Rauber Kopsch Band1. 36

第4群:頚部の筋Musculi colli, Muskeln des Halses, Halsmuskeln

1. 広頚筋Platysma. (図506, 512, 513)

 広頚筋(日本人の広頚筋を森田は129体について観察し,これをI(12.4%),II(7.1%), III(18.6%), IV(14.2%),V(10.6%),VI(19.5%), VII(15.9%), VIII(1.8%)の各型に分類した(森田信:解剖学雑誌 21巻,755~760,1943).)は薄い平たい皮膚筋であって,これは顔面にはじまり下顎骨の縁を越えて頚部に向い,皮下組織のすぐ下にあって,第2あるいは第3肋骨のところまで延びている.それゆえこの筋に頭部と頚部とを区別する.この筋の頚部は下顎骨の縁から線維が下方に向って分散し,鎖骨を越えて第2肋骨のあたりにまで延び,そこで皮膚に固着する.最も内側にある線維はオトガイ部で鋭角をなして交わっている.中頚部Regio colli mediaはこの筋に被われていない.その線維束は背方では肩部に達する.

 --広頚筋の顔面部については頭部の筋の項, 399頁410頁を参照せよ.

 神経支配:顔面神経による.

 変異:この筋は全部または一部が欠けていることがある.部分的な欠如の場合は筋の下部を欠いている(Gegenbaur, Chudzindsky, Bluntschli).両側の線維束の交叉はオトガイ部よりもさらに上の方にあることもあり,またもっと下の方にあることもある.これより深層にある第2の筋層がみられることはいっそうまれであり,そういう深層線維はもともと縦の方向に走り,耳介あるいは耳下腺咬筋部とのつながりをもつのである.

 広頚筋は哺乳類ではさらに広く発達している皮膚筋の残りとして現われているものであって,皮膚筋は皮膚の運動こあずかり,肉性被層Panniculus carnosusと呼ばれる.かくして広頚筋が少数の筋束をもって,この筋の普通に存在する範囲を越えて延びている場合が理解されるのである.このような例では広頚筋が頬骨弓にまで,または僧帽筋の停止にまで,あるいは第4肋骨にまでも広がっているのである.肉性被層に由来するところの過剰筋の発現形およびその機能ははなはだ広く大きいのである.

 Bluntschli, H., Morph. Jhrb., 40. Bd.,1909.

 --G. Ruge, 同上, 41. Bd.,1910, 43. Bd.,1911.

2. 胸鎖乳突筋M. sternocleidomastoideus, Brustschlüsselbeii muskel, Kopfwender. (図506, 508)

 僧帽筋は頭蓋を上肢帯の後部と結合させ,胸鎖乳突筋は(頭蓋を)上肢帯の前部と胸骨とに結合させている.

 この筋は力つよく発達していて,頚部を斜めの方向に走り,2頭をもってはじまる,すなわち胸骨部Pars sternalisをもって胸骨柄から,鎖骨部Pars clavicularisをもって鎖骨の胸骨端から起っている.鎖骨部は胸鎖関節の外側で鎖骨にはじまり,次第にその位置が胸骨部の下に移りこれといっしょになって乳様突起の外面および分界項線に沿って停止する.

 鎖骨部と胸骨部ならびに鎖骨とのあいだにある三角は,また皮膚の上でもくぼみとして見ることも触れることもできる.このくぼみは小鎖骨上窩Fossa supraclavicularis minorと名づけられている(図151).この三角の底には内頚静脈と総頚動脈とがある.

 神経支配:副神経ならびに頚神経叢によるのであって,つまりこの筋と由来を同じくする僧帽筋と同じ神経支配である.

 脊髄節との関係:副神経,C. II, III.

 作用:この筋が両側性にはたらくときには願を軽く上方にあげつつ後頭を前方に引く.(それゆえ主として空間における頭の位置を変えるが,頚部脊柱に対する頭の位置関係の変化はこれにくらべると少ない.)一側性にはたらくときには頭を反対がわに回し,かつ傾ける.頭を固定しているときには,吸気筋として作用する.

