Rauber Kopsch Band1. 33

第2群:B. 腹側の筋群 Muskeln der Ventralseite, Bauchmuskeln

 体幹の腹側の筋は5つの筋群よりなる.すなわち,尾骨の筋,腹部の筋,胸部の筋,頚部の筋および頭部の筋である.

第1群:前尾骨筋Mm. coccygici ventrales

日本人の後頭骨項平面における筋付着については,伊藤昌一:解剖学雑誌,8巻,1935を参照されたい.

 体幹の腹側にある筋には前仙尾筋M. sacrococcygicus ventralisと尾骨筋M. coccygicusとがある.

 前仙尾筋M. sacrococcygicus ventralisの存在は不定である.この筋ほ最下部の仙椎外側部の前面から起り(図489),下方および内側に走り最下尾椎の前面に終る.

S. 366

 神経支配:S. IV, Vによる(Eisler).

 尾骨筋M. coccygicus. すなわち尾骨外転筋M. abductor coccygisは扁平な四角形の筋である.この筋は腱性の束をまじって坐骨棘から起り,扇形に広がって仙骨と尾骨の外側縁に付着している.

 神経支配:陰部神経叢から,.

 脊髄節との関係:S. (II)III, IV(V) (Eisler).

第2群:腹筋Mm. abdominis

a) 前腹筋ventrale Bauchmuskeln

 前腹壁および側腹壁の筋肉は斜走,横走および縦走するもの,すなわち腹直筋,錐体筋,内と外の両腹斜筋,腹横筋からなっている.側腹壁から起って斜走する筋と横走する筋とは幅の広い腹筋breite Bauchmuskelnといわれる.幅の広い腹筋はやはり幅の広い終止腱,すなわち腱膜Aponezarosenに移行し,この腱膜は長い筋に対して鞘を作り,前正中線で相合している.前正中線で相合するところに縦走する腱性の索ができていて,白線Linea alba, weiße Bauchlinieとよばれ,これは剣状突起から恥骨結合に延びていて,腋のところでは瘢痕形成によって閉ざされた臍輪Anulus umbilicalis. Nabelringをもっている.

α. 腹部の縦走筋Gerade Bauchmuskeln
1. 腹直筋M. rectus abdominis, gerader Bauchmuskel. (図490, 492, 499502)

 この筋は3つの尖頭をもって第5~第7肋軟骨,剣状突起および肋剣靱帯から起り,下方に向って幅が狭くなり,特に下方1/4ではその幅が狭くて,短い強い終腱をもって恥骨結合と恥骨結節とのあいだで恥骨の上縁に付着している.

 腹直筋の筋線維の集団のなかに3本あるいはそれ以上の腱性の横条,すなわち腱画Inscriptiones tendineaeがあって,これは腹直筋を表面的にあるいはずっと深い所まで4~5個の筋腹(筋節Segmente)に分けている.腱画のうちの2本は臍よりも上方にあり,1本は臍よりも下方にあるが,これはしばしば欠けている.もう1つはちょうど騰の高さにある.腱画は腹直筋鞘の前葉と密に着いている.

 神経支配:肋間神経(VI)VII~XII(L I) (Eisler).

 脊髄節との関係:Th. (VI)VII~XII(L.1).

 作用:骨盤を固定しているときには胸郭を下方に引き,脊柱を曲げる.胸郭を固定しているときには骨盤を引きあげる.

 変異:この筋は完全に欠けていることがあり,またその幅がまちまちである.その起始は第4,第3,第2肋骨にまで,さらに鎖骨にまでも達することがある;胸骨あるいは白線からの副起始accessrische Ursprüngeがみられている.なお細い筋束あるいは腱条によって小胸筋と合していることがある.腱画Inscriptiones tendineaeはその数,位置,経過,方向および長さは種々様々であって,これは分節構造の現われである.まれにはこの筋の起始がさらに上方に延びて,第4さらに第3肋骨にまで及んでいることがある.--ごくまれに腹外側直筋M. rectus lateralis abdominisというのがみられる.これは第10(第11,第12)肋骨から内,外両腹斜筋のあいだをへて,腸骨稜に向っている(W. Krause).

2. 錐体筋M. pyraInidalis. Pyramidenmuskel. (図492)

 小さい筋で,腹直筋の停止部の前で,恥骨から幅広くはじまり,腹直筋鞘前葉のうしろで白線のそばにあり,上方に向って次第に尖り白線に停止する.

