Rauber Kopsch Band1. 37

第5群:頭部の筋Musculi capitis, Muskeln des Kopfes, Kopfmuskelen

第1群:広頚筋から分化したものPlatysma-Differenzierungen

 広頚筋はすでに391頁で述べたように,頭部と頚部乏よりなる.その頚部はいつまでも簡単な状態を示すのに対して,広頚筋の頭部はこれと全く違っていて,消化管および呼吸道の入口に対する関係により,また視覚器および聴覚器の入口に対する関係によって,はなはだこみいった様子になっている.その一般に通ずる設計はもちろん,充分に明かだといえる.それはいま挙げた門のすべてが,内方の同心性の流れinnerekonxentrische Zügeと,外方の放射状の流れäußere radiäre Zügeとをもつことである.

a)頭蓋表筋Mm. epicranii, Schädelhazabenmuskeln

(工藤は日本人の顔面筋を支那人およびヨーロッパ人と詳細に比較している(工藤得安:北越医学会雑誌,31年,4号,293~322,1916).)

 頭蓋冠Calvariaを被って,帽状腱膜Galea Aponeurotica, Sehnenhaabeという薄くて丈夫な腱膜Sehnenhautが広がっている(図513).これは骨膜とは疎に,頭部の皮膚とは密に結合している.

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これは前頭,後頭,側頭の3個所にある各1対の筋と結合していて,それらの筋の中心腱Zentralsehneをなしている.またこれらの筋によって帽状腱膜は頭皮とともにあちらやこちらに動かされるのである.これら3対の筋とは前頭筋,後頭筋および側頭頭頂筋である.

[図513] 頭部の筋(I) 浅層, 側頭筋膜Fascia temporalisおよび耳下腺咬筋膜Fascia parotideomassetericaは残してある.

1. 後頭筋M. occipitalis. (図513~516)

 後頭筋は界上項線から幅ひろく起り,しかも側頭骨の錐体乳突部の背方端からはじまっているが,正中線よりは25~30mmも離れている.この筋は斜めに外側上方に走り,次いで帽状腱膜に移行する.

 神経支配:顔面神経の後耳介神経の後頭枝による.

 作用:帽状腱膜はもともと動かしやすいものなので,これを後頭の方へと引いて,前頭部を平滑にする.

 変異:この筋は全く欠けていることがある.両側の筋が正中線で交叉していることがある.項耳筋とつづいていることも少くない.

S. 401

2. 前頭筋M. frontalis. (図513519)

 前頭筋は眉や眉間のあたりの皮膚や結合組織から起る.そのさいこの筋は眼瞼の輪走筋を所々で貫き,この輪走筋に対して前頭筋は1つの放射状筋となっていて,さらに眉間下制筋,籔眉筋ならびに眉頭下制筋の筋束をも貫くのである.その線維は頭頂部に向って散開してゆき,両側の前頭結節の高さで弓状にまがり帽状腱膜に移行する.左右の前頭筋の内側縁は,下の方では多少の差はあるがたがいに合しているが,上の方では離れて,そのあいだでは前頭面の一部がこの筋に被われていない.

 神経支配:顔面神経の側頭前頭枝による.

 作用:この筋は前頭の皮膚に横の皺を寄せ,眉を引きあげる.

 変異:この筋が欠けていることがある.両側の篩が正中線で交叉しそいることがある.しばしばこの筋がいくつかの筋束に分れている.後頭筋と直接に続くことは極めてまれである.

3. 側頭頭頂筋M. epicranius temporoparietalis(図513)

 この筋は広がりの点でも,厚さの点でもすこぶる変化に富む筋肉の薄い板であって,これは側頭部の腱膜の上にあり,前頭筋にまで達していることがある.この薄い筋肉の板は浅側頭動脈およびその両枝によって3つの部分に分けられている.その前方の部分,すなわち側頭部Pars temporalisは帽状腱膜にはじまり,帽状腱膜に終っている.中央の部分,すなわち三角部Pars triangularisは浅側頭動脈の前頭枝と頭頂枝とのあいだにあり,後方の部分,すなわち頭頂部Pars parietalisは以前に上耳介筋M. auricularis sup. といわれたものに相当する.これ(頭頂部)は帽状腱膜から起り,その筋束の大部分は耳介軟骨に,その後方の一小部分は帽状腱膜に停止している.

