割をなしている.筋の活動は感覚器の働きにも大切な役目を果している.食物の摂取およびそれを腸管内を運ぶのも筋の活動こよるのである.体内を循環する体液全部の流れは,やはり筋の活動によって維持されている,筋の活動によっておこる仕事の価値を知るためには,自然のありとあらゆる営なみにおける運動現象のもつ意義をはっきりと掴まなくてはならない.

 平滑筋が体内で用いられている面積の広がりは骨格筋に劣らないとしても,骨格筋はその総量においては平滑筋を著しく凌駕している.その量が多いことの一因は骨格筋が両側性の任務をもつことである.すなわち成人の骨格筋の重さは平均して約30kgであるが,平滑筋はこの重さの一小部分にしか当らない.

 平滑筋は層をなしているとしても,なお本質的にはたがいにつながりつつ広がっていて,ごく稀れにかなり一定した配列を示すに過ぎないが,骨格筋の配置はそれと違った法則に従っている.すなわち筋全体が非常に多くの個々の部分に分けられていて,これはMuskelindividuen(個々の筋の意)またはMusculi, Muskelnと呼ばれている.後者はその働きが骨格に及ぶことができるように,一定の様式に従って骨絡に固着している.300個以上の別々の骨格筋があり,これらは規則正しく分布して骨格を運動させる器官としての役をなしている.

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 Eislerが総括したところによれば,全身に存左する筋の数は次のごとくである.すなわち対,をなす骨絡筋327対と対をなさぬ筋 2個,さらに内臓および感覚器に属する対をなす筋47対,対をなさぬ筋2個である.骨格筋は,頭部に25対と不対のもの1個,頚部に16対,項部および背部に112対,胸郭に52対と不対のもの1個,腹部および骨盤に8対があり,また上肢には各側52,下肢には各側62の筋が存在する.

 筋肉が骨に対して,必然的に密接な,しかも重要な関係をものということは,筋肉と骨の両系統の機能的立場を考えればすぐ明らかとなる.この観点からすれば,骨は受動的運動器passiver Bexvegungsapparat,また筋は能動的運動器aktiver Bewegungsapparatである.ごく少数の横紋筋だけは外皮と密接な関係をもつのである.この筋は骨格の筋からは区別されて,皮筋Musculi cutanei, Hautmuskelnとよばれる.

 特別なものとしていわゆる"funktionslose Muskeln"(はたらきのない筋)がある.これは同一の骨の2点間,あるいは不動的にたがいに結合している骨の間に延びたまま張られているもので(顔面の種々の骨膜筋束Fasciculi periostales,翼突棘筋M. pterygospinalisなど),普通の意味ではその機能が考えられないのである(E. Cords. Z. Anat. u. Entw., 65. Bd.,1922).

2.筋の形と付き方

 筋には短いもの,長いもの,幅の広いものがある.この点では確かに骨と似ている.そして骨の長さや幅がすこぶる多様であるように,筋の形もまた同様に種種雑多である,各筋に起始, 走向および停止が区別される.起始Ursprungとは,不動であるか,あるいは両付着端のうちで動きが少い方の付着端をいう;停止Ansatzとは,動きが多い方の付着端,または体幹からいっそう離れた付着端をいうのである.起始および停止は多くは腱の仲介によってできている.筋の起始部をCaput, Kopf,停止部をSchwanz,中間部をKörperまたはVenter, Baecchと呼ぶ.

 筋の頭はいつも1つだけというわけでなく,2頭性や多頭性の筋がある,例えば上腕二頭筋,上腕三頭筋,大腿四頭筋などである.同様に多くの筋が1個だけの停止腱をもつのではなくて,いくつかの腱をもっている(すなわち多尾筋mehrschwänzige Muskeln),例えば長指屈筋や長指伸筋がそれである.またいくつかの筋腹をもつ筋がある.例えば肩甲舌骨筋,顎二腹筋,腹直筋(図492).これらの筋は,1個あるいはそれ以上の数の中間腱, すなわち腱画Inscriptiones tendineaeによって2またはそれ以上の数の筋腹に分れている.これら多腹性,多頭性および多尾性の筋はすべて,単一筋einfache Muskelnに対して複合筋zusammengesetzte Muskelnと呼ばれる.

 筋はみな骨に始まり骨に終るとは限らない.多数のものは,その全部あるいは一部が軟骨,靱帯,線維性の膜,外皮に始まりあるいは終る.

 起始および停止の形は点状, 線状または面をなしていることがある.線状および面をなしている起始あるいは停止は直線的の境をもつこともあり,鋸状線または任意の複合線や面をなしていることもある.これによって腱の形も当然に影響される.

 両付着部のあいだにおける筋の走向は,一般にはかなり真つ直ぐなものである,しかし弓状あるいは円蓋状をなす筋もあり(例えば横隔膜),そういう筋は正にこの変つた走向により,特異な作用をあらわすのである.なおまた,長い筋ではしばしばその走る方向が途中で転換すること(Ablenkung)がある.この走向転換は,骨の突出部によるか,あるいはその腱を固く保持する靱帯の条によっておこる.

 筋はその筋が起つた骨の直ぐ隣りの骨に付着するか,あるいはその筋の停止が1個または2個以上の骨を越えている.それゆえ単関節性の筋eingelenkige Muskeln と多関節性の筋mehrgelenkige Muskelnとを区別する.

 筋肉が腱に対して如何なる関係になっているかは特に考慮を要する.筋線維は種々異なる様式で腱に付着するのである.