S. 392

 変異:この筋の下部には1本あるいは2本の腱画が見られ,これはよく発達していることもあり,あまり発達していないこともある.W. Krause(1876)によればこの筋は4頭よりなるM. quadrigeminus capitis(頭四叉筋)とみなすべきであるという.すなわちCaput sternomastoideum(胸骨乳突部),Caput sternooccipitale (胸骨後頭部),Caput cleidomastoideum (鎖骨乳突部), Caput cleidooccipitale(鎖骨後頭部)の4頭よりなる.これらの4つの筋がいろいろなぐあいに離合集散することによってこの筋の変異が説明できる.胸骨乳突部が(非常にまれではあるが)欠如していることがあり,比較的しばしば鎖骨後頭部あるいは胸骨後頭部が欠けていることもある.胸骨後頭部は(まれに)独立していることがあるし,鎖骨後頭部が独立していることはしばしばである(Woodによれば36%).

 M. transversus nuchae(項横筋)という筋が見られることはきわめて多い.この筋は僧帽筋の下にあることが多く,またこの筋の上にあることもあり,外後頭隆起のあたりから起り乳様突起に向って水平あるいは弓状に走っている.その少数の線維が分界項線に付着している.

[図508] 頚部の筋および舌骨上筋II(11/20) 右:広頚筋を取り除き胸骨舌骨筋ならびに肩甲舌骨筋の上腹を切断してある.左:広頚筋と胸鎖乳突筋とを取り去ってある.

3. 胸骨舌骨筋M. sternohyoideus. (図506, 508, 509)

 この筋は扁平な幅の狭い筋であって,胸骨柄の後面で,胸鎖関節ならびに鎖骨の胸骨端から起っている,この筋は上行しつつ幅が狭くなり,両側のものが内側に向って集り相ならんで舌骨体の下縁に停止している.

 停止部と舌骨甲状膜との間には,胸骨舌骨筋嚢Bursa m. sternohyoideiという粘液嚢があり,これは他側の同じ滑液包と通じていることがある.

S. 393

 神経支配および脊髄節との関係:舌下神経係蹄の枝でC. I~III(Bolk), C. II~IV(Rauber)から来るものによる.

 変異:この筋の起始の近くに(まれに)腱画が存在する.そのような腱画がさらに甲状軟骨の斜線の高さにもあるが,これはいっそうまれである.この筋の鎖骨起始部はかなりに独立性を示すことがあり,けっきょく別の筋となって上方に走っていることがある.両側の筋はその全長にわたって,あるいは部分的にたがいにつずいていることがある.

[図509] 頚部の筋および舌骨上筋III(11/20) 右:鎖骨,広頚筋,胸鎖乳突筋,僧帽筋,大胸筋,鎖骨下筋を取り除き,肩甲舌骨筋の大部分(下腹, 中間腱ならびに上腹の一部)を取り去ってある.左:広頚筋および胸鎖乳突筋を取り除いてある.一顎二腹筋の前腹は両側とも取り除いてあり,顎舌骨筋は切断し反転してある.右のオトガイ舌骨筋は取り去ってある.

4. 胸骨甲状筋M. sternothyreoideus. (図508, 509)

 この筋もやはり扁平であるが,これを部分的に被っている胸骨舌骨筋よりも幅が広い.この筋は胸骨柄の後面と第1肋軟骨の後面から,胸骨舌骨筋の内側で,同時にこれよりいくぶん下方で起る.それゆえ胸骨甲状筋の内側部は頚の下部では胸骨舌骨筋に被われず,甲状腺の上を上方に伸びて,甲状軟骨の斜線に付着している.

S. 394

 神経支配および脊髄節との関係:舌下神経係蹄の枝でC. I~III(IV) (Bolk),C. II~IV(Rauber)から来るものによる.

 作用:甲状軟骨を下方に引く.

 変異:この筋の下縁には1つあるいは2つの腱画が見られることがあり,また時にはその起始が第2肋骨に及んでいることもある.1つの筋束が甲状舌骨筋あるいは喉頭咽頭筋に移行していることもまれでない.他の筋との結合はいっそうまれである.胸骨甲状筋は甲状腺が大きくなっているときには,多くは幅が広く,且つ薄くなっている.両側の筋が前述の筋のように正中線でたがいに全く結合していることがあり,あるいは少数の筋束によって結合していることもある.

5. 甲状舌骨筋M. thyreohyoideus. (図508)

 この筋は胸骨甲状筋の続きにあって,甲状軟骨の斜線から起り舌骨体の側方部ならびに大角に停止している.胸骨甲状筋の外側部の線維は直接この筋に続いている.

 この筋と舌骨の大角との間には甲状舌骨筋嚢Bursa m. thyreohyoideiがある.

 神経支配:舌下神経の1枝.

 脊髄節との関係:C. I, II(Bolk).

 作用:舌骨を下方に引き,甲状軟骨を上方に引く.

