Rauber Kopsch Band1. 52

d)腹大動脈Aorta abdominalis

 横隔膜の大動脈裂孔を境としてそれ以下の大動脈の部分が腹大動脈Aorta abdominalisと名づけられる.これは第12胸椎の高さで始まり,第4腰椎の高さ,すなわち臍の高さよりごくわずか下方で正中線より左において左右の総腸骨動脈Aa. ilicae communesというもっとも強い枝を出し,突然に細くなって尾動脈に移行する(図600, 662).

 局所解剖:腹大動脈の前壁は下方にすすむにつれて腹腔神経叢, 膵臓と脾静脈,十二指腸の下部,小腸間膜根,左腎静脈,腹膜によって次々と被われている.

 下大静脈は腹大動脈の右側にあり,上方ではこの2つの血管のあいだに横隔膜の腰椎部の右脚がある.腹大動脈の初まりのところでは右後がわに胸管の初まりがあり,この管は腹大動脈とともに大動脈裂孔を通って胸腔にはいる.大動脈の上に密接して見事な交感神経叢があり,その両側には腰リンパ節および多数のリンパ管がある.腹大動脈は多数の枝を出すが,これを壁側枝臓側枝に分ける.壁側枝には下横隔動脈,腰動脈,総腸骨動脈があり,これらはすべて対をなすが,尾動脈は不対性の壁側枝として数えられている.臓側枝には腹腔動脈,上腸間膜動脈,下腸間膜動脈,腎上体動脈,腎動脈,精巣動脈(女では卵巣動脈)がある.これら臓側枝のうち前の3者は不対性の動脈である(図662).

 全例の3/4より多い例において大動脈の分岐点の高さが第4腰椎またはその下の椎間円板のところにある.このことはHeidsieckの研究によってふたたび確かめられた.だいたい9例に1例の割合で分岐部がもっと下方にあり,11例に1例の割合でもっと上方にある.大動脈の分岐点が右腎動脈の起始のところにある1例がHallerによって報告されている.

 分岐の状態に関するもっとも著しい変異の1つとして,腹腔動脈より上方で肺に行く1本の大きな枝を出しているものがある.この枝は食道とともに上方にすすみ食道孔を通って胸腔に達し,そこで2本の枝に分れ左右の肺の下葉の後部にいたる.大動脈の枝から分れた枝がふたたび大動脈の幹に戻っていることがある.

 男女の差:Heidsieckによると女では腹大動脈の大きな枝の起始および“分岐(総腸骨動脈の)”が概して男の場合よりもっと下方にある(Anat. Anz., 66. Bd.,1928).

 年令の差:老人では分岐点がいっそう下方にあることが多い(Adachi).

S. 595

[図662] 腹大動脈とその主な枝および腰神経叢の枝(3/8)

S. 596

臓側枝
1. 腹腔動脈Arteria coeliaca (図636, 662664)

 腹腔動脈は1~2cmの長さで短いが太い動脈で,大動脈が横隔膜を通りすぎてすぐか,あるいはまだ大動脈裂孔のなかを通っている所でその前壁から始まる(図663).

 これはまっすぐ前方に向い,小網の後方にあって肝臓の尾状葉の左縁に接している.また膵臓の上縁の上にのっていて,その両側に交感神経の腹腔神経節がある.

 腹腔動脈は1度に3本の枝に分れるか,あるいはまず1本の枝を出して,それから2本に分れる.その3枝とは左胃動脈・総肝動脈・脾動脈である.

 変異:胆腔動脈は起始のところでなおその一部が横隔膜で被われていることが多い.ときとしてこの動脈の枝が大動脈から直接に出る枝となっている.少数の例では腹腔動脈から2本だけの枝が出ていて,この場合に総肝動脈がほかの動脈(たいていは上腸間膜動脈)から出るのである.また腹腔動脈から4本の枝が出ていることもある.このさいにはもう1本別の胃動脈か十二指腸の動脈,あるいは1本ないし2本の横隔膜動脈がこの動脈から出ている.またかなり多くの例で腹腔動脈と上腸間膜動脈が1本の共通の幹をもって大動脈から起るのが観察されている.

a)左胃動脈Arteria gastrica sinistra (図663, 664)

 この動脈は腹腔動脈の枝としてはもっとも弱いが右胃動脈に比ぺるとはるかに太い.上方にかつ左に向かって,噴門にいたり,ついで胃の小選に沿って左から右にすすむ.その途中で枝を前後両がわに出し,右方ではこれに向かって来る固有肝動脈の右胃動脈とつながる.また比較的小さい枝を噴門と食道の下部に送っている.

