歴史的な偉大な解剖学書
血液の流れる方向に従って順次に心臓の各部を観察していこう.
右心房は2つの強大な静脈すなわち上大静脈V. cava cranialisと下大静脈V. cava caudalisを通って流れてくる血液を受けとり,また心臓壁の太い静脈つまり冠状静脈洞によって運ばれてくる比較的少ない血液を受けとる.前部には右心耳Auricula dextra, rechtes Herzohrが曲がってでて,大動脈の前をへて左に向い,肺動脈に到達する(図618, 623).
右心耳は本来の心房であって,三角形でやや押しつけられた形をしており,縁にわずかなギザギザがある.内面には筋肉の小梁が軽く突出している.これが肉柱Trabeculae carneaeである.本来の心房と大静脈洞Sinus venarum cavarum, Hohlvenensackとの境は斜走する筋の高まり,すなわち分界稜Crista terminalisによって明かであり,それに相当して外表面には浅い右心房分界溝Sulcus terminalis atrii dextriiという溝がある(図619).
大静脈洞はもともと独立した空所で,心臓に流れこむ血液をうけ入れるところであった.後になって本来の心房といっしょに1つの空所をつくり,分界稜と分界溝がその境界を示すのである.
上大静脈は2cmの広さの口をもって心房中隔の前部に密接して心房の上壁を貫いている.それゆえ下前方に向うわけで,下大静脈の方は上内側に向う道をとり,3~3.5 cmの広さの口をもって心房の後下部に入る.この2つの大静脈の開口部のあいだで心房壁が小しくへこんでいる.内面ではその部分が軽い隆起部つまり静脈間隆起Torus intervenosusとなっている.
心房の底部で,下大静脈の前方には(右)房室口Ostium venosum(dextrum)があり右心室に通ずる(図621).房室口の形はやや長めの円形で,直径約4cmである.そのほかにもまだいくつかの口が右心房にある.冠状静脈洞の開口は円形をなし,ここに半月形の冠状静脈洞弁Valvula sinus coronarii(図623)がみられ,心臓の後壁で下大静脈の開口と房室口の中間に位置をしめている.なおいくつかの小さい口があり細小静脈孔Foramina venarum minimarumというが,そのあるものは袋のようなへこみで盲状に終り,あるものは心臓壁の小静脈の開口部となっている.
左方で上方には心房中隔がある.この中隔の下部で下大静脈の開口部の近くにやや長めの円形のくぼみ,卵円窩Fossa ovalisがあり,ここでは中隔が薄くて半透明になっている.卵円窩は胎生時に心臓の中隔にあった開口部の名残りである(図619).卵円窩を取りまいている厚い高まりは筋肉でうらづけされており,卵円窩縁Limbus fossae ovalisという(図623).成人でここに左前上方に向う裂けたような形の小さい通路が左心房に達していることが珍しくない.
卵円窩の前下端と連なって左右の方向にのびた半月状の下大静脈弁Valvula venae cavae caudalis(図623)というひだが突出している.このひだは右下方に向かって下大静脈の開口の前縁に達している.
このひだは胎児では某だ大きくて,下大静脈の血液を卵円孔Foramen ovaleに導く役目をするのである.成人では非常に小さかったり,あるいははなはだ大きくてふるいのように穴のあいていることもあり,また全然なくなっていることもある.
壁の外面は軽い凸をなし,左上方に伸びて円錐状となり,天動脈の上を越えて突出している.この部分を動脈円錐Conus arteriosusという.動脈円錐は比較的つよい筋の高まり,室上稜Crista supraventricularis(図625)によって房室口から境される.内側の壁は心室中隔からできているが,この中隔は右心室内に向かってふくれ出しているため右心室内は比較的狭くなり,その横断面は半月形で,左方に向かってくぼみ右前方に向かってふくれた形である.壁の内面は内側(中隔のおもて)にも外側にもたくさんの肉柱をもっている,これは動脈円錐に向うにつれて次第に弱くなり遂にはなくなる.
乳頭筋Musculi papillaresには前方にある1つの強い前乳頭筋M. papiilaris ventralisと,数はそれより多いが形はいっそう小さい小乳頭筋Mm. papillaresparviとがある.前乳頭筋の基部には中隔から中隔縁柱Trabecula septomarginalisが来ている.房室弁(図621, 625)には3枚の主尖があり,なお2枚の補助尖が加わっていることが多い.主尖の数からこの弁を三尖弁Valvula tricuspidalisという.主尖は位置によって前尖Cuspis ventralis,後尖Cuspis dorsalis,中隔尖Cuspis septalisとよばれるが,このうち前尖が最も大で中隔尖がいちばん小さい.
