Rauber Kopsch Band1. 47

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III.体循環の血管

A. 大循環の動脈

 大循環のすべての動脈は大動脈Aorta(Arteria aorta)というただ1本の幹から出ている.大動脈は左心室から出て(図618, 633).胸腔を右前上方に向かって上り,心膜を出て,左後方にまがって左気管支の上を越え,脊柱の左側に達し,脊柱の前方を下方にすすみ,横隔膜の大動脈裂孔を通って腹腔に木り,第4腰椎の高さで右と左の総腸骨動脈を送るが,本幹のつづきは細くて尾動脈Aorta caudalisとよばれ,仙骨と尾骨の前面を下方に走って終る(図600, 636).

 大動脈の個々の部分にはその方向と位置とによっていろいろな名前がつけられている.大動脈の初部を上行大動脈Aorta ascendens,左の肺根を越えて曲がっている部分を大動脈弓Arcus aortae,脊柱のそばを走る部分を下行大動脈Aorta descendensと名づける.大動脈弓の終りの部分は狭くなっていて大動脈峡Isthmus aortaeとよばれる.下行大動脈をさらに胸大動脈Aorta thoracica,腹大動脈Aorta abdominalisに分ける.なお尾動脈Aorta caudalisは骨盤の大動脈Beckenaortaである(図600, 636).

a)上行大動脈Aorta ascendens

 上行大動脈は左動脈口から心膜を出るところまでの範囲である.

 大動脈は左心室の前上端において胸骨の後で第3肋間隙の高さではじまり,胸骨に向かって右前上方にすすみ,右の第2胸肋関節の高さでSinus maximus(最大洞の意)をもって終る.そこは動脈壁が右に向かって胸骨縁をこえて側方にはり出し卵形をして膨れている部分であって,ここが同時に大動脈弓への移行部となっている.3つの大動脈洞によって作られている膨れた部分は大動脈球Bulbus aortaeとよばれ,肺動脈の後にある(図633).

 局所解剖:上行大動脈は5~6cmの長さがあり,完全に心膜嚢のなかにある.肺動脈とともに心膜で包まれている(図600).その初まりの部分は前方から肺動脈,横から右心耳,後から肺動脈の右枝にとりまかれている.さらに上方では左側に肺動脈,右側に上大静脈がある.

 前と左の大動脈洞に当るところから冠状動脈Kranzarterienが出ている.この動脈は心臓壁に血液を供給し,その栄養動脈としての役目をなしている.それゆえすべての器官のうちで心臓がまず最初に血液の供給を受ける.

右冠状動脈Arteria coronaria(cordis) dextra(図633, 635)

 右冠状動脈は前大動脈洞から出て右心耳と肺動脈の間を通り,冠状溝のなかを心臓の右縁にいたりそこから後面にすすんで後室間溝に達し,室間枝Ramus interventricularisとしてこの溝のなかを走る.

 その途中で右冠状動脈は1本の枝を動脈円錐に送り,また多数の枝を右心耳と右心室にあたえ,さらに数本の枝を血管のまわりの脂肪組織に送っている.

 一本の小枝はさらに冠状溝を走って,心臓の左半の一部をも養っている.室間枝Ramus interventricularisは比較的太くて,後室間溝のなかを心尖にまで達し,左右の心室に枝をあたえている.

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左冠状動脈Arteria coronaria(cordis) sinistra(図633, 635)

 左冠状動脈はたいてい右のよりやや太くて,左大動脈洞から出て,ついで肺動脈の左後方を前方にすすみ,肺動脈と左心耳のあいだに現われる.ついで心臓の前室間溝にいたり,そこで回旋枝Ramus circumflexusと室間枝Ramus interventricularisとに分れる.

 回旋枝は2枝のうちで比較的弱く冠状溝の中を横走して外側に向い,後面にいたり右冠状動脈の終枝の近くに達する.室間枝はそれより太いもので,前室間溝の中を心尖にまで達し,両側に枝を出してこれらは左右の心室と心室中隔にいたる.また左冠状動脈から小枝が心房,大動脈,肺動脈などに送られる.

 心臓壁の動脈の走行はうねっている.これは心臓が弛緩(Diastole)したり収縮(Systole)したりするさいに引き伸ばされたり圧迫を受けたりすることを防ぐのである.左冠状動脈は左心室の前壁,右心室の少なからぬ部分,心室中隔の一部を養い,右の冠状動脈は心室中隔の大部分,右心室,および刺激伝導系を養うのである(Domarus, S.174 Anm. より).

 臨床的に重要な1つの問題は,左右の冠状動脈がたがいに連絡しているのかどうかということである.わりあい太い吻合が表面,特に右心室と心尖の前面および中隔のなかにみられる.最も重要な吻合が左冠状動脈の回旋枝と右冠状動脈との間にあるが,その太さは個体的に大いに相違する.

 変異:時どきただ1本の本幹があって,それから左右の冠状動脈が出ている.また冠状動脈が3本あることもあり,その場合に第3のものはたいてい他の1本のすぐそばから出ている.

 Meckelは冠状動脈が4本あるものを見ている.しばしば2本の冠状動脈のうちの1本が優勢で,正常では他の1本が分布している区域の一部をこのものが養っている.右冠状動脈の起始は右と左の半月弁が会合している位置よりも1.5cm上方にある(Adachi).

b)大動脈弓Arcus aortae

 大動脈弓は右の第2胸肋関節の高さで上行大動脈につづいて始まり;上方に向かって突出する軽い弧を画いて左後方に曲り,第4胸椎の高さで脊柱に達する.

 局所解剖:大動脈弓の頂点の高さはだいたい第1肋骨の胸骨付着部の上縁に相当している.大動脈弓は胸膜の縦隔部と肺臓によって被われ,気管分岐部のところを越えてゆく.後方ではその右側に食道がある.弓の上縁に左腕頭静脈が接し,弓の下には肺動脈の右枝が左から右に走り,また反回神経が前から後に走る.大動脈弓の長さは5~6cmで,その直径は初まりの所で2.5~3cm,終りの所で2~2.5 cmである.

 大動脈弓の凸縁から頭部と上肢に向う大きな血管の幹が出る.すなわち腕頭動脈,左総頚動脈,左鎖骨下動脈である.凹縁は同時に肺動脈の分岐部の上を越えて曲り,その終りの部分で肺動脈の左枝と動脈管索をもってつながっている.また上気管支動脈が凹縁からでるが,これは変化に富んでいる.

Paraganglion aorticum supracardiale

 大動脈弓と肺動脈の右枝の間にはPenitschka(Z. mikr. anat. Forsch., 24. Bd.,1931)によれば人および哺乳類ではParaganglion aorticum supracardiale(心臓上大動脈パラガングリオン)が存在するという.これはそのすべての性質が頚動脈糸球(頚動脈間パラガングリオン),すなわちいわゆる頚動脈腺Carotisdrüse と一致しているという.

腕頭動脈Truncus brachiocephalicus (図636)

 腕頭動脈は4~5cmの長さであり,大動脈弓から出る血管のうちでいちばん太い.

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 気管の右半分の前を斜めに右上方にすすみ,右の胸鎖関節の近くで右総頚動脈と右鎖骨下動脈とに分れる.

 局所解剖:この血管は多くの場合,全く胸腔の内部にあり,前方は胸骨柄によって被われるが,上部では胸骨舌骨筋と胸骨甲状筋の起始部により,下部では左腕頭静脈によって胸骨柄からへだてられている.右には右腕頭静脈があり,左には左頚動脈がある.胸鎖乳突筋の両頭の間で鎖骨上縁からはいると腕頭動脈にたやすく到達できる.