 腱は筋肉の側面を1つの面だけ,あるいは2つの面またはぐるりと全面を取り囲んで広がることがあり,また極めて多様な形をして筋肉の内部に入り込んでいることもある.その際,筋線維の走向は筋ならびに腱の縦走する方向と平行であったり,あるいはそれ等の長軸に斜めになっている.

 上述の点から次の分類がなされる,すなわち筋が両端に向って次第に細くなって腱に移行するときは紡錘状筋M. fusiformis. spindelförmiger Muskel;筋線維が腱の1側に停止するときは単羽状筋M. unipennatus. einfach gefiederter Musfeel;筋線維が両側から腱に付着するときは羽状筋M. bipennatus, doppelgefiederter Muskelという.

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関節包に終る筋を関節包緊張筋Kapselspannerといい,例を挙ぐれば膝関節筋M. articularis genusがあるが,しかしこの作用は関節のそばを通りすぎる他の骨格筋によっても副作用として行なわれる,その例は半膜様筋M. semimembranaceusである.--輪状に配列した筋,すなわち括約筋M. sphincter,輪筋M. orbicularisは腔所を閉ざすようにはたらく.その例は眼輪筋,口輪筋;肛門括約筋,幽門括約筋,臍胱括約筋である.

3.筋の補助器官

 数多くの特別な装置が筋肉と機能的に結びついている.これらの装置を筋自体と密接な関係にある種類の補助器官Hilfsorgane näherer Artと筋自体とはそれほど密接な関係にない種類の補助器官Hilfsorgane entfernterer Artとに分ける.

A. 筋自体と密接な関係にある種類の補助器官Hilfsorgane näiherer Art
a)運動神経,脈管神経および知覚神経motorische Nerven, Gefäßnerven und sensible Nerven

 各々の筋は運動神経をもっている;これは筋を収縮させる刺激を運ぶものである.筋には知覚神経も来ている,これは運動神経にくらべるとずっとわずかな広がりかたである.しかし知覚神経を欠くことはない.そのうえに脈管神経がある.

b)脈管Gefäße

 筋を栄養するという目的のために,筋は脈管のはなはだ豊富な分布を必要としている;それには血管とリンパ管がある.

 脈管と神経が筋に入るところEintrittsstelleははっきりときまっている.筋神経Muskelnerven(Bardeleben und Frohse)は筋腹の長さの中1/3に入ることが最もしばしばで,しかも多くは筋腹の中1/3の近位部において入り,普通はただ1本の幹をなさないで,多くの枝に分れて入っている.しかしまた筋によっては神経が筋の近位端の所から入るもの(例,大腿二頭筋の短頭),また筋の遠位端の所から入るもの(例,第3腓骨筋),あるいはまた筋の2つの相反する面に入るもの(例,大内転筋,恥骨筋)まである.

 筋体の表面に神経が入る関係については,BardelebenおよびFrohseの両氏が次のことを確がめている.すなわち裏在性の筋では神経は一般に筋の深いがわから入り,深在性の筋では筋の体表に近いがわから入る.しかしながらこれにもまた例外がある.すなわち上腕三頭筋の長頭では神経は筋の外方の面から入り,方形回内筋では筋の深い方の面から入っている.

 筋腹の内部では,筋に入つた神経の枝が豊富な叢をなしていて,この叢はそれぞれの筋にとっても全く一定した型を示している(Eisler).

 Bardeleben und Frohse: Verh. anat. Ges.,1897.--Frohse: Anat. Anz.,14. Bd.,1898.--Über die Nerveneintrittsstellen in die Muskeln s. Frohse und Fränkl, Handbuch der Anatomie, Jena.

B. 筋自体とはそれほど密接な関係にない種類の補助器官Hilfsorgane entfernterer Art
c)腱Tendo, Sehne

 その組成からいえば,腱は全く筋肉とは異なり,単に筋の活動を伝える器官であるに過ぎない.しかし腱は何しろ筋肉と形態的,機能的に一体を形成しているので,両者がいっしょになって1つの筋を形づくり,そして筋と呼ばれている.腱は殆んど全部が強固な平行線維性の結合組織である.そしてほんのわずかの伸展性をもつのみであるが,このことが筋の作用を骨格のてこの系統に伝えることになり,それは筋の作用を生体が充分に利用するのに最も目的に適つている.ところでまた,いくつかの筋には(横紋筋も平滑筋もであるが),弾性の付着腱elastische Insertionssehnenがあって,全部あるいはその大部分が弾性組織からできている,例えば顔面筋,平滑筋性の立毛筋,舌筋,恥骨臍胱筋の腱がそれである.なお(Benninghoff, Z. Zellforsch.,1929によれば)心臓静脈の初部のなか,およびこれに接する心房部の心筋線維ならびに(Nagel, Verh. anat. Ges.,1938)陰嚢の肉様膜の中にもみられる.

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 Triepel(1902)によれば,腱にはわずかながら弾性があり,腱を引きのばすときにはその長さが約4%まで増加する.--これはNauck(Morph. Jhrb.,1931)が確かめたように,腱の1次線維束が波状を呈して走ることによるのであって,この波状走向は生体を観察するとき,または新鮮な腱をしらべるときに,筋の静止状態では存在するが,筋の収縮,あるいは腱を引き伸ばすときには消失することがわかるのである.