後尖と中隔尖は融合して1枚になっていることが珍しくない.また尖の数がもっと多くなっていることもある,腱索Chordae tendineaeは主として乳頭筋から出るが,心室壁なかんつく中隔から出るものも多少ある.1つの乳頭筋からか,あるいはかなり大きな1つの乳頭筋がいくつかに分れているときにはその枝分れした1組のものから出る腱索は尖と尖のあいだのところに向かってすすみ,それから別々に分れて2枚の尖に付着している.
動脈円錐から肺動脈に移行するところに肺動脈弁Valvula a. pulmonalisがあり,これは右半月弁,左半月弁,後半月弁Velum semilunare dextrum, sinistrum, dorsaleという3枚の帆からなる(図621).
左心房は心臓のすべての部分のうちで最も後方にあり,両側の肺根のあいだにはさまれている.
左心耳Auricula sinistra, linfees Hemohrの先端は心膜を開くとき前方から見える左心房の唯一の場所である(図600).
左心耳はいわば柄をもったようになって左心房の上にのっている.ほかの左心房の部分からはかなりはっきりとくびれているのである.左心耳は前方にのびて肺動脈の周りに沿って少し右の方に曲がっている.右心耳に比べていっそう強く曲り,またその縁がいっそう深く切れこんでいる.左心耳の内面には肉柱があるが,左心房の壁はそれに反して平滑であり,右心房に比べるとやや厚い.肺根からやってきた肺静脈Vv. pulmonalesはふつう各側それぞれ2つの口をもって弁を伴なわずに心房に開口する(図619, 622).
[図623] 右心房と右心室を開いたところ(3/4)
1側に2本ある肺静脈が時として前もって1本の幹となっていることがある.そのほか右側に多いことであるが2本のはずの肺静脈の幹が3本となって開口していることがある.
房室口(図621)は円形であるが,右側のに比べるとやや狭い.中隔には浅くて長めのへこみがあり,それは右心室の卵円窩のある場所に当たっている.鎌形で凹の縁を前方に向けたひだがあり,[心房]中隔鎌Falx septi(atriorum)と称するが,これは胎生時にあった弁の名ごりである.
左心室は心臓の後下方の部分をしめており,自然の位置では前方からはその一部がただ狭い帯のように見えるだけである.右心室に比べて長くて幅が狭く,全体としてとがった卵形をなし,心尖はこのものだけで作られている(図618).左心室の形は横断面で中隔が右心室の方にまがっているので,やや長めの円形ないし正円形である.
左心室の壁は右心室の壁の3倍の厚さがあり,心底に向かった1/3のところが最も厚く,それより心房に向かっても薄くなるが,心尖に向うといっそう著しく薄くなる.心尖が多くの場合,左心室の壁の最も弱いところである.
肉柱Trabeculae carneae(図625)は全般的に右心室のものより幅が狭くて数が多く,かついっそう密に入り乱れている.心尖の後壁において特にそうである.乳頭筋Mm. papillaresはたいてい右心室のものよりはるかに強大で,右乳頭筋M. papillaris dexterと左乳頭筋M. papillaris sinisterという2群に分けられる.房室口と動脈口とはたがいに密接していて,前尖Cuspis ventralis, Aortensegelだけで境されている.そのさい戻室口は後方に,動脈口は前方にある(図621).房室口には2枚の主尖からなる弁があり,二尖弁(僧帽弁)Valvula bicuspidalis (mitralis)というが,全体としていっそう丈夫にできているほかは三尖弁とよく似ている.
[図624] 左心室の半月弁と尖弁(5/6)
この前後2枚の尖が心室内に同じ長さで突出しているのではない(図625).大きな前尖Cuspis ventralis, Aortensegelが閉鎖の大部分をつかさどり,前方にあってちょうど房室口と動脈口のあいだにある.短い方の後尖Cuspis dorsalis, Wandsegelは後方にあって心臓の後壁から出ている.この2つの尖の間に小さな補助尖がはいりこんでいる(図621, 625).
乳頭筋の腱索のおのおのの組はその半分が1枚の尖に他の半分がもう1枚の尖に着いているので,乳頭筋が収縮すると尖は緊張するだけでなく匠いに近よるのである.腱索は右心室よりも数が多くまた強くできている.
動脈口は円形で,そのそばにある房室口よりもいくぶん狭い.ここには3枚の帆があり1つは前方に,他のものは右と左にあり,それぞれ前半月弁,右半月弁,左半月弁Velum semilunare ventrale, dextrum, sinistrumという.右と左の半月弁は二尖弁の前尖と会合する(図621, 624).この3枚の帆は右側のものに比べて厚くて丈夫であり,半月弁半月や半月弁結節もそれに応じていっそうはっきりしている.大動脈洞もまた強くふくれている.
