Rauber Kopsch Band1. 44

B. 脈管学各論

I.心臓Cor, Herz

 心臓は空洞をもつ筋性の器官で,やや平たい円錐の形をなし,心外膜Epicardium,心筋層Myocardium,心内膜Endocardiumの3層からなっている.このうち中層の心筋層Myocardium, Herzmuskel, Muskelschicht des Herzensが最も強大である.心筋の外面を被っている漿膜は心外膜Epicardiumといい,心臓と心臓から出る太い血管の基部を保護している心膜Pericardiumという漿膜の嚢の臓側葉である.

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心筋層の内方にある心臓の内膜,つまり心内膜Endocardiumは1層の内皮細胞とその下にある結合組織の層からできている.心内膜は心臓の空洞の内面全体を被い,空洞の中にある血液をとりかこんでいる.

 心臓は後上方に向かってかなり広くなって終る.そこを心底Basis cordis(図622)といい,ここからいくつかの太い血管が出ている.心底にはこれらの太い血管があると同時に心膜の臓側葉が折れ返って壁側葉になるところであり,したがってまた心臓を周りの部分に固定するところでもある.心臓の円みをおびた先端,すなわち心尖Apex cordisはそこから心底までの間の心臓体と同じく全面が遊離していて,漿膜の嚢の空所の中で容易に動きうる(図618, 619).

 前面は胸肋面Facies sternocostalisといい膨隆しているが,後面の横隔面Facies diaphragmaticaは横隔膜の上に接するために平らになっている.左右の両縁のうち右縁はいっそう鋭くて,またいっそう長くなっているが,左縁は円みをおびていて比較的短い.

 深い横走する冠状溝Sulcus coronarius, Querfurcheが心臓を外面において心房部と心室部に区分しているが,この溝は前面では肺動脈と大動脈の起始部で中断される.心房部と心室部には前と後に縦走する溝,前室間溝後室間溝Sulcus interventricularis ventralis, dorsalisが1本ずつあって,それぞれ心室と心房を左右に分ける隔壁め所在を示している.これら前後の縦溝は心尖を越えるのでなく,すぐその右側でふつうは心尖切痕lncisura apicis cordis(図618)とよばれる浅いくぼみを作っている.

[図617] 心臓の構造模型図 (Henleによる,やや改変)

心臓各部の概観

 心臓は2つの心房Atria cordis, Vorhöfeと2つの心室Ventriculi cordis, Kammernからなる.前者は心臓の心房部,後者は心室部である.右心房と右心室は右心rechtes Herz, Lungenherz,あるいは小循環心臓で,左心房と左心室は大循環の心臓すなわち左心linkes Herz. Körperherz. Aortenherzである.右と左の心臓は1つの隔壁によってたがいに分けられている.その隔壁の左右の心房間にある部は心房中隔Septum atriorum, 左右の心室間にある部は心室中隔Septum ventriculorumとよばれる(図623).

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両側の心房と心室の間を分ける隔壁は全く穴がなく,また心臓の左右両側に共通のものである.つまり心臓はこの中隔によって深いつながりを持つた左右2つの部分に分れているのである.右半分は黒ずんだ静脈性の体の血液を取り入れてそれを送りだし,左半分は肺から来た鮮紅色の血液を取り入れてそれを送りだす.2つの血管の流域が異つた広がりをもつことと,それに関連して血液をしてこれらの部分を通らせるために必要な力の強さが異なっているために,この2つの部分を囲む壁の構造と厚さがいろいろ違っている.この両側半には共通するいくつかの特徴がみられるけれども,また心臓の4つの部分にそれぞれ固有な特徴があり,これらは胎生期および生後の機能をよく現わしている.これらの特徴ははなはだ著しいもので,したがって容易に各部が区別できる.また心臓の両半は完全に対称的な作りをしているのでなく構造上の重要な非対称性を数多くもっている.構造の上だけでなくまた位置の上の非対称性もある.これについては少し後で述べることにする.

心房部と心室部および付属装置の総論

 まずそれぞれの部分に共通したことの概要を説明する.

a)心房部

 心房部は薄くて,そこにはいる太い静脈と直接つながっている(図619, 622).

 後面は斜め右上方に向かって縦走する溝を有し,全体として膨らんでいるが,前面は横の方向に強くへこんでいる.それゆえ全形は馬蹄の形に近くて,その前面にあるくぼみをもって2つの大きな動脈幹を抱いている(図621).

 左右の心房は後方のいっそう大きい部分である狭い意味の心房Atrium, Haupthöhleと前方の小さい部分,すなわち心耳Auricula cordis, Herzohrとに分れている(図618).

