Rauber Kopsch Band1. 40

c)前腕の筋群Muskeln des Vorderarmes

 前腕の筋は次の2群に大別される.それは,掌側の筋すなわち屈筋群と背側の筋すなわち伸筋群とである.これらの両群はそれぞれさらに浅層と深層とに区別される.

1. 屈側の筋群Muskeln der Beageseite

α)浅層oberfldichl, iche Schicht

1. 円回内筋M. pronator teres. (図535, 538)

 この筋はかなり長くてその停止に向って細くなる,横断面が円い筋であり,2頭をもっている.その1頭すなわち上腕頭Caput humeraleは上腕骨の尺側上顆から,同時に尺側上腕筋間中隔から起って,また顆上突起が存在する場合にはこれから起っている.さらに深部にいま1つの頭すなわち尺側頭Caput ulnareがあって,これは尺骨の烏口突起から出ている.これら2つの筋頭のあいだを正中神経が走る.この筋は橈骨の後面および外側面で,回外筋の停止より下方に停止している.

 神経支配:ふつうは正中神経によるが,この筋の全部あるいは一部が筋皮神経によって支配されていることがあり,これは筋皮神経と正中神経との間に吻合があるためである.

 脊髄節との関係:CVI, VII.

 作用:この筋は前腕を回内し,前腕を曲げることにあずかる.

 変異:しばしばその尺側頭が欠如したり,痕跡的であったりする.尺側,上腕両頭の部分がたがいに独立していることが時にある.上腕筋間中隔および顆上突起から起る筋束が第3の頭ともいうべきものを作っている.上腕頭の起始部には時として種子骨がみられる.上腕筋・長掌筋.浅指屈筋との結合が知られている.

2. 橈側手根屈筋M. flexor carpi radialis. (図535)

 この筋は長い紡錘形の筋で,上腕骨の尺側上顆ならびに前腕筋膜から起り,その腱が大多角骨結節における溝のなかにある橈側手根屈筋腱管を通り(図430),第2と第3中手骨の底に固着しており,そこでは橈側手根屈筋の腱鞘Vagina tendinis m. flexofis carpi radialisにより取りまかれている.

 神経支配:正中神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII.

 作用:前腕を回内し,手を曲げ,且つこれを橈側に外転する.

 変異:主としてこの筋の停止部に変化がみられる.Le Doubleは105個体中で29回異常のものをみた.これらの異常のなかで最も多く見られるのはこの筋が完全に,あるいは部分的に大多角骨に終ることである.その他では第3,第4中手骨,舟状骨およびその他の場所に停止する場合がある.

S. 428

長掌筋,円回内筋,浅指屈筋,上腕二頭筋,上腕筋との結合が知られており,また橈骨および尺骨の烏口突起からの副起始が見られている.

3. 長掌筋M. palmaris longus. (図535)

 この筋は上腕骨の尺側上顆および前腕筋膜から起り,長い平たい1つの腱となって手掌に達する.横手根靱帯の上を越えるところでその腱が扇形に広がって手掌腱膜Aponeurosis palmarisとなる(図535, 545).

 神経支配:正中神経による.

 脊髄節との関係:C. (VII), VIII, (Th.1).

 作用:この筋は手掌腱膜を緊張させ, 手を曲げる.

 変異(日本人における長掌筋の欠如は,男211体側のうち8体側(3.8%),女94体側のうち4体側(4.3%) (小金井),また154体側のうち5体側(3.2%) (松島)という(小金井良精,新井春次郎,敷波重次郎:東京医学会雑誌,17巻,127~131,1903;松島伯一:実地医家と臨床,4巻,67~69,1927),またアイヌ人ではその形が日本人のものに似ていて,ヨーロッパ入とははなはだ異なる(佐野好:福岡医科大学雑誌,24巻, 54~57,1931).):この筋はしばしば欠けている.しかし手掌腱膜が欠けていることは決してない.この筋が腱性の1つの条によって代られていることがあり,あるいは完全に筋性となっていることもある.筋と腱との分布について考えられる可能性がみな現われている.すなわち腱が上方にあって,筋腹が下方にあるもの,また上方と下方とが筋性であって,腱が中央にある場合がある.この筋は普通には両端が腱性で,中央部が筋性である,2頭性のもり,あるいは重複しているものが時としてある.その起始は次のようになっていることがある.すなわち上顆より上方では尺側筋間中隔,上腕二頭筋,上腕筋から,また上顆より下方では尺骨の烏口突起,橈骨あるいは前腕の筋に始まっていることがある.その停止は前腕の筋膜,前腕骨間膜,舟状骨,豆状骨,母指外転筋にみられる.

4. 浅指屈筋M. flexor digitorum superficialis, oberflächlicher Fingerbeuger. (図535, 538, 539)

 この筋は幅が広く,厚くしかも筋肉質に富み,他の筋といっしょに尺側上顆から起る,すなわち上腕頭Caput humeraleのほかになお尺骨からの起始があり,さらに程度の差はあるが或る広がりをもつ橈側頭Caput radialeがあって(図539),これは橈骨の上部かち起るのである.この筋は前腕の上部ではすでに述べた3つの筋に被われていて,下部では橈側手根屈筋と尺側手根屈筋とのあいだに現われ,ただ長掌筋によって被われるだけとなる(図535, 538).その4つの腱は手根管を通って手にいたり,第2~第5指の中節骨の底に停止している.浅指屈筋の各腱はその停止に達する前に,基節骨の高さでそれぞれ平たい2脚に分れて,その間に1つの裂け目ができていて,この裂け目を深指屈筋の腱が通り抜けて,それからあとは後者が表層に出る.浅指屈筋腱の分れた2脚はそのあとでは,腱束の一部が交叉したりして(腱交叉Chiasma tendinum)深い所でふたたびいっしょになり,中節骨の底の掌側面に固着するのである(図546, 547, 550).浅指屈筋の上腕頭と続側頭とのあいだに正中神経がある.