4. 眉間下制筋M. depressor glabellae(図513519)

 この筋は鼻背にはじまり,扇形に広がって前頭に達し,そこでは前頭筋よりも浅層にあり,皮膚に放散している.この筋の大きさははなはだ変化に富むのである.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋のはたらきは前頭筋に拮抗するものであって,眉間部の皮膚を下方に引き,鼻根のところで両側の眉の内側端のあいだに深い横の溝をつくる.

b)眼の周囲にある筋
1. 眼輪筋M. orbicularis oculi, Augenringmuskel. (図513519)

 眼輪筋の起始するところは内側眼瞼靱帯の上下の両面,上顎骨の前頭突起,前涙嚢稜,涙嚢,後涙嚢稜とそれよりさらに後方の部分,ならびに眼窩口の上顎部の内側部である.この筋に次の3つの部分を区別する.すなわち周辺にある眼窩部Pars orbitalis,眼瞼の範囲にある眼瞼部Pars palpebralis,および涙嚢の上にある涙嚢部Pars sacci lacrimalisである.

 眼瞼部Pars palpebralisは淡い色をした細い筋束からできており,眼瞼の実質のなかにあり,眼瞼縁の近くにまで及んでいる.これは外側では眼瞼の範囲を越えているが,上方と下方ではそれを越えていない.

 涙嚢部pars sacci lacrimalisの線維は後涙嚢稜および涙嚢から起って,眼瞼に達する(図519,第II巻,眼の項参照).

 眼窩部Pars orbitalisはもはや眼瞼には属していない部分である.これは眼瞼部よりも厚くて,いっそう濃い色をしており,さらに太い筋束をもっている.上眼瞼の周りにある部分は扇形に広がり,しかもその程度も強いので,内側の線維はほとんど垂直に上方へすすみ眉の内側端部に達している.これが眉頭下制筋M. depressorcapitis superciliiであるが,一方ほかの線維は外側にあるものほどいっそう垂直からはなれた方向をとっている.

S. 402

眼輪筋の線維の大部分は眼窩の縁をめぐって輪状に走り,結合組織によって周囲の部分に固く付着し,かつ付近の筋とのつながりは変化に富んでいる.

[図514] 頭部の筋(II) 広頚筋耳下腺咬筋膜および眼輪筋の眼窩部を取り除いてある.側頭筋膜の浅葉は,頬骨弓ならびに前頭骨の側頭線から切り離し,その下にある脂肪層とともに上方に折り返してある.

 筋束の一部は輪状の配列を示さずに,いくぶん切線方向を取っているので,この筋は眼窩縁の或る場所では輪状になっていない.そのように輪状でないところの3つの筋束群がある.それは上外側のもの,下外側のものおよび下内側のものである.上外側のものは側頭筋膜のおもてに上方へと広がり,下外側のものは頬骨筋と同じ方向に走って,頬部の皮膚に終り,あるいは鼻唇溝に終っている,これが口唇筋束Fasciculus labialisである.下内側のものは眼角筋M. levatornasi et labii maxillaris medialisを被っている.

S. 403

 神経支配:顔面神経による.

 作用:眼瞼部は眼瞼裂を閉じ, 涙嚢部は涙嚢を広げるようにはたらき,それによって涙が吸いこまれるように作用し,眼窩部は眼瞼の周りの皮膚に皺を寄せる.

 変異:眼瞼部と涙嚢部とはしばしば発達が非常にわるい.眼窩の上壁の下方で深いところにある筋束はM. transversus orbitae(眼窩横筋)として記載されている.RugeがM. transversus glabellae(眉間横筋)として記載したものは,鼻背のつけ根を越えて,正中線へと横の方向に走る眼輪筋の一部であって,これは正中線で他側の眼輪筋の線維と合している.この筋はまた以前にもH. Virchowによって見られたものである.

2. 皺眉筋M. corrugator glabellae. (図514519)

 この筋は眼輪筋の眼窩部に被われて,筋肉性に,あるいは短い腱をもって前頭骨から,しかも前頭上顎縫合のすぐ上のところから起る.その線維は斜め外側に走り,眼窩部を貫き,また前頭筋の線維をも貫いて,眉の中1/3の上方の皮膚に放散する.