前と左の大動脈洞から大動脈の最初の枝である心臓の栄養血管,すなわち冠状動脈Arteriae coronariae cordisが出ている.
[図625] 心窒壁を開いて房室弁の装置を示す(5/6)
心臓の隔壁は心房中隔Septum atriorumと心室中隔Septum ventriculorumからなる.この2つは大部分が筋肉でできているが,ただ限局的に筋肉のない半透明の所があり,そこを膜性部Pars membranaceaという.左心室では前半月弁と右半月弁の間のところである.右心室では中隔の薄い個所が三尖弁の前尖と中隔尖が合するところにある(Jarisch).この薄いところは中隔尖の付着部により横断され,従って膜性部の半分は心房中隔にもあるから心房中隔の筋性部Pars muscularisと心室中隔の筋性部,および心房中隔の膜性部Pars membranaceaと心室中隔の膜性部の4つの部分が区別される.
膜性部はJarischによると非常にさまざまな形と大きさをもっている.膜性部の下縁をヒス束Hissches Bündelが走り,その前縁でヒス束は右脚と左脚に分れる.Jarisch, A., Sitzber. Akad. Wiss. Wien,121. Bd. III Abt.,1912.
[図626] ヒス束の本幹と右脚(よく分るように赤くぬってある) (Holl,1911を参考にした)
[図627] ヒス束の左脚 (よく分るように赤くぬってある) (Tawara.1906およびHoll,1911を参考にし,自分の標本にもよった)
心臓の壁は心外膜,心筋層,心内膜の3層からなる.
これは心臓の最表層にあり,心膜の臓側葉にほかならない.
心筋層は心臓壁の中層であって,心臓の成分として最も強大でありかつ重要であって,心臓の筋肉性の基礎をなしている.
[図628] 若い個体の心臓を煮て筋肉を剖出したもの 前面(2/3)
心房の前面がよく見られるように大動脈は半月弁のすぐ上で切断してある.表面にある筋層を示す.
A 右心室;B 右心房;C 左心室;D左心房. a 心房横走線維;b 左心房輪走線維.1肺動脈;2大動脈;3上大静脈;4 右肺静脈;5 左肺静脈;6前室間溝;7 右心耳;8 左心耳.
[図629] 若い個体の心臓を煮て筋肉を剖出したもの 後面(2/3)
A 右心室;B 右心房;C左心室;D左心房.1 上大静脈;2 下大静脈;3右肺静脈;4 左肺静脈;5 大心静脈;6 後心室間静脈;7 冠状静脈洞;8;後室間溝;9 左心耳.
心房と心室の筋肉は1個所(ヒス束Hissches Bündel 532頁参照)を除いて,両者のあいだに入りこんでくる結合組織の集りである線維輪によって分離されている,線維輪は心臓を長いあいだ煮ると軟かになり心房と心室とは完全に離れる.線維輪からは心臓の筋肉の一部と房室弁が出ている.
心房の筋肉は表面にある左右に共通な層と,深いところにあってそれぞれの心房に固有な層とからできており,この層の中では線維の走行が交叉している.
左右に共通な表面の層は横走する線維の束からなり,この線維束は左右の心房の周囲を輪状にとりまいて走るがその前面で特によく発達している.そのうちわずかな線維束だけが心房中隔に入っている.
より深いところにあって,左右の心房にそれぞれ固有となっている層は,係蹄を作って走る線維束と,輪走する線維束とからなっている.係蹄を作る束は縦の方向に心房を越えて走り,その両端がそれぞれの側の線維輪に付着して終る.輪状に走る束は心耳をとりまき,また心房セこはいる上下の大静脈や肺静脈および冠状静脈洞の開口部をとりまいている.冠状静脈洞は左心房から線維をうけている.諸静脈の開口のところでは心房の筋線維はある距離だけ静脈じしんの上にまで広がっている.心臓中隔では卵円窩が特別の線維で境されているために,線維束の走行が変化をうけている.卵円窩をかこむ線維は弓形および係蹄の形を作って走り,その一部が交叉していくことは中隔の発生学によって説明される.
表面にある層は線維輪と大きな血管の根もとから斜めに向かって右上方から左下方に走り,左右の心室を越えてゆく.心尖では線維束がラセン状をなして集まり,こで心渦Vortex cordisという非常にはっきりした渦巻を作り,さらに内部にまがって上にあがり,内側の壁を作る.この内壁には肉柱や乳頭筋がある.2つの縦走する層のあいだによく発達した板状の輪走筋層がある.これは左右の心室にそれぞれ固有のものであるが,内外両面の縦走する層とつながりをもっている.そこでCruveilhierが述べたように心室の筋肉の関係を次のように云いあらわすことができる.すなわち心臓の筋肉は2つの袋からなり,それが第3の袋の中にいっしょに突きささつているようなものである.