 起始腱Ursprungssehnenと停止腱Ansatzsehnenとがある.またその形状によっては,短い腱,長い腱および幅の広い腱が区別され,全くいろいろな形にできている.著しい広がりを示す平たい腱は腱膜Aponeurosis, Aponeuroseと呼ばれる.また1つの筋を2つあるいはそれ以上に区分する中間腱Zwischensehneもある(図492,腹直筋).なおまた,2点の間をとび越えて1つの隙間を橋渡ししている腱弓Arcus tendinei, Sehnenbögenがある.中間腱の特別な形の1つは,円蓋状をなす筋の中心腱であり,例えば横隔膜の腱中心, 頭蓋表筋の帽状腱膜および毛様体筋の中心腱としての角膜の内境界膜がそれである.

d)筋膜 Fasciae, Muskelbinden

 筋膜は結合組織性の広がった膜で,これが個々の筋および大小の筋群を包んでいる.筋膜は筋の間に入りこんで隔壁となり,固有の結帯装置を作り,多くの筋に起始面および停止面を提供することによって,筋膜は筋肉にとっては第2の骨格ともいうべきものを形成している.いわば骨性の骨格に対する線維性の骨格fibröses Skeletである.筋膜は骨性の骨格ども多くの場所で直接に結合している.また筋膜は身体の全領域を包んでいる.

 筋膜は筋群および個々の筋に対して,またそれに包まれている筋以外の軟部組織に対して保護被膜Schutzhüllenとして,なお筋にとっては起始する場所Ursprungsstellen,あるいは停止する場所Ansatxstellenとして,更にリンパおよび血液に対しては吸引装置Saugapparateとしての役をしている.

 多くの場所で筋膜のつずきが特別な線維性器官fibröse Organeを成して,これが腱をその位置にしっかりと保つはたらきをしている.これが腱鞘Sehnenscheidenおよび腱滑車Sehnenrollenである.

 大小いろいろの広がりを示す筋層を被う線維性の膜として,筋膜は一部は筋の外表面を被い,一部は筋の深部にはいっている.多くの場所で表面の筋膜から横へ突起,すなわち筋中隔Septa intermusculariaがでて筋の深部に侵入して,筋を2つの筋あるいは完全な2つの筋群に分けている.

 筋膜の強さはすこぶる多様である.筋肉の多くの場所では筋膜が非常に薄いので特別な名前をつけられていない.他の場所では筋膜は強大な内, あるいは外の線維膜となっており,引っ張る力に対して著しく抵抗する.

 比較的つよい筋膜ではすでに肉眼でみて,2重になった線維の走向を区別することができる,その1つは筋線維の方向に対して横に走り,他は筋線維の方向に平行している.横に走る線維束こそは,筋が収縮するときに生ずる筋の膨らみに対して抵抗ずるのに特に適しているわけである.

 筋膜と腱とはともに結合組織に属するものであるがやはりそれぞれ違った器官である.幅の広い腱,すなわち腱膜Aponeurosenも決して筋膜ではない.筋膜が多数の筋に対して部分的に,また全体としてその起始する場所,あるいは停止する場所をなしているということからして,筋膜は骨格Skeletに近いものである.前にも述べたように筋膜はFibro-Skelet(線維と骨格をいっしょにした系統の意)の形で骨格系を完全ならしめている.

 多くの表在性の筋では,皮膚から浅いところにある筋膜と筋肉を包む筋膜とが一体をなしている.そのようなことは大胸筋,三角筋,外腹斜筋,僧帽筋,広背筋,大臀筋においてみられる.

 筋膜は実地医学においては重要な役割をなしている.すなわち病理学Pathologieでは筋膜は深部の腫脹に対して,圧追を加えて危険を起すことがあり,液体および侵入した異物を一定の路に導くこともあり,筋膜が裂けて筋ヘルニアを誘いおこす等のことがある.外科学Chirurgieでは筋膜は道標としてある程度役だっている.つまり筋膜についての知識は高い実用的意義がある.

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e)腱鞘Vaginae tendinum, Sehnenscheiden

 腱鞘は滑りやすい,両端の閉じた管のかたちをしていて,次に述べるような腱のところにある.すなわちその腱では運動がかなり大きい範囲におこって,且つ非常に容易に滑べることと結びついているのである.

 この管の壁には次の2層が区別される,外側にある線維性の層,すなわち線維鞘Vagina fibrosaおよび内側にある滑液性の層,すなわち滑液鞘Vagina synovialisである.滑液鞘は腱じしんの表面をも被っているので,滑液鞘の内外両葉を区別することができる.この両葉のあいだにある隙間には関節滑液に似た少量のつるつるした液体が入っている.内外両葉は腱鞘の盲端でたがいに移行するとともに,腱の1個所でもたがいに移行し,ここがHilusといわれるのはもっともなことである(図468).この門から脈管および神経が腱に入る.このようにしてできている板あるいは索は腱間膜Mesotenonという一般的な名で呼ばれる.手足の指では,この腱間膜は腱ヒモVincula tendinumとして知られている.

 滑液鞘の外葉にはしばしば豊富なひだが形成されている.このひだは疎性結合組織と多数の脂肪細胞とからなり,関節の滑液膜絨毛と比較すべきものである.滑液鞘の微細構造もまた,その最内方の層が一様な構造を呈し,そこに細胞を含む点では関節内膜の構造に似ている.閉じた内皮性の膜は存在しない.

 線維鞘の表面は線維に富む条,すなわち鞘状靱帯Ligg. vaginaliaによっていろいろ違ったぐあいに強められていることがある.