 変異:最下甲状腺動脈Arteria thyreoidea imaはGruberとNuhnによると10%において見られ,これは腕頭動脈(6.2%)大動脈弓(0.5%),頚動脈,鎖骨下動脈,甲状頚動脈,あるいはその他の下頚部にある動脈から出ている.この動脈は最下甲状腺静脈(これは常に存在する)とともに気管の前を上方に向い,小挾を気管と胸腺にあたえ,甲状腺の峡および1側葉あるいは両側葉の下部に分布する.このような場合には下甲状腺動脈が全く,またはその一部が欠けていることがある.

左総頚動脈Arteria carotis communis sinistra(図636)

 左総頚動脈は大動脈弓の中央で多くは左鎖骨下動脈よりも腕頭動脈に近いところから出て気管の左縁の前をほとんど直線的に上方にすすむ(図639, 640).

左鎖骨下動脈Arteria subclavia sinistra (図636, 639, 640)

 左鎖骨下動脈はかなり左後方によつたところで大動脈弓から出て,上方に鋭い弓状の弧を画いて第1肋骨の上面を越え上肢にいたる.

 非常に細い2~3本の気管支動脈が大動脈弓のへこんだ下面から出て気管の分岐部にいたり,またそこにある気管気管支リンパ節に達する.

大動脈弓の変異

 大動弓には興味のある数多くの変異がある.その一部は大動脈弓それ自体が変化しているものであり,一部はその主枝が変化しているもの,また一部はこの主枝から分れる枝が変化しているものである.

1)大動脈弓の変化

 大動脈弓の高さが普通より高いことと低いこととある.非常に高いときには胸骨柄の上縁に達しており,はなはだ低いときには胸骨柄の上縁から6~7cmも隔たっていることがある.

 大動脈弓が重複していることは人間では趣めてまれにみられるにすぎないが,この異常には2つのちがった型がある.

[図636] 自然の位置にある胸大動脈と腹大動脈およびそれらの枝(Quainによる) 第1肋骨は斜角筋の停止するところで分離し,やや外方に引いてある.その他の肋骨はだいたいに最も外側に突出したところで切断し,左側では内肋間筋を除去してある. 横隔膜はその脚の近くで切断, 胸部と腹部の内臓は大部分とり出してある.1上行大動脈;2大動脈弓;3, 3 胸大動脈;4腹大動脈;5, 5 総腸骨動脈;6尾動脈;7腕頭動脈;8総頚動脈;9鎖骨下動脈;10気管支動脈;11,11食道動脈;12,13肋間動脈;14肋骨上枝;15腹腔動脈と下横隔動脈;16上腸間膜動脈;17,17腎動脈;18下腸間膜動脈;19胸管;20右縦胸静脈.

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その両方の場合に弓の各半がふたたび後方でいっしょになって輪を作り,その輪を気管と食道が通過している.1つの型では2つの弓が正常の方向を保っており,肺動脈は正常の位置にあって,動脈管索によって大動脈弓の左の部分と結びついている.各々の弓から頚動脈と鎖骨下動脈がそれぞれ1本ずつ出る.他の型では輪が対称的にできていて,その各半は気管と食道を同じぐあいにとりまいて後下方に向かっている.肺動脈は前上方からまがってこの輪を通りぬけ,輪の下方で枝を送り出している.

 大動脈弓の右曲り.右に曲がっている大動脈弓には種種の型がある.心臓やその他の内臓の位置が反対になっていることもあり,あるいは器官の位置には変化がなくて,左の腕頭動脈,右の頚動脈,右の鎖骨下動脈が出ていたりする.また右に曲がっている大動脈弓から左頚動脈,右頚動脈ジ右鎖骨下動脈,食道の後をとおる左鎖骨下動脈という順序で血管が出ていることがある.

 右曲りの大動脈弓の変つた1例をHoepkeが記載している(Anat. Anz, 54. Bd.,1921).

2)大動脈弓の枝の変化

a)枝の位置

 大動脈弓の凸側から出るすべての枝が右の方に移って,大動脈弓の初部や上行大動脈から出ていることがある.太い枝の起始する間隔が等しいこともあるし,またその間隔が異常に広いこともある.また左頚動脈が左鎖骨下動脈と腕頭動脈のいずれかにはなはだ近寄っていることもある.

b)枝の数と配置

 最もしばしばみられる変異は2本の腕頭動脈が形づくられている場合である.

 それよりまれなのは左右の頚動脈が左右いずれかの鎖骨下動脈といっしょになって,1本の幹をなし,残りの鎖骨下動脈と合わせて2本しか枝がみられない場合である.

 大動脈弓から3本の枝が出ている場合に左右の鎖骨下動脈が別々に出ており,両側の頚動脈がいっしょになって中央からでる1本の幹となっていることがある.

 特徴ある変異として大動脈弓からわずか1本の幹が出ていることがある.この幹はまっすぐ上方にすすみ,十字の形で左右の鎖骨下動脈を両側に出し,共通の1本の幹がさらに上行して,これが左右り頚動脈に秀れる.

 大動脈から発する枝の数が増加していることも珍しくない.腕頭動脈がなくなって,そのかわりに大動脈弓から直接に4本の太い枝が出ている場合には枝が4本というわけである.このような時には右鎖骨下動脈が大動脈弓から出る最後の枝になっていて食道の後を通って反対側にゆく.4本の枝が出る場合は上述のもの以外でも各枝の位置がはなはだしく変動していることがあって,胸腔の上口に向かって走るうちに複雑に交叉するのである.

3)他の幹から出るべき枝が大動脈弓から出ていること

 この型の変異としては鎖骨下動脈から出る椎骨動脈のうちの1本または2本が大動脈弓にずれてきていることがはなはだ多い.そのさい大動脈弓の主枝の起り方が正常であることもあるし,主枝の起る数がふえたり減つたりしていることもある.たいていは左の椎骨動脈が左頚動脈と左鎖骨下動脈との間にずれてきている.また右の椎骨動脈が大動脈弓から出ていることもある.3本の主枝の起りが正常である場合には1本の椎骨動脈が加わることによって大動脈弓の枝の数が4本に増すことになり,2本の椎骨動脈が加わるときは5本ということになる,腕頭動脈が2つに分れ,その上さらに2本の椎骨動脈が大動脈弓から出ているときは大動脈弓から6本の枝が出ていることになる.

 椎骨動脈が出る場合よりもっと多くの例で最下甲状腺動脈A. thyreoidea imaが大動脈弓から出ている.非常にまれであるが左の肋頚動脈が動脈弓から出ていることがある(Oertel, O., Z. Anat. Entw.,83. Bd.,1927).

総頚動脈Arteria carotis communis

 左右の総頚動脈のうち,右は右の胸鎖関節の高さで腕頭動脈から,左は腕頭動脈と密接して大動脈弓の最も高いところから出る.そのため左総頚動脈は右のものより4-5cm長い.

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 総頚動脈は枝を出すことなく気管と喉頭のそばをほとんどまっすぐ上方にすすみ,甲状軟骨の上縁の高さで(頚の短い人ではもう少し上方で)鋭角をなし,あるいは音叉のような形をして,ほとんど同じ太さの2本の主枝,すなわち外頚動脈と内頚動脈とに分れる.

 総頚動脈は2分する前には1本も枝を出さないか,あるいは出してもそれは非常に目だたない程度の枝であるから,全長にわたって太さが変らない.しかし分枝部に接してたいてい内頚動脈にまで及ぶやや広くなった所があって,これを内頚動脈洞Sinus a. carotidis internaeという.この内頚動脈洞の壁は中膜のすべての成分が全般的に減少しているので附近の部分より薄くなっている(Sunder-Plassmann, Z. Anat. Entw.,93. Bd.,1930).それに反して外弾性板は幅が広くなっており外膜が非常に強くなっている.そこにははなはだ豊窟な神経終末装置がある.これと同じような構造はその他では大動脈弓に減圧神経が侵入するところに見られるのみである.