 変異:ときとして左胃動脈が大動脈から直接に出ている(ヨーロッパ人では6.5%,日本人では7.5%, Adachi).ときどき重複しており,またこの動脈から第2の肝動脈が出ていることもある.

b)総肝動脈Arteria hepatica communis

 腹腔動脈の2番目に太い枝であるが,胎児ではこれがいちばん太い枝である.右に向かってある距離走ってから2本の主な枝,すなわち固有肝動脈A. hepatica propriaと胃十二指腸動脈A. gastroduodenalisに分れる.固有肝動脈は小網の肝十二指腸部のなかで右上方に向い,網嚢孔の前を通って肝門に達する.そのさい門脈の前方にあり,総胆管の左側に接している.第2の主枝,胃十二指腸動脈は幽門の後で膵臓の前を下方にすすむ.

1. 固有肝動脈A. hepatica propriaは少し走ってから右胃動脈を出し,肝門に入る前に左枝と右枝の2本の終枝に分れる.

α)右胃動脈A. gastrica dextra.この動脈は左胃動脈よりも弱くて,胃の幽門部の上縁に向い,小弯に沿って左胃動脈の方にすすんでこれとつながる.多数の小枝を胃の前後両面にあたえる.この動脈はときとして胃十二指腸動脈の枝となっている.

β)左枝R. sinisterは固有肝動脈の枝で肝門の左側で肝臓のなかに入る.ときどき小さい肝葉にも枝をあたえている.

γ)右枝R. dexterは固有肝動脈の2本の終枝のうちの太い方で,肝門の右側に向かってすすむが,肝臓の内部に入る前に2本ないし3本の枝に分れる.胆嚢管のそばを通るときに胆嚢動脈A. vesicae felleaeを出す.この動脈は胆嚢の自由面と付着面に広がっている.

S. 597

[図663] 腹腔動脈Arteria coeliacaとその枝 (3/5) 胃を少し下に引ぎ下げ,肝臓を少し上に折り返してある.

S. 598

2. 胃十二指腸動脈A. gastroduodenalis

 幽門の後方をへて胃の下縁に向かって走り,ここで2本の枝に分れる.

α)上膵十二指腸動脈A. pancreaticoduodenalis cranialis.この動脈は十二指腸の内側縁に沿い,十二指腸と膵臓の頭のあいだを通り,小枝によってこの2つの器官を養う.ふつう上腸間膜動脈から出る下膵十二指腸動脈とつながっている.

β)右胃大網動脈A. gastrQepiploica dextra.この動脈は左胃大網動脈より太い.大網の前葉をなす2枚の漿膜の間をうねりながら胃の大弯に沿って右から左に走り,枝を上方は胃に向かって,下方は大網に向かってあたえ,最後に脾動脈から出てくる左胃十二指腸動脈と合する.

 変異:総肝動脈はときおり上腸間膜動脈または大動脈から出ている.そのほかまた副肝動脈accessorische Leberarterien(ヨーロッパ人で19.2%に,日本人で29.8%にみられる,Adachi)が付近の動脈,とくに左胃動脈か上腸間膜動脈から出ている.総肝動脈の枝の一部がときどして近くの他の動脈から出ている.また総肝動脈が横隔膜への枝を出していることもある.

[図664] 腹腔動脈の分枝

c)脾動脈Arteria lienalis (図663, 664)

 これは腹腔動脈の3本の枝のうち最も太いもので膵臓の大部分と胃の左の部分,および脾臓に血液を送っている.うねりながら,そしてしばしば強く巻きながら,だいたい横走して,その下方にある脾静脈を伴って膵臓の上縁を左にすすみ,脾臓の近くで多数の枝に分れる.比較的大きい5~6本の枝が脾臓のなかに入り,そのほかの枝は胃底に向かっている.この動脈の枝には次のものがある.

α)膵枝Rr. pancreatici.これは多数出ていて,そのなかのかなり太い1本の枝が膵管に伴って左から右にすすんでいる.