 神経支配:正中神経による,さらに時として尺骨神経も来ていることがある.

 脊髄節との関係:C. VII, VIII, Th. I.

 作用:この筋は第2~第5指の中節骨を曲げ,上腕骨の尺側上顆から起るすべての筋のように,前腕を曲げることに加勢する.

 浅指屈筋の腱はこれが手根管に入るときに2層となってならぶ,すなわち第3および第4指(それゆえ中央の2指)にゆく腱が浅層にあり,第2および第5指てそれゆえ両側にある2指)の腱は深層にある.

 変異:橈側頭の強さはすこぶるまちまちである.これは全く欠如していることがある.示指にゆく筋腹はしばしば完全に独立している.Graeper(Anat. Anz., 50. Bd.,1917)は示指にいたる独立の筋腹を手掌でみている.ずっと下方に変位したこの筋腹の上方につづく腱はその上腕頭の内部で尺側上顆まで追跡された.下方の腱は通常の浅指屈筋の腱と同じ関係であった.4つの筋腹が全部独立していることはいっそうまれである.小指にゆく腱はしばしば欠けている.隣接する筋との結合は比較的しばしばみられる.この筋はまれに1つの腱を手掌腱膜に送っている.

5. 尺側手根屈筋M. flexor carpi ulnaris. (図535, 538)

 この筋は2頭よりなり,上腕頭Caput humeraleは尺側上顆および前腕筋膜から起り,尺側頭Caput ulnareは幅の広い1つの腱板によって肘頭の後面,および尺骨の後縁からはじまる.

S. 429

この筋は豆状骨の近位端に停止する.その停止部の続きとしては豆鈎靱帯Lig. pisohamatulnおよび豆骨中手靱帯Lig. pisometacarpicumがある(図547, 548).

 その腱と豆状骨との間には,しばしば1つの粘液嚢(尺側手根屈筋腱嚢Bursa tendinis m. flexoris carpi ulnaris)がみられる.この筋の上腕頭は尺骨神経溝を橋渡ししており,尺骨神経はその上腕頭を貫いている.

 神経支配:尺骨神経による.

 脊髄節との関係:C. (VII), VIII, Th. I.

 作用:この筋は手を曲げ,且つこれを尺側に外転する.

 この筋の変異はその停止部にみられる.その腱はときどき線維を前腕筋膜あるいは手掌腱膜に送っている.これは豆状骨を越えて走り,まっすぐに第5中手骨に達する.M. flexor carpi ulnaris brevis(短尺側手根屈筋)という筋はごくまれにみられるもので,尺骨から起り,豆状骨に停止する.(アイヌ人にM. flexor carpi ulnaris brevisが10体側のうち2体側に見られた(佐野好:福岡医科大学雑誌, 24巻, 57~59,1931).)

 M. epitrochleoanconaeus(滑車上肘筋)という小さい筋はかなりしばしば現われるもので,ここで述べておくのがよいと思う.これは尺側上顆から起り上腕骨の尺骨神経溝を橋渡しして尺骨に達している.そして尺骨神経に支配されるので,この点からも上腕三頭筋とは縁のうすいものである(Gegenbaur).

[図536, 537]右腕の尺骨および橈骨における筋の起始と停止

 図536 その掌側面を示す.

 図537 その後面を示す.

S. 430

[図538] 右前腕の筋 その掌側面を示す.上腕二頭筋はその停止腱の近くまで取り去ってある.前腕の浅層の屈筋の中で橈側手根屈筋と長掌筋とは起始および停止の近くまで取り除いてある.そのために浅指屈筋がよくみえるようになっている.腕橈骨筋,長と短の両橈側手根伸筋ならびに尺側手根屈筋を側方に引っ張り,こうして深部にある筋がみえるようになっている.

S. 431

[図539]右前腕の深層の屈筋

S. 432

β)深層tiefe Schicht

1. 長母指屈筋M. fiexor pollicis longus. (図539)

 この筋は橈骨の掌側面で回外筋の停止より下方およびこれに隣接する前腕骨間膜の部分から起る.その上部は多少とも浅指屈筋の挽側頭に被われている.その腱は手根管に入り,ここでは短母指屈筋の浅,深両頭の間にあり(図547),母指の末節骨の底に停止している.

 神経支配:正中神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII.

 作用:この筋は母指の末節骨を曲げる.

 変異:この筋はごくまれに欠如する,その起始は橈骨結節にまで達していることがあり,また橈骨の上部1/4に限られていることもあり,あるいは橈骨の上部3/4以上までにひろがっていることもある,浅指屈筋,深指屈筋,円回内筋,上腕筋,第1虫様筋との結合が知られている.補強筋束が上腕骨の尺側頚からぎており(40%),あるいは尺骨の烏口突起から来ているものもあって,これらを上腕頭Caput humeraleという.

[図540] 手骨における筋の起始と停止 右の手骨の掌側面.

2. 深指屈筋M. flexor digitorum profundus, teifer Fingerbeuger(図539)

 この筋は尺骨の掌側面ならびにこれに隣接する前腕骨間膜の部分からはじまり,相ならぶ4つの腱に分れているが,これらは手根管に入って浅指屈筋の腱の裂け目を通り過ぎて,第2~第5指の末節骨の底に終るのである(図546, 550).