日本人における錐体筋の欠如は成人において両側欠如153体のうち5体(森田),100体のうち5体(河合),77体のうち5体(松島),1側欠如は148体のうち5体(森田),100体のうち4体(河合),77体のうち2体(松島)である(松島伯一:実地医家と臨床, 4巻, 750,1927. ;河合松尾:解剖学雑誌,9巻,182~197,1936. ;森田信:医学研究,14巻,933~946,1940).

 九州人では60体中錐体筋の存在するもの96.7±1.72%である (中村盛三=熊本医学会雑誌,11巻,1251~1261,1935).

S. 367

[図490] 頚部,胸部,腹部の筋群 左側は浅層,右側はそれより深い層.

S. 368

 神経支配:神経は多くは第12胸神経からくるが,腸骨下腹神経,腸骨鼡径神経および陰部大腿神経から枝を受けていることも珍しくない(Eisler).

 脊髄節との関係:Th. XII (L.1, II).

 作用:白線を緊張させ,それによって腹直筋と同じように作用する.

 変異:この筋は16.2%(Le Double),25%(W. Krause)に欠如する. 男では13%,女では10%に欠ける(SchwalbeおよびPfitzner).中国人では(Wagenseil 1927)体側80例の中でわずか1例だけに欠けていた.幅と長さの個体的差異がはなはだ著しい.この筋はまれに重複することがあり,ごくまれには腱画を1個もっている.

β. 腹部の斜走筋
3. 外腹斜筋M. obliquus abdominis externus. (図490, 492, 500)

 この筋は筋肉質に富む8つの尖頭をもって第5~第12肋骨の外面から起る.上部の5つの起始尖頭は外側鋸筋の起始尖頭のあいだにかみ合い,下部の3つの起始尖頭は広背筋の肋骨起始とかみ合っている(図500).背方の線維は垂直に走り腸骨稜の外唇に達する,その前方につつく線維は次第に斜走および横走の径路をとる,腹直筋の外側縁に平行して,且つその近くで筋肉質は腱膜に移行している.

 その腱膜はなおも筋肉質と同じ方向に延びて進み,腹直筋および錐体筋の前で白線に達し,その際また恥骨結合ならびにその近くの恥骨前面にも達する.

 前腸骨棘と恥骨結節とのあいだで腱膜は肥厚して1つの腱条をなしている,これを鼡径靱帯Lig. inguinale, Leistenband(図491, 492)という.

 鼡径靱帯の線維の一部は恥骨結節に達することなく,(直立姿勢では)水平位をとる小さい三角形の腱板となって恥骨櫛の内側端と恥骨筋膜とに付着している,これが裂孔靱帯Lig. lacunareである.その外側の自由縁は鋭くとがり,しかも側方に向って軽く凹んでいる(図491).

 恥骨の前面に付着する腱線維と恥骨結節にいたる腱線維とのあいだに1つの重要な間隙がある.すなわちこれが浅鼡径輪Anulus inguinalis subcutaneus, äußerer Leistenringであるこの輪の内側の境は浅鼡径輪の内側脚Crus mediale,外側の境は外側脚Crus lateraleといわれる.両脚の停止部のあいだにあって背方の境をなしているものが反転鼡径靱帯Lig. inguinale reflexumであって,これは溝状のへこみをもつ線維束である.浅鼡径輪の外側のすみに円みをつけている線維束は脚間線維Fibrae intercruralesという名でよばれている(図491, 492, 493).

 浅鼡径輪から男では精索Funiculus spermaticus, Samenstrangが,女では以前に子宮広靱帯Lig. teres uteriとよばれた子宮鼡径索Chorda uteroinguinalis, rundes Mutterbandが出ている.女では浅鼡径輪の直径は男よりもいっそう小さい.

 神経支配:第5~第12肋間神経,ときとしてさらに第1腰神経もこの筋に分布する.

 脊髄節との関係:Th. V~XII (L.1).

 作用:骨盤を固定しているときに,両側の外腹斜筋が同時にはたらくと,脊柱を前方に曲げ,さらに肋骨を下方に引くことになる.1側の外腹斜筋が作用するときには,それと同時に胸郭が他側へ回転する.胸郭を固定しているときには骨盤が引きあげられることになる.腹圧の項(372頁)をも参照せよ.

 変異:(M. obliquus abdominis externus profundusの1例が報告されている(中山知雄,実田茂=解剖学雑誌,27巻,89~94,1952)完全欠如はまだみられていないが,退化的になっていることはある.筋が重複していることはまれである.起始尖頭の数は7個のことがあり,また9個に達することがある;その最下の起始は腰背筋膜および第1腰椎の肋骨突起から起っている.存在の不定な深部の起始尖頭が上部の弓肋の前端からでている.