 神経支配:顔面神経の側頭前頭枝のだす枝による.

 作用:この筋は眉を下内側に引き,鼻根の側方で前頭に向って上方に走る1つの深い溝をつくるので,その左右の溝によって鼻背の延長部を走る正中位のしわが皮膚にできる.しかし両側の薮眉筋が収縮するときは,正中に深い溝がたジ1つだけできることもしばしばである,また皮膚に固着する停止腱のために,この筋が収縮するときに多数の小さいくぼみが眉の上方にできる.

 変異:この筋は欠けていることがある,別々に弧立した筋束からなることも少くない.

c)鼻部の筋
1. 鼻筋M. nasalis. (図513519)

 この筋は梨状口から余りへだたっていない犬歯および外側切歯の歯槽隆起からおこり,ふつう口輪筋の上顎起始とつづいており,その外側の一部分は,初めは眼角筋に被われていて,鼻背の軟骨部へと走り,ここで腱性となって,他側の同じ筋の腱と合している.

 こうして鼻背の腱膜ができ,眉間下制筋が上からこれにつづている.しかるに内側の部分は近くにある鼻翼Nasenflügelへと走るのである.この部分にはたいてい中隔部Pars septalisというもう1つの筋束があって,これは膜性鼻中隔および外鼻孔の後縁の皮膚に及んでおり,しかもここに口輪筋の鼻起始があるのである.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:強くはたらくときには鼻の軟部全体を下方に引くが,そのさいに側方の鼻翼溝の下部が深くなる.弱くはたらくときには鼻翼のみが作用される(H. Virchow 1908).

d) 口部の筋
1. 口輪筋Morbicularis oris, Mundringmuskel, Lippenmuskel, (図515, 516, 518, 519)

 口輪筋は口を閉じるはたらきをする筋で,口裂をめぐって輪状に広がっている筋線維系よりなる.その大部分が放射状に走る筋肉の続きをなしており,比較的小部分のみが独立した筋束である.口輪筋の実質を放射状に貫く線維の流れもあるが,この流れは顕微鏡的によってのみ証明することができる.

S. 404

その筋束の一部は鼻からも,上顎からも,下顎からも来る.鼻からくる筋束,すなわち鼻起始Origo nasalisは外鼻孔の後縁の皮膚にはじまり,上顎起始Origo maxillarisは鼻筋の起始部に接して上顎骨から起り,下顎起始Origo mandibularisは頬筋の起始部に接してはじまっている.(上顎および下顎両起始は以前には切歯筋Mm. incisiviと呼ばれていた.)

[図515] 頭部の筋(III) 前からみる 右側:浅層.左側:広頚筋,笑筋および眼輪筋の眼窩部を取り除き,同じく大頬骨筋眼角筋,眼窩下筋,犬歯筋,オトガイ三角筋,下唇方形筋を切りとってある.

S. 405

[図516] 頭部の筋(IV)および舌骨上筋 広頚筋,耳下腺咬筋膜,側頭筋の浅葉とその深葉の一部,耳下腺と顎下腺とを取り除いてある.また眼輪筋の眼窩部,笑筋を取り除き,大頬骨筋,オトガイ三角筋,眼角筋,眼窩下筋,小頬骨筋,下唇方形筋を切りとってある.

 この筋の下の境はオトガイ唇溝に一致し,上の境は側方では鼻唇溝に一致している.また中央部は鼻中隔と上唇とのあいだの角よりも上方にある.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋は口裂を狭くし,あるいは閉じさせる.また口笛を吹くとき,接吻するとき,母音OおよびUを発音するときのように,口唇にある程度の緊張をあたえるのである.

 変異:鼻起始, 上顎起始, 下顎起始が全部あるいは一部欠如していることがある.

2. 頬筋M. bucinatorius, Backen-oder Trompetermuskel. (図514519)

 この筋は上下両顎の歯槽突起の外面で第2と第3の大臼歯のある範囲からならびに頬咽頭縫線Rhaphe bucipharyngicaという1本の靱帯条から馬蹄形の線をえがいて起る.この靱帯条は頬筋と頭咽頭筋1とを分けており,蝶形骨の翼突鈎と下顎骨とのあいだに垂直に張られている.