 心房の内壁の大部分は平滑であるが,心耳の壁にはたがいに密に並んだ小梁,つまり心房肉柱Trabeculae carneae atriorumが突出している(図623).

b)心室部

 心室部は円錐形で矢状方向に平たくて厚く,また丈夫な壁でとりかこまれている.心室部(図618, 621)からは大きな動脈性脈管の,つまり肺動脈A. pulmonalisと大動脈Aortaが出る.前面を縦走する溝(前室間溝)は左の縁に近い所を走り,後面にある溝(後室間溝)は右の縁の近くを走るから,前面のほとんど全体は右心室によってしめられ,後面の大部分は左心室によってしめられる.横走および縦走する溝のなかには心臓壁の栄養をつかさどる動脈と静脈との幹がリンパ管,神経とともに通っている.これらのものはたいてい脂肪組織で包まれている.

 心室の内面はほとんど大部分が平滑でなくて,いろいろな状態をした筋肉の束が突出している,その一部は全長にわたって心室壁にくっついていてわずかにもり上つているが,一部は索状になって遊離し,ただ両端で壁に着いている.この2つの形の筋肉の束がはっきりと網を作ていることがあり,心室肉柱Trabeculae carneae Ventriculorum,Fleischbalken, Balkenmuskelnと呼ばれている.

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第3に乳頭筋Mm. papillares, Warxenmuskelnをあげることができる.これは数が少ないが特別な意味をもつものである.その基部は心室壁と合している.乳頭筋の先端から細い腱様の索,すなわち腱索Chordae tendineae, Sehnenfädenが出て房室弁の帆に固着している(図623, 625).

[図618] 心臓 前面すなわち胸肋面Facies sternocostalis(5/6) この心臓の向きは体内における自然のものではない.

 左右の心室はそれぞれ2つの口をもっており,そのうちの1つは心室をその側の心房につなぐもので房室口Ostium venosum (atrioventriculare)といい, それに対していま1つは心室から出てゆく動脈に向かっているもので動脈口Ostium arteriosumという(図617, 621).

 これら4つの口にはそれぞれ弁装置があることが著しい.

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弁装置には房室口にあるものと動脈口にあるものが区別されるが,左右の間で相当している弁はたがいにだいたい同じような形をしている.この対をなす2組の弁は血液の逆流を防ぐ役目をなしている.左右の房室弁は心室から心房に血液が逆流するのを防ぎ, それに対して左右の動脈弁は動脈からその源をしている心室に血液が逆流するのを妨げている(図617, 621).

[図619] 心臓 横隔面(5/6) この心臓の向きは体内における自然のものでない.

α. 房室弁Valvulae atrioventriculares, Atrioventrikularfelappen

 房室弁は心内膜が帆状になったもの,すなわちCuspides(Zipfel)からなり,その基部は心房と心室の境の壁に固着している.右心には3枚,左心には2枚の尖があって,これらはその基部でたがいにくっつき,各房室口の周囲でそれぞれ1つの輪をなしている.

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 一方,尖は心室中に突出して,それに固着する腱索によってその位置に保たれている.主要な大きい尖と尖のあいだの隅に,補助的な意味をもつ小さい補助尖Hilfssegel,または中間尖Zwischensegelというものが多くの場合みられる(図621, 623, 625).

 各々の尖のほぼ中央部は他の部分より厚くなっているが,縁に近いところはいっそう薄くなり,また透明で,縁じしんはギザギザになっている.

 房室弁は心臓壁に含まれる輪状の線維輪Anulus fibrosusという結合組織部からおこる.この線維輪は1ヵ所(ヒス束Hissches Bündel, 530頁参照)を除いて心房と心室の筋肉を完全に分けているが,心筋の間質結合組織とはつながっており,弁尖内部の基礎をなす結合組織に移行している.左側の線維輪は前方で大動脈壁に接しており,そのため前方にある尖が左側では大動脈の基部から起るので,この点で左と右の線維輪には相違がある.前尖をなす2枚の薄膜のうち1枚は大動脈の内膜の続ぎであり,他の1枚は左心房の内膜の続きである.この2枚の膜のあいだに線維輪からつづく結合組織の板があって,その外面から心房の筋束がはじまっている.この結合組織板が線維輪に移行する2つの個所は厚くなっていて,それぞれ非常に丈夫な部分,すなわち房室弁の結節である線維三角Trigonum fibrosumとなっている.この部分は多くの動物で骨組織をもっているが人では純粋に結合組織の性質である.Becher(1934)によると「軟骨様」の組織からなるという.この2つの結節からはそれぞれ,線維輪の中に強い円柱状の紐である冠状溝束Fila coronariaを送っている(これはいつもあるとは限らない).完全なときにはこの紐が4本あり,左右にそれぞれ前後の2本ずつである(図620).