 変異:M. levator glandulae thyreoideae(甲状腺挙筋):この筋は時としてみられる細い筋で,舌骨体あるいは甲状軟骨から甲状舌骨筋の内側を,甲状腺(峡,あるいは左右の両葉, あるいは錐体葉)の被膜へと走っている.

 M. depressor glandulae thyreoideae(甲状腺下制筋)と呼ばれるものは甲状軟骨にはじまる1つの筋束で,まれに(約1%)見られるものである.この筋束は甲状腺の中部葉がずっと上方にまで達しているときに,その後面に停止する.

6. 肩甲舌骨筋Momohyoideus. (図506, 508, 509)

 この筋は胸骨舌骨筋と同じ層にあり,上と下各1つの筋腹,すなわち上腹Venter cranialisと下腹Venter caudalisとよりなり,この両者は1つの中間腱により結合されている.下腹は肩甲横靱帯にはじまり,あるいはこの靱帯の内側で肩甲骨の上縁と烏口突起の基部とではじまっている.この筋は次第に薄くなりつつ内側および上方に向きをかえ, 鎖骨のうしろに出て,ここで中間腱Zwischensehneに移行する.この中間腱は中頚筋膜と癒着しており,また頚部の大きい血管と交叉している.上腹は上方に急な傾斜をなして舌骨体へと走り,胸骨舌骨筋の外側で舌骨に停止する.

 神経支配および脊髄節との関係:舌下神経係蹄の枝でCI~III(Bolk), C. II~IV(Rauber)から来るものによる.

 作用:舌骨を下方に引き,かつ頚筋膜を緊張させる.

 肩甲舌骨筋が胸鎖乳突筋と交叉することによって2つの重要な三角が作られる.そのうち上方にあるものは頚動脈三角Trigonum caroticum, また下方にあるものは肩甲鎖骨三角Trigonum omoclaviculareである.これらの三角に相当して頚部の皮膚にへこみがあり,このへこみはそれぞれ頚動脈窩Fossa caroticaおよび大鎖骨上窩Fossa supraclavicularis majorと呼ばれる(図151).

 変異:上,下の両腹の一方あるいは両方が欠如していることがある,上腹あるいはこの筋の全体が重複していることがある.この筋が鎖骨のそばを通る間に鎖骨からの副頭accessorischer Kopfを受けることもまれでない.その場合には上肢帯をなす2つの骨がこの筋の起始となっている.しかしながら下腹がまた鎖骨からだけ起ることもあり,そのときにはこの筋はM. cleidohyoideus(鎖骨舌骨筋)というべきものになっているのである.

7. 前斜角筋M. scalenus ventralis. (図502, 503, 508510)

 この筋は3個あるいは4個の尖頭に分れて,第3あるいは第4~第6頚椎の肋横突起の前結節から起り,外方ならびに前方に向って下行し,第1肋骨の斜角筋結節に停止している.

S. 395

 最小斜角筋M. scalenus minimus. この筋は第7頚椎の肋横突起から起り,胸膜頂に達する.Okamoto(Anat. Anz., 58. Bd.,1924)によればヨーロッパ人では成人で54%に,子供で72%に存在する.

8. 中斜角筋M. scalenus medius. (図502, 503, 508510)

 これは6~7個の尖頭をもって,第2~第7あるいは第1~第7頚椎の肋横突起の脊髄神経溝の外側縁から起り,鎖骨下動脈溝の背方で第1肋骨の上面,さらに第1肋間隙の筋膜および第2肋骨の上縁に停止する.

9. 後斜角筋M. scalenus dorsalis, hinterer Rippenhalter. (図502, 508510)

 これは2~3個の尖頭をもって第5または第6~第7頚椎の肋横突起の後結節から起り,第2肋骨に着く.

 前,中の両斜角筋のあいだに1つの重要な裂け目,すなわち斜角筋裂Scalenusspalteが開いている.これは鎖骨下動脈A. subclaviaと腕神経叢Plexus brachialisが通るためのものであって,鎖骨下静脈はここを通らずに前斜角筋の前を通る.前斜角筋のうえを横隔神経が胸腔へと走っている.一後斜角筋は中斜角筋と密着していることがある.

 神経支配:頚神経叢の枝による.(Rauberによれば)腕神経叢の枝も来る.

 脊髄節との関係:前斜角筋はC. V~VII,中斜角筋はC. (II)III~VIII,後斜角筋はC. (V)VI~VIII, 最後のものはEislerによればC. VIIあるいはC. VIIIによるという.