 局所解剖:頚の下部では左右の総頚動脈はただ気管の幅だけの小さい間隔だけたがいにへだたっているが,もっと上方では喉頭と咽頭がその間にはいるので隔たりが大きくなる.つまりこの動脈は上にゆくにつれてたがいに離れるのである.また後方は椎前筋膜に接し,前方ではその外側にある内頚静脈と共に中頚筋膜によって被われる.内側は縦中隔Septum longitudinale(図512)によって頚部内臓と境される.迷走神経は総頚動脈と内頚静脈のあいだの後方にあり,それよりやや内側で後方に交感神経幹がある.非常にまれに迷走神経が総頚動脈と内頚静脈の前にあるが,日本人ではAdachiによるとややその頻度が高いという.--総頚動脈の下部の前方には鎖骨の胸骨縁(右では胸骨柄の上部もある).胸鎖乳突筋,胸骨舌骨筋,胸骨甲状筋がある.頚動脈の上部は胸鎖乳突筋の内側でこの筋の前縁と肩甲舌骨筋の上腹,および顎二腹筋の後腹でかこまれた頚動脈三角Trigonum caroticumの中にある.この三角形の下角にあたるくぼみにおいて頚動脈の搏動を容易に見ることができるし,また触れることもできる.第6頚椎の肋横突起が突きでていて(頚動脈結節)そこに頚動脈を押しつけることができる(図510).舌下神経の下行枝は」血管鞘の前面を下方にすすみ,頚神経叢の若千の枝とともに頚動脈の外側で係蹄を作る.これを舌下神経係蹄Ansa hypoglossiという.

 神経:交感神経,舌咽神経,迷走神経,舌下神経の下行枝による.外膜の中に多数の小さい神経節がある.

 変異:右総頚動脈がときどき直接に大動脈弓から出たり,左の頚動脈と共通の幹をなして出たりする.鎖骨下動脈が大動脈弓から直接に出て,しかもその位置が変わっているときには,右総頚動脈が大動脈弓からの最初の枝をなすことがある.腕頭動脈が長かったり短かったりすることもあり,100例中12例でその分岐点が鎖骨の上または下である.左総頚動脈はその起始が右にくらべて変化していることが多く,その場合はたいてい腕頭動脈から出る.右鎖骨下動脈の起始が別になっているさいは左総頚動脈が右総頚動脈と共通の幹から出ることがある.内臓逆位あるいは右曲りの大動脈弓の例でときどき左総頚動脈が左鎖骨下動脈とともに左腕頭動脈から出る.総頚動脈の分岐点は頚の短い人では普通より上方にあることがある.しばしば舌骨の高さにあったり,時にはもっと上にあることもある.少数の例で分岐点が甲状軟骨の中央,またはその下縁にずれていたり,それどころか輪状軟骨の下縁まで,あるいはさらにもっとひどくずれていることがある.--まれに内頚動脈と外頚動脈が大動脈弓から直接に出る.--まれに総頚動脈が分岐しないで頭部に達し外頚動脈の枝を自ら出している.また内頚動脈の欠けている場合もある.一総頚動脈が枝を出すことはまれであるが,その枝としていちばん多いのは上甲状腺動脈であり,また喉頭動脈や下甲状腺動脈,さらにはまた椎骨動脈が総頚動脈から出ていた例も知られている.

頚動脈糸球Glomus caroticum, Carotisdrüse(図634, 637)

頚動脈糸球あるいは頚動脈間パラガングリオンParaganglion caroticumというのは総頚動脈の分岐点にある小さな結節状のものである.

 頚動脈糸球は総頚動脈と外頚動脈から出る小さい動脈枝からなり,この小枝は数ヵ所でフラスコ様の広がりを示し,そこから出る毛細管と糸だまのようにからみついている.

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毛細管はただちに比較的太い静脈性の血管に移行し,この血管は近くの静脈に口を開く.かくして弾性線維に富みリンパ性浸潤のある結合組織によってまとめられ,粒状の形をしたものができている.また神経線維がある.この血管糸球は第3鰓弓動脈の名ごりである(W. Krause) (図634).なお交感神経の項を参照されたい.

[図637] 頚動脈糸球60才の男子,クローム親性細胞を染め出してある.×500 (A. Kohn, Handbuch……Physiologie 1930)

[図638] クローム親性細胞 新生児の骨盤部交感神経節の横断.(A. Kohn, Handbuch……Physiologie 1930)

 頚動脈糸球は(A. Kohn, Handbuch…Physiologie 1930)特殊(sui generis)な器官で交感神経系に属するものである.これは典型的ないわゆるクローム親性細胞と神経細胞および神経線維からなる(図637).

 クローム親性細胞はごく若い交感神経細胞から由来するもので,球状をなして配列しクローム塩に強く染まる.多くの交感神経節とくに腹部および骨盤部の交感神経節に全く同じようなものがある(図638).腎上体の髄質もこれに属するものと考えられる.

外頚動脈Arteria carotis externa

 外頚動脈は主に顔面および頭蓋壁に分布する.年少のものでは内頚動脈より細いが,成人ではだいたい同じ太さである.外頚動脈は甲状軟骨の上縁で総頚動脈から分れ下顎頚の高さに達し,そこで2本の終枝である浅側頭動脈A. temporalis superficialisと顎動脈A. maxillarisとに分れる,上方に向うあいだにたくさんの枝を出すのでその直径は著しく細くなる.

 外頚動脈は9本の枝を出すが(起始の順序に従ってあげると)上甲状腺動脈A. thyreoidea cranialis,上行咽頭動脈A. pharyngica ascendens,舌動脈A. lingualis,顔面動脈A. facialis,胸鎖乳突筋動脈A. sternocleidomastoidea,後頭動脈A. occipitalis,後耳介動脈A. retroauricularis,顎動脈A. maxillaris,浅側頭動脈A. temporalis superficialisである.

 局所解剖:起始の近くでは外頚動脈は発生の過程にもとついて内頚動脈より内側にあるが,すぐにいっそう表面に近づき同時に外側に向かって,下顎後部にいたる.

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 その起始部はたいてい胸鎖乳突筋の前縁に被われているがすぐそこから内側に出て,頚動脈三角にいたり,そこで中頚筋膜と広頚筋によって被われる.さらに上方では茎突舌骨筋と顎二腹筋の後腹がその外方に重なり,つづいてこの動脈は耳下腺の下顎後突起にはいる.耳下腺の実質の一部が外頚動脈を下顎枝からわけへだてている.外頚動脈と内頚動脈のあいだには茎状突起と茎突咽頭筋および茎突舌筋がある.

 顎二腹筋のすくそばで,舌骨の上を弓状をなして走る舌下神経が外頚動脈の外側を通り,これと交叉する(図639).同じようにして外頚動脈の上端の近くでは,顔面神経が耳下腺の中でこれと交叉している.茎突咽頭筋に伴って走る舌咽神経は外頚動脈と内頚動脈のあいだにある.上喉頭神経は内外の頚動脈の後方にある.

 頭部表層に分布する動脈の神経は交感神経,三叉神経,顔面神経,大後頭神経,大耳介神経に由来する.

 変異:起始の変異についてはすでに総頚動脈の項で述べた.多数の枝がときどき起始の近く,あるいはもっと上方の1個所でいっしょに出ていることがあり,または幹の全長にわたって等しい間隔に分れていることがある.枝の起始がほかの動脈に移っていたり,若干の枝が集まって短い共通の幹をもっていたりすることによって枝の数が普通より少ないことがある.また枝の数が増していることもある.たとえば普通だと枝からさらに分れでいぐものがすでに幹から直接に出ていたり,ほかの幹から出るはずの血管が外頚動脈から出ている場合である.ごくまれに外頚動脈の位置が顎二腹筋と茎突舌骨筋の外側になっている(E. Pisk, Anat. Anz., 45. Bd.,1914).

外頚動脈の枝を次のように分類する.