β)短胃動脈Aa. gastricae breves.この動脈は数と強さがまちまちであって,一部は脾動脈の本幹から,一部はその終枝から始まり,概して左から右にすすみ,特に胃底に広がっている.

γ)左胃大網動脈A. gastroepiploica sinistraは大弯に沿って左から右にすすみ,胃の前後両面と大網に枝をあたえ右胃大網動脈と合流する.

S. 599

 変異:脾動脈が大動脈から独立した枝としておこる場合はヨーロッパ人で433例中7例あったが,日本人では252例中1例もなかった(Adachi).

2. 上腸間膜動脈Arteria mesenterica cranialis(図662, 665)

 上腸間膜動脈は太い動脈で,十二指腸の下行部以下の小腸の全体,および大腸の半分に血液を供給する.この動脈は腹腔動脈のやや下方で第1腰椎の高さで大動脈の前壁からおこる.

 局所解剖:この動脈の前壁には少しの長さだけ膵臓が接している.膵臓の下縁からこの動脈が出て来るところで十二指腸の終りの部の前を通って小腸間膜に達し,その両葉の間にはいる.動脈の幹は両葉のあいだを軽く左方に凸の弧をなして右下方に走りながら,多数のかなり太い枝を出して次第に細くなっていく.右腸骨窩のところでこの幹の下端は右下方に曲り,幹の凹側縁から出た枝の最後のものと吻合する.凸側縁から出る枝は空回腸を養い,凹側縁から出る枝は大腸の諸部,十二指腸と膵頭の一部を養う.そのさいこれらの枝は互いの間で多数の結合をもっている.

 この動脈の枝は次のものである.

a)下膵十二指腸動脈A. pancreaticoduodenalis caudalis.この動脈は幹の凹側縁から出る最初の枝で膵臓の後で出ている.膵臓と十二指腸の下行部の間で,後者の凹側に沿ってすすみ固有肝動脈から出る上膵十二指腸動脈につながる(598頁および図665参照).

b)空腸動脈,回腸動脈Aa. jejunales, Aa. ilicae(図665).空腸と回腸を養うもので,幹の凸側縁すなわち左側から出る多数の枝である.たいてい12~16本あって,たがいに近よって相並んで発し,腸間膜の両葉のあいだを通って腸にいたる.これらの枝は幹を少し離れてからそれぞれ2本の枝に分れ,その枝はそれぞれ隣のものから出る同じような枝と合して弓形をつくる.この動脈弓から新しい枝が始まり,わずか走ってからふたたび枝を出して,いっそう小さい弓形を新たにつくる.ついで同じようなぐあいにしてさらに広がっていく.こうして幹から3列ないし5列の動脈弓ができるが,この動脈弓はそれぞれ腸に近づくにつれて数は増加するが大きさは減少する.最後にいちばん小さい動脈弓からでる小枝が腸管の壁にはいり,そこで枝分れするのである.この強力に発達した3列ないし5列のアーチ型をした血管が腸の各部に対して平等にそして確実に血液を供給しまた血流を遅くすることになる.そのほかに多数の細い枝がでて小腸間膜の前後両葉を養い,またこの両葉のあいだにあるもの,特にリンパ節を養っている.

c)回結腸動脈A. iliocolica.この動脈は幹の凹側縁から出る最後の枝で,右下方にすすみ盲腸と回腸との合する所にいたる.動脈が腸に達する前に回腸枝と結腸枝の2本に分れている(図665).

α)回腸枝R. ilicusは回腸の末端部に向かっていて,上腸間膜動脈の幹の終りをなす部と結合して1つの弓をつくり,これが第1列のアーチに相当している.

β)結腸枝R. colicusは上方に向かっていて,そのすぐ上にある右側の枝と同じような結合をおこなう.この動脈弓の凸側縁から小腸の場合と同じようにその次の列となる動脈弓が始まるか,あるいはそれから直ちに小さな枝が出て回腸の末端,盲腸,上行結腸の初まりの部分を養っている.虫垂動脈A. appendicularisというかなり太い枝が虫垂に行く.

d)右結腸動脈A. colica dextra.これは腹膜の後を横にすすみ,上行結腸の中央部にいたり,その近くで上行枝と下行枝に分れる.これらの枝は近くの動脈と弓状につながり,その動脈弓から小さい新しい動脈弓がつくられるか,または直接に腸管壁にいたる枝が出る.