 作用(斜角筋群の)1肋骨を上にあげ,あるいはまた肋骨を固定しているときには,脊柱の頚部を曲げあるいは回すようにはたらく.

 変異:前斜角筋:この筋が全く欠如していることがある.時としてその起始が第2頚椎にまで達している.鎖骨下動脈がこの筋を貫いて走りあるいはこれより前方を通ることがある.横隔神経は(まれに)この筋の中をある長さだけ走っている,--中斜角筋:この筋もやはり全部欠場することがある.その起始の数が普通より減じて2個にまでなっていることがあるが,第3頚椎 からでる起始尖頭がかけることは決してないようである(Krause).またその停止が普通より下って第2肋骨,さらに第3肋骨にまで達することがある.--後斜角筋:この筋は全部あるいは一部を欠如することがある.その停止はすでに第1肋骨に見られることもあり,また第3あるいは第4肋骨にまで達していることがある.

10. 前肋横突間筋Mm. intercostotransversarii ventrales. (図510)

 これらの筋は上下に相隣る頚椎の肋横突起の前結節のあいだに張っている.

11. 頚長筋M. longus colli. (図510)

 この筋は頭長筋の内側にあり,環椎から第3胸椎にまで延びて,次の3つの部分よりなっている,すなわち直部Pars recta,上斜部あるいは環椎長筋Pars obliqua cranialis seu Longus atlantis,下斜部Pars obliqua caudalisである.

 直部Pars rectaは内側にあって,上下の両斜部の起始を結びつけており,上方は第2~第4頚椎体に,下方は下部の3個の頚椎体と上部の2~3個の胸椎体とに付着している.上斜部Pars obliqua cranialisは第3~第5頚椎の肋横突起の前部から起って,環椎の前結節に付着する.下斜部pars obliqua caudalisは上部の2~3個の胸椎体から出て第5および第6頚椎の肋横突起に達している.

 神経支配:頚神経の枝3本を受ける.

 脊髄節との関係:C. III~VIII.

 作用:頚椎の前方屈曲筋および回転筋としてはたらく.

12. 頭長筋M. longus capitis. (図508510)

 この筋は4つに分れた尖頭をもって第3~第6頚椎の肋横突起の前結節から起り,上方に向って走り後頭骨の底部に達して,そこにある2つの骨稜のうち前方のものに付着している(図486).

 神経支配:頚神経の枝による.

 脊髄節との関係:C.I~V(Krause).

 変異:第6あるいは第5頚椎からの起始が欠如することがある.その時にはこの筋に第2頚椎,時にはさらに第1頚椎からの起始が加わっている.--この筋は1つの細い筋束によって頚長筋と結合している.環椎からの起始が独立していることがある(3%).

S. 396

[図510] 椎骨前面にある頚部の筋と斜角筋群 左の頭長筋は停止からはなして,起始の筋束を剖出してある.

S. 397

13. 前頭直筋M. rectus capitis ventralis. (図510)

 この筋は頭長筋の停止部に被われている.環椎の肋横突起の前部の根もとから起り,後頭骨の底部で頭長筋よりもうしろで,そこにある2つの骨稜のうち後方のものに停止している(図486).

 神経支配:後頭下神経の前枝による.

 脊髄節との関係:C. I.

 作用:この筋は一側が作用するときには頭部を側方に傾けるのを助け,両側がはたらくときには頭部を前方に曲げるのを助ける.

 変異:この筋は全く欠けていることがあり(4%),また重複することもある.

[図511] 頚筋膜Fasciae colli(3/5) 耳下腺と顎下腺とは取り除いてある.胸鎖乳突筋の下部は頚筋膜の浅葉のそれに相当した部分とともに切りとってある.

S. 398

頚筋膜Fasciae colli, Binden des Halses

 頚部には3葉の筋膜が区別される,すなわち浅頚筋膜Fascia colli superficialis,中頚筋膜Fascia colli media,深頚筋膜Fascia colli profundaである.その浅葉は概して薄いのであるが,若干の場所でだけ比較的じようぶになっている.しかしその深葉および椎前筋膜はいっそう固くて,ところどころで腱のような輝きをもっている.

1. 浅頚筋膜Fascia colli superficialis. (図511, 512)

 この筋膜は広頚筋の下にあり,下顎骨の下縁の前部,舌骨,両側の鎖骨の上縁に付着している.

