Rauber Kopsch Band2. 02d

5. 舌Lingua, Zunge(図61, 69, 70, 7278,80,82,84,86)

 舌は横紋筋を主成分とし,表面は口腔粘膜で包まれて,豊富な血管と神経をもつ器官であり,やや長めで幅の広い形をして,口腔をほぼ充たしており,その底から上方に向かって突出している.前方はト顎と,後上方は頭蓋底と,後下方は舌骨とつながっている.

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後方のいっそう幅の広い部分すなわち舌根Radix linguae, Zungenwurzelをもって咽頭および喉頭と境している.また前端はP]みを呈して舌尖Apexとよばれ,歯列弓の中部まで伸びている.舌の根もとと舌尖との間が舌体Corpus linguae, ZungenSpitzeである.上面すなわち口蓋に向かっている面は舌背Corpus linguae, Zungenkörperとよばれ,その反対の面は下面Facles mylohyoidea linguaeと称される.舌縁Margo lateralis linguaeは歯列に密接している.

 舌はその筋肉のはたらきによって食物を摂りこみ,それを小さい塊りにして食道の方へ送ることにあずかり,また言語というものの成り立ちや,言葉を発する活動じしんにあずかっている.舌の粘膜ははなはだ敏感であり,同時に味覚のおこる主な場所である.機能系としてみた舌についてはA. Dabelow, Verh. anat. Ges.,1950を参照されたい.

a)舌の粘膜Tunica mucosa linguae(図69)

 舌背の粘膜には前方のいっそう大きい部分と後方の比較的小さい部分とが区別できて,前者は硬口蓋と軟口蓋に,後者は咽頭に向かっている.

 これを前舌Vorderzungeと後舌Hinterzungeということができるが,その境を示すものは正中線上にある深浅不定のへこみ,すなわち舌盲孔Foramen caecum linguaeである.この孔につづく短い管を舌管Ductus lingualisといい,若干数の舌腺の導管がこれに開いている.前後両舌部の境としてさらに舌盲孔から左右おのおの1本の溝が前外側に走っていて,舌の分界溝Sulcus terminalis linguaeとよばれる.また浅い中心線上の溝である舌正中溝Sulcus medianus linguaeが前舌を表面的に左右対称の両半に分けており,この溝は時として後舌でもごく明瞭にみられる.舌正中溝は舌体の内部を貫いて正中線にある固い結合組織性の隔壁すなわち舌中隔Septum linguae(図77)のために外面に生じたへこみである.もっともこの結合組織性の中隔は舌背まで完全に達しているわけではない.後舌から喉頭蓋Kehldeckelに向かってかなりよく発達した3つのひだが走っている.正中線上に1つあるのが最も著しくて正中舌喉頭蓋ヒダPlica glossoepiglottica medianaとよばれ,外側に左右1つずつあるのが外側舌喉頭蓋ヒダPlicae glossoepiglotticae lateralesである.正中と外側のひだによって境されて左右1つずつのへこみがあり,これを喉頭蓋谷Vallecula epiglotticaという.

 舌の下面で口腔底から離れているところは粘膜が薄くて軟くできていて,ここに正中面上のひだが1つある.これを舌小帯Frenulum linguae, Zungenbändchen(図78)といい,これが下顎骨の内面を被う粘膜との間に張られている.舌小帯の外側にぎざぎざしたひだ,すなわち采状ヒダPlica fimbriataがある(図78).これは動物の種類によって(たとえば擬猴類Halbaffenで)よく発達している下舌Unterzungeの遺物である.それに対して上方にある大きい舌体は上舌Oberzungeに当るのである.

 なお舌の粘膜は多数の,かつ多様の乳頭Papillenならびに腺を有することが著しい.

α)舌乳頭Papillae lmguales, Zungenpapillen (図69, 70, 74)

 現在では舌乳頭につぎの4種が区別されている

1. 糸状乳頭Papillae filiformes(図69, 70).これは最も小さいが,数の最も多い舌乳頭である.前舌の背面の全体にひろがっていて,そのために舌背の表がピロード様の観を呈する.