S. 406

上方の線維は前下方に,下方の線維は前上方に口角に向って走り,そこで交叉して,下方の線維は上唇に,上方の線維は下唇に達する.上下両唇の中に入っていった筋束は口輪筋の主要な基礎をなしている.常にいくつかのオトガイ筋束Fasciculus mentalisという筋束がオトガイ筋の起始する部分のすぐそばで,且つ小臼歯のある範囲で下顎骨の歯槽突起に付着しており,その一部はオトガイ筋に移行し,またよく発達しているときには頚部の皮膚にも達している.

 頬筋は上顎第2大臼歯の高さで茸下腺の導管,すなわち耳下腺管Ductus parotidicusにより貫かれる.この筋の内面は口腔粘膜と固く結合している.その外面には咽頭頬筋膜Fascia pharyngobucinatoriaがある.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:口腔前庭が満たされているときにはその内容を押しだすはたらきがある.

3. 眼角筋M. levator nasi et labii maxillaris medialis. (図513519)

 この筋は上顎骨の前頭突起から起り,上唇の皮膚に固く着いているが,ここでは鼻から口角へと下行する深い溝,すなわち鼻唇溝Sulcus nasolabialis に一致している.内側の浅層の筋束は鼻翼溝のすぐ内方のところで鼻翼の皮膚に達するが,深層の筋束は外鼻孔のまわりで外側と後方の部分へゆく(Eisler).

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋は鼻翼と上唇とを引きあげる.

 変異:この筋は欠けていることがあり,ときには鼻骨における起始が重複している.

4. 眼窩下筋M. levator nasi et labii maxillaris lateralis,(図513519)

 この筋は眼窩口のすぐ下方で,眼窩下孔の上ではじまる.これは長い四角形の筋で,眼角筋に被われてこの筋と同じ場所に停止する.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋も鼻翼と上唇とを引きあげる.

 変異:この筋は欠けていることがあり,眼輪筋および他の顔面筋からの線維を受けるし,またこの筋が重複していることもある.

5. 小頬骨筋M. zygomaticus minor. (図514519)

 この筋は頬骨の外面にはじまり,鼻唇溝に達し,眼窩下筋の下部の前方にある.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:上唇を上後方に引く.

 変異:2つの筋束をもって姶まることがあり,眼輪筋と結合していることがある.

6. 下顎骨膜筋束Fasciculi periostales mandibulae,上顎骨膜筋束Fasciculi  periostales maxillae. (図515, 516, 518, 519)

 これらの筋束は以前には異常筋Mm. anomaliとして記載されていたが,必ず存在するものである.これらは骨膜にはじまり,骨膜に終る.上顎骨のそれは上顎骨の前頭突起からおこり,犬歯窩へと走っている.

 これらの筋束が眼窩下筋から来て犬歯筋に続いていることもしばしばである.

 E. Cords, Z. Anat, Entw., 65. Bd.,1922およびH. Virchow, 同誌,84. Bd.,1927.

7. 大頬骨筋M. zygomaticus major. (図513519)

 この筋は短い強い腱をもって頬骨側頭縫合の近くで頬骨から起り,前下方に走って口角に達する.ここでその一部が三角筋の線維と交叉し,上下両唇の実質内に筋束を送るが,主として口角の皮膚に放散して終る.

S. 407

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋は口角を上外側に引きあげる.

 変異:この筋が欠けていることはごくまれである.有色人種では白人種におけるよりもいっそうよく発達しているといわれる.

8. 犬歯筋Mcaninus. (図514519)

 この筋は犬歯窩において,眼窩下孔の下方で幅ひろく始まり,外側および下方に走って口角に達し,そこで三角筋の筋束に移行している.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋は口角を上方に引く.

 変異:Le Doubleはこの筋が同じような強さの3つの筋束に分れているのをみた.黒人では口唇における停止が白人におけるよりもいっそう大きいということである.

[図517] 頭部の筋の起始と停止 頭蓋骨を側方よりみる.(H. Virchowによる)

9. 笑筋M. risorius. (図513)

 この筋は,横の方向あるいは斜めに上方,もしくは下方に走る変化に富む繊細な筋で,耳下腺咬筋膜のおもてにあって,うしろ, また下から口角に達し,なお三角筋の後縁に付着している.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋は口角を後方に引く.頬のえくぼはこの筋によって生ずる.