[図468] 腱と腱鞘とを模型的に示す 滑液鞘Vagina synovialis tendinisは赤くしてある,横断.

f)筋滑車Trochleae musculares, Muskelrollen

 筋滑車とほ筋の腱に対する下敷となり,あるいは腱の通過に役だつ装置に名づけられたもので,ここで多くは腱の走る方向が変る.筋滑車に次の2者を分けることができる:靱帯滑車Bandrollen,これは靱帯で作られているもので,例えば上斜筋の滑車である.これに対して骨滑車Knochenrollenは骨の表面が軟骨に被われたものであって,例えば立方骨粗面,これを長腓骨筋の腱が通っている.

g)粘液嚢および粘液鞘Bursae et Vaginae synoviales. Schleimbeutel und Schleimscheiden

 粘液嚢は滑液性の嚢であって,その性質および意義は滑液性の関節包ならびに腱鞘のそれと同じである.粘液嚢および粘液鞘は,筋あるいは腱が固い構造物(骨,軟骨など)にぶつかる多数の場所にみられる.それはたいていは単独に存在し,しばしばいくつかの小室に完全にあるいは不完全にわけられている.二次的に関節包と続いていることもあるが,また関節包力1それ自身の拡張や突出をなしていることがある.他の粘液嚢は独立した位置を始終たもっている.

4.器官としての筋および腱の構造

 筋はその大部分が筋線維Maskelfasernより成るのはもちろんのことであるが,器官としての1つの筋にはなお他の組織および器官が関与している,すなわち結合組織,神経,脈管である.

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a)筋線維が結合して個々の筋をなすこと

 筋線維の組織学的な特徴はすでに体組織Körpergewebeの項で述べた.平行して並んでまとまり,比較的長い筋では相前後してもまとまって筋の長さだけの束をなしている.そしで個々の筋線維の間は疎姓結合組織によってたがいに連祖られている.かくして筋線維がまとまって1つの筋ができている.結合組織性の被膜はこの一次筋束を取りまき,また個々の筋線維の間の結合組織と続いている.一次筋束が幾つも集まって,更に太い二次,三次などの筋束にまとめられている.かなり多数の比較的太い筋線維束の集りが筋そのものであって,その筋の外面もやはり他からそれを境する結合組織の膜に包まれている.この膜は顕微鏡標本でみるときには外筋周膜Perimysium externumであり,肉眼的標本でみるときは筋膜と呼ばれる.筋の内部にみられる結合組織は内筋周膜Perimysium internum, あるいは筋内膜Endomysiumといわれる.内筋周膜は疎性結合組織の一種であって,この組織の構成要素, すなわち膠原線維および弾性線維, 顆粒をもつ固定細胞および遊走細胞の他に,更に多少の差はあるが概して数の多い脂肪細胞ならびに血管および神経を含んでいる.外筋周膜はいっそう固くできていて,主として密に組み合った結合組織束からなっている.だから筋内膜は多数の筋線維をまとめて1つにするための接合物であるのみでなく,血管および神経を担つているのである.更にこれはと続いて筋線維が腱にいっそうしっかりと固着するようにはたらいている(図469).

b)腱と腱膜の構造

 Sehnenと腱膜Aponeurosenは白くて,青みまたは黄みを帯びた,真珠貝のような光沢のある,線維性の器官で,その線維束は平行に走ること,しっかりと纏まっていること,弾性線維が乏しいこと,およびわずかしか引き延ばされないことが,その特色である.最後に述べた点では,筋線維と全く反対である.

 腱および腱膜は組織学的には強靱結合組織,特有な腱細胞あるいは翼細胞(図69),神経,わずかな血管ならびにいろいろの違った部分をまとめる役目の少量の疎性結合組織よりなっている.これらの成分は次のようにして結び合って器官をなしている.(Keller, Morph. Jhrb. 91,1951).一様にしかもラセン状に走るかなり多数の膠原原線維が原線維間物質により一次腱束Primdirbtindelにまとめられている.この一次腱束のあいだに腱細胞(Ranvierの翼細胞Flügelzellen)が列んでいて,腱細胞の翼は隣接する線維束にぴったりとくっつき,それを包んで,また互いのあいだを分けている(図70).横断面では腱細胞はその翼の数に一致して3個または4個の放射状の突起をだす星のようにみえる(図470).一次腱束がいくつか集まって二次腱束となり,これがさらに高次の束にまとまって,けっきょく腱の全体ができあがる.そして腱の表面には筋と同様に1つの結合組織性の被膜,すなわち腱周膜Peritenoniumがある(図470),線維束を分けている結合組織は腱内膜Endotenoniumである.

c)筋と腱の間および腱と骨格の間の結合

 筋と腱との結合では,個々の筋線維がどんなぐあいに腱線維と結合するかという問題のみでなく,また内筋周膜が腱に対してどんな関係にあるかという問題が重要である.

 内筋周膜の線維はToldt(図471)が示しているように,直接に腱束に移行している.

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[図469] ヒトの手の虫様筋 横断面の一部.

[図470] ヒトの手の深指屈筋の腱 横断.

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 筋原線維と腱原線維とがたがいに直接に続いているのか(Fick,Golgi, Kölliker),あるいは腱原線維が接合質によって筋線維, いっそう厳密にいえば筋鞘の管の円くなった端のところでくつづいているのか(Ranvier, W. Krause, Toldt)という問題は,O. Schultzeによりすこぶる見事な標本を基にして解決されている.O. Schultzeによれば,筋原線維と腱原線維とは直接にたがいにつながっている(図472).筋原線維が膠原原線維に移行することは,後者が筋鞘を貫いて筋線維(すなわち筋鞘の管)の内部に入ったところで行われる.