心室中隔もまた3層の線維束からなり,1層は右心室に,1層は左心室に属し,中央部の1層は左右の心室に共通のものである.
心筋線維の走行に関する比較解剖学的研究はBenninghoffが行つている(Morph. Jhrb., 67. Bd,1931).
[図630] ヒトの心臓を煮たもの 前下方から見たところ,筋肉の各層を剖出してある.(3/4)
A 右心室;B 左心室;C 右心耳;D左心耳.1 斜走する表面の線維,前室間溝を越える;2 右心室の少し深い層,これよりさらに深い層3と同じく室間溝の中で内側にまがる;4 右心室のいっそう深い線維,急角度で上にのぼり一部は乳頭筋にいたる;5 左心室の外側の層の断面;6 中隔の線維,7 左心室の内側にある急角度で上方に向う線維.
心臓の刺激伝導系は洞房結節,田原結節およびヒス束からなる.
房室束(ヒス束)Fasciculus atrioventricularis(Hissches Bündel)は幅の狭い筋肉の条で(Hollによると)冠状静脈洞を囲む壁と,恐らくは右心房(および左心房も?)の壁の冠状静脈洞に近い部分から非常に細い線維束をもっておこる.これらの線維群が網を作る(田原結節).この結節Nodusからヒス束の幹Truncusが心室中隔の筋性部の上縁の右側を前方に向かってすすみ,心室中隔の膜性部の下縁に沿って走り,膜性部の前縁のところで右脚Crus dextrmと左脚Crus sinistrumとに分れる.左右の脚は心室中隔の左右の表面を内膜の下に密接して走り,左右の心室の乳頭筋にいたり,そこで内膜下に網を作る.
ヒス束の筋線維に伴って神経線維や神経細胞がある.
田原結節と同じような構輩をもつ5mmの長さの結節が右心房の壁にある.しかもちょうど分界溝,すなわち右心耳と大静脈洞の境のところに当たっている.これを洞房結節Nodus sinuatrialis, Sinusknotenあるいはキース・フラック結節Keith-Flackscher Knoteh といい,この結節と田原の結節とのつながりは今のところはっきりわかっていない.
ヒス束は心房と心室の筋肉を直接つなぐ唯一のものである.
ヒス束の右脚は円に近い横断面を示し,まず右側の中隔壁を走り(Holl).ついで中隔縁柱のところでかなり前方に凸の弧を画きつつ,内膜下を深浅いろいろに通って前乳頭筋の底にいたる.1つの小さな枝が内側に向かって分れて小乳頭筋にいたる.
左脚は帯状であって,細い線維に分れてみえる.左側の中隔壁を心尖の方向に向かって走り,次第に幅が広くなる.中隔の半分の高さに達するまでに前,中,後の3枝に分れる.中枝は心尖に向い,前枝は左乳頭筋の底に,後枝は右乳頭筋の底にいたる.
Tawara. S., Das Reizleitungssystem des Säugetierherzens. Jena 1906--Keith und Flack, Journ. anat. physiol., 41. Bd.,1907--Holl, M., Denkschriften der Akad. Wiss. Wien,87. Bd.,1911.
心臓の筋肉は心筋細胞からなる.心筋細胞は多数の枝を出し,接合質(図116,117)という特別の物質を介して隣りの筋細胞と前後にも横にもつながっている.したがって心臓の筋塊は全体として大きな格子を作っているわけで,その格子のすきまは結合組織で充たされている.結合組織の中には多数の毛細血管(図116,117)や神経がある.
心筋の腱は膠原線維あるいは弾性線維,あるいはその両者からできているが,その腱がわずかしかなく,しかも心臓の筋肉が線維輪につながるところと腱索の起始,および左右の心房の内膜のなかにしかない(Becher 1934).
肉柱と乳頭筋の存在により心臓壁の内面はところどころに割れ目を作っているが,これは発生の過程から容易に説明できる.発生の初期には心臓壁が割れて筋性の小梁や板になっていることが非常に著明に見られるのである.完成された形ではこの初期の状態がわずかに残っているだけとなる.下等な脊椎動物では心臓がいつまでもこのような海綿状の割れ目をもつ筋肉からできている.