 右結腸動脈と回結腸動脈がしばしば1本の共通の幹をもって出ている.

S. 600

[図665] 上腸間膜動脈Arteria mesenterica cranialisの分枝(9/20) 横行結腸を上方に折り返し,腸間膜小腸を左に引き寄せてある.

S. 601

e)中結腸動脈A. colica mediaは結腸間膜の両葉のあいだを横行結腸に向かってすすみ,前に述べたと同じ関係で近くの動脈とともに弓状のつながりを作り,それぞれ1本の右枝と左枝を送りだす(図665, 666).

 右枝は右結腸動脈の上行部と合する.

 左枝はいっそう太い枝であって,下腸間膜動脈から出る左結腸動脈の上行枝に達する.この動脈弓もまた第1列のアーチ型が広く引きのばされたものということができるが,これから出る小さい新たな動脈弓,あるいは直接に出る枝が腸管壁にいたる.

 変異:上腸間膜動脈はときとして腹腔動脈といっしょになって大動脈から出ている.ほかの例では上腸間膜動脈が2本の幹をもって大動脈から出ている.しばしば胃十二指腸動脈,肝動脈というような普通では腹腔動脈に属している枝がしばしば上腸間膜動脈から出たり,またこの動脈が過剰枝を肝臓,膵臓,十二指腸に送っていることがある.--非常にまれではあるが脾動脈との吻合がみられる(Lenner, Läkaresällskapets Handlingar, 51. Bd.,1925).

3. 下腸間膜動脈Arteria mesenterica caudalis(図662, 666)

 この動脈はかなり太いものであるが,上腸間腸動脈に比べるとずっと細い.というのはこの動脈はただ結腸の下半と直腸の大部分を養っているだけだからである.これは腹大動脈の下1/3の初まりの部分,つまり第3腰椎または第3と第4腰椎のあいだで始まる(Heidsieck).まず左下方にすすみ大動脈の近くで左腸骨窩にはいる.

 左腸骨窩で上行枝を出し,ついで左総腸骨動脈の上を越えて,直腸の後壁に付いて小骨盤にはいる.この動脈は3本の枝を出す.

a)左結腸動脈A. colica sinistra.左結腸動脈は腹膜の後方で左の腎臓の前を左上方に向かって下行結腸に走り,遅かれ早かれ上行枝と下行枝に分れ,上腸間膜動脈の枝と同じような動脈弓を腸管の近くで作っている(図666).

 上行枝は中結腸動脈とつながる.下行枝はS状結腸に向い次に述べる動脈の最初の枝と結合する.

b)S状結腸動脈Aa. sigmoideae.S状結腸動脈は斜め下方にすすんでS状結腸にいたる.一部は附近の動脈とつながり,一部は小さい係蹄を作り,そこから腸にいたる細い動脈が出る.

c)上直腸動脈A. rectalis cranialis.上直腸動脈は下腸間膜動脈の終枝であって,直腸の後で小骨盤にはいり,初めは直腸間膜のなかを走り,2本の枝に分れて直腸の両側で下方にすすみ,多くの小さい枝を直腸にあたえている.これらの枝は内肛門括約筋のあたりに達するまでの部分でかなり規則正しい間隔をおいて出てたがいに横につながっている,それゆえもっと上方にある動脈弓とよく似た関係である.終りの方の枝は下方に向かって凸の係蹄を作り,肛門動脈の枝とつながっている.

消化管に沿う動脈の縦のつながり

 消化管に分布している動脈はこの管の広がりの全体を通じて末梢性の動脈吻合によってたがいにつながっている.上下の腸間膜動脈からでる小腸および大腸の動脈は直腸,結腸,空回腸に沿って,たがいに連なり合う1連の末梢性動脈弓を作り,この動脈弓は内腸骨動脈から発する直腸の動脈と直腸の下端で吻合している.上下の膵十二指腸動脈はこの結合をさらに上方に続けるもので,これが腹腔動脈と上腸間膜動脈との連続を癒している.また腹腔動脈の諸枝が胃の周りの動脈弓を作る.さらに噴門部では胃の動脈弓と食道の動脈の間につながりがある.食道の動脈はずっと続いた網を作って咽頭まで達している.このようにして側副循環路ができており,これによって外頚動脈の血液と内腸骨動脈の血液とがまじる.またこの仕組みによってこの縦の長いつながりをなしている各々の部分がほかの近くの部分のかわりに働くことができる.