S. 433

 神経支配:正中神経および尺骨神経による.尺骨神経は筋の尺側部を支配する.

 脊髄節との関係:CVII, VIII, Th. I.

 作用:この筋は第2~第5指の末節骨を曲げる.

 変異:この筋の4つの筋腹はいろいろの程度に独立していることがある.この筋はまた長母指屈筋の起始に一致して橈骨からも始まっていることがあり,あるいは尺骨の烏口突起から補強筋束を受けていることもある.浅指屈筋が腱を1つ少なく有っているときには,深指屈筋は腱を1つ多く有ち,その逆も真である.隣接する筋との結合がしばしばみられる.

[図541]手骨における筋の起始と停止 右の手骨の後面.

3. 方形回内筋M. pronator quadratus. (図538, 539, 547)

 この筋は平たくて,四角形であり,尺骨の掌側面から起って,橈骨の掌側面に停止している.

 神経支配:正中神経の掌側前腕骨間神経による.

 脊髄節との関係:C. VII, VIII, Th. I.

 作用:手を回内する.

 変異:この筋が欠けていることはきわめてまれである.非常に幅が狭いことがあり,また広いことがあって,幅が広い場合には上方にのびて前腕の中央にまで達することがある.三角形をなすことも多くて,その尖端は橈骨に,その底は尺骨に一致している.しばしば2つの三角形の部分からできていることもある.この筋はまれに1つの腱を手根骨に送っている.

2. 伸側の筋群Muskeln der Streckseite

α. 浅層oberflächliche Schicht

1. 腕橈骨筋M. brachioradialis. (図535, 538, 542, 543)

 この筋は最も多くの場合,上腕骨の外側の骨稜および橈側上腕筋間中隔から起って,長い腱をもって茎状突起より上方で橈骨の掌側縁に停止する.

S. 434

[図542] 右の前腕の深層の伸筋

[図543] 右の前腕の伸筋

S. 435

 神経支配:橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. V, VI.

 作用:この筋は前腕を曲げる.その曲げるはたらきのほかに,同時に視骨を回す筋でもあり,前腕を曲げた状態では橈骨を交互に回内,回外させることができる.

 変異:この筋の欠如は橈骨が欠けている例にみられる.この筋の全体が重複していることはまれであるが,相ならんであるいは重なって付着している2つの腱が見られることは比較的に多い.その起始は三角筋の停止にまで達していることがある.この筋が第3中手骨,舟状骨,大多角骨に停止することが見られている.また前腕筋膜,三角筋,上腕筋,長母指外転筋,長橈側手根伸筋との結合が知られている.

2. 長橈側手根伸筋M. extensor carpi radialis longus. (図538, 542, 543)

 この筋は腕橈骨筋より下方で上腕骨の外側の骨稜および橈側上腕筋間中隔において橈側上顆までの範囲から起る.そしてこの筋は背側手根靱帯の下を通るときには短橈側手根伸筋と共通の管を通り,第2中手骨の底に終るのである(図542, 543, 544).

3. 短橈側手根伸筋M. extensor carpi radialis brevis. (図538, 542, 543)

 この筋は上腕骨の橈側上顆,橈骨輪状靱帯およびこの筋の起始と総指伸筋の起始とのあいだに入りこんでいる1つの腱板から起る.その終腱は第3中手骨の底に固く着いている(図542, 543, 544).

 この腱と上腕骨とのあいだには1つの粘液嚢,すなわち短橈側手根伸筋嚢Bursa m. extensoris carpi radialis brevisがある.

 神経支配(長,短の両橈側手根伸筋):橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. (V),VI, VII.

 作用(長,短の両橈側手根伸筋):これらの筋は手を伸ばし,これを橈骨がわに外転させる.さらに前腕を曲げる運動にも両方の筋があずかっている.長橈側手根伸筋は前腕を伸ばした状態では回外筋としてもはたらく,しかし前腕がすでに直角に曲げられているときには純然たる回内筋としてはたらくのである(R. Fick).

 長,短の両橈側手根伸筋は比較解剖学的にみても,発生学的にみても単一の筋と見なされるべきものである(Le Double).

 変異:長,短の両橈側手根伸筋はその筋腹が程度の差はあるが,かなりの広さにわたって合していることがあり,またたがいに線維束を交換していることもある,時として過剰停止が第3中手骨にみられるが,それが第4中手骨にみられることはごくまれである.

4. 総指伸筋M. extensor digitorum communis, Fingerstrecker. (図543, 544)

 この筋は紡錘形をなし,橈側上顆から起っていて,そこでは短橈側手根伸筋と癒合しており,また一部は前腕筋膜から起っている.その筋腹からは4つの腱が発して,これらの腱はいっしょになって背側手根靱帯の下では第4の管を通過し,次いでたがいに離れて,第2~第5指に達し,ここでは指背腱膜に移行している.この腱膜は中節骨および末節骨の底に終るのである.

 第5指にゆく腱が欠けていることがある.そのときには第4指にゆく伸筋の腱から出る1つの腱束がその代りをしている.これに似た腱束,すなわち腱連結Juncturae tendinumが第4指の腱と第3指の腱とを連ね,第3指の腱と第2指(示指)の腱とを連ねている.最後に述べた連結は最もまれなものである.こういう腱連結は個々の指の伸展の独立性を制限している(図544).

 伸筋の腱の広がりかたの単一性は哺乳類では入よりもずっと大きい程度に存在する.

 神経支配:橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII, VIII.

 作用:この筋は第2~第5指および手全体を伸ばす.

