Rauber Kopsch Band1. 43

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III. 脈管系 Systema vasorum , Gefäßsystem(Angiologia)

A. 脈管学総論

I.序言

1. 脈管系の目的

 人間のからだは細胞から細胞へと運ばれていく養分だけで,全身を養っていくことはとうていできない.同様に必要な酸素の流れも,からだ全体を細胞から細胞へと伝えられるのではごく少量しか広がらないであろう.老廃物を運び出すという点でもこの方法ではやはり間に合わない.体のほとんど大部分にはむしろ特別な方法が整えられていてこれらの任務をはたしている.すなわち体の大部分には管からなる一つの全く豊富な系統が通じている.この管は体の結合質に包まれて,これと深い関係をもち,ほとんどすべての器官にその無数の枝と網をめぐらしている.この管は血液あるいはリンパで満されている.

 血液とはこの管の壁でとりかこまれた器官と解釈することができる.これはあり余るほど豊富な養分と酸素を備えているので,他のすべての器官にその富を配分することができる.最初の出発をなしたときを除き,この器官は生体内では絶対に休むことなく,いつも循環運動をおこなっている.それを囲む壁はこの循環運動に一部では消極的にそれを許し,一部では積極的にそれをひき起すようにできている.この循環装置の1個所はこの運動を起し,かつそれを保つ目的のためにきわめて巧妙に作られている.これが心臓である.心臓はいわば生物ポンプというべきものである.循環する血液とその壁には,それにはリンパもいつしよであるが,前にのべたように栄養物および酸素の供給と,代謝産物および炭酸ガスの搬出という仕事を遂行する大きな役割が課せられている.この循環装置の全体の形は一定の法則に従って作られており,またそれが養うべき体の構造,力学の法則および発生の過程などに制約されている.

II. 成人における脈管系の概観(図599, 600)

 心臓は一つの筋性の容器であるが,左右両半の2つの主要部分からできていて,これらを右心および左心と名づける.これはさらに横におかれた,そして穴のあいた隔壁によって2つの部分,すなわち前房または心房,および心室にわかれる.したがって心臓には右心房,右心室,および左心房,左心室があるわけである.左右両半に属するそれぞれの部分はたがいにつながりを持ち,そして血管ともつづいている.また心臓の一半のなかにある空洞は毛細管系の仲介で他半のなかの空洞と結びついている.

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 心房に開く血管は血液を心臓に導いている,これを静脈Venen, Blutadernという.心室から出ていく脈管は血液を心臓から送りだす.これを動脈Arterien, Schlagadernという.心臓の右半分は体静脈Körperblutadernを通じて全身からの血液を集め,そこから血液は肺動脈によって肺にいたる.

 心臓の左半分には血液が肺静脈を通って流れこみ,体動脈Körperschlagadernを通じて送りだされる.

 肺およびそれ以外の体じゆうで動脈と静脈の間には,どこにもはなはだ細かい血管からなるみごとな仕組みが介在しており,おびただしい網を作っている.これは毛よりもずっと細いものであるが毛細管Kapillaren, Haargefdäßeとよばれる.

 このようにつながった大小の血管からなる1つの閉じた系統があるわけで,そのなかを血液がめぐっている.つまり血液は体から右心房に,そこから右心室に,右心室から肺に,肺から左心房に,ついで左心室に,そして左心室から体にいたる.血液がこのように体じゆうを流れて廻ることを血液循環という.

 血液がつねに心臓の一方の半分からでて力つよく発達した毛細管の部分をへて他の半分にいたるという流れは,主要な2つの部分に分けてみることもできる.右心室から肺動脈をへて肺に,そこから肺静脈をへて左心房にいたる血液の通路,簡単にいうと右心室から左心房にいたる道を小循環kleiner Kreislaufまたは肺循環Lungenkreislaufという.左心室から体動脈をへて体に,そこから体静脈をへて右心房にもどる道を大循環großer Kreislauf,または体循環Körperkreislaufという.この2つの循環はもちろん全く分れているものではなく,左右の心房と心室の間にある横に渡された穴のある隔壁によってたがいにつづいている(図599).

 この全循環の各部分を血液の性質によって次のごとくわけることもできる.すなわち酸素に富む鮮紅色の動脈血が通っている血管と,炭酸ガスに富む青赤色の静脈血を有しているものとに分ける.かくして右心房に入る血管(上大静脈と下大静脈)は静脈血をはこび,これは右心室から出ていく肺動脈で肺に運ばれる.一方,左心房には肺静脈を通ってきた動脈血が入り,これが左心室から太い体動脈に押しだされる.

 リンパ管系も静脈系と同様に求心性方向に導くものである.そのなかに含まれて流れている液体は定まった場所で直接に静脈系に入る.リンパ管系の役割ははなはだ重要なものである.それは1. 毛細血管系からでてきた余分の液を集める.2. 毛細血管とともに組織との交通を仲介する.3. 組織からの分解産物を導きさる.4. 腸のリンパ管(乳ビ管Chylusgefäße)によって盛んな吸収作用を行なう.5. はなはだ数多くのリンパ節およびこれと同種の組織からリンパ細胞(白血球に属し遊走する)を新しく作る.6. これらの腺(リンパ節などのこと)によってリンパ,ひいては血液の一部に対して濾過,あるいは洗浄装置として役だつのである.これらについてはリンパ管系の項を参照されたい.

循環の段階

 個体の一生にはただ1つの循環だけがあるのではなく,時間的に連続した次の3つの循環がある.それは胚性embryonal,胎性fetalおよび生後postfetalのもので,あるいはこれらを1次,2次,3次,または卵黄嚢循環,胎盤循環,胎盤後循環とよぶことができる.

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[図599] 体の形を考慮の外においた血液循環の模型図 矢印は流れの方向を示す.

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[図600] 太い脈管の幹の分布を示す概観図(1/3)

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おのおのの次に続いてくるものがきっぱりと他のものの上に作られる.先にあったものの基礎を利用し,よりせまい範囲に退き,既存の原基をいっそう根本的に完成したり,うちこわしたり,かくして血流の道のきわめて著しい変化が現われてくる.その一部は突如として変化するのである.

III. 脈管の配置,位置,構造

1. 脈管の分節

 われわれの体がもともと分節的構造をもつので脈管が分節的な配置を示すのは当然といえる.すなわち体には脈管路の分節的な並びがみられる.

 脈管の分節は,それが動脈性, 静脈性またはリンパ性のいずれであっても,個々の分節あるいは分節の中間に一致する横の道,つまり1つまたはいくつかの縦の道から分れ出たり,あるいはそういう縦の道に入ってゆく分節路あるいは分節間路からなりたっている.