 Le Doubleは第6肋骨の続きをなす所で,この筋に1つの腱画をみて記載した.これは腹直筋のもつ,これに相当する腱画と直接の関係をもつものである.

S. 369

広背筋,外側鋸筋,外肋間筋との結合がみられる.

 M. pectoralis quartus(第4胸筋)といわれるものとの結合はまれである.

4. 内腹斜筋M. obliquus abdominis internus. (図490, 501)

 内腹斜筋は外腹斜筋によりほとんど完全に被われていて,腰腱膜,腸骨稜の中間線, 鼡径靱帯の外側1/2から起る.その線維は広い範囲にわたる起始線からでて扇形にひろがっている.背方の線維は斜めの方向に最下部の3個の肋骨の下縁に向って走り,そこの内肋間筋と直接につながっている.これより下位の線維もなおこれと同じ斜めの方向をとっている.しかしながらその衡めの方向は次第に変わって,横の方向となり,結局は下方に向う線維となってこの筋が終るのである.少数の下部の筋束は挙睾筋Mcremaster (Hodenheber)となって,精索あるいは子宮鼡径索とともに浅鼡径輪から外に現われている(図490, 492, 493).

[図491] 鼡径靱帯と浅鼡径輪, 左側

 腹直筋の直ぐ外側縁で内腹斜筋は完全にその腱膜に移行している.腱膜はそこで前後の2葉に分れて腹直筋を包んでいる(図494).前葉は全長にわたって外腹斜筋の腱膜と癒着し,かくして腹直筋鞘の前壁を補強している.これに反して後葉は臍の約5cm下方にある横の1線あるいは下方に凹の1線をなして終っている.これを半環状線Linea semicircularisとよんでいる(図492).腹直筋の内側縁,すなわち白線において腱膜の前,後両葉はふたたびたがいに合している.

 神経支配:第8~第12肋間神経(Rauber).そのほかに,腸骨下腹神経,腸骨鼡径神経および陰部大腿神経の枝もきている.

 脊髄節との関係:Th. VIII~L. I(II).

S. 370

[図492] 腹筋.左:腹直筋,その鞘の前葉の大部分を取り除いてある,外腹斜筋,錐体筋,浅鼡径輪.:内,外両腹斜筋と腹直筋とを切断し,腹横筋と腹直筋鞘の後葉を示す.

S. 371

 作用:この筋の作用は外腹斜筋の作用と似ている.骨盤を固定しているときには肋骨を下方に引き,体幹を前方に曲げる.1側の作用により胸郭をそのがわに回す.

 またそのがわの外腹斜筋と共同にはたらいて,体幹を側方に曲げる.その腹腔への作用については372頁,腹圧の項を参照せよ.

 変異:肋骨における停止の数が普通より減少して2個になっていること,あるいは増加して4個になっていることがある.かなりしばしば腱画が最下部の肋骨の延長上にみられ,その中にはときに軟骨の含まれることがある.

[図493] 浅鼡径輪および大腿輪(P. Eislerの図をもとにして)

5. 腹横筋M. transversus abdominis, Quermuskel des Bauches. (図492, 502)

 この筋は内腹斜筋と腹直筋とに被われている.6個の尖頭をもって第7~第12肋軟骨の内面,腰腱膜(この筋の起始腱膜とみなすことができる),腸骨稜の内唇,鼡径靱帯の外側1/2から起る.その線維束は横の方向に走り,停止腱膜への移行は内側に凹の1線をえがいている.

S. 372

 この腱膜は腹直筋に対して,高さにより異なった態度をとる.腱膜の上部は腹直筋鞘の後壁の形成にあずかる.またこの部分は内腹斜筋の腱膜の後葉と融合していて(図494, 495),これといっしょに,同じ距離だけ下方に延びて,相ともに半環状線にまで達している.腱膜の下部は内腹斜筋の腱膜の前葉とつながり(図496),腹直筋鞘の前葉の形成にあずかっている.

 腹横筋の下縁はすこぶる変化に富んでいる.若干の例では鼡径靱帯にまで達しているが,他の場合には著しく上方(5cm以内)で終っている.下部の線維は内側鼡径窩を被う腱性の板に移行している.

 神経支配:第7~第12肋間神経ならびに腸骨下腹神経,腸骨鼡径神経および陰部大腿神経による.