1. 前方のもの:上甲状腺動脈,舌動脈,顔面動脈;2. 後方のもの:胸鎖乳突筋動脈,後頭動脈,後耳介動脈;3. 内側のもの:上行咽頭動脈;4. 終枝:浅側頭動脈,顎動脈.

1. 上甲状腺動脈A. thyreoidea cranialis (図639, 640)

 上甲状腺動脈は舌骨の大角に密接したところでその下方にあたって,総頚動脈から分れたばかりの外頚動脈より出ている.

 外頚動脈を出てから前下方に曲り,舌骨下筋群に沿ってこれらの筋に枝をあたえつ~上り,甲状腺にいたる.この腺のなかで分枝して下甲状腺動脈とつながっている.

 その途中で次の枝を出す.

a)舌骨枝R. hyoideusは内側にすすむ小さい枝で舌骨付近の軟部に枝をあたえるが,反対側の同名動脈とつながることがある.

b)胸鎖乳突筋枝R. sternocleidomastoideus同名の筋にいたる.

c)上喉頭動脈A. laryngica cranialis.この動脈は上喉頭神経とともに下方にすすみ,多くは舌骨甲状膜を貫くが喉頭に入る前に甲状舌骨筋で被われている.喉頭の内部では筋と粘膜に枝をあたえる.上喉頭動脈は多数の筋枝を出す(その数は個体的に違う).それらの枝は舌骨下筋群, 喉頭筋および咽頭喉頭筋に分布している.

d)輪状甲状筋枝R. cricothyreoideus.小さいが,その位置からして重要な枝であって,同名筋にいたる.これは輪状甲状靱帯の上でしばしば反対側の動脈や舌骨枝の下行枝と弓状の吻合をいとなんでおり,喉頭の内壁に枝を出すものである.

e)甲状腺への枝(これは終動脈である).

 変異:上甲状腺動脈がときどき非常に強大になっていて,そのため反対測の同名動脈,あるいは下甲状腺動脈を代行していることがある.また非常に細くて筋枝と上喉頭動脈だけになっていることもある,その起始が総頚動脈に移っていたり,舌動脈と共同に出たり,または舌動脈と顔面動脈と共通の幹をもっていたりする.2本の上甲状腺動脈が1側の外頚動脈から出ていることも多い,上喉頭動脈がときどき外頚動脈から直接に出ていることがあり,これはヨーロッパ人では13.4%にみられるが日本人ではわずかに4.2%にみられるのみである,(Adachi).あるいは総頚動脈から出ていることさえもある.また甲状軟骨の甲状孔Foramen thyreoideumをへて喉頭にはいることがしばしばある.上甲状腺動脈の幹がしばしば前枝Ramus ventralisと後枝Ramus dorsalisに分れ,それぞれ甲状腺の前部と後部に分布している.

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2. 舌動脈Arteria Iingualis (図639, 640, 641)

 舌動脈はその起始から上内側に曲り,舌骨の上方にいたり,大角の先端の後方で舌骨舌筋に被われて舌にはいる.強い迂曲をなしつつオトガイ舌骨筋と舌骨舌筋のあいだを通って舌尖に向う.その枝を次にあげる.

a)舌骨枝Rhyoideus.舌骨の上縁にそって走り付近の軟部を養い反対側の枝と吻合する.

b)舌下動脈A. sublingualis.舌骨舌筋の前縁において起り,顎舌骨筋と舌下腺のあいだを前方にすすむ.この動脈は舌下腺と付近の筋ならびに口腔の粘膜と歯肉を養う.

c)舌背枝Rr. dorsales linguae.急な角度で上つて,舌背の後部にいたり,そこで枝分れして喉頭蓋にまで達する.両側の舌背枝はしばしばたがいに合して舌盲孔に向かって走る小幹をなしている.

d)舌深動脈A. profunda linguae.大きさおよびその走向からして舌動脈の幹のつずきである,舌の下面の近くでオトガイ舌骨筋の外側に接してうねりながら前方にすすみ,そのさい多くの側枝を出し,ついで舌小帯に密接する.左と右の舌深動脈の枝は吻合しない.

 変異:舌動脈の起始部がしばしば顔面動脈または上甲状腺動脈とともに1本の共同の幹をなしている.いっそうまれにはこの3本の動脈がみなで1本の幹をもっていることがある.舌下動脈の太さは非常にまちまちである.ときとして顔面動脈から出て顎舌骨筋を貫いている.他の動脈から出るべき枝,たとえばオトガイ下動脈,上行口蓋動脈がしばしば舌動脈から出ている.

3. 顔面動脈A. facialis(図639642)

 顔面動脈は舌動脈の上方で外頚動脈から出て,舌動脈と同じようにまず茎突舌骨筋および顎二腹筋の後腹の内側を顎下腺の下まで走り,この腺で被われるが,そこでは下顎体の内側にある.ついで咬筋付着部の前で下顎の下縁を曲がって顔面に出て口角にいたる.そこから鼻の側面をへて内眼角の近くに達し,眼動脈の鼻背動脈と吻合して終る.

 局所解剖:この動脈はその経過の全体にわたってはなはだうねっているが,これは分布している部分が非常によく動きうることにもとついている.咬筋の前縁でたやすく探しだせるし,また下顎骨にむかつて圧迫しうる.わりあいまつすく・に走っている顔面静脈は顔面動脈と咬筋の前縁との間にある.顔面神経の枝は顔面動脈と交わり,眼窩下神経の一部ほこの動脈の後を走っている.

 顔面動脈には頚枝と顔面枝とがある.

A. 顔面動脈の頚枝

a)上行口蓋動脈A. palatina ascendens.これは咽頭の側壁を(茎突舌筋と茎突咽頭筋の間で)ほとんど垂直に口蓋帆に向かって上り,口蓋帆のほかに扁桃茎状突起の筋群,耳管に分枝する.この動脈の代りをしばしば上行咽頭動脈の枝がなしている.

b)扁桃枝R. tonsillaris.小さな枝で咽頭の側方を上方にすすみ頭咽頭筋を貫き多数の枝に分れて口蓋扁桃と舌根の外側部に終る.

c)腺枝R. glandulares. 幹が顎下腺のそばを走る間に出て,この腺とその附近のリンパ節にいたる多数の小枝である.

d)オトガイ下動脈A. submentalis(図639, 640)

 これは顔面動脈の頚枝として最も太いものである,顎舌骨筋の下面を前方にすすんでオトガイにいたるもので,顎下腺と付近の筋に枝をあたえ,そこでそれぞれ1本の浅枝と深枝に分れる.

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浅枝は願の前面で筋の上を通って下唇にいたり,深枝は筋と骨とのあいだの深部で枝分れする.

B. 顔面動脈の顔面枝(図639642)

e)f)下唇動脈と上唇動脈Aa. labiales mandibularis et maxillaris.この両者は口輪筋の内方にある.下唇動脈は下顎骨の下縁の上方,または口角の近くで起り,下唇の筋や皮膚の中をうねってとおり,反対側の同じ動脈と吻合し,またオトガイ下動脈および下歯槽動脈(顎動脈の枝)の終枝の1つとも吻合する.

 上唇動脈はいっそう太くて,またより強くうねっており,上唇の実質中にひろがって,反対側の動脈とつながる.上唇動脈と下唇動脈が1本の共通の小幹をもって起ることがまれではない.上唇動脈は上唇にいたる多数の枝のほかに鼻とその付近にも分布し,また上唇に終る諸筋に若干の枝をあたえる.この枝は眼窩下動脈,顔面横動脈,頬動脈につながる.

g)眼角動脈A. angularis. 眼角動脈は顔面動脈の終枝で鼻の側壁に沿って上方に走り,多数の枝をもって鼻翼と鼻背を養う.これは眼動脈の鼻背動脈につながっている.