[図601] 大動脈の典型的な関係および結合を示す模型図(Thaneによる,やや改変)

 左右の分節的脈管(図601)は縦走する本幹から発し後枝Ramus dorsalisと前枝Ramus ventralisに分れる.

 後枝は椎間孔を通って脊髄管内に脊髄枝Ramus spinalisを送り,これは椎骨壁, 脊髄およびその被膜に分布している.後枝の本幹はさらに内側枝Ramus medialisと外側枝Ramus lateralisにわかれて筋と皮膚にいたる.

 分節動脈A. segmentalisにはその後枝と前枝があるばかりでなく,その上に内臓枝Ramus visceralisがある.これは対をなしたり,または不対性であったり(図601),または縦走する本幹から分節血管に譲り渡されていることもある.

 若干の重要でない違いはあるが静脈とリンパ管にも同じことがみられる.頭部と頚部では3種類の脈管のすべてがここに述べた型から本質的にはずれている.

それはこの部分の最初の原基に原因があって,総弓動脈の形成と関係することなのである.

 四肢の大きな動脈は横走する本幹から変形しさらに発達したもので,そのさい上肢の大きい動脈は鰓弓血管に由来している.

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2. 脈管の位置

 最初の脈管,つまり初期の大動脈と横走する分節脈管は内胚葉の管の背側に発生する.この最初の脈管は吸収器官としての腸に当然もっとも密接な関係をもっている.太い脈管の幹はこの上腹部の場所を一生忠実に保っている.後にここから枝がほかの領域にのびていく.脈管の幹から出る臓側枝がいちばんはっきりとそのことを示している.脊椎動物の太い脈管の幹が体の屈側にあって伸側にないことも上述の関係から明かになる.

3.脈管壁の一般的な構造

 脈管壁の構造は,個々の部分に多様な差異があるが全体としてみるとある程度の一致を示している.

 脈管のすべて,すなわちあらゆる太さの動脈,静脈,リンパ管に1つの層がきまって存在する.それは最内部のいわゆる内皮細胞管Endothelrohrである.これはその不変性,もっとよく表現すれば常在性のために脈管装置のもともとの基礎をなすものといえる.しかしリンパ管系ではその例外がある.それは結合質中に広く存在するすき間,いわゆるリンパ間隙であって,これは内皮細胞の被膜の全部あるいは一部を欠くのである.

 毛細管の全系統では内皮細胞管がまったくそれだけで壁をなすか,あるいは内皮細胞管の外に接する支持成分があってその壁ができている.

 そのほかのすべての場所でもこのことはもともと同じであったのであって,脈管系は最初にはやはり単に内皮細胞管からなりたっていた.しかし次第にほかの層が加わって通常3層が区別できるようになる(図605609).

すなわち

1. 内皮細胞に密接している最内層で内膜Tunica intima.この名前は同時に内皮細胞層を含んでいてもよい.

2. 主に筋性の成分により構成されている中間層で中膜Tunica media,Muskelhaut,mittlere Gefäßhaut.

3. 主として結合組織からなりたつ外層で外膜Tunica externa, dußere Gefäßhaut(以前はAdventitiaといわれた).

 各層の強さ,配置は場所によっていくらか相違があり,詳しいことはおのおのの種類の脈管について記述することにする.比較的大きな特徴を短絡性の血管GefäSe der Kurzschlüsseがしめしている(504頁参照).

a)動脈

 動脈Schlagadern, PulSadernは心臓からここに押しだされる血液の圧力に耐えるために特につよく発達した壁をもつことが特色である.

α)直径

 ふつう動脈を大,中,小にわけて大よその概念をつけているが,この区別は太さばかりでなく壁の構造にも関連している.

 しかし数値ということも大切である.その詳細な報告はH. VierordtのDaten und Tabellen, Jena,1905にある.1つの分枝の所から次の分枝の所まで脈管はその管腔の太さを変えない.また個々の枝はそれが分れた本幹より横断面において確かに小さいが,一般的に云って枝の横断面積の総和は分枝をくり返すごとに増加していく.

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 毛細管系の管腔の横断面積の総和は大動脈の幹の横断面積をはるかにしのいでいる.動脈の幹が毛細管系に対する関係は,湖にそそぎ込む川によく似ている.

β)壁の強さ

 肺循環系の諸動脈はその全部をみても分布する流域が空間的にせまいし,その移行する毛細管系はわりあい小さいので,従ってその内部の圧は体循環のものより小さいから,一般に体循環の動脈にくらべて壁の発達が弱くできている.

 壁の厚さは動脈のばあい一般に管じしんの大いさと共に増減するが,比例はしていない.つまり2倍の広さをもつ脈管め壁が2倍の厚さをもつわけではない.さらに壁の厚さの変化に壁のすべての成分が同じように関与するのではなくて,一部の成分は壁の厚さの増加に伴って比較的には減少する.筋成分のごときがそれであって,血管の増大とともに弾性線維が増加して筋成分は比較的にその量を減ずるのである.

 少しばかり例をあげると,上行大動脈の壁の厚さは 約1.6mm,肺動脈1.1mm,腕頭動脈0.3mm,総腸骨動脈0.3mmである.内膜は最大の動脈でも,平均して0.03mmの厚さしかない(Henle).高年ではその厚さが3~4倍に増加する.

 外膜はふつう0.3mmから0.4mmの厚さのあいだで増減するが,この厚さは高年になってもごくわずかしか増さない.

γ)分枝の型と分枝角

 動脈の分校は一般に樹枝状で,いわば心臓に根ざす2つの主幹,すなわち大動脈と肺動脈がその枝を空間のすべての方向にひろげているといったものである.

しかも植物でその分枝系統にぎちんと規則があるように,血管についても分枝の仕方は定つており,また腺の導管や神経の枝分れについても同じことが云える.すでに501頁の脈管の配置の項で大動脈とそれから出る枝の分れ方を述べた.一方,肺動脈はその分枝において1つの器官に分布する動脈と同じ態度をとる.

 この分枝を発生学的の立場から研究することができるし,また議論の出発点としてその出来あがった形を選ぶこともできる.出来あがった大動脈はその分枝形成で最も明かに基軸性分枝Monopodium,すなわちそれから側枝をだす主幹とか主軸といった形を呈している.基軸性分枝のみであって,大動脈の主幹の全長にわたって両叉分枝Dichotomieは1つもない.両叉分枝とは1つの幹または枝が2つの支枝に分れることをいう.これらの支枝の太さが不同であるときには,これまた基軸性分枝ということになる.それゆえ両叉分枝とは2つの同じ太さの支枝に分れることというならば,この形は大動脈の第2次,第3次,またはそれ以上の分枝にみられ,また所によっては両叉分枝の数が多くてこれが支配的でさえあることがある.しかし全体的にいうとやはり基軸性分枝の方が優位をしめている.1つの枝が突然あるいは急に多数の小枝にわかれることがある.これは脾臓の筆毛動脈Penicilliやいわゆる迷網Rete mirabileにみられる.