 変異:その腱についてはすでに述べた事がらのほかに,1つの過剰の腱が母指に達していることがある.(日本人における総指伸筋の第4腱の欠如は男208体側のうち17体側(8.2%),女93体側のうち15体側(16.1%)である(小金井良精・新井春次郎,敷波重次郎:東京医学会雑誌,17巻,127~131,1903).)

 総指伸筋が別々の4つの筋腹に分れていることはいく度も記載されている.

S. 436

5. 固有小指伸筋M. extensor digiti quinti proprius. (図543, 544)

 その細い筋腹は1つの筋間腱板を介して総指伸筋と結合している.その終腱は背側手根靱帯の下では,たずそれのみで,第5の管を通り抜けるが,そこで2つの腱に分れて,これらの腱が第5指の指背腱膜に達するのである.

 神経支配:橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. (VI), VII, VIII.

 作用:第5指を伸ばす.

 変異(固有小指伸筋の腱の分裂は日本人では男207体側のうち64体側(30.9%),女93体側のうち23体側(24.7%〉(小金井),アイヌ入10体側のうち8体側(佐野)である(小金井良精,新井春次郎,敷波重次郎:東京医学会雑誌17巻,127~131,1903;佐野好:福岡医科大学雑誌,24巻,31~117,1931).):この筋は全く欠如していることがあり,また総指伸筋あるいは尺側手根伸筋の1つの筋束によって代られていることもある.この筋は第5指にはただ1本の腱だけをあたえたり,あるいは2本に分れた腱の1つを第4指に,他の1つを第5指にあたえたりする.またM. extensor digiti minimi accessorius(副小指伸筋)が存在することがある(5%,Krause).

6. 尺側手根伸筋M. extensor carpi ulnaris. (図543, 544)

 この筋の起始は総指伸筋と共通になっていて,上方は肘筋の内側に境し,肘筋よりも下方では尺骨の上部に始まり,尺骨の後面を下方に走って,背側手根靱帯の下にある第6の管を通り,尺骨小頭のところを過ぎて,第5中手骨の底に達する.

 神経支配:橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. (VI), VII, VIII.

 作用:この筋は手を伸ばし,且つこれを尺骨がわに外転する.

 変異:ごくまれには尺骨の後面から起っている.肘筋,上腕三頭筋,固有小指伸筋,小指外転筋との結合がみられる.

7. 肘筋M. anconaeus.

 すでに述べたものである.

β. 深層tiefe Schicht

1. 長母指外転筋M. abductor poilicis longus. (図542, 545, 546)

 この筋は尺骨の後面,前腕骨間膜および橈骨の後面から起り,短母指伸筋といっしょになって,長と短の両橈側手根伸筋の腱の上を越えて走り,第1中手骨の底に固着している.

 神経支配:橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII.

 作用:この筋は前腕を回外し,手と母指とを外転する.

 変異(長母指外転筋の停止腱の分裂は日本人89.3%,アイヌ人100.0%,短母指伸筋とこの筋との癒合は日本人16.1%,アイヌ人20%である(佐野好:九大医報,4巻,138,1930;同じ著者:福岡医科大学雑誌,24巻,31~117,1931).):この筋は2~4個の腱をもつことがある.これらのうちの1つは通常の停止をするが,他の1つあるいはいくつかが大多角骨に停止したり,あるいは母指球の筋の中に入ってこれと合したりする.最後の場合にはこの腱が母指球の筋の副起始となっているのである.

2. 短母指伸筋M. extensor pollicis brevis. (図542, 545547)

 橈骨の後面およびこれに隣接する前腕骨間膜から起り,長母指外転筋,といっしょになって橈骨の下部では長と短の両橈側手根伸筋の腱の上を通り過ぎて,母指の伸側に達する.

 そのさい長母指外転筋と短母指伸筋との腱は背側手根靱帯の下では第1の管を通過する.短母指伸筋は母指の基節骨の底に停止していて,その腱は長母指伸筋の腱と合している.

 神経支配:橈骨神経にょる.

 脊髄節との関係:C. VI, VII.

 作用:この筋は母指を外転し,その基節骨を伸ばす.

 変異:この筋はしばしば長母指外転筋と完全に融合している.その筋腹あるいはその腱だけが重複していることがある.

3. 長母指伸筋M. extensor pollicis longus. (図542544)

 この筋は前腕骨間膜および尺骨の一線条部から起り,その腱は背側手根靱帯の下で第3の管を通り,手背では長と短の両橈側手根伸筋の腱の終末部の上を越えて走り,短母指伸筋の腱と合して母指の末節骨の底にまで続いている.

S. 437

 神経支配:橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII, (VIII)

 作用:この筋は母指を内転し,且つこれを伸ばす.

 変異:この筋はまれに重複していることがあり,あるいは2つの腱を有っていて,そのうちの1つの腱が示指にゆくことがある.

4. 固有示指伸筋M. extensor indicis proprius. (図542, 544)

 この筋は尺骨の後面および前腕骨間膜から起り,総指伸筋の腱とともに背側手根靱帯の下で第4の管を通り,そして総指伸筋の示指にゆく腱の尺骨がわにあって,これと合するのである(図544).

 神経支配:橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII, VIII.

 作用:この筋は示指を伸ばす.

 変異:まれに欠如し,あるいは重複している.しばしば示指にゆく2本の腱を有っていたり,あるいはその1本を第3指もしくは第4指にあたえている.

5. 回外筋M. supinator. (図538, 539, 542)

 この筋は橈骨の上部を莢状に取り囲むもので,尺骨の回外筋稜ならびに橈骨輪状靱帯から起り,橈骨結節から円回内筋の停止にまでのびている1線に沿って橈骨に停止している.その筋質は橈骨神経の深枝が通るための1つの管によって貫かれている.