 変異:顔面動脈と舌動脈はまれならず共通の短い1本の幹をもって起こっている.ときどき顔面動脈が高い所で出て,ついで下方に曲がって下顎にいたる.顔面動脈は太さとその分布に著しい変動がある.まれにこれがオトガイ下動脈として終り顔面に達しないことがある.時には上唇まで達して終る.顔面動脈の分布区域が少いときにはその代りによく発達した眼動脈の枝が顔面にまで広がり,または顔面横動脈の枝がおぎなっている.扁桃枝が独立した枝としては欠けていることがまれでない.しばしばオトガイ下動脈が舌動耳辰から出ていたり,顔面動脈が舌下動脈を出したりしている.

4. 胸鎖乳突筋動脈Arteria sternocleidomastoidea(図639, 640)

 この動脈は細い1本の枝であるが,ときにそれが数本あることもあり,舌下神経をまたいで胸鎖乳突筋にいたる.

5. 後頭動脈Arteria occipitalis(図639642)

 後頭動脈は外頚動脈の後がわから,ふつうは顔面動脈と向きあった所で出て,顎二腹筋の後腹に被われて上方にすすみ,環椎の肋横突起の上にいたり,外側頭直筋と顎二腹筋の間で側頭骨の後頭動脈溝の中を後方に向う.

そのさい胸鎖乳突筋と板状筋および頭最長筋に被われてヒいる.それからふたたび方向を変えて板状筋の内側縁で僧帽筋の停止を貫き,後頭部の皮膚に密接しつつ頭頂に向かってすすみ,多数の枝を出して後耳介動脈,浅側頭動脈の枝および他側の後頭動脈の枝と吻合する.

 顎二腹筋の後腹・茎突舌骨筋・板状筋・頭最長筋・胸鎖乳突筋に多くの枝を出すほかに次の枝を送り出している.

a)乳突枝R. mastoideus.これは乳突孔を通って後頭蓋窩の硬膜に分布する.

b)耳介枝R. auricularis.耳介の後面にいたる.

c)筋枝Rr. musculares. 項筋にいたり椎骨動脈と深頚動脈の枝とつながる.特に太い1本の枝が頭板状筋と横突後頭筋の間を走るが,これを下行枝Ramus descendensという.

d)硬膜枝R. meningicus.この動脈の1終枝が出している細い枝であって,頭頂骨の頭頂孔を通って脳硬膜に達する.

S. 549

[図639] 体幹上半の動脈(I)浅層の諸枝(1/2)

S. 550

[図640] 体幹上半の動脈(II)深層の諸枝(1/2)

S. 551

 変異:後頭動脈はときとして内頚動脈から出ることがあり,また鎖骨下動脈の甲状頚動脈から出ることもある.またいっそう浅いところを通り,頭最長筋の外側,あるいは胸鎖乳突筋の外側をさえ走ることが少くない.後の場合には小さい枝が正常の位置にあることが多い.多くの例で環椎の肋横突起の下を走る.後耳介動脈,上行咽頭動脈,茎乳突孔動脈が後頭動脈の枝をなすことが多く,しかも上行咽頭動脈が出ている場合はヨーロッパ人で13.9%,日本人で23.6%であるという(Adachi).

6. 後耳介動脈 (図639642)

 これは小さい動脈で,後頭動脈のやや上方で外頚動脈から出る.耳下腺に被われて茎状突起の上に接して上行し,ついで乳様突起の前で耳介の後において頭頂に向かっている.乳様突起のやや上方で前と後の終枝に分れる.後耳介動脈の枝としては顎二腹筋の後腹,茎突舌骨筋,茎突舌筋,胸鎖乳突筋,咬筋,内側翼突筋にいたる数多くの筋枝,および耳下腺にいたる枝のほかになお次のものがある.

a)茎乳突孔動脈A. stylomastoidea.これは細い動脈であって,茎乳突孔を通って顔面神経管に入り,その中をずっと走って,1本の枝すなわち,アブミ骨筋枝R. stapediusをアブミ骨筋にあたえた後,顔面神経管裂孔で硬膜に達する.また1本の側枝,後鼓室枝R. tympanicus posteriorは鼓索神経と共に鼓索神経小管を通って鼓室に入り,鼓室に分枝するが,また乳突枝Rami mastoideiを乳突蜂巣にあたえている.そのさい顎動脈からの枝で錐体鼓室裂を通って鼓室にくる前鼓室動脈とつながっている.

b)耳介枝R. auricularis.これは耳介の後面およびその縁に枝を送り,また穿通枝を耳介の前面に出している.また小枝が外耳の小さい諸筋に達している.

c)後頭枝Roccipitalis.これは側頭骨の乳突部を越えて後方にすすみ,後頭動脈の枝と吻合する.

 変異:しばしばこの動脈が弱く発達していることがあり,また茎乳突孔動脈をもって終わってしまうこども少くない.時としてこれが後頭動脈でおき代えられている.後頭動脈が後耳介動脈の少数の枝を出していることがしばしばである.後頭動脈と後耳介動脈が短い1本の共通な幹をもって出ていることもある.

7. 浅側頭動脈Arteria temporalis superficialis(図639642)

 この動脈は外頚動脈の浅層における終枝であって,下顎枝の頚のところで外頚動脈から発し外頚動脈と同じ方向をとって上方にすすむ.耳下腺の実質に囲まれてまず外耳道と下顎小頭の間を通り,ついで頬骨弓の根を越えて上行し,ついで側頭筋膜の表面にいたる.頬骨弓より数cm上方でほとんど直角をなしてたがいに離れてゆく2本の終枝,前頭枝Ramus frontalisと頭頂枝Ramus parietalisとなる.浅側頭動脈の枝には次のものがある.

a)耳下腺枝Rr. parotidici.耳下腺にいたる.

b)顔面横動脈A. trapsversa faciei(図639, 640, 642).この動脈は初め耳下腺で被われ頬骨弓と耳下腺管の間で咬筋の上を越えて,ほとんど水平に走り,そのさい顔面神経の2本の枝に伴われている.顔面横動脈は耳下腺と顔面筋に枝をあたえ,その先きは3本ないし4本の枝に分れるのである.

c)耳介前枝Rr. praeauriculares.これは耳介の前面と耳介筋および外耳道に分布している.

d)頬骨眼窩動脈A. zygomaticoorbitalis.この動脈は側頭筋膜の上を越えて外眼角にいたり眼輪筋に分枝する.

e)中側頭動脈A. temporalis media.これは頬骨弓のすぐ上方で側頭筋膜を貫いて,側頭鱗の表面にある中側頭動脈溝にいたり,側頭筋を養うことにあずかっている.

S. 552

[図641] 外頚動脈の深枝

f)前頭枝R. frontalis.2本の終枝のうち前方に向うもので,側頭筋膜の上で弧を画いて前方にすすみ,特に前頭部に広がり,眼輪筋と前頭筋および帽状腱膜,ならびに皮膚を養い,外側前頭動脈および内側前頭動脈とつながっている.

g)頭頂枝R. parietalis(図639641).後方に向う終枝であって,前者よりも太いことが普通である.側頭筋膜の上で耳介の上方を越えて後方にすすみ,頭蓋骨を外から被っているものに枝をあたえる.頭頂部では他側の同名動脈と吻合し,また前方と後方では近在の動脈枝とつながっている.

S. 553

[図642] 顔面動脈と顎動脈(5/6)

 頬骨弓,下顎枝,外側翼突筋および側頭筋と咬筋の一部は取り除いてある.

 変異:時として浅側頭動脈が眼動脈の終枝とかなり太い吻合をいとなんでいることがある.またしばしば前頭枝の方が頭頂枝よりも太くて,それが頭頂部で1つの大きな弧を画き,この弧が後頭動脈とつながっている.顔面横動脈が非常に太くなっていて,細い顔面動脈をおきなっていることがあり,また顔面横動脈がしばしば外頚動脈から出ている.