 幹から枝が,また第1次の枝から第2次の核がというぐあいに出ていくところは多くのばあい鋭角をしている.それよりまれには直角をなし,最もまれには鈍角をしている.鈍角のばあいにはいわゆる反回動脈Aa. recurrentes, rücklaüfige Gefäßeができる.

δ)脈管路

 動脈路は規則としては可能な限り短くなっている.すなわち動脈はふつう器官にいたるための最短の道を進んでいる.しかし一方この可能性には種々の制限があり,他方また多くの器官はその起りの場所を後にして位置を変え,そのとき動脈をいっしょに伴っていく.多くの動脈は器官に達するために屈曲,蛇行,ラセン状屈曲をなしている.大動脈や肺動脈の本幹さえ弓状の走行を示す.大動脈は矢状面で脊柱の弯曲に伴ってある程度まがり,その上さらに所々でまがっている(上行大動脈,大動脈弓,下行大動脈の右凸弯).

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ε)吻合Anastomosen

 二つの脈管が開放性に結合,すなわち連続すること,つまり交通枝Rami communicantesまたは交通脈管Vasa communicantiaによる吻合Anastomosisは,その脈管が小さいほど,つまり心臓からいっそう遠くにあるほどしばしば見られる.これは動脈,静脈 リンパ管の何れにもみられることである.もっとも胎生期には動脈の主な本幹の吻合さえ見られる(動脈管による大動脈と肺動脈との結合).

 単純吻合の型にはいろいろな種類がある.多数の比較的小さい脈管が1つの面の上で多数の吻合によってたがいにつながるときは脈管網Rete vasculosum, Gefäßnetzという.1つの膜が比較的大きな数多くの動脈,静脈などの脈管をもっていて,しかもこれらの脈管がこの膜じしんの栄養というよりは,むしろこの膜で包まれた器官の栄養を司どるのであるか,あるいは漿液をだす役割をはたしているばあい,脈管膜Gefäßhäute, Aderhäuteとよばれる(柔膜,眼球の中膜,蝸牛の血管条).

 脈管が1つの面上がけでなく深さにおいてもたがいに結合しているばあい,静脈では珍しくないこの結合様式を脈管叢Plexus vasculosus, Gefäßgeflechtという.

ζ)迷網Rete mirabile, Wundernetz

 迷網とは1本の動脈が細い枝の束を作って急に分れ,その枝がたがいに結びついてふたたび1本の動脈に集まるのをいう.つまり腎臓の糸球体におけるごときものである.

η)脈管系の短絡Apparatus derivatorius, Kurzschlüsse im Gefäßsrvstem(図602)

 脈管系の短絡または近道,いわゆる動静脈吻合arteriovenöse Anastomosenとは特別な壁の構造をもつ小動脈が多くのばあい非常に薄い壁をもつ静脈に直接に移行することである.ここでは血液の循環が毛細管の仲介なしにおこる(図602).

[図602] 動静脈吻合(短絡循環)derivatorischer Kreislauf小腸 (ネコ)  (Spanner, Morph. Jhrb., 69. Bd.,1932)

 かつてはこの短絡は珍奇なものとみなされる傾向があったが,鳥類,哺乳類および人類においても,きまった所に常にそしてはなはだ数多く存在することから,体の特別な装置と考えなくてはならないのである.これは生後に初めてできあがる.

 人では爪床,手足の指頭(Hoyer 1877, Grosser,1902).手の母指球と小指球の皮膚,陰茎海綿体(陰核海綿体は異なる)の螺行動脈(Clara 1927,1938),尾骨動脈糸球(後述の尾骨動脈糸球の項参照).小腸(Spanner 1932).腎臓,唾液腺(Spanner 1942),口蓋扁桃(V. Hayek 1942).肺と胸膜(V. Hayek1942).甲状腺(M. B. Schiimidt 1940).柔膜(Testut 1888)に認められた.鼻と耳の皮膚で記載された短絡(Suquet 1862)は人類についてはその後ふたたび見いだされていない.

 このようなつながり方をする動脈の壁は特殊な構造をしている.筋層がはなはだ強大で内腔が狭い.筋層は,内皮の下に密接して縦走する筋線維のいくつかの束を

なしていて内方に突出し,内腔を星状にしている.弾性成分は全くないか,あってもほとんど痕跡的である(Clara).つまり閉塞動脈Sperrarterienである.ほかの所ではしばしば平滑筋細胞が上皮様細胞となり(Schumacher 1908, Clara 1927, Becher 1936).膨張できる細胞まくらZellkissenをなしている.これは動脈の横断面でその全周を占めていることもあるが,単に一部のみに存在することがあり,その一部も広狭いろいろである.

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この動脈から血液を直接にうけとる静脈は内腔が非常に広くなっていてしかも壁が薄い.

 閉塞動脈のほかに閉塞静脈Sperrvenen,または阻止静脈Drosselvenenがあり,その壁はかなり多数のたがいに重なり合う強い輪走筋か,または内膜を縦走する筋束によって作られている(図603).

 生体において動静脈吻合と阻止血管がもつ意義は動脈を流れてくる血液の一部を直接に静脈に導くことである.それによって循環はこの場所で荷が軽くなり,血管圧と,恐らくは温度もこの場所で影響を受けるのである.それゆえこの短絡は主として生体の圧と温度の調節装置である.しかし陰茎海綿体では力学的意義をもっている.

 歴史:この近道循環を最初に着目したのはSuquet (1862)で,これをCanaux dérivatifsと命名した.

その後Hoyerが詳細に研究した(Arch. mikr. Anat.18. Bd.1877).さらにGrosserが復構模型と切片の観察による詳しい研究をした(同じく60. Bd.1902).総括的記述にはClara(Ergeb. Anat.1927, Verh. Ges. Kreislaufforsch.1938)とvon Möllendorff (Jahreskurse ärztl. Fortbild. 31. Jhrg.,1940)のものがある. V. Hayek(Z. Anat. Entw.111. Bd.1942)は3つの型をわけている.

[図603] 閉塞静脈 18才の少女の子宮血管層における小静脈の横断面×300 (Watzka., M., Z. mikr. anat. Forsch, 39. Bd.1936から)

[図604] 動脈の幹をしばつた後に側副循環の成立する模型図 A 障害のない状態,Bしばつた後に(6にてしばる)生じた閉塞と変性(点線で示す).1動脈の幹:2,3,4,5上下の動脈被でaにおいて吻合.

θ)側副路と終枝

 1本の動脈から分れる枝は,側枝すなわち本幹から最後の分枝に達する以前に出てゆくものと,終枝または終末枝とに分ける.