刺激伝導系の微細構造は多くの点でまだ充分に探究されていない.洞房結節には非常に細くて,筋形質に富み,かつあらゆる方向に枝分れする筋線維があり,この筋線維はたがいにつながり,多量の結合組織によってまとめられている.筋線維とともに神経線維も存在する.田原結節の筋線維はそれより太くて,やはり筋形質に富み,多数の核を有している.その枝は比較的大きい角度を作って分れる.この枝が作る網材は不規則な配置を示している.結合組織が豊富に含まれるが,洞房結節に比べると少ない.ヒス束およびその分枝では筋線維ヵ凍の走る方向に配列されている.ヒス束の幹の筋線維は普通の心筋線維より細く,脚とそれが広がって行く先の筋線維は普通のものより太い.ヒス束の筋線維は筋形質に富んでいる(Bulian, F., Anat. Anz., 56. Bd., およびLotos Prag. 72,1924参照).肉柱において心内膜のすぐ下に存在する線維は,ずっと古くからプルキンエ線維Purkinjesche Fädenとして知られている. Vitaliの手の心臓における研究(Anat. Anz.,84. Bd.,1937)によると,この線維は無髄神経線維の密な網で包まれ,この神経線維はまた筋形質にもはいっていってそこに終わっているという.
房室束とその分枝は比較的密な結合組織の鞘で包まれており,この鞘に色素を注入すると房室束の走行についてはっきりした像が現わされる(Aagaard U. Hall).
Aschoff, D. med. Wochenschr,1910, S.104.--Aagaard U. Hall, Anat. Hefte, 51. Bd.,1914.--刺激伝導系の系統発生についてはA. Benninghoff, Sitzber. Ges. z. Beförd. d. ges. Naturw. zu Marburg,1920参照.
心内膜は場所により20~500µの厚さをもった光沢のある薄い結合組織性の膜で,その内面は内皮で被われ,心臓の筋肉の内面をそのすべての凹凸までくまなく包んでおり,しかも多くの場所においてこの膜をすかして筋肉をはっきり見ることができる.血管の開口部はどこでも心内膜が血管の内膜につづている.心内膜は本質的には膠原線維と弾性線維および少量の結合組織細胞からできている.
動脈では内膜が心室のものよりよく発達しており,また左心は心内膜が右心よりいっそうよく発達している.心房では弾性組織が量においてまさり,そこにきちんと層をなして重なった弾性膜をなしている.心内膜の外面は心筋の間質結合組織とかたくくつづいている.
弁の尖や帆は本質的には心内膜のひだとみなされる.これは線維性結合組織を中に有しており,との結合組織は房室尖では線維輪の結合組織とつづいている.房室尖はまたその起始部の中に一部は心室から一部は心房からくる少量の筋束をもっている.
心臓の栄養をつかさどる脈管については後にくわしく述べることにして,ここでは重要なことを大まかにあげておく.すなわち2本の冠状動脈は脈管壁を養っているすべての血管と同じ規則に従って,心臓自身から出ているのではなく,心臓から出る動脈の本幹である大動脈から,その最初の枝となっている(図633).
心臓のリンパ管ははなはだ豊富である.外側および内側の表面にあるリンパ管の網は筋束や血管の間のすべてのすきまに含まれる深部のリンパ管系とつながっている(Sappey, 図631).
特別な壁(内皮)をもったリンパ管が心筋層の内部にも,またその表面にも見られる.心臓のリンパの全部がわずか2本(右と左それぞれ1本)の太い幹に集まり,前縦隔リンパ節にいたる.この2本のリンパ管はそれぞれ心臓の左右の各半からおこるのであって,左右の冠状脈に沿って走っている.そして右の幹は大動脈弓の左面(前面)を,左の幹はその右面(後面)を通る.
[図631] ヒトの心臓のリンパ管 胸肋面(2/3) (Ph. C. Sappey. )
心臓神経叢から心臓壁にいたる神経は器官の大きさに此べて細い.神経は迷走神経からと交感神経の3つの頚神経節および胸神経節の初めの5つ(時としては6つ)の神経節からも出てくる(Braeucker,1927).
心底にある割合い大きな神経節のほかになお比較的小さな神経節が神経の走っている途中にあり,これは特に心臓の内部にみられる.
心筋の神経は脈管のすぐそばにあるがまた独立して走る神経束もある.神経はおそらく粗大な網目の神経叢をなしていると思われる.神経叢から出る神経線維はさらに筋線維のあいだに終末神経叢を作っている.これは非常に細い無髄線維からなり筋線維に密接する.神経終末装置は人の心筋線維では今までまだ確認されていなない(第II巻,図569).