8. 顎動脈Arteria maxillaris (図641, 642)

 顎動脈はいっそう太い終枝として外頚動脈から直角をなして出る.その起始部は顎関節の下方にあって,耳下腺により被われている.この動脈はうねっていて下顎頚と蝶顎靱帯の間を水平に前方にすすみ,外側翼突筋と側頭筋のあいだに達する.ついで外側翼突筋の両頭のあいだにいたり,そこを越えて翼口蓋窩にはいり,そこで終枝に分れる.このことから顎動脈を下顎部Pars mandibularis,翼突部Pars pterygoidea,翼口蓋部Pars pterygopalatinaに分けることができる.

S. 554

A. 下顎部の枝(これはほとんどすべて骨内の管のなかにはいる)

a)深耳介動脈A. auricularis profunda.小さな枝で顎関節の後がわと外耳道および鼓膜にいたる.外耳道にゆく枝は鼓室部の前壁と錐体鼓室裂を貫く.その枝の1本は鼓膜に達して,そこの皮膚層に広がっている.

b)前鼓室動脈A. tympanica anterior.これもやはり顎関節を養うもので,ついで錐体鼓室裂にいたり茎乳突孔動脈とともに鼓室内の諸器官に分布し,また鼓室の壁に分布する.

c)中硬膜動脈A. meningica media.これは脳硬膜にいたる血管のなかではいちばん太い動脈であって,また顎動脈のいちばん太い枝でもあることが多い.下顎神経の硬膜枝とともに棘孔を通って頭蓋腔に入り,その高低いろいろのところでそれぞれ1本の前枝と後枝に分れる.これらの枝は硬膜の外面に付着して骨壁の溝のなかを走り,そこで枝分れして脳膜と骨および(穿通枝により)頭蓋外面の軟部をも養っている.前枝は前頭蓋窩・眼窩・鼻腔にまで達するが,後枝は主に頭頂骨の領域と後頭骨の上部とに分布している.

 錐体鱗裂を通って1本の小枝が鼓室と乳突蜂巣にはいる.前枝と後枝に分かれる前の幹から若干の細い枝が出るが,その1つは浅錐体枝R. pyramidis superficialisとよばれて鼓膜張筋にいたり,他の1本は上鼓室枝R. tympanicus superiorといい顔面神経管裂孔を通って鼓室に入り,茎乳突孔動脈とつながっている.第3の枝は小浅錐体神経管の内口を通って鼓室にいたる.眼動脈の枝との吻合については557頁を参照されたい.

 なお頭蓋の外で顎動脈,または中硬膜動脈が副硬膜枝Ramus meningicus accessoriusを出していることが少なくない,これは内外の両翼突筋,口蓋から下方に向う諸筋,および耳管に枝をあたえ,また卵円孔を通って頭蓋腔にはいる杖をもって半月神経節と脳硬膜のこれに隣接する部分を養っている.

d)下歯槽動脈A. alveolaris mandibularis(図641, 642).これは下顎管にいたり,その中をずっと走ってオトガイ孔から1本の太い側枝,オトガイ動脈A. mentalisを出している.オトガイ動脈はオトガイと下唇で枝分れして,下唇動脈およびオトガイ下動脈の枝と吻合する.下顎管にはいる前に下歯槽動脈は長い顎舌骨筋枝R. mylohyoideusを出し,これは同名の神経とともに下顎骨の顎舌骨神経溝の中を顎舌骨筋に向かっている.下顎管の中を走るあいだに下歯槽動脈は多数の小枝を骨・歯槽・歯・歯肉に送っている.

B. 翼突部の枝(咀噛筋群にいたる) (図641, 642)

e)後深側頭動脈A. temporalis profunda posterior.これは頭蓋骨と側頭筋のあいだを上方にすすみ側頭筋の後部を養っている.

f) 前深側頭動脈A. temporalis profunda anterior.前者と同じく側頭筋の深部に達する.しばしば頬骨内の頬骨管をへて枝を涙骨動脈ならびに顔面に送っている.

g)咬筋動脈A. masseterica.この動脈は下顎切痕を通って咬筋に達する.その起始はしばしば後深側頭動脈とつながって1本になっている.

h)翼突筋枝Rr. pterygoidei.内外の両翼突筋にいたるいく本かの枝である.

i)頬動脈A. buccalis.前下方に走って頬筋にいたり,この筋と付近の顔面筋に枝を分ち,顔面動脈の枝および顔面横動脈の枝と吻合している.

S. 555

C. 翼口蓋部の枝(これはほとんどすべて骨内の管にはいる)

 これらの枝の多くは翼口蓋孔のすぐ近くで出る.

k)後上歯槽動脈A. alveolaris maxillaris posterior.これは上顎結節にすぐ接する所で1本として出るか,あるいは数本の枝に分れて出ている,また眼窩下動脈といっしょに出ることもしばしばである.うねりながら走って上顎骨の側頭下面にいたり,歯槽孔に入りそれに続く管や骨の溝を通っていく.歯槽孔に入る前に少数の枝を出すが,これらは骨の外面にとどまって前下方に走り,骨膜・歯肉・頬粘膜および頬筋に分布している.

l)眼窩下動脈A. infraorbitalis.この動脈は眼窩下管の中をずっと走って眼窩下孔を出て顔面にいたる.その途中で枝を眼窩の底にある眼筋にあたえる.下方に向かって出る枝が前上歯槽動脈Aa. alveolares maxillares anterioresで,これは眼窩下管から下方に出る細い管のなかをすすみ後上歯槽動脈とつながる.後上歯槽動脈と前上歯槽動脈は上顎の骨,上顎洞の粘膜,上顎の歯槽,歯および歯肉の一部を養っている.眼窩下動脈の終枝は,すでにその出口のところで数本に分れて眼窩下孔の周囲の軟部に放散し,顔面にあるほかの動脈の枝と吻合する.

m)下行口蓋動脈A. palatina descendens.この動脈は翼口蓋管のなかを垂直に下行して小口蓋動脈Aa. palatinae minoresという小枝を出すが,これは口蓋管を通り小口蓋孔を出て軟口蓋と扁桃に達している.主枝である大口蓋動脈A. palatina majorは大口蓋孔を通って硬口蓋にいたり,口蓋溝のなかを骨膜に密着しつづ前方に走る.前方の1小枝が切歯管を通って鼻中隔後動脈A. nasalis posterior septiと吻合するが,そのほかの枝は硬口蓋の粘膜と腺,および歯肉を養う.後方の枝は上行口蓋動脈の枝と吻合している.

n)翼突管動脈A. canalis pterygoidei.1本の小枝で,しばしば下行口蓋動脈から出る.翼突管を通って後方にすすみ咽頭の上部,耳管,および鼓室に枝を分かち,上行口蓋動脈および茎乳突孔動脈と吻合する.

o)翼口蓋動脈A. pterygopalatina.この動脈は翼口蓋孔を通って鼻腔の後上部にいたり何本かの枝に分かれる.そのうちの1本は翼突管動脈と平行に溝の中を咽頭の上端に向かって走り,そこで枝分れして上行口蓋動脈の枝と吻合する.外側後鼻動脈A. nasalis posterior lateralisはいっそう太い枝で,鼻腔の側壁にあって矢状方向に枝を送り,鼻甲介の両面,鼻腔底までの鼻道および前頭洞・上顎洞・篩骨洞の粘膜にいたる.第3の枝は鼻中隔後動脈A. nasalis posterior septiで鼻腔の天井で鼻中隔壁にいたり,上枝と下枝に分れる,下枝は切歯管を通って大口蓋動脈および上唇動脈の枝と吻合する.