 側副血管Vasa collateralia, Kollateralenとは一般に本幹と同じ方向をもつような側枝をいう.この側副血管のあいだの吻合がいわゆる側副路循環を生ぜしめるが,このものは生体の正常生活において大きな役割をなすのみでなく,病理学においても重要な意味がある.1つの幹または比較的大きな枝がしばられて血行が遮断されたとき,側副血管の吻合はしばられた場所の向こう側にある体の部分に血液を運ぶ仕事を引き受ける.そのさい,吻合した枝は太くなる.こうして側副血行路ができあがる(図604).

ι)終動脈Endarterien

 終動脈をいま云つた終枝と混同してはならない.終動脈はある器官に分布する比較的大きな動脈の幹で,それが毛細管にいたる直ぐ前Präkapillarの動脈部で他との吻合をまったくもたないものである.大脳皮質,脳の灰白質性の核, 肺, 肝臓(門脈).脾臓,腎臓,甲状腺にはこのような吻合が欠けている.終動脈は病理学において大きい役割を演ずるのである.

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κ)動脈の変異

変異には次のようなものがある.

1. 正常体には見られないはずの脈管が存在すること.

2. 正常体に見られるはずの脈管が欠けていること.

3. 正常に存在する脈管が異常な関係を示すこと.

 ほとんど大部分の変異が第3のものに属している.この異常な関係は脈管の起始,大きさ,走行,分枝,終枝の分布などにみられるのである.

 変異の一部は変化に富む胚性血管系の発生途上で現われてくる.すでに胚がその血管系に変異を持つていることがある.いっそう多くの変異は初めには弱かつた吻合が後に強く発達することによりできてくる.血管系が富豊な吻合を形成していることがその異常状態を生ずる傾向を内在させているのである.

 人の脈管にみられる多くの変異が動物界では正常のものとして存在する.また個体の生命をおびやかしたり,出生の前後に生命を失わせたりするような高度の脈管奇形もやはり形態学的に興味の深いものである.

 個々の脈管についての最も主な変異はそれぞれの脈管のところで述べる.詳細な報告はW. Krause, Varietljten der Arterien in Henle, Hapdbuch der AnatomieおよびAdachi, Das Arteriensystem der Japaner, Kyoto,1928にある. Adachiの大きな業績は同時にヨーロッパ人の脈管変異を新しくまとめている.その総括的な結論としてはヨーロッパ人にいっそうしばしば現われる多くの変異があり,また他の多くの変異が日本人にいっそうしばしば現われる.それにもかかわらず「動脈系の変異は,変異全部を総括的に見たばあい,日本人とヨーロッパ人にほぼ同じひん度で現われる.」さらに「多くの原始的な特徴が日本人によりしばしば見られるが,それに対してヨーロッパ入にもほかの多くの原始的な特徴がよりしばしば見られる.すべての原始的な特徴を同価値とみなし,そして総括的にみるど日本人とヨーロッパ人とは同じ程度の原始性をもつ.言い換えるとこの両人種は動脈系に関してはほとんど同じ程度の発達をしめしている.」(Adachi, Bd. II, S. 309. ).

λ)動脈の微細構造

 動脈壁の構造には3つの重要な特性,すなわち弾性と収縮性がある.前者は豊富な弾性成分により,後者は平滑筋によるものである.これらの成分は(内から外に)3つの層,すなわち内膜Tunica intima, 中膜Tunica mediaおよび外膜Tunica externaに配置されている.これらのなかで中層ではその成分が横走していて,大部分が平滑筋線維からなりそのため筋層Muscularisともいわれる.これにたいして内外の両層はその成分が主に縦走している.内膜に接する中膜の境界部には生子板のようなしわのある内弾性板Lamina elastica interna, elastische Innenhautがあり,外膜との境にはいっそう薄い外弾性板Lamina elastica externaが形成されている(図605607).後者は必ずあるとは限らない.

 血管をその口径により1. 非常に細い動脈と比較的細V動脈,2. 中太の動脈,3. 太い動脈,に分けることができる.

 いま1つの分類法は筋成分と弾性成分との割合による.a)弾性型の動脈Arterien wom elastischen Typus(大動脈,鎖骨下動脈,頚動脈,腸骨動脈,肺動脈の葉間分枝).b)筋型の動脈Arterien vom muskulösen Typus(比較的小さい動脈).ここではこれら2つの分類法のうち前者に従うことにする.

 毛細管系になる直前の小さい動脈の内膜Intima kleiner Arterienは1層の細長い紡錘形の内皮細胞(図88)からなりたっており,これが内弾性板に直接着いている.内弾性板は非常に細い動脈ではたがいに密接している弾性線維からなり,比較的大きい動脈では弾性線維が集まって融合しいわゆる弾性膜または有窓膜をなしている(図72).最も細い動脈の中膜は1層の平滑筋であるが,やや大きな動脈では輪走する重層の平滑筋からなる.外膜は線維性の結合組織と細い弾性線維からできている.外膜は判然とした境がなく,血管を周囲の部分に固着させている結合組織に移行する(図607).

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その次の中太といわれる動脈は数も多いのであって,これは前に述べた細い動脈にくらべて内膜が厚い.内皮と内弾性板のあいだに縦に条のみえる結合質があって,扁平で円形または星状の結合組織細胞があり,縦にのびた薄い弾性網も含まれている.しかしこの条のみえる層はかなり多くの動脈,たとえば腹腔動脈,腸間膜動脈,腎動脈,外腸骨動脈などでは欠けている.また中膜は動脈の太さが増すとともに急に厚さを増す.そして中膜は輪走する平滑筋の層のみでできているのでなく,平滑筋の層が弾性線維や弾性板からなる目のあらい網で貫かれている.諸動脈にはこの2つの成分がいろいろ違った強さで存在し,腹腔動脈,橈骨動脈,大腿動脈では平滑筋が勝り,これにたいして頚動脈,腋窩動脈,総腸骨動脈では弾性組織が勝つている.外膜もまた厚さを増し,その弾性線維は中膜との境にあたって中膜の弾性成分とつづく比較的密な層をなしている.これを外弾性板elastische Außenhautという.このほか外膜では散在性の縦走する平滑筋が束や網をなしている.

 次に太い動脈では内膜の内皮細胞は短い多角形に近づくが,内皮の外に接する条のある結合質の板はすでに中太の動脈でみた状態と同じである.その中に含まれている弾性線維網は中膜にむかつてその密度を増し内弾性板に移行する.筋層の全部は同心性に配列した強い弾性線維網と有窓膜をまじっていて,これらの弾性成分は斜に走る結合板によってたがいに連なり,あるいは叉状に分岐している.かくして胸大動脈の中央部で横断してみると,一部は離れ一部はつづいている輪走の平滑筋層と有窓弾性膜がそれぞれ25枚も交互に重なり合って,最後に外膜がそのぞとの締めくくりをしている.この外膜は平滑筋細胞の少ないことと,中膜との境に密な弾性網を欠いていることで前述した中太の動脈の外膜と区別される.