 脊髄節との関係:Th. VII~L I;EislerによればTh. (V)VI~L. II

 作用:この筋の上部は,これが起始するところの肋骨を内方に引き,それによってこの筋の下部だけが単独に作用するときと同じように腹腔を狭くする.

 変異:この筋が完全に欠けていることがある.この筋の重複は1例だけ知られている.下部の6本の肋骨から起るかわりに,しばしば下部の5本の肋骨だけから起っている.腱画が観察されており,また内腹斜筋,内肋間筋,胸横筋,横隔膜とのつながりがみられている.

b)背方の腹筋
1. 腰肋突間筋Mm. intercostales lumbales. (図487)

 これは腰椎の肋骨突起のあいだに張っている.

2. 腰方形筋M. quadratus lumborum. (図505)

 長めの四角形の扁平な筋で,脊柱のそばで,最下の肋骨と腸骨稜とのあいだ,腰腱膜のすぐ前方にある(図488).背,腹の2部よりなり,この両部はいろいろな様式でたがいに癒着している.その後方の部分は腸骨稜と腸腰靱帯とから起り,第1~第3(4)腰椎の肋骨突起ならびに最下の肋骨に達する.前方の部分は第(2)3~第5腰椎の肋骨突起からでて,これも最下の肋骨に達する.

 神経支配:肋下神経および腰神経叢.

 脊髄節との関係:Th. XII, L. I~III

 作用:最下の肋骨を下方に,寛骨を上方に引きあげることができる.

 変異:前方の部分は第12胸椎体に達していることがある.起始尖頭の数は普通よりも多くなっていることも,また少くなっていることもある.

腰三角Trigonum lumbale, Lendendreieck(図482, 488)

 腸骨稜,外腹斜筋の後縁および広背筋の前(外側)縁のあいだに1つの三角形の裂け目があって,その底は腸骨稜で作られ,尖端を上方に向けている.この裂け目は,大きいことも,小さいこともあって,個体によってその大きさが著しく変動するものである.これを腰三角Trigonum lumbale, Lendendreieckという.腰三角は脂肪組織で満たされている.この脂肪組織を取り除くと内腹斜筋が現われ,この筋は腰三角の内側の境をなしている.1/3の例では腰三角が存在しない.

腹圧Bauchpresse

 前腹筋の全部によっていわゆる腹圧Bauchpresseが生ずる.すべての腹筋の共同活動によって腹腔が狭められ,腹部の内臓および骨盤の内臓ならびにその内容に圧力が加えられることが明かである.すなわち腸および臍胱の内容を排出するとき,嘔吐のとき,分娩に際して胎児を外に出すときに腹圧が高められる.--そのうえ腹圧にはさらに横隔膜および骨盤底の筋も関与している.

S. 373

腹筋の腱膜Aponeurosen der Bauchmuskeln

 内,外両腹斜筋および腹横筋は強い幅の広い腱すなわち腱膜Aponeurosenに移行している.この腱膜は前腹壁の重要な構成要素であって,一連の特殊性を示しているので,それを理解するためには腹筋をひとまとめに観察する必要がある.すなわちこの腱膜は白線や腹直筋鞘を作り,鼡径輪の形成にあずかっているのである.

1. 白線Linea alba(図492, 494496)

 白線は,腹部にある胸骨ともいえるもので(その長さは35~40cm),胸骨から恥骨結合へと延びて,その幅は臍より上部では10~25 mmであるが,臍のあたりでは14~18 mmである.もっと下方ではその幅は狭くなるが,高さは増してくる.白線の下端は恥骨結合にしっかりと付着し,ここではその後面にある三角形の靱帯,すなわち白線補束Adminiculum lineae albae(図499)により補強されている,この補束は恥骨結合の上縁から幅広くはじまっている.

 白線は本質的には幅の広い腹筋の腱線維がたがいに交わってできたものである.自線には交叉する線維のほかに縦走する線維もあって,これは下方は白線補束から,上方は胸骨の剣状突起からつづいている.なお臍部には輪走線維がある.臍部は白線の中で最も幅の広いところで,胎生期の間はここに1つの孔があって,この孔の縁をなすものを臍輪Anulus umbilicalis, Nabelringと呼ぶ.ここを通っていくつかの胎児器官が通る.出産後はそこに閉じこめられて残ったもの,それは特に2本の臍動脈の残りであるが,その増殖がはじまる.この増殖したものが臍輪および皮膚と癒着することによって確実に閉鎖する.臍輪の上部に当って,臍静脈の位置に一致して,臍輪とそこを満たしているものとの間に結合の比較的ゆるいままで残っている所があって,そのために管状の道があって,これが後天性の臍ヘルニアに大きい役割をなすのである.腹横筋膜は臍の周囲でいっそう強固にできている.