S. 602

[図666]下腸間膜動脈Arteria mesenterica caudalisの分枝(9/20) 横行結腸を上方に折り返し,腸間膜小腸を右方に引きよせてある.

S. 603

4. 腎上体動脈Arteria suprarenalis (図662)

 この動脈は上腸間膜動脈のすぐ下で大動脈から始まり,ほとんど真横にすすみ横隔膜腰椎部の脚を越えて腎上体にいたる.

 腎上体では多数の小枝に分れて広がっており,また他の腎上体の動脈,すなわち下横隔動脈の腎上体枝と腎動脈の腎上体枝とにつながっている.

5. 腎動脈Arteria renalis(図662)

 これは太い動脈で上腸間膜動脈の起始より約1~2cm下方で発するがそのさい左右の腎動脈のうちで右のものがしばしば左のよりも上方で起こっている(Heidsieck).また大動脈の位置が左によっているため右腎動脈の方が左よりもいくぶん長い.

 左右の腎動脈はほとんど直角をなして大動脈を出て腎臓に向かっている.そのさい右の腎動脈は下大静脈の後を通る.しかし左右の腎動脈はそれに平行する腎静脈によって前方から被われている.腎門にはいる前に左右それぞれ4本ないし5本の枝に分れ,これらの枝の多くは静脈と腎盂のあいだにある.

 腎動脈が腎臓にはいる前に1本ないしそれ以上の小枝を腎上体にあたえるが,これを腎上体枝Rr. suprarenalesという.また腎臓の脂肪嚢にも同じく若干の小枝を送っている.

 変異:腎動脈が最初から1本の幹として出ないでまちまちな数の枝でおきかえられていることがある.その場合,同一の個体で左右爾腎動脈が大きな非対称性を示すことがまれでない.多くの起始をもっている場合にそれらがたがいに1列をなして並んでいるのが普通である.腎臓が下方にある場合には腎動脈はたいてい大動脈の下部からでており,総腸骨動脈からでていることさえもある.腎臓の位置が異常でなくても総腸骨動脈が腎動脈の1つを出していることが時としてある.また左右の腎動脈が大動脈の前がわから1本の共通の幹をもって始まっていたり,1本の腎動脈が内腸骨動脈から始まっているような例が少数ながら観察されている.しばしば腎動脈の少数の枝が腎門以外の場所で腎実質中にはいっている.

6. 精巣動脈Arteria Spermatica (=testicularis) (図662, 666, 669)

 これは細くて長い動脈で,腎動脈よりやや下方でたいてい大動脈の前壁の正中線のすぐそばで始まる.腰筋の前を下外側にすすみ,尿管と斜めに交叉し,最後に外腸骨動脈と交叉して鼡径管に達し,そこで下腹壁動脈の枝である挙睾筋動脈A. musculi cremasterisと吻合して精管に達し,ほかの精索の要素とともに陰嚢にいたる.ついで精巣の間膜縁で1群の枝に分れて精巣の線維性被膜を貫き精巣実質中にはいる.

 これらの枝のうちの1本は精巣上体の尾部にいたり,内腸骨動脈から来ている精管動脈A. deferentialisと吻合する.

 ではこの動脈が卵巣動脈A, ovaricaである.男の場合まりはるかに短くて腹腔中で留まる(図668).骨盤縁から内側に向い,うねりながら子宮広籔襞の両葉のあいだを卵巣の付着縁にすすみ,ここで3本の枝に分れる.そのうちの1本は卵巣の卵管端で卵巣の中にはいる.第2の枝は外側に向かって卵管の膨大部に伴っている.第3の枝が最も強くて,内側に向い子宮動脈のかなり太い1枝とともに卵巣の付着縁で卵巣の動脈弓Eierstockarkadeを作り,その凸側縁から太い動脈が卵巣門にはいってゆく.また比較的小さい枝が子宮黒径索とともに鼡径管にはいる.