 動脈壁には小さい動脈と静脈すなわち脈管の血管Vasa vasorumが貫いて走っている(図606).よくみると各々の動脈小枝が2つの静脈を伴っている.この小さい動脈は,それが壁の中を走っている動脈から直接に分れてくるのではなくて,この動脈の枝か,あるいは近在の動脈から発するのである.この血管は動脈鞘の中で網を作って広がり外膜と中膜の外層に分布している.

 リンパ管は今日まで動脈壁の中に確実には認められてはいないが,おそらく内膜の下と筋層には存在するであろう.しかし多くの動脈はリンパ管がそのまわりに絡みついたり,あるいは全く脈管周囲リンパ腔の中にあったりする(リンパ管の項参照).

 動脈は神経を豊富にもっていて,なかんつく運動性の神経が多いことは筋層の存在がすでにそのことを暗示する.脈管神経Gefäßnervenとよばれるこの神経は主として交感神経系から,また一部は脳神経と脊髄神経からやってくる.その線維はたいてい無髄性である.この神経は比較的太い血管のまわりで神経叢を作り,多くはかなり太い無髄線維からなる細い神経糸の形をとって細い脈管と共に走る.しかし特に比較的大きい動脈では有髄線維もみられる(Ph. Stöhr jr.1928, Handb. mikr. Anat. )

 Ranvierによれば動脈には3つの異なったしかしたがいにつながりをもった神経叢が区分できる.外方または基礎的fundamentalのものは外膜にあり,中間または筋周囲性Perimuskuldirのものは筋層の外周にみられ,終未または筋内性intramuskuldrのものは筋層の内部にひろがっている.

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[図605] 脳軟膜の小動脈

[図606] ヒトの固有掌側指動静脈 弾性成分はオルセイソにより褐色に染り他のものはすべて赤く染つている.

[図607] ヒトの耳下腺リンパ節の小動脈 弾性成分はオルセインにより褐色に染り他のものはすべて赤く染つている.

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[図608] ヒトの下大静脈壁の横断面 弾性成分はオルセインにより褐色に染り他のものはすべて赤く染つている.

[図609] ヒトの大伏在静脈の横断面 弾性成分はオルセインにより褐色に染り他のものはすべて赤く染つている.

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後の2つはStöhr jr.が確認しえなかったものである.この3つの神経叢の線維はJoris(1906)によると運動性である.

 運動性線維のほかにJorisによると知覚性線維がある.これもやはり脈管周囲神経叢から出てくるが運動性神経叢とは関係がない.この線維は一般に短くてうねり,多くの側枝を出して知覚終板をもって外膜と筋層とに終る.この終板は周囲に対しはっきりした境をもっていて,所々に小さい瘤状のふくらみのある線維からなっている.Stöhr jr. によれば小動脈で,特にそれが毛細管に分れる前に知覚神経の終る装置がたくさんに存在する.

 動脈の太さの減少とともに,神経線維の量も減ずるのは当然である.筋層が1層の平滑筋からなる血管はただ2つの運動性神経叢をもち,その1つは外膜に,他の1つは筋線維間にある.またさらに後者からおこる神経原線維の網Neurofibrillengitterと神経終末細網nervöses Terminalretikulumがある.また知覚終末も減少する.

 Voss(Z. mikr. . anat. Forsch. 57. Bd.1951)は小動脈の内部に紡錘形をしたものがあって動脈の腔内で遊離し,ただ細い柄で動脈壁とつながっていると記載している.これは内皮で被われ,弾性膜,平滑筋線維および結合組織をもっているという.

b)静脈Venae, Blutadern

α)全体の配置

 静脈には大循環と小循環のものがある.そのうち肺静脈はそれぞれ2本ずつの対をなす短い幹で,肺の毛細管系で動脈性になった血液を心臓の左心房に導く.これに対して肺動脈は右心室をでてまもなく左右の主枝に分れる大きな動脈であって,静脈性の血液を肺に送っている.

 体静脈は体じゆうの毛細管系からおこる.その初まりは細いが次第に集まって大きな幹となり,成人では最後に2つの主な幹,すなわち上下の大静脈をもって右心房に開く.そのうち上大静脈V. cava cranialis, obere Hohladerは主として上半身の静脈性の血液を,下大静脈V. cava caudalis, untere Hohladerは下半身の静脈性の血液を集める.第3の小さい静脈幹,すなわち大心静脈V. cordis, magnaは心臓壁の血液を右心房に導いている.

 静脈の数は動脈の数よりはるかに多い.それは多くの比較的小さい動脈のそばにはそれぞれ2本の静脈,すなわち伴行静脈Venae comitantes, Begleitvenenとよばれるものが走っており,ただ比較的大きな動脈幹となると1本の大きな伴行静脈を伴っているからである.動脈に伴行する静脈のほかに,動脈と無関係に分布する多数の静脈が別にあって,その一部は深い所に,一部は体表面に近く皮下にある(皮静脈Venae cutaneae).なお静脈系では吻合が動脈よりはるかに多くみられる.この吻合によって広汎な多数の静脈網Retia venosa, Venennetzeと静脈叢Plexus venosi, Venenplexasが生ずる.静脈の数がより多いこと,また個々の静脈がより広くできているために,静脈系の全体は動脈系に比べていっそう大きい場所をしめるのである.この両系の容量の相違を正確に定めることはむつかしいが,静脈の容量は動脈のそれのおよそ2倍である.今まで述べたところにより静脈と動脈とは(肉眼的の観察では)血液の流れの方向がちがうこと,数と広さ,枝と主幹の全体的な配置が一部異なっていること,さらにその内容物によって区別できる.動脈は酸素に富む鮮紅色の血液を,静脈は炭酸ガスの多い暗紅色の」血液を通じている.しかしこれは大循環の動脈と静脈についてであって,小循環の血管ではこの関係が逆になっている,さらに生後の個体にあてはまるだけで,胎生期には脾動脈は炭酸ガスに富む血液を,臍静脈は酸素の多い血液を導いている.もう1つの相違が壁の構造にみられる.静脈壁はより薄く,特に弾性成分と筋成分が比較的少なくて,結合組織が目立つのである.そのうえ静脈は,心臓との境にしか弁装置を有しない動脈とは反対に,非常によく発達した弁装置をそなえている.