 神経支配:橈骨神経による.

 脊髄節との関係:C. V, VI, VII.

 作用:この筋は前腕を回外する.

 変異:この筋の起始の中にごくまれ数がら1つの種子骨がみられる.過剰筋束としては尺側上顆からおこるものが見られている.さらに独立した横走する筋束,すなわちM. tensor lig. anularis radii dorsalis(背側橈骨輪状靱帯張筋)があって,これは尺骨の後面で半月切痕よりも下方から起って,橈骨輪状靱帯の橈側の部分に停止している.まれに尺骨の烏口突起から姶まるM. tensor Iig. anularis radii volaris(掌側橈骨輪状靱帯張筋)がある.

d)手の筋群 Muskeln der Hand
1. 母指球の筋Musketn des Daumenballens

1. 短母指外転筋M. abductbr pollicis brevis. (図545547)

 手の舟状骨結節および横手根靱帯から出て,母指の橈側種子骨および同じ指の基節骨に停止する.

 神経支配:正中神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII.

 作用:この筋は母指を外転する.

 変異:きわめてまれに欠如する.また大多角骨結節から起ることもあり,または長母指外転筋の腱から起っていることもある.

2. 母指対立筋M. opponens pollicis, Daumengegenstellet, (図547, 548)

 大多角骨結節と横手根靱帯とから起って,第1中手骨の橈側縁全体に固着している.

 神経支配:正中神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII.

 作用:この筋は母指を小指に対して対立させる.

 変異:欠けていることがある.短母指外転筋あるいは短母指屈筋と合していることもある.

3. 短母指屈筋M. flexor pollicis brevis. (図545548)

 横手根靱帯から起って,第1中手指節関節の橈側の種子骨に達している.

S. 438

 この筋は浅頭Caput superficialeと深頭Caput profundumとを有っている.浅頭は横手根靱帯から起って,橈側の種子骨に停止している.深頭は大と,小の両多角骨および有頭骨から起る.これもやはり橈側の種子骨に停止する.この深,浅両頭のあいだを長母指屈筋の腱が通っている.

 神経支配:浅頭は正中神経, 深頭は尺骨神経による.

 脊髄節との関係:C. VI, VII.

 作用:この筋は母指の基節骨を曲げる.

 変異:まれに欠如する.

4. 母指内転筋M. adductor pollicis. (図545548)

 第3中手骨の全長にわたって起るもの,すなわち横頭Caput transversumと,これに隣接する手根骨およびそこにある靱帯から起るもの,すなわち斜頭Caput obliquumとがある.しばしば第2および第5中手骨からの筋束が加わっている.その終腱は第1中手指節関節の尺側の種子骨に停止する.

 神経支配:尺骨神経の深枝による.

 脊髄節との関係:C. VIII, (Th.1).

 作用:この筋は母指を内転させる.

 変異:斜頭と横頭とのあいだのすきまの広さに個体差がある.

2. 小指球の筋Muskeln des Kleinfingerballens

1. 短掌筋M. palmaris brevis. (図545)

 皮下にある筋で,長掌筋の一部で手掌の範囲にあるものと解しうる.この筋は手掌腱膜の尺側縁ではじまり,手の尺側縁で皮膚に入っている.

 神経支配:尺骨神経による.

 脊髄節との関係:C. VIII, Th. I.

 作用:この筋は小指球の皮膚を橈側に引き,そのときに皮膚にいくつかの小さいくぼみを作ることができる.

 変異:この筋はかなりしばしば欠如する,また時としてははなはだ弱い発達を示すことがある.

2. 小指外転筋M. abductor digiti quinti. (図544546)

 豆状骨と横手根靱帯とから起り,第5指の基節骨の底の尺側縁に達する.

 神経支配:尺骨神経による.

 脊髄節との関係:C. VIII, Th. I.

 作用:この筋は小指を外転する.

 変異:まれに欠如し,またしばしば短小指屈筋と癒合している.2頭あるいは3頭をもつことがある,その起始が豆状骨を越えてさらに上方へ達していることもある.

3. 小指対立筋M. opponens digiti quinti,  Kleinfingergegensteller. (図544548)

 有鈎骨鈎および横手根靱帯から起り,第5中手骨の尺側縁に固着する.

 神経支配:尺骨神経による.

 脊髄節との関係:C. (VII), VIII, (Th.1).

 作用:この筋は小指を母指に対して対立させる.

 変異:ときとして欠如する.

4. 短小指屈筋M. flexor digiti quinti brevis. (図545, 546)

 横手根靱帯ならびに有鈎骨鈎から起り,小指外転筋の終腱と合する.

 神経動配:尺骨神経による.

 脊髄節との関係:C. (VII), VIII, (Th.1).

 作用:この筋は小指を曲げる.

 変異:欠如することがまれでない,また小指外転筋と合していることがある.

S. 439

[図544] 右の手背における筋と腱

3. 手の中部の筋mittlere Handmuskeln

1. 虫様筋Mm. lumbricaies, Spulwurmmuskeln. (図545, 546)

 これは横断面の円い小さい筋であって,深指屈筋の4つの腱の外側縁で始まり,おのおのが終腱をもって第2~第5指の外側縁に達し,これらの4つの指の基節骨のところで総指屈筋の腱と合し,指背腱膜の形成にあずかっている.

S. 440

その中では第1虫様筋が最も大きい.

 第2,第3および第4虫様筋はしばしば2頭をもって深指屈筋の腱のたがいに向き合った縁から起る.