2. 腹直筋鞘Vagina m. recti abdominis,  Rectusscheide. (図490, 492, 494496)

 腹直筋の腱鞘はすでに述べたごとく,その前後の2葉が次のように配列されている.内腹斜筋の腱膜は腹直筋を各1まいの前葉と後葉とで包んでいる,前葉は腹直筋の前面を全長にわたって被っているが,後葉はわずか半環状線にまで達しているだけである.前葉はその全長にわたって外腹斜筋の腱膜によりその前面を補強されている.腹横筋の腱は上部では内腹斜筋の後葉を半環状線までの範囲で補強し,これに反して下部では,内腹斜筋の前葉を後方から補強している(図494496).

 半環状線Linea semicircularis. 他の意見によると,腹横筋の腱膜は半環状線に終ることなく,これを越えてなお下方にまで達しているという.

腹筋膜Fasciae abdominis

 腹壁は外から内に向って次の数層に分れている.すなわち1. 皮膚,2. 強靱な皮下結合組織(その強さは多少ちがう),3. 皮下の筋膜,すなわち浅腹筋膜,これに続いて4.3つの腹筋がある.おのおのの腹筋はその両面をそれぞれ固有の薄い筋膜に包まれている.外腹斜筋の外面にある筋膜はわずかな結合組織の脂肪の少い層だけによって浅腹筋膜から分けられており,腹横筋の内面にある筋膜,すなわち腹横筋膜Fascia transversalisは腹膜Peritonaeum, Bauchfellに被われている.腹横筋膜と腹膜とのあいだに前腹壁では多くの場合,脂肪の少ない腹膜下の組織がある.これらの筋膜のうちで浅腹筋膜と腹横筋膜とをもっとくわしく観察してみよう.

1. 浅腹筋膜Fascia superficialis abdominis.

 前に述べたように,この筋膜は皮下の結合組織と筋層とを分けている.これは臍より上部では薄くて,浅胸筋膜につづいている.臍より下部ではいっそう厚くなり,弾性線維を著しく豊富にふくんでいるが,特に恥骨部の白線上ではそうであって,ここでは陰茎係蹄靱帯Lig. fundiforme penisと陰茎(陰核)提靱帯Lig. suspensorium penis(clitoridis)とに移行している.

S. 374

ただ白線と鼡径靱帯とにおいて,後者では前腸骨棘から皮下鼡径輸にいたる間だけ,浅腹筋膜が腹筋の腱膜としっかりと結合している.鼡径輪では筋膜の下にある部分と固く着いていないで,挙睾筋膜Fascia cremastericaとなって精索に伴って下方に伸びて,陰嚢の肉様膜Tunica dartosに移行し,なお陰茎筋膜にも続いている.前に述べた脚間線維Fibrae intercruralesは浅腹筋膜の一部である.

 陰茎係蹄靱帯Lig. fundiforme penisはその大部分が弾性線維よりなり,白線の前面で浅腹筋膜から起る.これは左右の両脚に分れ,これらは左右から陰茎海綿体を包み, 陰嚢の基部に放散している(図493).

 陰核係蹄靱帯Lig. fundiforme clitoridisは非常に弱く,且つ弾性に乏しい.

 陰茎(陰核)提靱帯Lig. suspensorium penis(clitoridis)は恥骨結合の前面から起り,陰茎- あるいは陰核海綿体の背面に終る.この靱帯は腹直筋の腱と外腹斜筋の腱膜との線維をふくんでいる(図490, 492).

[図494496] 前腹壁の横断面(4/5) 図494.腋より下部,図495.臍をとおる横断,図496.臍より下部.

2. 腹横筋膜Fascia transversalis. (図498)

 この筋膜は腹横筋の内面およびその(停止)腱膜の上部を被い,薄い膜となって横隔膜,腰方形筋の上に広がり,腰方形筋の内側縁で腰筋膜につづている.