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β)静脈弁(図610, 611)

大部分の静脈はその内面にKtappenをもっている.これは末梢へ向かって血液が逆流して,そこに停滞するのを防ぐためにできている.静脈弁Valvulae venarumは内膜のつくるひだであり,結合組織によって補強されている.これは薄い小さい帆状のものであって,その凸縁(底)は血管壁に固着し,凹縁は遊離して血管腔に突出している.遊離縁は心臓の方に向いているので求心性の血流は弁を壁に向かって平らにおしつける.弁のつくところに相当して血管壁は外に向かってかるく膨出している.この膨出部は弁とともに,2つの大きな動脈幹(肺動脈と大動脈)の基部におけると同様に袋をなしている.この配置により弁は正常の方向におこる血流に対しては何らの妨害をしない.しかしもし圧力または他の原因により停滞が起ると,血液は静脈のふくれた部分に侵入し,弁の遊離縁を血管壁からおしのけたがいに接着させて,かくして血管を末梢へと閉めきつてしまう.そこで静脈はその場所に相当して節状のふくらみを現わすのである.

 普通はいま説明したような帆状弁の2枚がたがいに向き合って存在する.比較的大きな動物では静脈壁をめぐって3枚の弁があることもあるが,人間の場合それはまれなことである.これに対し比較的小さな静脈では所々に各1枚だけの弁がある.またかなり大きい静脈でもそれより小さい枝が開口する所にはただ1枚の弁がみられることとがしばしばである.同様に心臓の右心房において,下大静脈および冠状静脈洞の開く所に各々ただ1枚の帆状弁が形成されている.静脈の開口部にある簡単な帆状弁はWinkelklappen(角静脈弁)またはAstklappen(枝静脈弁)とよばれる.

 完成された弁のほかにまたはなはだ多くの未完成のものがあり,これは完成への途中に止まつたものか,あるいは退化したものであろう.静脈弁の退化ということは,新生児で完成した状態にあった弁が後になって退化することが知られているので,充分に考えられるし,また胎生期には後になって完成するものよりもずっと数多くの弁が作られるということは静脈弁の一部が未完成のま,に止まることを暗示するのである.たとえば胎生期には門脈の分布区域に多数の弁があるが,後にその大部分が消失し,少数のものだけがところどころに,特に小さな静脈が静脈アルケードVenenarkadenに開口する所に残るのである.

 最も弁の数が多いのは四肢の静脈であって,ここでは血液が重力にさからつて運ばれなくてはならないばかりでなく,またしばしば筋の圧力に曝されている.

ところが弁の存在により一方では筋の圧力がかえって静脈の血流を促進するものとなり,他方ではまた弁の存在は四肢などにおいて,静脈内の高い液柱が所属する毛細管系に圧力を加えて,毛細管の血流を妨げる危険を未然に防ぐことになる.右縦胸静脈,肋間静脈,門脈およびこれらの静脈の枝では弁の存在は例外であり,もしあってもその数は非常に少ない.なお弁は一般に最も小さい静脈,および四肢の比較的小さい静脈にも欠けているが,さらに上下の大静脈,大部分の頭部の静脈,肝臓,腎臓,子宮の静脈,および卵巣静脈でも欠けている.また頭蓋脊柱管,骨の内部の静脈,臍静脈および肺静脈にも弁がまったく存在しない.

[図610] 静脈弁 内部からみたところ(×1) 大伏在静脈の一部,いくつかの側核をもっところ,切り開いてある.

[図611] 静脈弁 外方からみたところ(×1) 橈側皮静脈の一部,膨らませて乾燥させたもの.弁の付ぎ方とその周囲の膨大部(静脈弁洞Sinus valvulae)がわかる.

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γ)静脈の変異

 動脈にもしばしば変異があり,また体の1側半にみられる動脈の配置が他の側のものとかなり違っているが,それにしても静脈ではその大いさ,起始,走行の変異はもっともありふれた現象となっている.この現象は静脈が数多くの吻合をもつことと,さらにまた初期循環の形が後に変形してゆくことによっていっそう助長されるのである.

ε)静脈の微細構造

 内膜は扁平で紡維形または多角形をした1層の内皮細胞からできている.中等大の静脈はその外側に核をもった結合組織の層が続き,それに薄い内弾性膜が接している(図606).内弾性膜は小静脈では薄くて均等な性状をもつが,中等大,および大きな静脈では弾性網の形となっている.多くの静脈(腸の静脈,腸骨静脈,大腿静脈,大および小伏在静脈)の内膜には少数の縦走および斜走する平滑筋があり,肺静脈の内膜には輪走する平滑筋が存在する.

 中膜は下肢の静脈(図609)において最もよく発達し,上肢の静脈ではそれより発達が悪く,さらに腹腔の静脈ではいっそう発達が悪い.多数の静脈(上大静脈,毛細管から出てくる静脈の初まり,骨の静脈,脳の柔膜と硬膜の静脈,網膜の静脈)は中膜をまったく欠いているか,または単に斜走あるいは横走する結合組織の束がその代りをしている.これに対して中膜が完全な形をしているときには平滑筋線維の束からできてはいるが,この束は本当に輪走しているのではなくて,斜走およびラセン状の走行をなし,豊富な結合組織によってバラバラに分けられている.動脈の中膜が密集した平滑筋の層からできているのに反して,静脈の中膜は結合組織により多少とも別々に分けへだてられた個々の筋束からできているのである.筋束の表面ならびに筋束を分ける結合組織の中には弾性線維が走っている(図608, 609).

 外膜は多くの場合よく発達し,たがいに交叉する結合組織の束,弾性線維およびはなはだ豊富な縦走の筋束からなっている.動脈の外膜では,この筋束はずっとまれであり,また少量に存在するのみである.門脈の本幹や腎静脈など少数の静脈では外膜の中にまとまって縦走する良く発達した筋層がある.また心房に開口する大きな静脈の外膜には心臓からこれらの静脈に入りこんだ横紋をもつ輪走の筋線維の層がある.この構造によってこれらの静脈の開口部は心臓の収縮期と時を同じくして,これと同調して収縮するのである.

 静脈弁はすでに述べたように内膜のうすいひだである.弾性線維網は特に弁の基部でよく発達している.内膜が平滑筋細胞を有しているところでは平滑筋が弁の構成にあずかっていることもある.

 動脈と同じく静脈壁にも栄養血管,すなわち脈管の血管Vasa vasorumが存在する(図609).

 リンパ管も動脈の項(507頁)で述べたのと同じ関係がある.

 静脈の神経は豊富であって,そのために神経は多くの部分でメスをもって剖出することができる.神経は太い静脈では動脈とよく似た像をしめすが,細い静脈ではたいてい不規則に走っている(Stöhr jr. ).