哺乳類の心内膜には次にあげるような若干の神経叢が区別されている.1. 広い網目をもつ心内膜下の神経叢;2.1つないし2つの心内膜固有の神経叢;3. 内皮下の神経叢(Al. Smirnow,1895).有髄線維は無髄線維にくらべて数が少ない.有髄線維とその側枝は知覚性の枝分れの型を示し,心内膜のいろいろな深さのところに終わっている.
Smirnow, A. E., Anat. Anz.,18. Bd.,1900. Ph. Stöhr jr., Handb. mikr. Anat., 4. Bd.
心臓の大きさと重量,壁の厚さ,内腔の容量,大きい開口部の広さなどについては数多くの計測がなされている.
Laenxec以来,心臓の大きさはだいたいその個体の握りこぶし位の大きさであると考えられている.中くらいの程度に充満している状態の成人の心臓は平均の長さ12~15 cm, 幅9~11 cm, 厚さ5~8cmである.
すべての部分について男の心臓は女のより強く発達している.概して年令とともに壁の強さが増すのである.
心臓の体積は成人で258~360ccm(Hoffmann)である(Krauseによると160~260 ccm).個々の部分の収容能力(容量)は膨張の程度によってちがうのでただ近似の値しか決めることができない.Cruveilhierによると右心房と左心房の広さの比は5:4である.
HiffelsheimとRobinによると心房の容量は心室の容量より大体1/3ないし1/5ほど小さい.容量は次のとおりである.
成人 |
新成人 |
|
右心房 |
110~185ccm |
7~10ccm |
左心房 |
100~130ccm |
4~5ccm |
右心室 |
160~230ccm |
8~10ccm |
左心室 |
143~212ccm |
6~9ccm |
心臓の右半分と左半分の間にみられるこのかなり著しい相違はたぶん1部には右心の方がよりたやすく膨張できるということにあるのであろう.心室の口の周囲は次のような長さである.
Bizot |
Wulff |
Peacock |
Bouillaud |
||||||
男 |
女 |
男 |
女 |
男 |
女 |
最大 |
平均 |
最小 |
|
右房室口 |
123.6 |
107.5 |
129.7 |
124.5 |
115.3 |
101.6 |
108.4 |
104.5 |
106.1mm |
左房室口 |
110.4 |
92.7 |
117.2 |
113.8 |
97.4 |
91.0 |
104.5 |
99.4 |
88.0mm |
肺動脈口 |
71.8 |
66.9 |
- |
- |
84.7 |
82.5 |
76.7 |
70.0 |
67.7mm |
大動脈口 |
70.4 |
64.1 |
- |
- |
76.2 |
72.0 |
72.2 |
67.7 |
63.2mm |
心臓の平均重量は次のとおりである.
男 |
女 |
比 |
|
Dieberg |
346gr |
340gr |
100:98.84 |
Peacock |
285gr |
265gr |
100:92.98 |
Blosfeld |
346gr |
316gr |
100:91.32 |
Clendenning |
267gr |
240gr |
100:89.88 |
Sappey |
366gr |
230gr |
100:86.46 |
Hoffmann |
325gr |
270gr |
100:83.07 |
Reid |
320gr |
260gr |
100:81.84 |
成人の心臓の平均重量としてはWulffは291gr,Lobsteinは260~290gr,Bouillaudは245gr,Cruveilhierは177~234grをあげている.
新生児の心臓の重量はSmith 19.5~23.6gr,Vierordt 23~24 grである.それが生後6ヵ月で約50%増加する.(日本人の成人心臓重量の平均は男272.5gr,女233.0grである.また新生児の心臓の平均重量は13.1gr,6ヵ月の乳児では31.5grである(岡暁, 京都医誌38巻,昭和16年下).)
(Rossi, Herzkrankheiten. G. Thieme, Stuttgart 1954)
一般に重量は年をとると増すが,時には高令になって重量がはなはだしく減ずることがある.
心臓と体重との比はMeckelによると新生児では1:120である.成人では同じくMeckel,1;200, Tiedemann 1:160, M. J. Weber 1:150, Clendenning男1:158, 女1:149, Reid男1:173, 女1:176, E, Bischoff死刑囚の1例1:209.6, Blosfeld男1:178, 女1:169, Dieberg男1:167, 女 1 :154となっている.
Pfuhl(Z. Anat, Entw.,89. Bd.,1929)は若い逞しい男の“正常な心臓”の表面積は369qcmで,右心房は48qcm,右心室は113qcm,左心房は51qcm,左心室は96qcmであるとし,また健康な男の心臓の表面積は300qcmと400qcmの間であるとしている(Anat. Anz., 68. Bd.,1929).(日本人の成人心臓の重量と体重の比は平均して男6.81, 女6.77(心重gr/体重kg)である(岡暁, 京都医誌38巻,昭和16年下).)