 この説は Baldwin, Herwerden, Péterfi, Häggoquistにより反対されているが,Sobotta. Studnicka. Quast, Grothはそれを確認している.

 Studnicka. Z. f. Zellforsch., 26. Bd.,1937 の仕事はこの問題に関する文献を挙げて,いろいろ異なる意見を概括的に述べている.

 腱が骨格の各部と結合するのは骨膜および軟骨膜の仲介により,あるいは直接的な方法で行われている.直接に結合する場合は,その境界に軟骨細胞がみられることが稀でなく,更に腱の境界部が石灰塩を含んでいることがある.

[図471] 筋線維と内筋周膜が腱線維と結合するところ a筋線維, b腱線維.×100(Toldtによる).

[図472] 筋原線維と腱原線維とが直接に連続するところ  ヒトの内肋間筋の一部(O. Schultze. )

d)筋および腱の神経

 筋のもつ神経は一部は運動神経,一部は脈管神経,なお一部は知覚神経である.神経は筋の内部で枝分れしていて,網状構造, すなわち終末神経叢Enddplexusを形成し,これから終末線維がでている.終末神経叢の内部およびそれを越えた向うで有髄線維がくり返し枝分れする.

 終末線維は筋線維に対してどの脊椎動物でも全く同じ態度をとっているとは限らない.軟骨魚類,爬虫類,鳥類および哺乳類では特異な板状の形をしたもの,すなわち運動終板motorische Endplatten,神経丘Nervenhügetがあり,これは運動神経線維と筋線維とのあいだの結合を仲介している.哺乳類では1本の筋線維にただ1つの運動終板があるのが普通である.

 運動終板のかたちはたいてい楕円形で,筋線維の全長の真中あたりにあり,筋線維の横の周りのおよそ1/3を占めている.有髄線維はそのような神経分布の個所に達し,そして先ずその髄鞘を失う.神経線維めシェワン鞘Schwannsche Scheideは筋鞘と融合する.一方,軸索は筋鞘の下に(hypolemmal)ある運動終板に入り,そこで鹿の角(爬虫類,鳥類および哺乳類では多くの場合にトナカイの扁平な角)のかたちに枝分れしている(Kühne, 図473).その鹿の角のようなものは終末原線維の叢であるが,それを取り入れている物質は細かい顆粒状の性質であって,おそらくそれは筋線維の全体を貫いて存在する筋形質がひに小さい集りをなしているに他ならないであろう.細かい顆粒性の物質は若干数の核をもっているが,この核はおそらくは筋線維の普通の核と同じ由来のものであろう.

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Kühneはこの細かい顆粒性の物質を足底質Sohlensubstanz, その核を足底核Sohlenkerneと名づけている.運動終板には,そのほかになお有核の被いがあって,これについては議論が今日でも分れている.それは終末鞘Telolemmaの名で呼ばれる.

 神経原線維を染色する方法を用いてしらべると運動終板の内部にある軸索の枝は,神経原線維の細かい網からできていることがわかる(図474, 475).この網からでる繊細な原線維の網が足底板Sohlenplatteの原形質を貫いてす~み,筋原線維のあいだに広がっている.これがBoekeのいう"Periterminales Netzwerk"(終末周囲網工)である(図475).

[図473] 横紋筋(トカゲ)の運動終板 鍍金法による,上および横からみたもの.

[図474] 運動終板および副線維,トカゲの背筋から得たもので神経原線維の網Neurofibrillennetzを示す(Boeke,1909).

[図475] 運動終板の神経原線維の網 コウモリVespertilio murinusの舌の筋線維 (Boeke,1909).

 かなり多くの筋線維には更に1本の細い無髄神経線維,すなわち副線維accessorische Fasern(図474)が入っている.この副線維の終り方に2つあって,その1つは運動終板の内部で目の細かい1つの網をなして終って,その網は運動神経線維の枝分れしたものとは全く別になっている.いま1つは運動終板とは別の個所で筋鞘の下で1つの小さい繊細な小終板Endplättchenをなして終っている.副線維は部そらく交感神経に属するのであろう(Boekf., Z. mikr.-anat. Forsch.,8, Bd.,1927).

 脈管神経Gefäsnervenは無髄性のもので,初めから脈管といっしょに入っているか,あるいは(運動)神経幹から分れて脈管に達している.

 知覚神経sensible Nervenは有髄性で,筋では特にその外面たあるし,腱でも,主に筋肉と腱との境に接してやはり表面に近く存在する.知覚神経は概して数が少ない,そして多種多様なぐあいで終っている.この神経は髄鞘を失って長い距離を走りながら淡い色をした細い終末となってそのまま終るか,あるいは筋鞘の上で(epilemmal)小終板をなして終り,さもなければ大,小の終末棍状体またはファーテル層板小体ならびにいわゆる筋紡錘Muskelspindeln(図476, 477)の形をとっている小体性の終末korpuskulare Endigungenがある.

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筋紡錘は細長い紡錘形をしたもので(Vossによれば2mm前後の長さである)少数の細い筋線維と多数の神経よりなっている.それは同心性に列んだ結合組織の層板より成る鞘に包まれて,一次あるいは二次の筋束の表面に接して内筋周膜の中にある.その細い筋線維には運動終板があり,更に(おそらくは)知覚性の神経線維の密に枝分れしたものによって包まれている.