 神経支配:第1,第2, (第3)虫様筋は正中神経による.(第3),第4虫様筋は尺骨神経による.

 脊髄節との関係:C. VIII, Th.1.

 作用:第2~第5指の基節骨を曲げ,中節骨および末節骨を伸ばす.

[図545] 右の手掌の筋と腱(I)

S. 441

[図546] 右の手掌の筋と腱(II)

 手掌腱膜および短掌筋は取り除いてある.

 変異:虫様筋の1つあるいはいくつかが全く欠如することがあり,また各筋が浅指屈筋の腱から起ることもある.

 Fr. Kopsch(Intern. Monatsschr.,15. Bd.,1898)の研究により,次のことが確立している.すなわち,虫様筋の変異は多種多様であって,何らかの変異を示すものが絶対多数(61%)を占めるが,比較的に最もしばしば現われる停止についての2つの主な型を挙げることができる.それは

 I. 4個の虫様筋の全部が,その指の外側で指背腱膜に移行する.--39%--

 II. 4個の虫様筋の中で第1と,第2,および第4のものが,第2,第3,第5指の外側縁に停止し,第3虫様筋は2つの腱に分れて,その1つは第3指の内側縁に,他の1つは第4指の外側縁に付着する.--35.45%--ちょうど同じ結果をReichardtも得たのであった(Anat. Anz., 20. Bd.,1901).

S. 442

[図547] 右の手掌の筋と腱(III)

 手掌腱膜と浅深の両指屈筋の腱とを取り除いてある.短母指外転筋と短母指屈筋とを切断し,小指外転筋と小指屈筋とを取り除いてある.

S. 443

[図548] 右手の骨間筋(IV) 横手根靱帯を切断し,手根管が見えるようにしてある.小指球の筋は全部切断してある.母指球の筋についてはその屈筋の深頭だけを残してある.

[図549, 550]右手の第4指の中手骨と指骨,屈筋の腱は残してある. 図549では線維鞘に包まれたまま,図550ではそれを取り除いてある.

S. 444

2. 7個の骨間筋Mm. interossei,  Zwischenknochenmuskeln. (図544551)

a)背側骨間筋Mm. interossei dorsalesは,数は4個あって,それぞれ2頭をもって相隣る2つずつの中手骨の底の向き合った側面から起り,次のように停止する.すなわち第1と第2の骨間筋は第2および第3指の橈側縁に,第3と第4の骨間筋は第3および第4指の尺側縁に停止している.--それゆえ第3指には2つの背側骨間筋があるわけである.

b)掌側骨間筋Mm. interossei volaresは,数が3個であって,それぞれ1頭をもって中手骨から起り,その中手骨に相当する指,すなわち同一の指に停止する,第1掌側骨間筋は第2中手骨の尺側面ではじまり,第2指の尺側面に停止する.第2掌側骨間筋は第4中手骨の橈側面ではじまり,第4指の橈側面に停止する.第3掌側骨間筋は第5中手骨の橈側面ではじまり,第5指の橈側面に停止している.

 すべての骨間筋の停止は,一部はその指の基節骨底の側面に,一部はその指の指背腱膜に終っている.

 神経支配:尺骨神経の深枝による.

 脊髄節との関係:C. VIII, Th. I.

 作用:全部の骨間筋がその停止をもって,一番長い指(中指Mittelfinger)を通る1つの軸の周りに集まっているので,背側骨間筋の停止はこの軸に集中し,これとは反対に掌側骨間筋の停止はこの軸から散開している.掌側骨間筋の作用はいま述べたことにより,中指の軸への内転であり,背側骨間筋の作用はこの軸からの外転である.母指はそれに特有な外転筋と内転筋をもち,小指はそれに特有な外転筋をもっている.それゆえ一方だけのはたらきでは上述の関係が起る.これに反して掌側および背側骨間筋がいっしょに作用するときには,これらの筋は基節骨を曲げ,中節骨と末節骨とを伸ばすこととなり,この点では虫様筋のはたらきと一致している.

 変異:背側骨間筋は,その全長にわたって2個の筋束からできていることがある.

[図551] 右手の骨間筋の模型図 背側骨間筋は赤い線,掌側骨間筋は黒い線で示す.

4. 手背の筋dorsale Handmuskeln

短指伸筋M. extensor brevis digitorum, kurzer Fingerstrecker.

 すでにAlbinusが手背にはじまって示指あるいは中指に達する短い伸筋の存在を知っていたが,この筋はその後に,多数の学者によりいろいろな名称で呼ばれて,変異として記戴されたのであった.これは三角骨で始まり,1個~4個の腱を有していて,この腱が別々の指に達するのであるが,しかし腱が1だけあってそれが第2あるいは第3指にゆく型が断然多くみられる.これは足における短指伸筋に相当し,おそらくはいっそう前の発達段階では常に存在し,且ついっそう強い発達を示した筋の残りものであろう.

S. 445

指背腱膜DorsalAponeurose der Finger. (図544)

 指背腱膜は上に述べたことで分るように複雑なものである.つまりその組成には総指伸筋,虫様筋ならびに骨間筋の腱線維が関与しているわけである.

 総指伸筋の腱は次のような状態にある.すなわち中央にある1つの線維束(尖頭Zipfel)は中節骨の底に達するが,側方の2つの線維束は末節骨の底に固着している.これらの側方の腱束には,骨間筋(この筋が遊離しているかぎりでは)および虫様筋の腱の大部分が接着し,且つそれと融合し,かくして末節骨の底において停止するのである.しかしまた,これらの線維の一部は側方の筋束の下をへて中央の腱束に達し,これと合している.そのうえ基節骨の背面には関節包壁に続く弓状の結合線維が存在する.