S. 375

腹横筋膜は,下方では腸骨稜,腸骨筋膜ならびに鼡径靱帯と結合している.この膜は半環状線より下方では腹直筋の後面を被い,鼡径靱帯の内側部の下方では外腸骨動静脈および裂孔靱帯に対して重要な関係をもっている.この筋膜から1つの嚢状の突起,すなわち腹横筋膜の鞘状突起Processus vaginalis fasciae transversalisがでて(図498),鼡径管を通って陰嚢のなかに下り,精巣および精索のまわりに1つの完全な被膜,すなわち精巣および精索の鞘膜Tunica vaginalis testis et funiculi spermaticiを成し,その外面は挙睾筋に被われている.この突起の入口は腹膜下鼡径輪Anulus inguinalis praeperitonealis, innerer Leistenring という名で呼ばれている.腹横筋膜より内方には腹膜Peritonaeum, Bauchfellがある.--この重要な筋膜のいろいろな特徴のなかで,次のものはもう少しくわしく述べる必要があろう.

α. 大腿輪中隔Septum anuli femoralis

 鼡径靱帯の内側部から骨盤の方に向って,腹横筋膜は大腿動静脈の結合組織性の鞘の形成にあずかり,下方にふくれ出した薄い膜をなして,そこを通過するリンパ管に貫かれた多数の孔をもち,血管鞘から橋の形をして裂孔靱帯に延びてこの靱帯の内面を被っている.かくして腹横筋膜は大腿輪中隔となって血管鞘と裂孔靱帯とのあいだにある重要なしかし小さい隙間を閉じている.この隙間,すなわち大腿輪Anulus femoralisを通って大腿ヘルニアHerniae femoralesが大腿輪中隔をおし出し,あるいはつき破つて,その普通にみられる通路となっている.

β. 腹膜下鼡径輪Anulus inguinalis praeperitonaealis, innerer Leistenring (図499)

 腹膜下鼡径輪,すなわち鼡径管の内側の口が上に述べた腹横筋膜の門にほかならない,この門とは鼡径靱帯の上方にある腹横筋膜鞘状突起への入口をいうのである.

 この門は卵円形の裂け目であって,上下径の方が長く,内と外の両側縁をもっている.外側縁はあまりはっきりせず,腹横筋膜鞘状突起の前壁に滑らかに移行している.内側縁は多くは半月形あるいは鎌形をしたひだ,すなわち半月ヒダPlica semilunarisとなりはっきりと境されている.半月ヒダには上方に向かった1つの角Hornとほとんど水平に外側に向う角Hornとが区別される.両方の角ははっきりした半月形の切れこみを取り囲んでおり,その切れこみは上外側に向って凹みをなしている.この半月形のひだは腹横筋膜が鞘状突起の中に落ちこむ部分の縁であり,この上に精管が乗つている.

 腹膜下鼡径輪は下腹壁動静脈Vasa epigastrica caudalisに対して重要な位置関係を示している.この動静脈は腹膜下鼡径輪の内側縁で腹横筋膜と腹膜との間を上方に走るのである.つまり腹膜下鼡径輪は下腹壁動静脈のすぐ外側にある.

 さて前腹壁の内面で,半月ヒダPlica semilunarisと腹直筋鞘とのあいだにある腹横筋膜の一部になお注意を向けてみよう.ここでは腹横筋膜に横の方向, もっとも大部分は縦の方向をとっている線維があって,それも強弱の度がいろいろと異なる線維である.これらはあるいは一様な層をなし,あるいは薄い場所がそのあいだにあって2つの束に分けられている.その内側の1束は腹直筋の鞘とその腱とに付着しており,他の外側の1束は腹膜下鼡径輪に直接しているかあるいはその近くにある.これらの腱性の線維がときには筋線維によってかわられている.

 内側の束mediales Bündelはその形によって鼡径鎌Falx inguinalisと呼ばれ,三角形である.これには腹直筋鞘および腹直筋腱に密着している内側縁と鎌の形をした外側縁とがあるが,後者は上の方に向って内腹斜筋と腹横筋の合同した腱のなかに続いていることがまれではない.

S. 376

鼡径鎌の第3の縁,すなわち底Basisは恥骨靱帯Lig. pubicum Cooperi(304頁および図435)と幅ひろく結合している.

 外側の束は,その位置が内側鼡径窩と外側鼡径窩とのあいだにあるので窩間靱帯Lig. interfoveolareと呼ばれ,いろいろな広さの束で骨盤の方に向って裂孔靱帯を越えて恥骨靱帯にまで放散している.上方では腹横筋膜のあたりで消失するか,あるいは腹横筋の腱と続いており,あるいは半環状線と続いていることさえある.窩間靱帯の内側縁は鼡径鎌に程度の差はあるが近づいている.またその外側縁は自由縁をなし,腹膜下鼡径輪の半月ヒダにまで達していることがあり,そのときには腹膜下鼡径輪の内側の境をなしている.