 変異:顎動脈の起始するぐあいはほとんど一定しているが,ときおり顔面動脈から出ていることがある.外側翼突筋に対する位置が変わっていることはまれでない.顎動脈が外側翼突筋の内側にある場合に(ヨーロッパ人では57. 6%,日本人では6.3%, Adachi)この動脈はたいてい線維性の組織によって翼状突起の外側板の後縁にくつづいている.--中硬膜動脈はときどき涙腺動脈を出すが,その場合に後者がしばしば硬膜眼窩孔Foramen meningeoorbitaleという特別な穴を通って眼窩にはいる.正常の場所から出ている涙腺動脈と細い吻合をしていることもまれではない. 内頚動脈を欠如している1例で顎動脈が2本の枝を出し,これらの枝が正円管と卵円孔をへて頭蓋腔に入り内頚動脈の代りとなっているものがあった.

S. 556

9. 上行咽頭動脈Arteria pharyngica ascendens

 上行咽頭動脈は細くて長い動脈で,外頚動脈からその起始の近くで起り,咽頭の側壁を上方に走り頭蓋底にまで達する.その枝は咽頭,深頚部の軟部,および頭蓋底に分布する.そのほかに不規則ながら小枝を頚部脊椎の前面にある諸筋にあたえている.上行咽頭動脈の枝は次のごとくである.

a)咽頭枝Rr. pharyngici.通常2本の細い方の枝は中および下咽頭収縮筋(舌骨咽頭筋と喉頭咽頭筋)を養う.1本の太い方の枝は上咽頭収縮筋(頭咽頭筋).耳管,口蓋扁桃にいたる.

b)後頭硬膜動脈A. meningica occipitalis.この動脈は頚静脈孔か破裂孔,頚動脈管または舌下神経管を通って脳硬膜に達し,そこに枝を分かっている.

c)下鼓室動脈A. tympanica inferior.鼓室神経とともに鼓室小管を通り中耳の岬角で枝分れする.

 上行咽頭動脈の枝に上行口蓋動脈および翼突管動脈の枝と吻合する.

 変異:上行咽頭動脈はもっと上方で出ていることが時どきあり,また時として後頭動脈から出たり内頚動脈から出たりする.重複していることもあり,またしばしば上行口蓋動脈がこれから出ている.

内頚動脈Arteria carotis interna (図639644)

内頚動脈は脳, 眼窩の諸器官,および前頭部に枝を送る.甲状軟骨の上縁の高さにおいて総頚動脈から出て,ほとんどまっすぐに頚動脈管の外口に向い,この管のなかを通りぬけて蝶形骨の頚動脈溝にいたり,そこでは海綿静脈洞のなかにある.小翼突起の内側で脳膜を貫くが,そのさい急に後上方にまがり,そこで終枝に分れる.

 局所解剖:頚部では内頚動脈は初めに外頚動脈の外側でやや後方にあるが,ついで外頚動脈の後方で内側にまがる.そこでは頭長筋と椎前筋膜のすぐそばにあり,また内側に接して咽頭がある.咽頭壁のそばを上行するときには,これと外頚動脈とのあいだに茎突舌筋と茎突咽頭筋がある.内頚静脈を伴っているが,この静脈は内頚動脈の後外側にあって頭蓋に達するのである.内頚動脈と内頚静脈の間でその後方を迷走神経が走り,さらに後内側に交感神経幹がある.

 起始から終枝に分れるまでの間に前に述べたことからわかるように内頚動脈の走行が何回かまがっている.全部で5つの弯曲が区別されるが,そのうちの2つは頚部に,あとの3つは頭部にある.第1の弯曲はすでに述べたように外頚動脈の後方で外側から内側に向うもので,下方の頚部弯曲というべきであり,後外側に突出する弧をなしている.第2のものは上方の頚部弯曲であって,頭蓋底のすぐ下方にあり,前内側に突出する弧をなしてまがる.これら2つの頚部弯曲を合せると逆のS字形をしていることになる.ついで頚動脈管内における第3の弯曲がつづいている.ここで今まで上方にすすんでいた方向が矢状方向に変る.第4の弯曲は軽くS字状にまがっていて,蝶形骨体の側壁で頚動脈溝と海綿静脈洞のところにある.第5弯曲は同じく蝶形骨体の側壁にあって,前方に突出した弧を画いている.

 これらすべての弯曲がおそらく脳や眼に血液を供給する機構について問題となるであろう.どんな役割を演ずるかについては,さらに内頚動脈の一部がこの動脈に密接して取りかこむ骨内の管を小さな静脈叢と交感神経の網だけを伴って走っていること,およびこの動脈の通り道が非常によく保護されていることが重要な意味をもつであろう.

 神経:交感神経によるが,また半月神経節からも枝を受ける.

 変異:まれに内頚動脈が大動脈弓から直接に出る.また少数の例でこの動脈が全く欠けている.1899年に記載された1例では左の内頚動脈が頭蓋の近くで左椎骨動脈を出し,これが舌下神経管を通って頭蓋腔に達していた.

S. 557

海綿静脈洞のなかで内頚動脈が迷行動脈A. aberransを出し,これが後方に向かって脳底動脈と吻合していた(F. Hochstetter).このような変化のさいには脳の回転が異常な配列をなしていることがある(M. Flesch).

内頚動脈の枝.頚部では内頚動脈から1本も枝が出ていないのが普通である.頚動脈管のなかで細い頚鼓小管枝R. caroticotympanicusを鼓室に送りだし,これは鼓室でほかの動脈の小枝とつながる.第2の小枝は翼突管動脈にいたる.海綿静脈洞のなかでは数本の小枝が出て,静脈洞の壁やこの洞のなかを走る神経および半月神経節,また下垂体に達している(図643).本来の枝分れは頭蓋腔の内部ではじめてみられるのである.

1. 眼動脈Arteria ophthalmica(図643)

 眼動脈は小翼突起の内側で,内頚動脈の最後の弯曲の凸側から出て,視神経の下外側または下内側に伴なって,これと共に蝶形骨の視神経管を通り眼窩にいたる.

 そのさい通常は視神経の下でまず外側にまがり,ついで弓状をなして視神経の上を越えて,眼窩の内側壁にいたり,上[眼球]斜筋の下で軽くうねりつつ前方にすすみ,内眼角の近くでたがいに上方と下方に分れてゆく2本の終枝,内側前頭動脈A. frontalis Inedialisと鼻背動脈A. dorsalis nasiとになる.つまり眼動脈は視神経のまわりでラセン状を呈し,その途中で多数の枝を出している.

 視神経の下をずっと走るのはヨーロッパ人では15%,日本人では6.1%である(Adachi).

a)網膜中心動脈A. centralis retinae.細い血管で,眼動脈から出る最初の枝であり,それのみ単独で,あるいは内側の眼球中膜動脈といっしょに眼動脈が上方にまがる所から出て,たいてい眼球からわずか0.6~0.8cm離れたところで下方から視神経の実質中にはいり,その中軸を通って網膜に向い,そこで多数の細い枝に分れる.

b)涙腺動脈A. lacrimalis.涙腺動脈は視神経の外側で眼動脈の後部から起り,外側直筋の上縁に沿って走り涙腺にいたる,数本の枝が付近の眼筋にゆく.終枝はさらに前方に向い眼球結膜と眼瞼に達する.1本あるいは2本以上の小枝が頬骨を貫いて側頭窩および眼瞼にいたる.これを外側眼瞼動脈Aa. palpebrales temporalesという.これらは少数の枝,すなわち結膜小枝Ramuli conjunctivalesを結膜にあたえている.

 涙腺動脈の中央部から1本ないし数本の硬膜枝Ramimeningiciが出て脳硬膜に達するが,そのさい上眼窩裂あるいは硬膜眼窩孔(189頁参照)という特別な管を通って頭蓋腔に入る.頭蓋腔内でこれは中硬膜動脈の枝と吻合する.

c)筋枝Rr. musculares. 筋枝はその配置にある程度の個体的相違がある.その一部は眼動脈から独立して発し,一部はいっそう大きい枝からさらに枝分れして出ている.多くの場合,かなり太いそれぞれ1太の上枝と下枝があって,これらから個々の枝が出て,眼窩の上部と外側にある筋は上枝により,下部と内側にある筋は下枝によって養われるのが普通である(Arnold).また下枝のほうが上枝よりいっそう太いことが多い.