 指背腱膜は指骨の骨膜とはただ疎性結合組織によって結合しているだけであるが,関節包の薄い後壁とは固くくつづいている.

上肢の筋膜Fasciae extremitatis thoracicae, Binden der oberen Extremität

 皮下の浅い筋膜はここでは問題外として,上肢の筋は1つの固い腱性の筋膜で包まれているが,この筋膜はこれに隣接する体幹部の筋膜と続き,いくつかの特徴を示している.

 肩部の筋膜Fascie der Schultergegendは肩甲棘,肩峰および鎖骨に始まり,背方では浅背筋膜と,前方では浅胸筋膜と直接に続いている.棘上窩と棘下窩とはそれそれ肩甲骨の縁と癒着する.1つの特別な筋膜板,すなわち棘上および棘下筋膜Fascia supra spinam et infra spinam(図484)に被われている.棘上筋と棘下筋はこれらの筋膜のすぐ下にあって,その一部はこれらの筋膜から起っている.

 肩甲下筋膜Fascia subscapularisは肩甲下筋を被っている.腋窩筋膜Fascia axillarisは胸部の筋膜の項ですでに述べた(390頁参照).

 上腕筋膜Fascia brachii, Fascie des Oberarmesは上腕のすべての筋を包んでいる強い線維性の鞘で,これらの筋からは容易に分離することができる.これは上腕骨の幹および両顆とは2つの筋間中隔によって結合している.橈側上腕筋間中隔Septum intermusculare brachii radialeは三角筋の停止部から下方に上腕骨の橈側上顆までのび,一方では上腕三頭筋と,他方では腕橈骨筋および上腕筋との間を深部に入る.橈骨神経および上腕深動脈はうしろからこれを貫いている.

 これよりいっそう強い尺側上腕筋間中隔Septum intermusculare brachii ulnareは烏口腕筋の停止部から上腕骨の尺側上顆までのびて,上腕三頭筋と上腕筋とのあいだに入りこんでいる.

 前腕筋膜Fascia antebrachiiは,肘部では浅層の屈筋および伸筋と固くくつづいている.肘頭,尺骨の後方の骨稜,および皮下にあって筋に被われていない橈骨の部分ではこれは骨と固く結合している.この筋膜の表面にはいくつかの細い,白い線が認められるが,これらは筋肉のあいだをわかついっそう小さい中隔のあらわれである.肘窩では上腕二頭筋腱膜の線維の集まりが屈筋の起始を被う筋膜の部分に放散している(図554).

 この筋膜は手関節の近くでその伸側に非常に強くなっている1つの線条部があって,これが背側手根靱帯Lig. carpi dorsaleである(図543, 544).この靱帯は力強い腱性の条からなり,この条は橈骨の掌側縁の下端から斜めの方向に尺骨の茎状突起, 三角骨および豆状骨に達している.

S. 446

手指の腱の通る管と腱鞘dorsale Sehnenkanäle und Sehnenscheiden

 背側手根靱帯Lig. carpi dorsaIeは,一部は骨性の,一部は靱帯性の下敷とともに,多くの腱が通り且つ腱の位置を固定するためのきまった管を作っている.これらの腱はみな図552のなかに示された名前の滑液鞘で包まれている.それを橈側から数えると,全部で6個の管がある(図544, 552).

これらの管はそれぞれ次のように定つている.

 第1の管を長母指外転筋および短母指伸筋の腱が通る.

 第2の管を長, 短の両橈側手根伸筋の腱が通る.

 第3の管を長母指伸筋の腱が通る.

 第4の管を総指伸筋および固有示指伸筋の腱が通る.

 第5の管を固有小指伸筋の腱が通る.

 第6の管を尺側手根伸筋の腱が通る.

 手背筋膜Fascia dorsalis manusは非常に薄くて,ゆるんでいて,皮膚と同じように容易にずらすことができる.手背の深部に背側骨間筋の背面を被う1つの筋膜葉がある.

 皮下の粘液嚢subkutane Schleimbeutelについては,ここでは次のものをあげておく(図552).

 背側中手指節皮下包Bursae subcutaneae metacarpophalangicae dorsales(その存在は不定),これは中手指節関節の高さで指背腱膜の上にある.最もしばしば小指のところにみられるものである.

 指背皮下包Bursae subcutaneae digitorum dorsalesは同じく皮膚のすぐ下で指背腱膜の上にあり,しかも指関節の高さにある.これはほとんど常に基節骨と中節骨とのあいだの関節のところにあり,ときに第2および第4指の中節骨と末節骨とのあいだの関節のところにもみられる.

 中手指節間嚢Bursae intermetacarpophalangicaeは横[中手骨]小頭靱帯の背方で第2~第5中手骨小頭のあいだで,背側および掌側骨間筋の腱のあいだにある.

[図552] 手背の腱鞘 色素を注入してある.

S. 447

手の掌側における特別な装置besondere Einrichtungen auf der Volarseite der Hand

 橈側と尺側の両手根隆起のあいだには強い横手根靱帯Lig. carpi transversum(図545547)が張っている.これは手根溝を橋渡しして,手根管Canalis carpiを生ぜしめている.この手根管を通り長母指屈筋ならびに浅,深の両指屈筋の腱が正中神経といっしょに通っている.これに対して尺骨神経は尺骨動静脈とともに豆状骨の橈側面で,横手根靱帯の掌側を通るのである,長掌筋の腱は同じく横手根靱帯の掌側を通って手掌に達し,ここで広がって手掌腱膜となっている.