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 リンパ性器官の非常に細い静脈では特に丈の高い,ほとんど円柱形の内皮細胞の存在が確認されている(図612, K. W. Zimmermann, W. Schulze, Hett).

c)毛細管Vasa capillaria, Haargefäße

 歴史:長いあいだ, 古代の人たちは心臓が静脈によって血液を諸器官に送り,また動脈によって空気(Pneuma)を諸器官に送っているのであろうと考えていた.静・脈を通って流れていく血液は心臓の搏動ごとに同じ道を戻ってくるのだろうと思つていたのである.

 著しい進歩はアレキサンドリアのHerophilus(西歴紀元前300年)が本当の事実とだいたい一致した見方をしたときになされた.それによると動脈の中には血液と空気の混合物があるというのであった.

 彼と同時代の人であるErasistratusは動脈と静脈が末端で結びついていることを予言し,Galen(紀元後131~201)は動脈が血液を含んでいることを確認し,また動脈血と空気の混合という説をつよく主張した.彼は静脈血が心臓の方向に流れるということを言いだした最初の人であるかどうかははっきりしていない.心臓の右半の意義についての彼の説は特別であって,すなわち右心の血液のうち役にたつものは心臓の隔壁を通って左心に達し,無用のものは肺動脈をへて肺に至り,そこで発散するといい,また空気は肺から肺静脈を通って心臓に行き,ここで血液と混ずるというのである.この説は中世紀の全体を通じて信じられていた.やっと16世紀になってVesalとその同時代の人たちが心臓壁は通過不能であることを認めた.さらに静脈弁がもう一度見出だされて(Cannani 1546, Fabricius ab Aquapendente 1574),静脈血の求心性の通路が確定された後に,Mich. Serveto(1509~1553)など少数の人たちは右心から肺を通り左心にいたる」血液の流れを不完全ながら唱えはじめた.当時の人々は動脈の搏動を自動的なものとみなし,動脈は最も細かく枝分れしたところで,老廃物を排出し空気をとり入れるのであろうと考えた.

 その後でWilliam Harvey(1578~1658)が短い古典的文献Exercitatio anatomica de motu cordis et sanguinis in animalibus, Francoforti 1628によって本当の事実を証明した.しかし動脈と静脈の末端の毛細管系によるつながりが解剖学的に立証されたのは1660年以後のことで,それは血管注入法と顕微鏡の利用によって初めてなしとげられた(De Marchettis, Blankaard, Ruysch).

 生きている動物で毛細管における血液の循環を見ることは,まずカエルの肺と腸間膜でMalpighi(1661)が顕微鏡で観察し,温血動物についてはCowper(1697)が初めて見た.

 すでに述べたとおり,毛細管Haargefäße, Haarröhrchen, Kapillargefäße, Kapillarenはリンパ毛細管,毛細胆管,唾液毛細管などと区別するために毛細血管Blutkapiilarenと名づけられ,動脈と静脈とを直接につないでいるはなはだ細い血管である.その内腔はたいてい非常に狭いのでただ1列の血球しか通過できないほどである.毛細管はほとんどからだ全体にわたって広がっている.しかし上皮(大多数の).上皮性の組織(毛,爪).歯の硬組織, 角膜(辺縁係蹄網を除く).感覚器と神経系の或る部分および軟骨質(ただし全部ではない)は血管を欠いている.

 すべて一般に脈管というものがそうであるように毛細管の走行は常に器官の結合組織と結びついている.というのは毛細管は体の結合組織の分かれであり,いつまでも結合組織とのつながりを保づているものである.しかし毛細管がもはや結合組織によって包塞れていないで,結合組織の最も外方へ突出した部分をなしていることがある.体の基本的な構造物(細胞や線維など)の内部には毛細管が入りこまない.神経細胞,神経線維,脂肪細胞,筋線維,骨層板,腺の小管や小胞の内に毛細管は入っていない.もっともその周囲にははなはだ多くの毛細管がまつわりついていることがある.

[図612] 丈の高い内皮細胞 19才の男の舌扁桃において毛細管の直後にある静脈のもの.(K. W. Zimmermann, Z. Anat. u. Entw., 68. Bd.1923. )

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最も細い動脈から分れたばかりの,あるいは最も細い静脈の初まりに集まってくるところの30~60µ位の太さをもつ比較的大きい毛細管は,まだ樹枝状の枝分れをなし,血流の方向も動脈または静賑のそれと一致しており,壁の構造も中間的である.このような毛細管を動脈性毛細管arterielle Kapillarenおよび静脈性毛細管ventise Kapillarenという.それより細い本当の意味の毛細管は短い部分だけである.これは網状をなしてあらゆる方向に走り,壁の性状も一様で,その直径は平均7~10µである.特に太い毛細管としては肝臓,骨髄,歯髄のものがあり(12~20µ).最も細いものは網膜や筋にみられる(5~6µ) (図109,117).しかしこれらには非常に細いもののほかに中等大の口径のものもみられる.肉眼で毛細管を見ることはできない.毛細管のなかに血液がいつばいに入っているときは,それが分布している器官に毛細管の量に応じて赤さの度合がちがうが均等に赤色をあたえる.毛細管がわずかしかないばあいにはやっとわかる程度の色しかついていない.また器官の色はそれを被っている被膜(血管をもたない)によって当然影響をうける.

 血液は毛細管の中では搏動せず一様に流れる.より太い毛細管中ではより細いものめ中より早く流れ,しかし最も細い動脈や静脈の中よりもはるかにゆっくり流れている.毛細管の内腔は壁が弾力性をもっているので,内圧に応じて広くなったり狭くなったりする,毛細管の細胞の原形質は少量しかないが,これがおそらくはわずかながら収縮しうるのであろう.またS. Mayer(Anat. Anz., 21. Bd.1902)によると毛細管には枝分れした平滑筋の被いがときれときれにあるという.それゆえ収縮性のあることは確実で,さらにStrickerによると毛細管はその内腔がなくなってしまうほどまで自動的に収縮できるという.

 毛細管の分布状態は体のあらゆる領域にわたって決して単一の型を示さない.その型はむしろ諸器官の微細構造にしたがって変化し,主としてその構造によって定められている.ほかのところ例えば骨では,血管の広がり方が器官の構造を決定する重要なものとなっている.だから総体的にみると,毛細管の分布する状態は器官の微細構造が非常にさまざまであるごとく変化に富んでおり,それぞれの器官について特有な分布状態であるといえる.それゆえ毛細管の分布だけをみて,1つの器官を判別することが可能である.個々のばあいについていえば次のごとき基本型が分けられる.

1. 係蹄Schlinge;単一のものと複合のものとがある.この型は広い範囲にわたってみられ,たとえば皮膚の乳頭,滑液膜絨毛などにある(図613).

2. 係蹄網Schlingennetz;係蹄が網と結びついたもの.前者と同じくはなはだ広くみられる.たとえば腸絨毛にある.