 窩間靱帯の内側縁と鼡径鎌の外側縁とのあいだにある腹横筋膜の薄い部分(図497で明るい卵円形の部分として画かれている)は内側鼡径窩に一致している.ここが直接鼡径ヘルニアdirekte Leistenbrücheが出てくるところである.下腹壁動静脈は内方から窩間靱帯を被い,あるいは鋭い角をなしてこれと交わっている.

 鼡径鎌および特に窩間靱帯はときどき小さい筋束,すなわちM. interfoveolaris(窩間筋)によって代られ,あるいは補強されている.窩間筋の線維は内腹斜筋ならびに腹横筋に由来するのである.これは腹横筋膜より前方にある.さらに腹横筋膜より後方にも小さい筋束が見いだされている.これはM. tensorfasciae transversalis(腹横筋膜張筋)とよばれる.この領域についての比較的新しい研究はStrecker, F, , Arch. Anat. Phys.1913, Anat., Anz.,98. Bd.-Graf Haller, Z. ges. Anat., 62. Bd, ,1921に記されている.

[図497] 右の内側鼡径窩とその周囲, 内部(後方)から解剖したもの  Ad. 白線補束;Mr. 腹直筋;V. d. 精管および腹膜下鼡径輪;F. i. 鼡径鎌;L. H. 窩間靱帯. F. i. とL. H. との間に鼡径窩が明るい卵円形として示されている.(BrauneおよびHisによる)

γ. 鼡径管Canalis inguinalis, Leistenkanal

 鼡径管の外側の出口,すなわち皮下鼡径輪Anulus inguinalis subcutaneusは外腹熱筋の腱膜のもつ隙間であり,鼡径管の内側の入口,すなわち腹膜下鼡径輪Anulus inguinalis praeperitonaealisは腹横筋膜Fascia transversalisの鼡径部にある.鼡径管は前腹壁のほとんど全厚を斜めの方向に貫いており,しかもこの管は腹膜下鼡径輪からみると後外側上方から前内側下方に走っている.その走向はほぼ外腹斜筋の線維の方向に一致するのである,両鼡径輪の距離,すなわち鼡径管の長さは4~5cmである.また浅鼡径輪の縦径ははなはだまちまちであり,一般に男では1.5~3cmのあいだを動揺し,女では約1cmである.

 鼡径管は円筒形ではなく,前後の方向におされた形である.鼡径管に4つの壁を区別することができる,すなわち幅の広い2つの主壁Hauptwände,すなわち後方および前方各1つの主壁ならびに幅の狭い2つの副壁Nebenwände,すなわち上方および下方各1つの副壁である.ところで精索は鼡径管の軸に平行して走るのではなく,次のように傾いている,すなわち腹膜下鼡径輪のところではその上壁により近く,浅鼡径輪のところではその下壁により近く位置している.

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 鼡径管の前壁は丈夫で撓みにくくて,外腹斜筋の腱膜および脚間線維から作られている.それを被ってさらに皮下脂肪組織のついた皮膚と浅腹筋膜とがあるわけである.後壁は比較的薄くて,且つ抵抗力が弱くできていて,腹横筋膜ならびに上述の鼡径鎌,さらに窩間靱帯ならびに窩間筋からなっている.そのうしろに腹膜と腹膜下組織がある.

 鼡径管の下壁は鼡径靱帯から作られている.これはその初めの部分(腹膜下鼡径輪)でははなはだ狭く,浅鼡径輪に向って次第に幅が広くなり,出口では精索が入っている1つの溝となっている.

 鼡径管の上壁は内腹斜筋と腹横筋の下方に向いた自由縁とから作られており,これは腹膜下鼡径輪の近くでは筋肉質に富み,さらに外に向ってはこの両筋のいっしょになった腱膜によって上壁が作られ,且つ後壁と1つになってしまう.

[図498] 前腹壁と鼡径管の水平断の模型図

 男では精索Funiculus spermaticus, Samenstrangが,女では(以前は子宮円靱帯といわれた)子宮鼡径索Chorda uteroinguinalis, rundes Mutterbandが鼡径管を通っている.