S. 408

 変異:笑筋には他の筋との関係によって,次の3つが区別される.すなわち1. 広頚筋-笑筋Platysma-Risorius,2. オトガイ三角筋-笑筋Triangularis-Risorius,3. 頬骨筋-笑筋Zygomaticus-Risorius(Bluntschli 1903).笑筋はかなりしばしば欠如しているし,その発達の程度が非常に変動する.ときには2つあるいはそれ以上の(多くても5つまで)筋束に分れている.この筋が胸鎖乳突筋の後縁にまで達することはまれであるが,しかし項横筋と続くことさえある.この筋は時どき前方は口角に達していない.

[図518] 頭部の筋(V)および舌骨上筋 頬骨弓を鋸で切断し,咬筋の起始部を取り除き側頭筋の全体が見えるようにしてある.--胸鎖乳突筋の上部,耳介および耳介の筋は取り去ってある.

10. オトガイ三角筋M. triangularis, Dreieckmuskel des Mundes. (図513519)

 この筋の底辺は下顎骨下縁の中央部に一致していて,ここでは筋束に分れて非常に短い腱をもって下唇方形筋の筋束と入り交つてはじまる.この筋は幅が狭くなりつつ口角に達し,皮膚に停止するが,また犬歯筋の線維と合して上唇の口輪筋につづいている.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋は口角を下方に引く.

S. 409

 変異:オトガイ三角筋がよく発達しているときは,この筋の最も前方の筋束は願の下で両側のものが合して,横に走る筋板,すなわちオトガイ横筋M. transversus mentiをなしている.オトガイの下にある広頚筋の横走する筋束にも,同じ名がつけられている.オトガイ横筋はいわゆる二重顎がでぎることと関係があるといわれているが,それはこの筋がこれと接する皮膚の脂肪の発達をさまたげるからである.

[図519] 頭部の筋(VI)および舌骨上筋 頬骨弓を取り去り咬筋の一部,下顎骨の筋突起,下顎枝の一部ならびに側頭筋の下部を取り除き,翼突筋群を剖出してある.眼輪筋を反転し,眼窩の内容を取り除いて眼輪筋の涙嚢部がみえるようにしてある.耳下腺と顎下線ならびに胸鎖乳突筋の上部および耳介を取り除いてある.

11. 下唇方形筋M. quadratus labii mandibularis. (図513519)

 この筋は部分的にオトガイ三角筋に被われて,願孔より下方で下顎骨から起り,広頚筋の筋束と合して内側上方に走りオトガイ隆起Kinnwulstの皮膚と下唇の皮膚とに達する,ここでは口輪筋の筋束に外方から被われている.

S. 410

 神経支配:顔面神経による.

 作用:下唇を外側に引く.

 変異:Le DoubleとMacalisterはこの筋が個個の筋束に分れているのをみた.この筋はしばしば広頚筋とひとつづきになっている.

12. オトガイ筋M. mentalis. (図515519)

 この筋はその大部分が下唇方形筋に被われていて,下顎の外側切歯の歯槽突起から起り,線維が集中しつつ下方に走り,オトガイの皮膚に達する.両側の願筋はたがいに結合している.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:この筋は願の皮膚を引きあげる.オトガイに見られる小さいくぼみはこの筋が皮膚に停止するところに相当する.

 変異:この筋の大いさは非常に変化に富み,まれに2つの筋束に分れている.

13. 広頚筋の顔面部Pars facialis platysmatis. (図513, 515)

 広頚筋は頚部からひとつづきの筋板として,下顎のへりを越えて,いろいろな広さに延びており,耳下腺咬筋膜のおもてにあって,また笑筋,三角筋および下唇方形筋と合している.まれに1筋束が下眼瞼の中にはいる.

e)外耳の筋Muskeln des äußeren Ohres

 次に述べる諸筋が全体として耳介を動かすちのである.

1. 側頭耳筋M. auricularis temporalis, vorderer Ohrmuskel. (図513)

 この筋は側頭筋膜の上にあって,いろいろ違った広がりをなし,後方に向って幅が狭くなり耳介軟骨の耳輪棘Spina helicisに達する.

 神経支配:顔面神経による.

 作用:耳介を前方に引く.