 発生の途中で精巣と卵巣がまだ腰部にあるあいだは精巣(卵巣)動脈は短いのである.その後に生殖腺が下降してその位置が変化するのに伴って動脈は次第に著しく長くなる.

 変異:ときとして左右の精巣動脈が1本の共通な幹をもって始まっている.あるいは1側または両側に2本の精巣動脈があり,これが2本とも大動脈から出ていたり,そのうちの1本が大動脈から,ほかの1本が腎動脈から出ていたりする.

S. 604

またときとして精巣動脈が単一でしかもそれが腎動脈から出ていることがある.このことは右側にいっそう多くみられる.

壁側枝

 腹大動脈の臓側枝は一部が不対性であり,一部が対をしているが壁側枝はそれに反してすべて対をしている.しかし胸大動脈におけると同様にそれが必ずしも対称的にはなっていない.

7. 下横隔動脈Arteria phrenica abdominalis(図662, 663)

 この動脈は腹大動脈の初まりのところでその前壁からおこり,横隔膜の脚を越えてすすみ,横隔膜の下面に広がっている.左側のものは食道の後方におもむき,右側のは下大静脈の後にゆく.

 横隔膜の腱性部に達するまえに前枝と後枝の2本に分れる.前枝は横隔膜の前縁で筋横隔動脈と結合する.後枝は横にすすんで胸郭の側壁に達して肋間動脈の枝とつづいている.

 下横隔動脈の初まりのところから腎上体枝Rr. suprarenalesという小さい枝がでて,下行して腎上体に達する.左の下横隔動脈は食道に枝をあたえ,右側のものは下大静脈に枝をあたえる.そのほかの小枝が腹膜に達している.

 変異:その起始がいろいろな変化を示す.この動脈は別々に分れて出ていたり,1本の幹をもって出ていたりする.その共通な幹が大動脈から出ていたり,腹腔動脈から出ていたりする,別々に始まっているときでも,その2本ともが大動脈から出たり,あるいは腹腔動脈から出ていたり,また腎動脈から出ていることさえある.あるいはまた1側の下横隔動脈がこれらの源の1つから始まり,他側の動脈がそのほかの源から出ていることもある.ときとしてなお上に掲げない動脈の枝が横隔膜の下面に来ている.

8. 腰動脈Arteriae lumbales(図662)

 この動脈は各側にたいてい4本ずつあって,大動脈の後壁で始まり,それぞれ第1から第4までの腰椎体の上を外側に走り,間もなく大腰筋の後で深部に見えなくなる.第1と第2の腰動脈はそのほか横隔膜の腰椎部の脚に被われている.右側の腰動脈はすべて下大静脈がさらにその前方に重なっている.また大動脈が左にかたよっているので右側の腰動脈が左側のよ.やや長い.それぞれの腰動脈は肋骨突起のあいだの隙間に1本の背枝Ramus dorsalisを出している.この枝は非常に著しいもので,肋間動脈のこれに相当する枝と同じように背方にすすんで背筋群にいたり,なお1本の脊髄枝Ramus spinahsを出している.

 前方にある腰動脈の幹は腰方形筋の後を通るが,その最下のものはときとしてこの筋の前を通っている.こうして外側にすすんで下腹壁動脈の枝の方に向かっている.腰動脈は腹筋群のあいだに広がり,前方では下腹壁動脈と,上方では肋間動脈と,下方では腸腰動脈および腸骨回旋動脈と結合する.また腰動脈じしんもたがいにつながりあう.さらに第1と第2の腰動脈からは枝が腎臓の脂肪嚢・横隔膜・肝臓に達している.

 変異:ときとして左右の腰動脈が共通の小幹をもって始まり,ついですぐに2本に分れ,それから先きは正常の走り方をする.しばしば同じ側の2つの腰動脈が1本の幹をもって出ている.

9. 総腸骨動脈Arteria ilica communis

 これは右と左に1本ずつある.この動脈については体幹の下部と下肢の主要動脈として別の章に記載する.(606頁参照)

S. 605

e) 尾動脈Aorta caudalis (図666, 667, 669)

 これは腹大動脈の末端の背側からおこる小さな枝の形をしている.そこから出て第5腰椎の前と仙骨の前を下行して尾骨にまでいたる.

 尾動脈は壁側枝と臓側枝を送り出す.