心臓の大きさについての非常におもしろい一般的な関係がHesse, R., Das Herzgewicht der Wirbeltiere, Zool. Jahrb., Bd. 38,1921に述べられている.Stieve(Med, Klinik,1938)によるといろいろな種類の動物の心臓を比較すると,心臓の大きさは単に筋肉のなす仕事に関係するのではなくて体温調節の作用につよく影響されることが明かであるという.
心臓の位置は心臓の搏動と呼吸の各時期に伴って少し変る.また体位, 年令による差異, 個体差, 性差が多少ある.
心臓の長軸は正中面になく,また上下の方向にのびているのでもなく,右後上方から左前下方に斜めに走っている.
心臓は縦隔の前部にあり心膜に包まれて,左右の胸膜腔の間にはさまれて横隔膜の腱性部の上にのっている.
円蓋状を呈す横隔膜には心臓によって心圧痕Impressio cardiacaというへこみが作られ,これは肝臓の凸面にもおよぶへこみとなっている.胸骨と肋骨,胸膜腔と肺のそれぞれ一部および退化変性した胸腺の残りが心臓を前方から被っている.
心臓と脊柱のあいだには縦隔の後部にある諸器官,すなわち食道, 迷走神経,大動脈,縦胸静脈,胸管が入りこんでいる.
心臓の約2/3は正中面より左側にある.若干の例ではそれより少し大きい部分が左によっている.死体を凍結して正中断すると胸腔の右半分には心耳の先端を除く右心房,心房中隔および左心房の一部と右心室の一部とが属し,それゆえ左半分には残りの左心房の大部分,左心耳, 左心室の全部および心室中隔を含む右心室の大部分が属する.重量でいうと心臓の2/3は左側にあり,1/3は右側にある.
上下の方向についてみると,心臓は胸骨体の下半分の後方にあり,第3肋骨の上縁から剣状突起の底にまで達している.
心臓にはそれに隣接するものによって胸肋面,脊椎面,肺臓面,横隔面といったいろいろな面が区別されるが,これらのなかで胸肋面(あるいは前面ともいう)が生体の心臓を診察する上に最も重要である.心臓の胸肋面は右心房と右心室の前壁および左心室の狭い帯状の部分からなる.心膜の前部で被われている胸肋面の大部分が前胸壁の後面に直接しているのではなく,その間に両側の肺臓の薄い前縁と左右の胸膜腔の心前陥凹が入りこんでいて,直接する部分の広さは個体的にちがうが概して小さいのである.心臓の下面すなわち横隔面は平らであって,左右の心室および左右の心房の諸部からなり,いくぶん傾いた腱中心の上および横隔膜の筋性部のうちの小部分の上にのっている.横隔膜の上面で心臓に接するところは心臓床Herzbodenとよばれる.心臓の脊柱面は左右の心房,特に左心房の後壁からなる.心臓の冠状溝は前からみると,右の第6肋骨の胸骨付着部の上縁から左の第3肋骨の胸骨付着部にいたる線に相当している.
左心室の外側縁は円みを帯びていて第3肋軟骨の胸骨縁より約3cm離れたところから左の第5肋間隙に向い,その途中で左の第4と第5肋軟骨の外側端の近くに達している.右心室の鋭い縁は殆んど横走する1線上で右の第7肋骨の胸骨付着部から剣状突起の底を通って左の第6肋軟骨の中央に達している.右心房の右縁は右の第7肋軟骨の胸骨付着部から外側に突出する弧を画いて上方に向い,右の第6,第5,第4肋軟骨の胸骨端を越えて,右の第3肋骨の胸骨付着部にいたる.この縁は胸骨の右縁から1ないし2横指離れて,胸骨毒線に達している.心尖は多くのばあい,左の第5肋軟骨の外側端から少し下内側によつたところにあり,Sappeyによると胸骨の正中線から8~10cm離れたところで,男ではふつう乳頭から2横指下方である.したがって右方に最も遠く達しているのは右心房であり,左方にいちばん遠く達しているのは左心室の下端である.
[図632] 心臓と大血管の位置を胸骨と肋骨の面に投影した図 (LuschkaおよびThomsonによる) (1/5) a 右鎖骨;b 前斜角筋;c 胸鎖乳突筋;d 大と小胸筋,切断;および腕神経叢;e 気管;f, f横隔膜の上面;g, g' 肺臓;g'頚部にある左胸膜頂の尖った上端部;h 肝臓の右葉, h'肝臓の左葉;i 胃;k, k横行結腸, I~X 左右それぞれ対をなす第1ないし第10肋骨;1大動脈弓;2 肺動脈;3 右心耳;3'右心房;3"右心房の下界で右心室への移行部;4 左心耳;5, 5右心室;6 左心室;6'心尖. 心臓の周囲をとりまく白線は心膜の境を示す;7, 7 上大静脈;8,8'内頚静脈,その内側に総頚動脈がある;9,9'腕頭静脈.