 舌骨より上方では顎下腺の外面を被っており,広頚筋とともに下顎骨下縁の後部をこえて顔面へと延び,顔面では頬骨弓に付着し,ここに終っている.(その耳下腺咬筋部にある部分は以前に耳下腺咬筋膜Fascia parotideomassetericaと呼ばれた).浅頚筋膜は胸鎖乳突筋部では繊細な層をなして胸鎖乳突筋の外面を被い,そのうしろでは外側頚三角Trigonum colli lateraleの中を僧帽筋の前縁に向い,このあたりで浅背筋膜と合する.また, この筋膜は中頚部においては両側の胸鎖乳突筋のあいだで中頚筋膜の前にある,そして胸鎖乳突筋の被膜は,その前縁でこの筋膜と合する.外側頚三角の下部では,その浅葉が比較的じようぶになっている.後浅頚静脈が大鎖骨上窩でこれを貫つらぬくところをめぐって,線維が外側上方に凹の弓形をして列んでいる.

[図512]頚筋膜 第6頚椎 の高さにおける頚部の横断.

2. 中頚筋膜Fascia colli media. (図511, 512)

 この筋膜は丈夫な結合組織の板であって,舌骨から胸骨および鎖骨にまで達している.

S. 399

 胸骨の上方では,浅頚筋膜と中頚筋膜とのあいだに脂肪をふくむ結合組織で満たされた裂け目,すなわち胸骨上隙Spatium suprasternaleがある.これは胸骨の近くで横走する頚部の静脈,すなわち頚静脈弓Arcus venosus juguliにより貫かれている.この静脈弓は側方にすすんで胸鎖乳突筋のうしろで後浅頚静脈あるいは近くの鎖骨下静脈に達する.中頚筋膜は鎖骨の背面に付着している.これは両側の胸鎖乳突筋のあいだでその浅葉のうしろにあり,側方ではこれらの筋のうしろ.に入り,そのさい頚部の大血管の集りおよび縦走する神経の上を越えている.この筋膜は肩甲舌骨筋の鞘をなし,ついでこの筋の上腹の側方にさらに広がりながら,だんだんと薄くなり,ついには深頚筋膜の浅層の側方への延長部と合するが,また同じように浅頚筋膜とも結合している.肩甲舌骨筋の中間腱はこの筋膜と固く癒着している.肩甲舌骨筋の下腹はこの筋膜に包まれている.中頚筋膜は下腹より背方で消失するがこれより前方ではつよく発達している.多くの例ではここで線維が,上方に凸の低い弓状をなして走り,第1肋骨との間に横裂Querspalte(Henle)を境している.ここを通って鎖骨下静脈が胸郭の外面から内部へと走る.肩甲舌骨筋はこれと密に結合しているために中頚筋膜を緊張させるはたらきがある.

3. (椎前)深頚筋膜Fascia colli profunda (Praevertebralis). (図511, 512)

 深頚筋膜は頭蓋底から深頚筋の前を下方にのびていて,その際これらの筋のあいだをへて脊椎に付着しており,頚長筋とともに胸腔の中に達し,そこで胸内筋膜と続いている.また斜角筋群とともに胸郭の外面に達して,そこで腕神経叢と鎖骨下動脈とを被っている.この筋膜は前斜角筋から鎖骨の後面に延び,さらに薄い線維の流れとなって胸膜頂の結合組織の中に広がる(Eisler).深頚筋膜は側方では頚部の脈管束および縦走神経の背方を外側に走るが,これに反して中頚筋膜はその外側面に沿って通っている.次いで深頚筋脚まで背方に向って,上に述べたように他の両筋膜と結合するのである.

 この筋膜が脈管束のうしろに達する前に,縦中隔Septum longitudinaleという線維性の1葉がこれから発して脈管束より内側の中頚筋膜に送ちれている.それゆえ頚部の大血管と縦走神経の束は3つの筋膜板のあいだに閉じこめられており,そのほかに特別な血管鞘が存在するのではないといわれる.

 浅および中頚筋膜の内側部と深頚筋膜とのあいだにあって,側方は縦中隔により閉じられているところがいわゆる臓腔Eingeweideraumであって,ここには次のような頚部の諸内臓が存在している.それは咽頭,食道, 喉頭,気管,甲状腺である.咽頭と食道の結合組織性の被膜と深頚筋膜との結合は咽頭後結合組織retropharyngeales Bindegewebeという疎性結合組織によりなされていて,この咽頭後結合組織はさらに下方は胸腔の中に続いている,--深頚筋膜とこれに被われる骨および筋との間には疎性結合組織で満たされたすきま,すなわち椎前隙Spatium praevertebraleがある.

1-36

最終更新日 13/02/04

 

ページのトップへ戻る