 筋紡錘は眼筋および虫様筋には特にその数が多い(Voss. Z. mikr.-anat. Forsch., 42. Bd.,1937).筋紡錘の数は生後にはもはや増さないが,しかしその長さは増加する.Vossによれば手の虫様筋1個のなかで見いだされた筋紡錘の最大の数は59であると.

[図476]図469に示す筋の一部を強拡大でみた図 筋紡錘Muskelspindelが横断されている.

[図477] 筋紡鍾 羊の外側眼球直筋にみるもの.(Cilimbarisによる)

 腱にも同様に多数の知覚終末がみられる.その一部は自由終末であって,とくに筋と腱とのあいだの結合部の近くにあるが,その他の終末としてファーテル小体Vatersche Körperchen および腱紡錘Sehnenspindelnも見いだされる.腱紡錘は結合組織性の被膜を有し,これは隣接する腱束の鞘につずいている.この被膜に包まれた内部に幾本かの腱束があって,この腱束の表面には無髄になった神経線維が多数の細い小枝になって終っていて,この小枝は自由終末の形で網をなしている(図478).

Cilimbaris. A., Arch. mikr. Anat., 75. Bd.,1910.--Regaud, CL., Revue générale d'Histologie,1907.--Kerschner, L., Die sensiblen Nervenendigungen der Sehnen und Muskeln, Leipzig 1914.

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神経線維と筋線維との数の関係

(オスミウム酸染色法, Davenport渡銀法によれば,神経線維と筋線維との数的関係は眼筋1:5.5,喉頭筋1:28,四肢筋1:40,横隔膜1:84である(大島哲郎:解剖学雑誌,9巻,114,1936).

 運動神経線維は,これが末梢を走っているあいだに幾重にも分れている.それゆえ1本の神経線維が多数の筋線維を支配している.その数は筋によっていろいろと異なっている.すなわちBorsによれば,人の眼筋では1本の神経線維がおよそ5~6本の筋線維を支配するというが,Wohlfartによればそれは10本であるという,またBorsによれば半腱様筋では約50本の筋線維が1本の神経線維に対応するという.他方,Wohlfartによれば四肢の筋では200~300本の筋線維が1本の神経線維により支配されるという.

 Bors. E., Anat. Anz., 60. Bd.,1925/26.--Wohlfart, G., Z. mikr.-anat. Forsch, 37. Bd.1935.

[図478] 腱紡錐(L. Saraの標本による)

[図479] 筋の終動脈とそれが毛細血管に分れるところ 家兎の骨格筋で血管に注入したもの.

e)筋および腱の血管

 筋および腱に入ってくる動脈は一般に2本の静脈を伴い,枝分れして先ず荒い目や細かい目の網をつくっている.その細かい目の網から更に細い動脈がでて,これは筋線維の方向とたいてい直角に交わって,筋の終動脈Endarterienとなっている.つまりこの細い動脈のたがいの間には比較的太い吻合が少しもみられないのである.

 これはもはや静脈を伴わずに,つまり動脈と静脈とがかなり大きい間隔をたもってたがいにならびつつ筋の内部を通っている.それらからでる細い非常に数の多い血管は,筋線維の方向にしたがっている(図479).各々の筋線維はその周りのいろいろな場所で多数の毛細管を伴っている(図476も参照);直角方向の吻合が縦走する血管のあいだをたがいに結びつけている.これによって毛細血管の網は直角に交わる網目をあらわしている.この網から血液を他に導きだす静脈は,その細いものであっても多数の弁をそなえている.各々の筋は周囲に対しては,ほとんど隔絶した,ほず完全に筋の中に閉じこめられた1つの血管系をもっている.隣接するものとの間にある血管の結合は細くしかも数が少いのである.

S. 349

 筋肉は血管を非常に豊富にもっているが,それとちょうど反対に腱では血管が乏しく,とくにその深部では非常に少く,小さい腱ではその内部に全く血管を欠くものがある.しかし腱の周囲を包んでいる結合組織の中には血管があって,これは網目の大きい毛細血管網をなしている.

 筋のリンパ管Lymphgefäßeはわずかではあるが,血管に伴ってみられている.比較的豊富なリンパ管が腱ならびに筋膜の表面やそれらの深部に証明されている.

 Aagard(Anat. Hefte 1913)は人について,筋のリンパ管を研究した.彼によれば人の骨格筋にははなはだ豊富なリンパ管があるという1そして細いリンパ毛細管およびリンパ管叢は小さい血管に接して存在し,次いでそれらが集まって大きい血管に沿って更に大きいリンパ管の幹および叢をつくっている.四肢の筋では,このリンパ管叢はなお筋の内部にある腱の部分にとってのリンパの流出路をなしており,舌の中では,同時に粘膜から出てくるリンパの流出する路である.血管のそばを通って,更に太いリンパ管がその領域リンパ節に達する.

5.筋の作用Funktioin der Muskeln

 筋の作用は個々の筋線維のはたらきをよく考えてみれば明かである.筋線維の収縮によって隔たった2点が相近ずくこともあり,また近くにある2点がたがいに遠ざかることもある.

 一つの筋がその起始するところおよび停止するところに作用するは,筋を組み立てている個々の筋線維全部の力の現われの総計である.その効力が発揮される方向は個々の筋線維の全部が引く方向を合計したものである.