[図620] 線維輪と線維三角 水平面にみる

 それぞれの尖につく腱索Chordae tendineaeには3つの種別Ordunngenが区別される.

 腱索の第1種は,各尖に多くの場合2~4つずつあって,これらの腱索は2組の乳頭筋あるいは心室壁からでて,尖の基部に付着している.第2種は,前者にくらべて数も多くまたいっそう小さい腱索であって,やはり2組の乳頭筋からでて,たがいにわずかな隔たりをおいて尖の基部と閉鎖部との間に固着している.第3種は,数が最も多くまた最も細い腱索であって,第2種のものから枝分れして尖の薄い周辺部の背部および縁のところに固着している.

 乳頭筋は心室壁のどこにもあるというわけではなく,きまった場所にだけある.すなわち乳頭筋は2つの尖と尖のあいだに相当する位置にある.右心には乳頭筋,あるいはその群が3つあり,左心には乳頭筋あるいはその群が2つある.尖と尖のあいだに当る場所にある乳頭筋は,それぞれの位置に応じて,その側面または先端から別々の尖の縁に腱索を送るようになっている.

 血液の充満した心室が収縮すると各々の弁尖はその面の一部(閉鎖縁)をもってたがいに接着し(図621),それによって房室口が閉じて,心房への血液の逆流は妨げられる.腱索はそのとき血圧のために心房に向かって押しやられようとしてふくれあがる尖をつなぎとめるのである.心室と同時に収縮する乳頭筋がこの腱索の働きをカつよく助けている.

β. 大動脈弁Valvula aortae, Aortaklappeと肺動脈弁Valvula a. pulmonalis, Pulmonalisklappe(図621, 624, 625)

 この2つは大動脈および肺動脈の初まる所にあって,それぞれ3枚のポケット状のひだ,すなわちVelaからなっている.各々の帆は凸縁で動脈壁に付着し,ほとんどまっすぐに走る方の縁は遊離して血管内腔に向かっている.

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[図621] 閉じた状態にある心臓の諸口と弁(5/6) この標本では左右の心房と大きい血管が取除いてある.

[図622] 心底(5/6) 体内にある場合と同じ位置で心臓を後からみたところ.

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 各帆が緊張したときにはその凸面が心室に向い,凹面が動脈の方に向かっている.腱様の条が弁の自由縁を補強し,この縁の中央部でわずかに厚くなった線維性の部分すなわち半月弁結節Nodulus veli semilunarisと結合している.かなり強い線維性の束が弁の付着縁からこの結節に向かって張っている.しかしこの結節の両側で自由縁に向う小さい半月形の部分すなわち半月弁半月Lunula veli semilunarisは帆の中でも最も薄いところである.そこだけは強い線維性の束がない.また帆の付着部である凸縁のところにはそこを補強する線維の束が通常みられる.

 半月弁の付着部とそのポケット状の部分に一致して大動脈と肺動脈の壁がふくれている.これをsinusといい,その部分の血管は横断面でみると,3つの部分に分れている.その1つ1つがそれぞれに属する帆と共に皿のような形をしている,この血管が3つのふくらみをもっている所は大動脈球Bulbus aortae,肺動脈球Bulbus a. pulmonalisと呼ばれる.

 心室が収縮するさいに弁は動脈壁にくっついて血液を自由に通過させる.しかし心室が弛緩して動脈中の血液が心室壁のゆるみに応じて心室中に逆流しようとするばあい,帆は押し戻されてきた血液によって血管壁からひき離されて,ふくれあがり,たがいに接するように押しつけられ,かくして完全に動脈口が閉ざされる.弁が閉じるばあいにはすべての帆の自由縁,つまり閉鎖縁Schließungsränderと半月がたがいに密接する(図621).そして弁に加えられていた血液の圧力が下るまではこの閉鎖した状態を保っている.その時に心室が新たに収縮して,心室から押し出されてきた血液がうしろ側から帆を別々に離れさせるのである.

 変異:まれではあるが弁の数が減少して,2つになっていたり(大動脈口では約2%[W. Kochによる])4つに増していたりする.極めてまれであるが1つに減っていたり,5つに増している場合もある(Oertel,O., Z. Anat. Entw.,84. Bd.1927参照).

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最終更新日 13/02/04

 

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