 手掌腱膜Aponeurosis palmaris(図545)は線維性の板であって,これは中央の強い部分と弱い側方の2つの部分とからできている.後者は母指と小指とのもつ短い筋群の上に薄いが丈夫な被いをなしている.中央の強い部分は扇の形をしており,特に手掌の深部の軟部組織を外から加わる圧に対して保護するはたらきをもっている,これは長掌筋の腱の広がりを受ける浅層の縦走線維層と,指のつけねの近くでは縦走束のあいだで外から見えるところの深層の横走線維層とからできている.

 縦走線維の終末束は5つある.第1のものは母指球の筋群の筋膜と皮膚の中に放散して終るが,他の4つは第2~第5中手骨小頭の近辺にまで達して,一部は指の皮膚に放散し,一部はフォーク状に裂けて屈筋の腱をとりまき,中手骨小頭の靱帯装置に固着している.最も遠位にある横走線維束は指のあいだの皮膚のひだ(みずかきSchwimmhaut)の中にとじこめられている.これが皮下横掌靱帯Lig. palmare transversum subcutaneumである(図545).手掌腱膜の掌側面は数多くの線維束を皮下脂肪を貫いて皮膚に送るので,皮膚はこの膜とかたくくっつき,つまんでひだを作ることができない.

 また深層に筋膜葉があって骨間筋の掌側面を被っている.

 指の掌側面では,この筋膜は図545547に画いてあるような線維性の腱鞘fibröse Sehnenscheidenを形成している.

掌側における指の腱の滑液鞘Vaginae synoViales Fingersehnen auf der Volarseite

(日本人の手の腱鞘について横室が詳細に報告している(横室彦四郎:日本医科大学雑誌,4巻,119~184, 339~443, 473~538, 753~810,829~867,1933).)

 指の屈筋の腱が手根管を通過するときに,これらの腱はたがいに分れた2つの滑液包に包まれており,これらの滑液包は横手根靱帯を上方および下方に多少とも越えている(図553).橈側の滑液包である長母指屈筋腱鞘Vagina tendinis m. flexoris pollicis longiは長母指屈筋の腱を包み,しばしば第2および第3指の腱をも包んでいる.また尺側の滑液包である総指屈筋腱鞘Vagina tedinum mm. flexorum digitorum communisはその他の腱を包むのである.ときに第3の滑液包,すなわち中間滑液包intermediäres Sackが存在する.--そのほかの変異も見られる.--

 新生児では手根部の滑液包はすぐあとで述べる指の滑液包とはなお完全に分れている.ところが成人では通常第1指(母指)の滑液包と橈側の手根滑液包との結合が存在する.第5指の滑液包と尺側の手根滑液包とが結合することはいっそうまれである(図553).

 つまり基節骨の底から末節骨の底にいたるまで,5本の指はすべて別々の滑液包besondere Synovialsäckeをもっている.これが[手の]指腱鞘Vaginae tendinum digitorum[manus]である.基節骨および中節骨ではこの腱鞘の骨に向かったがわから1対あるいは2対の幅の狭いひだFalten,すなわち腱ヒモVincula tendinumが出ており,これは腱性の線維束をまじっていることもあるが,特に血管を腱にみちびいている(図550).

 指の滑液鞘は強められる必要があるので,半輪形の腱性の帯である線維性の被層fibröse Aerflagerungenによってその目的を達している.この腱性の帯は指骨の掌側面の側縁と関節包とに固着しているのである.これらの弓状をした靱帯のなかで最も強く且つ最も長いものは基節骨および中節骨の中部にある.

S. 448

関節の近くにはごく細い線条だけがみられ,これは横に,あるいは斜めに,または交叉して走っている.それゆえ腱鞘の線維性の部分が種々な形をとるのに対して[手指の]鞘状靱帯Ligg. vaginalia digitorum manus, [手指の]輪状靱帯Ligg. anularia digitorum manus, [手指の]十字靱帯 Ligg. cruciformia digitorum manusという名前がつけられている(図545547, 549).

 この装置は一方では腱が容易に滑ることができるようにし,他方ではこれらの腱をその位置に保持し且つ保護していることが明かである.またさらにこれが腱に血管をみちびいていることはすでに述べたのである.

[図553] 手掌の腱鞘 色素を注入してある. (W. Spalteholzより)

脈管や神経が筋膜を貫く場所(図554, 555)

 上肢の筋膜は皮膚の血管および皮膚の神経がとおるための数多くの孔をもっている.

 橈側皮静脈は,三角筋と大胸筋とのあいだの溝の中に続くために,肩の近くで上腕筋膜を貫いている.尺側上腕二頭筋溝では,その長さのおよそまん中に尺側皮静脈と尺側前腕皮神経が通るための,著明な筋膜の尺側皮静脈裂Basilifeaschlitz der Fascieがある.さらに上方には,同じく内側面に尺側上腕皮神経の出る小さい孔がある.橈側前腕皮神経はこの筋膜を肘窩において,上腕二頭筋の外側縁のそばで貫いている.腋窩神経の皮枝である橈側上腕皮枝は三角筋の後縁の中央に相当するあたりでこの筋膜から外に出る.腕にゆく橈骨神経の両皮枝,すなわち背側上腕皮神経と背側前腕皮神経とは,たがいにはなはだ近く(その距離は1~2cm)橈側筋間中隔の上端のあたりでこの筋膜から出ている.なお肘窩には,腕の深層の静脈と浅層のそれとを結合する静脈が貫いて通る場所があるが,この場所は個体的に変化が多い.

S. 449

[図554] 右上肢の筋膜 屈側.

[図555] 右上肢の筋膜 伸側.

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最終更新日 13/02/04

 

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