3. 血管糸球 Glomerulum, Gefäßknduel, Schlingenknäuel;種々な形の腎臓にみられる.

4. Netz, 網材Netzgertist ;網とは空間内の2軸を含む平面上で毛細管の多くの枝分れがたがいに結び合っている型である.これが3軸の方向すなわち立体的の広がりをなすと網材Netzgertistの型となるが,この型がいちばん多い.この網と網材のすきまは丸みのある多角形,細長い多角形,不規則な多角形などいろいろであり,またすぎまが広いことも狭いこともある(図479).

5. 小窩Lakune;体内の若干の器官では動脈と静脈のあいだに血流の道が湖のよ5に広がった所があって,そこは特別な構造をしている.ここははなはだしく広がった毛細管とみなされる.このようなものは陰茎海綿体,尿道海綿体,脾臓の静脈性毛細管,胎盤などにある.この空所が大きいばあいには細い動脈が直接その中に注ぎこむこともあり得る.

毛細管の構造

動脈が毛細管に移行するところは壁の構造が次第に簡単になってくる.中膜は薄くなり,筋細胞も離ればなれになり,さらにすすむと筋細胞が散見されるのみとなり,ついには全く消失してしまう(ただし上述のS. Mayerの説を参照されたい).

 外膜は初めは細胞をもった一層の薄い結合組織からなっているが,やはりまったく消失する.内膜に属する比較的外側の層も薄くなり遂には消失してしまう.

[図613]毛細管係蹄の単一型(a, b)と複合型(c)

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こうして内皮の管がなお残存し(図109,117)内皮細胞は薄い基礎膜の上にのっている.個々の内皮細胞は核をもち多少扁平で,細長くのびて,半ば溝の形をなしてまがり,細胞間橋と少量の接合質によってその縁でたがいに連なっている.この接合質は硝酸銀によって現出される(図88,89).また内皮細胞は細い糸状のものによって基礎膜に固着している.

 銀液で染め出した内皮細胞間の線は一様の太さであるが,そのところどころに不規則な型の角ばつた部分があって,銀の沈着により黒く染つている.これは一部の学者によって小口Stomata, Lückenとみなされているが,他の学者はこれを介在小板Schaltplättchen,つまりいくつかの細胞間のすきまをうずめている小さい板状物と考えている.またこれは細胞の縁がたがいに上下に重なってできたものだという意見もある.

 基礎膜Grundhäntchenは格子線維Gitterfasern(銀好性線維argyrophile Fasern)からなり,この線維は輪状に走りたがいに結びついて網状をなして無構造の間質中に存在する.内皮細胞は多数の細い糸をもって基礎膜と結びついている基礎膜の外面は多くの場所でいろいろちがった性質の結合組織性の被膜で被われている.その被いが完全なことも,不完全なこともあるが,これが毛細管の外膜Adventitia capillarisというべきものである.そこには特別な外膜細胞Pericyten(K. W. Zimmermann,1923)という細胞がある.その主な特徴は,たいてい楕円形の細胞体をもち,それからふつう2本の突起,つまり1次突起Primärfortsätzeが出る.この突起は毛細管の長軸に沿ってのび,そこで横の方向に多数の側枝を出して毛細管をとりまいている.これが2次突起Sekundärfortsäitzeである(図614, 615).これには中間形があって動脈や静脈の平滑筋に移行するものである.つまりこれが毛細管において平滑筋の代りをなしている.

[図614] カエルの硝子膜の毛細管(Eberthによる)

[図615] 43才男の心臓における非常に枝分れした外膜細胞をもった毛細管.×1350(K. W. Zimmermann, Z. Anat. Entw., 68. Bd.1923)

[図616] 毛細管の神経(Ph. Stöhr jr., Z. Zellforsch., 3. Bd.,1926による)

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しかしBenninghoff(1926)はこの細胞を線維細胞の1種とみなした.リンパ性組織内の毛細管は細網の線維の細い突起により支えられている.その突起が管の外面に固着している.また細い弾性線維が毛細管をとりまいていることがあって,その例は外皮にみられる.

 毛細血管はリンパの道Lcrmphbahnenと密接なつながりをもっていて,多くの場所で直接に血管周囲リンパ管でとりかこまれている.かくしてリンパ管は器官と毛細血管の間に入りこむのである.

 毛細血管は神経原線維の細かい網を伴っている(図616).

 いろいろな器官の毛細管は基本的な構造では共通しているがこまかい点ではそれぞれ異なるのである(Pfuhl, Z. Zellforsch., 20. Bd.1938参照).

 比較的近年になって特別な顕微鏡(皮膚顕微鏡Hautmikroskop, 眼顕微鏡Augenmikroskop)の助けをかりて生きている人の皮膚や目の毛細管を観察できるようになった(Encyklopädie d. mikr. Technik, 3. Aufl.,1926/27参照).

 大循環の毛細管領域では血液の流れる速さが血管系の全体を通じて最も遅い.いちばん細い毛細管ではただ1列の赤血球しかそこを通過できないし,また事情に応じて赤血球は形を変化してそこを通る.すなわち長く伸びたり,管の枝分れの所では赤血球が折れまがったりして,ついでふたたび自分の弾性によって正常の形に戻るのである.人の網膜の毛細管における血流の速さは眼の外から計測したところ,平均して1秒間に約0.6~0.9 mmである.

 失神あるいは死亡などによる動脈血圧の下降にさいして,人の皮膚の毛細管は真皮の緊張に影響されて空つぼになる.そのとき毛細管は血液を静脈に送りだしてしまう, 確かに正常状態でも白血球の一部は血管壁を破つたりしないで血管外に出てゆく(游出,Diapedesis) (図612).

 異常な状態ではこの游出が高度におこり,また赤血球をも含むようになることがある.赤血球の游出はとくに静脈の流れが停滞したときに現われる.白血球は炎症Entzündungにさいして単独に,あるいは少量の赤血球とともに血管壁から出てゆき血管の外で膿球となる.白血球はアメーバ様運動によって内皮細胞のあいだにある小口を通って出てゆくのである.

IV. 血液Sanguis, Blut

 血液を全体として考えてみるとすでにおりおり述べたように1つの器官であるということができる.しかも液状をしていて,個体の生きている間はひと廻りしてもとの場所に帰つてくる管の形をした道のなかを移動している器官である.器官としての血液の形は脈管系の形に一致する.

 人の血液の量は体重の7~8%をしめている(Bischoff他の学者によると12.5%までをしめるという).したがって平均体重の人の血液の重さば6kgとなる.たとえば肝臓が平均1500 grの重さなのであるから血液はほかの何れの器官より重いのである.

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最終更新日 13/02/03

 

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