 毛様体小枝Ramuli ciliaresはたいてい眼動脈の前方部の筋枝から分れて,角膜縁のやや後方で強膜に入りこむ.すべての毛様体動脈は眼球の中でたがいに数多くの吻合をなしている.

 強膜上小枝Ramuli episcleralesは毛様体小枝から出る.これは輩摸の最外層で広いすきまをもつ網を作り,この網が脈絡膜動脈とつながり,また結膜小枝Ramuli conjunctivalesを眼球結膜にあたえている.

d)眼球中膜動脈Aa. tunicae mediae oculi.この動脈は内外両側の2本の枝として眼動脈の幹またはその後方部の枝から出て,たびたび枝分れして視神経の両側をうねりつつ前方にすすみ,視神経が眼球に達するところの周囲で強膜を貫通する.

S. 558

[図643] 眼動脈とその枝(1/1)

 眼窩(左).前頭洞, 論骨洞は上方から開いてある.海綿静脈洞の内容を示すために硬膜の外葉を取除いてある.

α)脈絡膜動脈Aa. chorioideae. は12~15本あって視神経が眼球に達するところの近くで眼球内に入り,脈絡膜(眼球中膜)にいたる.

β)虹彩動脈Aa. iridisは2本あって外側虹彩動脈A. iridis temporalisと内側虹彩動脈A. iridis nasalisのそれぞれ1本である.これらは脈絡膜動脈とともに眼球内に入り,強膜と脈絡膜のあいだを前方にすすみ毛様体と虹彩に達して初めて枝分れする.

e)外側前頭動脈A. frontalis lateralis.これは上眼瞼挙筋の上で,眼窩の天井の近くを眼窩骨膜の下に密接して前方に走り,外側前頭孔または外側前頭切痕にいたる.

 この動脈は1本の細い枝を眼窩骨膜に送り,また眼窩の上縁において前頭骨にもたいてい1本の枝を送っている.そして外側前頭動脈は眼窩の外にでて眼窩上縁からいろいろな距離で枝分れして上方に向かっている.この動脈は眼輪筋ならびに前頭筋を養い,また浅側頭動脈の前頭枝と吻合している.

f)篩骨動脈Aa. ethmoideae.篩骨動脈は左右ともたいてい前・後の2本があり,ときどき3本になっている,後方のがいっそう細くて後篩骨動脈A. ethmoidea posteriorといい,眼窩篩骨孔を通って特に篩骨洞にいたり,多くの場合その他に小枝を鼻中隔と脳硬膜にあたえている.

S. 559

前方のものはいっそう太くて前篩骨動脈A. ethmoidea anteriorとよばれ,眼窩頭蓋管を通って頭蓋腔に入り,前頭蓋窩で前頭硬膜動脈A. meningica frontalisを出し,そこから筋板の前方部にある1つの孔をへて鼻腔に達し,そこで外側と内側の終枝に分れる.その外側枝は鼻腔の側壁に,内側枝は中隔壁に達して,そこで枝分れして鼻腔壁の後部にある動脈とつながっている.前篩骨動脈の鼻枝は前と中の篩骨洞,ならびに前頭洞をも養っている.

g)[上,下]内側眼瞼動脈Aa. palpebrales nasales (superior et inferior)は眼動脈の前方部から出る枝で,たいてい1本の共通な幹をもって起こっている.これは瞼板の前面に接して眼瞼の自由縁の近くをすすみ,涙腺動脈の枝である外側眼瞼動脈の方に向い,それとつづいて瞼裂の冠状動脈Gefäßkranx der Aesgenlidspalteすなわち,上瞼板動脈弓下瞼板動脈弓Arcus tarseus superior et inferiorを作っている.この動脈の起始部から細い枝が涙小管と涙嚢に行く.

h)鼻背動脈A. dorsalis nasiは眼動脈の下方に向う終枝であって,上斜筋の滑車と内側眼瞼靱帯のあいだで2つの終枝に分れる.その下方が鼻背動脈であって内側眼瞼靱帯の上を越えて前進して鼻根にいたり,そこで枝分れしてさらに下行して,付近にある動脈とくに顔面動脈のつづきである眼角動脈とつながっている.

i)内側前頭動脈A. frontalis medialis.これは眼動脈の上方に向う終枝であって,内側前頭孔あるいは内側.前頭切痕を通って前頭部にいたり,浅枝と深枝に分れる.これらの枝は内側では他側の同名動脈とつながり,外側では外側前頭動脈および浅側頭動脈の枝とつづている.

 変異:眼動脈の変異はすでに上に述べたように,その走行と枝分れの順序に関するものがはなはだ多く,他のすべての血管にもあてはまる法則,すなわち大多数の変異は異常に発達した吻合を基にして生ずるということがここにも成り立つのである.それゆえ動脈の幹の走行が数多くの異常を示すことは1つの吻合が発達して幹といえる部分になるということである.眼動脈の枝の変異としては涙腺動脈が中硬膜動脈から出ることが最も多くみられ,また涙腺動脈が前深側頭動脈から出ることもまれにみられる.

2. 後交通動脈Arteria communicans posterior(図644)

 この動脈は1.2~l. 5cmの長さで,たいてい細く,小翼突起のそばで内頚動脈の壁の後部から出る.

 トルコ鞍と灰白隆起の側方で後方にすすんで後大脳動脈にいたり,この動脈を内頚動脈と結びつけている.かくして大脳動脈輪Circulus arteriosus cerebriという環状の動脈ができあがるのであって,この動脈輪は橋の前端から視神経交叉の前端にまで達している.

3. 脈絡叢動脈Arteria chorioidea

 これは細い動脈で大脳脚と大脳半球の側頭葉の間にある溝を通って側脳室にすすみ,第三脳室脈絡組織にひろがっている.ときとして2本になっている.

4. 前大脳動脈Arteria cerebralis anterior (図644)

 これは内頚動脈の2本の終枝のうち前方にあるもので,外側大脳裂の初まりのところで起り前内側に向かって,さらに左右の前頭葉の間で脳梁膝をまわってまがり,ついで脳梁の上面に沿ってずっと後方まで走る.

 視神経交叉のすぐ前方で,蝶形骨の下垂体窩のじき前で,左右の前大脳動脈は短い横走する1本の連結枝,前交通動脈A. communicaris apteriorでたがいにつながっている.

S. 560

5. 中大脳動脈Arteria cerebralis media(図644)

 これは内頚動脈のいっそう太い方の終枝で外側に向かっている.外側大脳裂あ初まりのところで起り,この裂溝のなかを後上方にすすみ,その付近の大脳半球を養っている.

[図644]脳底の動脈(9/10)

 左側頭葉の前方の1部と左小脳半球の大部分を取除いてある.副神経は示してない.

 嗅野の部分ですでに多数の重要な枝を出すが,これらを穿通枝Rami perforantesといい,その近くにある大脳の灰白質の諸核に達するものである.

 変異:ときとして左右の前大脳動脈が短い距離だけ互匠合して1本の動脈になり,もっと先でふたたび2本に分れる.前交通動脈がときおり重複している.前交通動脈のいろいろな変異はヨーロッパ人で16.7%に,日本人で60.2%にみられる(Adachi).--後交通動脈はときとして1側で欠けていたり,後大脳動脈がこれから出ていたりする.後者のばあい後大脳動脈ははなをよだ細い枝だけで脳底動脈とつながっている.最後に述べた異常はヨーロッパ人で77%に,日本人で18.1%にみられる(Adachi).

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最終更新日 13/02/03

 

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