 精索はその腹膜下鼡径輪に入るところでは精管,精管動静脈,精巣動静脈ならびに精巣動脈神経叢および精管神経叢からできている.そのうえさらにリンパ管および腹膜鞘状突起の残りもある.これらの構造物(精索の内容)が,腹横筋膜の続きをなすものに包まれているが,これに更に陰嚢の中につづき,合せて精巣および精索の鞘膜と呼ばれている.これに接して挙睾筋があり,なお後方には挙睾筋動脈と陰部大腿神経の陰部枝とが,また前方には腸骨鼡径神経がある.挙睾筋は浅鼡径輪から外に出たのちに挙睾筋膜Fascia cremastericaに被われているが,これは浅腹筋膜の続き(精索の被膜Hüllen des Samenstranges)をなしている.

 上に述べたことから次のことも明かである.すなわち精索は,外の方から次第に鼡径管を内部へとすすんでゆくにつれて,だんだんとその構成要素が消失してゆき,ついに腹膜下鼡径輪では精管および神経叢を伴う精巣動静脈ならびにリンパ管が残っているだけとなる.これらの残っているものが腹膜下鼡径輪のところで,腹膜に被われて,図499に示すように,たがいに違った方向にばらばらに分れてゆく.すなわち精管は小骨盤に,精巣動静脈は腰部へと向うのである.

 鼡径管とその内側に隣接する部分は(とくに男では)1つの重要なヘルニア門Bruchpforteである.すなわち病的に膵部の内臓がここを通って出てくることがあり,そのためいわゆるヘルニアHernienがおこるのである.外側ヘルニアlaterale Herniaと内側ヘルニアmediale Herniaとがあって,外側鼡径ヘルニアHerniae inguinales lateralesは鼡径管を通って壁側腹膜を外におし出し,あるいは腹膜鞘状突起のまだ開いたままになっているところを経て(図498)鼡径管の全長を通るのである.

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 後天性の鼡径ヘルニアは鼡径管を通って壁側腹膜が外におし出されたときであり,先天性の鼡径ヘルニア(あるいはその素因)は腹膜鞘状突起が開存しているところを腹部の内臓が通って腹腔の外に出るときである.この両方のばあいに下腹壁動静脈はヘルニア嚢Bruchsackの頚の内側にある.しかし内鼠側径ヘルニアHernia inguinalis medialisのときには全く違っている.このときには腹膜下鼡径輪はヘルニアの入口とならずに,鼡径鎌と窩間靱帯とのあいだにある内側鼡径窩の弱い部分が前方にとび出すのである.このヘルニアに浅鼡径輪のところに現われるのであるが,ここでは下腹壁動静脈はその外側にある.それゆえ何かの手術を加える必要があるようなときには,この血管との位置関係が顧慮されなければならない.このヘルニアは一名直接direkt鼡径ヘルニアと呼ばれ,外側鼡径ヘルニアはschräg(間接indirekt)鼡径ヘルニアあるいは鼡径管ヘルニアKanalhernieと呼ばれる.

 腹膜に関しては,ここではごく少し述べるだけにする.すなわち,前腹壁の内面で,腹膜下鼡径輪のところには下腹壁動静脈の外側に1つの小さいくぼみがあり,これが外側鼡径窩Fovea inguinaIis lateralisである.また下腹壁動静脈を被って隆起した1つの低いひだがある,これが腹壁動脈ヒダPlica epigastricaである.両側の下腹壁動静脈のあいだに,小骨盤から臍に向って多少とも太い3条,すなわち正中にある不対の1条と,外側にあって対をなす2条とが走っているが,これらはどれも胎生期には重大な意義をもっていたもので,生後に変形して靱帯となったのである.両側にある条は臍動脈索 Chordae a. umbilicalisであって隣動脈の閉塞したものであり,中央にある条は尿膜管索Chorda urachiであり,これは尿膜の茎の残りものである.さらに腹膜がこれらの上で隆起し,かなり丈けの高い,しばしば著しいひだ,すなわち外側臍ヒダPlicae umbilicales lateraIesと中臍ヒダPlica ulhbilicalis mediaとを成している.これらのひだの間にあるくぼみは臍胱上窩Fovea supravesicalis,内側鼡径窩Fovea inguinalis medialisおよび外側鼡径窩Fovea inguinalis lateralisである.外側鼡径窩は膜腹下鼡径輪に相当しているし,内側鼡径窩は浅鼡径輪と相対している.内側と外側の両鼡径窩のいずれかがヘルニアの脱出点となるのである.しかしきわめてまれに臍胱上窩がヘルニアの脱出点となることがある(図497, 498).

[図499] 前腹壁の下部を内方から解剖したもの 窩間靱帯,腹膜下鼡径輪,大腿輪を示す.

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最終更新日 13/02/04

 

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