 変異:他の耳介筋よりも欠如することが多い.かなりしばしば少数の筋束に分れている.MacalisterおよびLe Doubleによれば,この筋は多くの場合全く耳に達していないものであり,あるいは非常に薄い結合組織の板を介してのみ耳に達しているというのである.

2. 側頭頭頂筋の頭頂部Pars Parietalis m. epicranii temporoparietalis, oberer Ohrmuskel. (401頁および図513参照)

 神経支配:顔面神経による.

 作用:耳介を上方に引く.

 変異:この筋は欠如することがある.少数の筋束に分離していることはLe Doubleによって見られた.

 この筋は黒人で特によく発達しているといわれる.他の耳介筋および項横筋との結合がある.

3. 項耳筋M. auricularis nuchalis, hinterer Ohrmuskel. (図513)

 この筋は多くの場合いくつかの短いが力づまい筋束よりできている.その筋束は側頭骨の錐体乳突部から起り,水平に前方へと走って耳介軟骨に固着するのである.

 神経支配:顔面神経の後耳介神経による.

 作用:耳介を後方に引く.

 変異:この筋が欠けていることはまれである.項横筋,後頭筋,広頚筋と続いていることもある.

 まれに見られる変異としてLe Doubleの門下の一研究者によって記載されたM. auricularis inferior(下耳介筋)がある.この筋は耳下腺咬筋膜の上にあって,耳甲介に付着している.かつて私は力づよく発達した女の死体でこの篩を両側で見たことがある.

 顔面の表情筋の作用には大きい個体差がある.それは次のような物質的な基礎にもとついているにちがいない.すなわち筋の大いさおよび練習によってえられた能力によるといえるが,そればかりでなく,筋の停止,他の筋との続きぐあいなどによっても制約されるにちがいない.それゆえ人の顔面筋の配列の細かさにおいて,個々の人種のあいだに違いがあることの可能性がある.H. Virchow, Arch. Anat. Phys.1908. Z. Ethnologie 1910.-H. v. Eggeling, in L. Schulze, Forschungsreise Bd. III. Jena 1909.--Bluntschli, Morph. Jahrb., Bd. 40,1909.--Loth, E, Anthropologie des parties molles. Paris 1931. Wagenseil, F., Z. Morph. Anthrop., 36. Bd, ,1936.

S. 411

第2群:眼の筋Muskeln des Auges

感覚器の項参照.

第3群:臓弓性の筋群Visceralmuskeln

a)咀嚼筋Kaumskeln
1. 咬筋M. masseter. (図514520)

 この筋は頬骨弓の下で下顎枝を被っていて,上顎骨の頬骨突起,頬骨の下縁,側頭骨の頬骨突起,頬骨および頬骨弓の内側面からはじまる.

 この筋には浅層と深層の2つの部分があって,その深層の部分は後上方では外方にあらわれている.その前縁では深,浅の両部分が合しており,またうしろから両部分のあいだに,深いポケットのようにはいりこむことができる.その浅層の部分には幅の広い腱が1つあって,これはずっと下まで達している.

 この筋は斜めに後下方に走り,下顎枝の外面と咬筋粗面とに固着する.その前縁をなす筋束は斜め前方に向う.しばしばこの筋の線維が下顎骨の下縁を越えて延び,内側翼突筋の浅層の線維と合している.

 変異:この筋の深と浅の両部分が,ときに独立している.側頭下顎靱帯に,あるいは頬骨に,あるいは上顎骨にはじまる筋束が現われることがあって,これらが揃つているとM. masseter trigastricus(W. Gruber) (三腹咬筋)ということになる.側頭筋や頬筋との結合がみられている.

 深,浅両部分はいずれも,内部が非常にこみ入つた小さい羽のようになっていて,そのためにこの筋の力および仕事の能力が著しく高められている,H. Ebert, Z. Anat. Entw.,109. Bd.,1939.

[図520]下顎骨の外面における筋の起始と停止 (H. Virchowによる).

[図521]上顎骨の内面における筋の起始と停止 (H. Virchowによる).

2. 側頭筋M. temporalis. (図516521)

 この筋は扇形をしていて,側頭窩の大部分を満たしている.その起始をなすのは側頭平面および側頭筋膜である.筋線維は下方に向って集まって,1つの平たい力つよい腱となる.この腱は下顎骨の筋突起を取り囲んでここに固着している.