 筋の活動を1つの自由関節にみられる3つの主軸に対する関係においてしらべると,全体として次の種類の筋群が区別できる,すなわち屈筋BeugerあるいはFlexoren,伸筋StreckerあるいはExtensoren,内転筋AnzieherあるいはAdduktoren,外転筋AbxieherおよびAbduktoren,回転筋Dreherおよび回後筋Zurückdreherあるいは回旋筋Rotatorenである.

 なお骨の運動をつかさどつてはいるが,しかし関節の軸というものに係わりのない場合の筋の一団があり,また軟部組織を動かしあるいは単に自分だけを動かすはたらきをもつような別の一団があるので,上述の筋群のほかになおいくつかの別の種類があるわけである,すなわち括約筋SchließerあるいはSphinkteren,散大筋ErxveitererあるいはDilatatoren,下制筋HerabzieherあるいはDepressoren,圧縮筋ZusammenpreffrあるいはKompressoren,挙筋HeberあるいはLewvatoren,張筋SpannerあるいはTensorenである.

 数多くの筋はふた通り以上の作用たとえば回転と屈曲の作用を受持つことができるように配列されている,つまり円回内筋は視骨を回内するが,しかし同時にこの筋は前腕の屈筋の1つでもある.上腕二頭筋は前腕を屈し,その上に前腕を回外する.いくつかの作用の中の1つが他の作用に対して目だたない場合には,それは主作用に対する副作用というのである.

 また1つの筋の前方部が後方部とは違った作用をする,あるいはその筋全体がはたらくときとは別のはたらきをなすことがある.例:中臀筋.この意味においても1つの筋がいろいろ違った作用をするといえる.

 筋の作用は,その筋のはたらきをうける体肢の位置の変化如何によっても変りうるのである.それゆえ或る屈筋が回転筋として作用することがある.左右対称的にある体幹筋では,1側性の筋活動が両側性のものに移ってゆけば当然その作用が変る.

 たがいにその活動を助け合っている筋は共同筋SociiあるいはSornergetenと呼ばれ;その活動がたがいに相反している筋は拮抗筋Antagonistenである.--それについての詳しいことは筋学各論のなかで述べる.

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6.筋分節の神経分節に対する関係Verhältnis der Muskelsegmente zu den neuralen Segmenten

 節分節の神経分節に対する関係は,少くとも胴の範囲では,各々の筋板Myotomにそれに相当する1つの椎間神経が属しており,また同時に相当する脊髄の一部分が属していることにおいて,事がらが簡単である.この関係ははっきりと定つているので,1個の筋の由来を決定するに当って最も本質的な拠りどころの1つとなっている.しかし胴でも,若い段階にみられた簡単な関係が後の発育によってはなはだ複雑化してくる.それは神経がたがいに叢を成すため,いっそう複雑さが加わるのであって,この叢のなかでは個々の筋神経の走向を脊髄からそれが出る所までたどることは極めて困難となっている.

 筋肉の脊髄節との関係Seginentbezug der Muskulaturを確かめることは,学問的に価値があるのみでなく,医学,とくに神経病学および外科学にとって意義が大きい.それゆえ筋学各論では,個々の筋についてその脊髄節との関係を述べることにする.

 Eisler, P., Die Muskeln des Stammes. Jena 1912では,ここで記載された諸筋の神経支配についての非常に詳しい報告が含まれている.--Wichmann, R, Die Rückenmarksnerven und ihre Segmentbezüge, Berlin 1900.

[図480] 骨および筋の分節 Ac椎骨体;d椎弓;v肋骨弓;K臓弓.1筋分節の背方部三2~5筋分節の腹方部,その種々異なる部分をあらわす;3椎骨前部,4肋骨下部,2肋骨間部,5四肢の部分;6内臓の筋.B最も簡単にえがいた体壁の筋分節.d背方の筋肉;V腹方の筋肉.

[図481] 胴の筋肉の走る方向  1背方の縦走束;2腹方の縦走束;3, 4斜走束;5横走束.

7.筋肉の層形成およびその走向 Schichtung und Richtuny der Muskulatur

 胴部の横断面をしらべて見よう.そうすれば次のものが区別される.

 a) 背方にある強大な筋肉の部分(図480, A.,1)は大肋椎溝Sulcus costovertebralis majorを占めている;この筋肉は脊髄神経の後核によって支配される.

 b) 前, 腹方の部分(2)は,平面的にはいっそう大きく広がり,厚さの点では劣つているが,背方部の筋肉の外側の境界部から腹方に広がって,胸郭では主として肋間に位置を占めている.この腹方部の筋肉の一部は胴のいろいろの部分で椎骨体の側面に前方から付いている(3).胸郭部ではこの腹方部の筋肉に属する別の一部が肋骨の内側面に付いている(4).胴の筋肉のそとには四肢の筋肉が続いており(5).これも腹方の筋肉に属する.しかしながら(3)の筋肉も一部は体肢に達しうる.

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 理解しやすいために,2, 3, 4および5の層を1つにまとめて見よう,そうすればこれが背方の筋肉(1)に対する腹方の筋肉の全部であることがわかる.そして背方の筋肉が脊髄神経の後校から支配されているのに対して,腹方の筋肉は前枝で支配されている.なお背方の筋肉と腹方の筋肉とを合せて体壁の筋肉parietale Muskulaturという.

 この体壁の筋肉に対して内臓のvisceral筋肉がある.図480のなかではKの符号をもって弓形の内臓骨格を示してある;又これを取り囲む内臓の筋肉には6の番号を付してある.6と4のあいだに体腔があることを忘れてはならない.顎および舌骨の諸筋は内臓の筋肉(6)に属している.