臓側枝

 多数の小枝で直腸間膜のなかを前方にすすみ主として直腸の後壁に枝分れする.

壁側枝

 これには最下(第5)腰動脈と仙骨枝とがある.

1. 最下腰動脈Arteria lumbalis ima(図662)

 これは上述の腰動脈と同じような関係をなし,多くの場合いくぶん細いだけである.左右とも腸腰筋のなかで背枝と脊髄枝とに分れる.

2. 仙骨枝Rami sacrales(図669)

 仙骨の個々の部分に相当して出てゆく枝で,対をなしており,仙骨の前面で枝分れして,内腸骨動脈の枝である外側仙骨動脈Aa. sacrales lateralesとともに細い尾動脈の補いをしている.それゆえ外側仙骨動脈の枝が背枝を出しているのが普通である.

 変異:ときどき尾動脈が外側にかたよっていて一見左右の総腸骨動脈のうちの1本(たいてい左側の)から出ているごとく見えることがある.ところがこの場合は腹大動脈から左右の総腸骨動脈が違う高さで出ているためであることが容易にわかる.

 すなわち尾動脈が左総腸骨動脈から出ているように見えるのは左総腸骨動脈の大動脈からの起始が右総腸骨動脈の起始より.やや下方にあるに過ぎない.

尾骨動脈糸球Glomus coccygicum, Steißdrüse (図667)

 最後に尾動脈は左右の前仙尾筋の腱が尾椎の先端でたがいに合しているところにはいってゆき,腱と腱のあいだの隙間で糸玉のように強くふくれたものを作る.これが尾骨動脈糸球Glomus coccygicumの主な基礎である.

これには主要な小結節のそばにいっそう小さい幾つかの副小結節があるのが常である.

 Schumacherの研究(Arch. mikr. Anat., 71. Bd.,1908)によると尾骨動脈糸球は動静脈吻合の1つである.これはそこにはいってゆく動脈と,特別な構造の壁をもつ吻合血管の糸球状の塊り,およびそこから出る静脈とからなりたっている.この静脈は中仙骨静脈 に開いている.

 糸球にはいる動脈およびこれから出てゆく静脈は非常に弱い筋層しかもっていない.糸球をなす血管の壁は内皮の管と数層の円形細胞からできていてその間に結合組織線維がある.

[図667] 尾骨動脈糸球Glomus coccygicum 尾椎の前面(Luschkaによる)

S. 606

この細胞をSchumacherは平滑筋細胞の変形したものと考え,Krompecher(Verh. Anat. Ges.1932)はそれに対して出生後まで残存している血管芽細胞と考えている.糸球の血管をまとめている結合組織のなかには平滑筋細胞の束がみられる.

f) 総腸骨動脈Arteria ilica communis (図662, 669)

 左右の総腸骨動脈は第4腰椎の下端で始まり65°(男)から75°(女)までの角度をなしてたがいに離れて下外側に向い,4-6cm走ってから仙腸関節の高さでそれぞれ1本ずつの内腸骨動脈と外腸骨動脈とに分れる.

 局所解剖:総腸骨動脈は腹膜と腸の一部によって被われており,また内外の腸骨動脈に別れる所の近くで尿管と交叉する.左の総腸骨動脈の前には下腸間膜動脈がある,総腸骨動脈の初まりのところは腰椎の上にあり,それより下方では腰筋の内側縁にある.右総腸骨動脈の起始部の下に下大静脈の初まりがある.左の総腸骨静脈は右総腸骨動脈の下にはいる.

 総腸骨動脈はその分岐部にいたるまでは,リンパ節・尿管・腰筋にいくあまり目だたない小さな枝を出すだけである.ときどきこの動脈から腎動脈の1本あるいは腸腰動脈が出ている.

 変異:左右の総腸骨動脈の分岐部がときとして上の方に移っていることがあり,またいっそうしばしば下方に移っている.たいていは左側のものがいくぶん下方にある.総腸骨動脈の長さが2cmにまで滅じていたり,8cmにまで増えていたりする.非常にまれなことであるがその分岐が欠如している(607頁参照).

 この動脈の2本の枝が直接に大動脈から始まっていることはごく珍しいことである.

1-52

最終更新日 13/02/04

 

ページのトップへ戻る