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 変異:この筋の起りは,頭頂部を上方にのびて多少の差はあるが,かなりの距離だけ上方に達している.ふつうに咬筋と続き,またしばしば外側翼突筋と結合している.

3. 外側翼突筋M. pterygoideus lateralis. (図519521)

 この筋は下顎枝の内側で,側頭下窩にあって,翼状突起の外側板の外面および側頭下稜から起る.その腱は翼突窩に付着し,さらに顎関節の関節包および関節円板にも固着している.

 変異:この筋の上方の頭は独立することがあり,あるいは側頭筋と結合していることがある.

4. 内側翼突筋M. pterygoideus medialis. (図486, 519, 521)

 この筋は翼突窩の面および縁ならびに上顎骨のこれに隣接する小部分および翼状突起の外側板の下端の外面からおこる.そして下後方に走って,下顎骨の翼突筋粗面に達している.

 神経支配:咀嚼筋はみな三叉神経の第3枝によって支配される.

 作用:咬筋,側頭筋および内側翼突筋の両側性の活動によって,下顎体が上顎骨に引きつけられ,従って顎を閉じるようにはたらく.外側翼突筋が両側性にはたらくと,下顎は前方に押しだされる.前方に押し出された下顎は側頭筋の後部のはたらきによって引きもどされる.下顎骨の下方への運動(顎を開くこと)はいずれの咀嚼筋のはたらきにもよらず,下顎の下方にある諸筋とくに顎二腹筋およびオトガイ舌骨筋のはたらきによるのである.

 翼突筋群の一側性の活動によって,下顎骨は一方の関節頭の周りを廻って磨臼運動をする.

 咀嚼筋の年令差についてはBluntscheliとSchreiberとがFortschr. Zahnheilk., V,1929の中に述べている.

b)舌骨上筋群kraniale Zungenbeinmuskeln
1. 顎二腹筋M. biventer mandibulae. (図485, 506, 508, 519, 521)

(日本人の顎二腹筋の変異を進藤は130体のうち約67%に認め,これを分類している(進藤篤一:九大医報,291~292,1932;解剖学雑誌,8巻,47~48,1935).また山田はこの筋の変異を6型に分類し,そのうち起始型(24.6%)が最も多いという(山田迪:解剖学雑誌,8巻,303~318,1935).)

 この筋は2つの筋腹をもち,その後腹Venter mastoideus, Warzenbauchは乳突切痕にはじまり,胸鎖乳突筋に被われて前下方にすすみ,舌骨の大角の上を走る強い円柱状の腱に移行して,ここで前腹Venter mandibularis, Unterkieferbauchに続いている.前腹は下顎骨の二腹筋窩にはじまる.前後両腹のあいだの中間腱は1つの線維性の条によって舌骨にしっかりとおさえとめられている.この筋は全体として弓状を画いて顎下腺を抱く形をしている.

 神経支配:後腹は顔面神経の二腹筋枝により,また前腹は三叉神経の第3枝からくる顎舌骨筋神経によって支配される.

 作用:この筋は舌骨を引きあげ,あるいは下顎骨を引き下げる.

 変異:前腹が欠けていることがある.そのさい後腹はその本来の位置を保っており,あるいはその停止が下顎枝にみられる.前後両腹のいずれか一方が重複していることがある.両側の顎二腹筋の前腹は多数の筋束を交換してたがいに癒合している.その中間腱を舌骨に付着させている線維性の条のかわりに,しばしば1つのわなが存在する.後腹の中にLe Doubleが時として腱画をみている.M. occipitohyoideus(後頭舌骨筋)という副筋束がしばしばあって,これは分界項線から,あるいはこれと乳様突起とから起って,顎二腹筋の後腹に移行している.

S. 413

その前腹がまれに下顎角から副筋束を受けることがある.板状筋,顎舌骨筋,茎突舌骨筋,オトガイ舌骨筋,僧帽筋とこの筋との結合が知られている.

2. 茎突舌骨筋M. stylohyoideus. (図506, 508, 509, 519, 522)

 この筋は茎状突起の上外方部から起って,舌骨の小角に向って走る.筋腹は一般にその停止の前で2つの束に分れ,これらが顎二腹筋の中間腱を囲む.その平たい終腱は舌骨の大角の基部に付着している.