 最後に頚部と頭部では,最も表面に皮筋Hautmuskulaturが加わる.

 四肢Extremitditenについていえば,四肢は体幹の筋肉が貧弱にみえるため, それに較べてはるかに強大な筋肉をそなえているごとく見える.

 腕の筋で背部および胸部にあるものが放射状の走り方をなして,広大な輪郭をもって,肩先きに向って集中している.腕の付け根にあるこの大ぎな円錐状の筋群Muskelkegelによって,上肢は体幹に対してはなはだ動きやすいように付いている.但し胸郭と鎖骨との結合の所はよく動かない.これに相当して下肢の付け根にある円錐状の筋群は,その大きさが上肢のものに較べて,はるかに小さい.

 自由肢は堂々たる筋に被われていて,それらの筋の方向はたがいに平行であるか,あるいは集中,または離開している;一部の人はこれらの筋のなかにはラセン形の走り方をする束もあると考えている.各部が幾層よりなっているかということについては単にそれを数えてみること,あるいはもともと深い関係をもつ部分という見地から個々の筋を分けることの知識が解決をあたえる,しかし後者は,困難な試みであって,目下のところ,体のごく限られた場所に行われ5るのみである.

 四肢とその筋肉とを除いてみると,体幹にははっきりと4つの筋肉の走向が認められる,すなわち腹方の縦走束が1つ,背方の縦走束が1つ,たがいに交叉する2つの斜走束および横走束が1つである(図481).背方の縦走する部分のかなり奥の所にも斜走および横走する束がある.

8.筋の変異と異常Abarten (Varietäten) und Anomalien der Muskeln

 個々の筋は起始,停止,形状および隣接臓器に対する関係について,また神経支配および血管の分布に関して,大多数の筋にはいつも一致して見られる定まった特有な点をもっている.その一致した特徴をまとめることが,正常ということの概念をあたえる.それは生物界では到るところに見られることである.一方,平均からほんのわずかに違っていることはしばしばあることで,これは変異と呼ばれる.より大きな,そしていっそう稀れに見ちれるかたよりは往々異常abnorm(ab否定とnorma正常とからできた語)あるいはanomal(a否定とυόµος規則)といわれる.

 しかしながらこの2つの関係を区別して用いるのはよろしくないであろう,何故ならば一目みて不規則(異常)とおもえる所見も,いっそう軽い程度のかたよりと,結局は同じ規則に従っているからである.純粋な科学においては異常なものは何も存在しない.それゆえ,以下の丈ではAnomalieとAbnormitätの両語は使わないことにする.

 筋の変異(Muskelvarietäten)はしばしば存在する.これは学問的に重要であり,また実地医学にも大切である.一諸例報告の非常にたくさんな文献および若干の総括的な記載(W. Krause, Testut, Le Double, Eisler, Loth)がある,--しかしながらこれらを学問的に利用することは近ごろやっと始まったばかりである.

 筋系統の変異は人にだけ存在するのではなくて,動物でも同様にあるが,しかし下等になるほど変異の範囲が減少している.人種の影響についてはTestutが黒人に関して次のことを認めている.黒人に特有な筋の特殊性はないということ,また黒人にみられる筋の変異は白人におけるよりも多くはないということである.また動物についていえば,猿はその構造が人に最も近いので,目下の題目にとっては特別な意味をもつことは当然といえる.実際,Testutは人にみられる筋の変異のすべてが,猿では平均的な特徴的な(猿の種類を区別する)識別目標として見いだされるという;あるいはもっと一般的にいうならば,人の筋の変異は動物界で普通にみられる型の繰り返しであるというのである.

 しかしながら日本の解剖学者(Koganei, AraiおよびShikinamiならびにAdachi)の統計的な研究は日本人とヨーロッパ人との間に少数の筋の変異の頻度に一定の差異があることを示している.Koganei, Arai und Shikinami, Statistik der Muskelvarietäten, Mitt. med. Ges. Tokio,17;Bd.,1913.

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--Adachi, Beiträge zur Anatomie der Japaner XII. Die Statistik der Muskelvarietljten. Z. Morph. Anthrop.,12. Bd.,1909.--Wagenseil(Verh. Ges. Phys. Anthrop.1927)は,少数の筋について3つの大きい人種における差異を証明し,他の筋についてもおそらく差異炉あるだろうとの説を述べた.

 変異を記載するには,次のごとく区別することが最も適当である:ある筋の完全な欠如,ある筋の重複,2つあるいはいくつかの筋束に分れていること,起始および停止のノコギリ状を呈する部分の増加と減少,隣接する器官との結合,筋実質と腱実質が普通と違った割合をしていること,全く新しい筋の出現である.

 筋学各論において,個々の筋について最もしばしばみられる変異が述べられるであろう.それよりいっそう稀な変異については,Krause, Testut, Le Double, Eislerの記載ならびに年次報告 Jahresberichteを調べられたい.

 Krause, W., C. Fr. Th. Krauses Handbuch der menschl. Anatomie 3. Aufl.1876~1880.--Testut, L., Les anomalies musculaires chez l'homme. Paris 1884.--Le Double, A. G., Traité des variations du système musculaire de l'homme. Paris 1897.--Eisler, P., Die Muskeln des Stammes. Jena 1912.--Loth, E., Anthropologie des parties molles. Paris 1931.--Wagenseil, F., Untersuchungen über die Muskulatur der Chinesen. Z. Morph. Anthrop., 36. Bd.,1936.

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最終更新日 13/02/04

 

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