心臓を胸骨と肋骨の面に投影した形は上に述べたごとく,また図632に示してあるように不正四辺形となっている,下方の1辺(右心室の自由縁に当る)はほとんど横に走って右の第7肋軟骨の胸骨付着部から心尖にいたる.右方の1辺(右心房の右縁に当る)は右の第7肋軟骨の胸骨付着部に始まり,右側に向かって突出する弧を画いて,その最も突出した所は胸骨傍線に達し,ついで右の第3肋骨の胸骨付着部の下縁に終る.左の1辺(左心室の自由縁[いわゆる心臓の鋭縁]と左心耳)は心尖から左の胸骨傍線と左の第3肋軟骨(上縁)との交叉点に向う.上方の1辺(最も短い)は左右の2辺の上端を結ぶ線である.
房室間を分つ1線Atrioventrikularlinieによって四辺形は2つの三角形に分けられ,そのうち右にある小さい方の三角形が左右の心房に相当し(胸肋投影の心房三角Vorhofsdreieck)左にある大きい方の三角形が左右の心室の投影である(心室三角Krammerdreieck).
どの部分が胸骨の右側にあり,どの部分が左側にあるかを調べてみると,右側にあるのは右心房の大部分と右心室のごく小さい1部分とである.右心房の残りの部分と右心耳の全体は胸骨の後にある,心耳の上縁はほとんど真横に走り,その先端は右の第3肋軟骨の胸骨付着部にいたる.胸骨の右にはさらに上行大動脈の右縁と上下の大静脈とがある.胸骨の左には右心室と動脈円錐の大部分,左心室のほとんど全部,左心耳を含む左心房の小部分,および肺動脈の一部がある.胸骨の後には右心耳のほかに右心房の一部,右心室の1/3,上行大動脈の大部分,左心室の後部の小部分,および左心房の約2/3がある.
心臓中隔は心臓の縦軸と同じく右後上方から左前下方に向かって走る.それゆえ中隔の面は前上方から後下方に向かって傾いている.心房中隔はほとんど平面をなしていて,ほナ完全に胸骨の後にある.心室中隔は右前方に向かって突出した曲線を画き胸骨縁を越えて大部分がその左側に出る.心室中隔の前縁と前室間溝の前縁は心臓の左縁と平行しており,左縁からほぼ1 1/2~2cm正中によつたところを左の第3から第5肋軟骨の後面を下方に向かって走る.右房室口はすでに述べた右の第7肋軟骨の胸骨縁から左の第3肋軟骨の胸骨縁に向かって走る房室間を分つ1線の投影中にあることは当然であり,この口の中心は左右の第5肋軟骨の胸骨端をとおる水平線が房室間を分つ1線を切る点に当る.ほかの表現を用いると三尖弁の底は右の第5胸肋関節と左の第3胸肋関節を結ぶ線の上にある.左房室口あるいは僧帽弁の底は全部で4つある心室口のうちでいちばん後にあり,しかも通常その位置は左の第4肋軟骨の胸骨縁と第3肋間隙の胸骨端に当たっている.右動脈口(肺動脈口)は左の第3胸肋関節のすぐ後にある.左動脈口(大動脈口)はもっと後方にあり,肺動脈口のやや右下方で,第3肋間隙の高さで胸骨の後方にある.上大静脈の開口部は右の第3胸肋関節に向い合っている.すでに述べたごとく心臓の搏動と呼吸の各時期が心臓の位置に多少の影響をおよぼす.心臓はHasselwander(Z. Anat. Entw.,1949)によると吸気のさい約8cmだけ下方に動き,したがって右心の運動は“上腹部の搏動”epigastrische Pulsationとして剣状突起の下方に観察することができるし,また触れることもできる,左側位をとると心臓は左の方に移動し,右側位をとると右の方に移動するが,左への移動の方がより著しい.臥位をとると心臓は立位のときより上の方に位置する.著しい影響をおこすものとしてはその他に年令である.小児の体では横隔膜と心臓の位置が高く,中年ではそれらが中位をとり,高年では低い位置をしめる.年令による差異は1肋間隙の高さに達する.
特に注目すべき位置の変化は内臓逆位Situs inversusにみられる.すなわち心臓とその他の内臓が体の左右両側の関係において正常のものの逆になっているという高度の位置異常である.
最終更新日 13/02/03