 神経支配:顔面神経の二腹筋枝の茎突舌骨筋枝による.

 作用:舌骨を上後方に引く.

 変異:この筋は事実上あるいはただ外見的に欠けていることがある.外見的の欠如というのはこの筋が顎二腹筋の後腹と合している場合である.この筋は時どき顎二腹筋によって貫かれていない.そのときセこは,顎二腹筋の中間腱に停止していることがしばしばであるが,あるいはその内側または外側を通り過きている.この筋は重複していることもあり,また3個になっていることさえもありうる.過剰筋束の走行および停止はすこぶるまちまちである.顎二腹筋,肩甲舌骨筋,茎突舌筋,舌骨舌筋,オトガイ舌筋とこの筋の結合が知られている.

[図522] 舌骨の前面における筋の起始と停止

3. 顎舌骨筋M. mylohyoideus. (図506, 508, 509, 521)

 この筋は下顎骨の顎舌骨筋線から起り,その一部は舌骨に,他の一部は下顎棘から舌骨に達する線維性の条に停止している.この条において他側の同じ筋と縫線Rhapheを作って合し,筋性の口腔底の主要な部分をなしている.縫線では一側の筋束が他側に入ってゆくこともしばしばである.

 神経支配:顎舌骨筋神経による.

 作用:舌骨を引きあげ,あるいは下顎を下方に引く.

 変異:この筋は全く欠けていることがあり,顎二腹筋の前腹によって代られていることもある.2つあるいは多数の筋束に分れていることがしばしばある.

 --顎二腹筋,胸骨舌骨筋,茎突舌骨筋,肩甲舌骨筋,オトガイ舌骨筋との結合が知られている.

4. オトガイ舌骨筋M. geniohyoideus. (図509, 521, 522)

 この筋は顎舌骨筋に被われていて,頚舌骨筋棘から起り,舌骨体に停止している.この筋の上に舌の項で述べる力づよいオトガイ舌筋がある.

 神経支配:舌下神経による.

 作用:舌骨を前方に引く.

 変異:Theileによればオトガイ舌骨筋のすぐ外側に1つの小筋束がみられるのが普通であって,これは舌骨の大角の基部に達している.

頭部の筋膜Fasciae capitis, Binden des Kopfes

1. 側頭筋膜Fascia temporalis. (図514, 516)

 この筋膜は前頭骨と側頭骨との側頭線ならびに頭頂骨の筋膜側頭線にはじまり,これらの場所では頭蓋骨の骨膜と結合しており,頬骨弓め上縁へと強く張って広がっている.この筋膜は起妨においては1枚であるが,頬骨弓よりいくらか上方に離れたところで2枚となり,すなわち浅板Lamina superficialisと深板Lamina profundaとに分れて,そのあいだに脂肪組織を入れ,それぞれ頬骨弓の外側面と内側面とに付着している.

S. 414

帽状腱膜の側頭部の最も下方で内側の突出部がこの浅板と続くが,この腱膜の外側の線維束は皮下の結合組織の中で消失している.側頭筋膜の内面から側頭筋の一部が起っている.

2. 耳下腺咬筋膜Fascia parotideomasseterica(図513)

 この筋膜は頬骨弓から下方に延びて,耳下腺の外面を被い,また咬筋膜Fascia massetericaとして咬筋を被っている.この筋膜は背方では側頭骨の乳様突起および外耳の軟骨と結合し,下方では頚筋膜の浅葉に移行し,また咬筋の前では咽頭頬筋膜と合している.

3. 咽頭頬筋膜Fascia pharyngobucinatoria.

 咽頭頬筋膜は頬筋の外面を被い,前方では口角で頬部の皮膚の結合組織に移行し,頬筋の後方の境では頬咽頭縫線と合し,ここから頭咽頭筋の外面およびその他の咽頭括約筋の上に続いている.咬筋の前方部と頬筋との間にあるへこみは円みを帯びた脂肪のかたまり,すなわち頬脂肪体Corpus adiposum buccae, Saugpolster(ビシャー脂肪塊Bichatsche Fettklumpen)で満たされている.この脂肪体は個々,の咀嚼筋の間にかなりの広さに入りこんでいて,高度にやせている人でも決してその全部が消失するものではない(図515, 516).

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最終更新日 13/02/04

 

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