 指のような形をした細長い高まりで,その中軸をなして結合組織性の基礎すなわち結合組織性の乳頭がある.この結合組織性の乳頭の尖端がしばしばいくつかの結合組織性2次乳頭に分れている.結合組織でできた基礎の上を重層扁平孜上皮が被っている.この上皮が2次乳頭のあいだの部分を充たすので,そのときは分岐しない単一の舌乳頭ができているが,結合組織性2次乳頭の丈げがはなはだ高いときは,しぼしば舌乳頭じしんがいくつかの2次乳頭に分れていて,これらが共通の1幹ずなわち乳頭の株Papillenstockからでている.

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2. 茸状乳頭Papillae fungiformes(図69, 70).キノコ状あるいは棍棒状の舌乳頭であって前舌部の背面に散在している.生体の舌ではその色が糸状乳頭より赤くて,幅がいっそう広いのでたやすく見わけられる.茸状乳頭は丈けのひくい多数の2次乳頭をもっている.

3. 有郭乳頭Papillae circumvallatae(図69, 70).ふつう7~12個あって,それがV字形に折れまがった1本の線をなしてならんでいる.そのV字のまがり角は舌盲孔のすぐ前のところにあり,開いた角は前方に向かっている.この乳頭の1つ1つは円錐の形で,その尖端が下方に深く舌のなかに沈んでいるので円錐の底は周囲の舌表面よりごくわずかしか高まっていない.おのおのの乳頭が輪形をした濠Grabenによって囲まれている.この濠を境する内外の両壁は重層扁平上皮で被われて,そのなかに何百という味蕾がある.また多数の漿液性の腺が濠の底に開いて,分泌物をそとに出している.有郭乳頭の内部は大部分が結合組織でできていて,この結合組織は乳頭の自由面(濠に向かっていない表面)では多数の低い結合組織性2次乳頭をなして高まっている.しかしこの2次乳頭は重層扁平上皮のなかに入りこんでいるだけで,上皮の表面がそのために高まることはほとんどない.それゆえ有郭乳頭の表面はだいたいに平滑である.時として2個あるいは3個の乳頭が1つの共通の濠によって囲まれている.

4. 葉状乳頭Paplllae foliatae(図69).左右の葉状乳頭は舌縁の後部でいわゆる葉状部Regio foliataにある.そこでは粘膜がいくつかのFoliaをなし,結合組織性2次乳頭がある.葉状乳頭は人では発達がよわく,多くの猿ではかなりよく発達し,家兎ではとくに明瞭である.そしてこれらの動物でははなはだ多くの味蕾をもっている.

 変異:有郭乳頭の側方と後方になお不完全な分離状態にある茸状乳頭とおもわれる櫛状の高まりのみられることがあって,変質乳頭Papillae degenerantesとよぼれる.また舌盲孔のなかから突出している単独の乳頭を孤立乳頭Papilla solitariaという.

 盲孔と舌管は胎生時に甲状腺(中部)の原基にまで達していた上皮性の細胞索(はじめはその中に腔所があった),すなわち甲状舌管Ductus thyreoglossusの残りである.時として盲孔や舌管のところに甲状腺の小胞がみられることはヒ述の点から理解できる.

 舌の粘膜は他の口腔粘膜と同じく重層扁平上皮で被われ,その下にはまず固有層がある.固有層は舌背に終る舌の腱線維の大部分をふくむので,舌の筋肉に対しては腱膜といえる関係にあるので舌腱膜Aponeurosis linguaeとよばれる.また舌筋の腱の一部は膠原性,一部は弾性の線維であって,それが多数に結合組織性乳頭のなかにまではいりこんでいる.糸状乳頭を被う厚い上皮細胞層が2次乳頭の上方で角化した長い糸状の突起をつくっていることがまれでない.その状態は動物の舌で角化した糸状乳頭がひじょうに強く発達していることを思い出させるのである.茸状乳頭の上皮層はそれにくらべるといっそう薄くて,また角化していない.有郭乳頭の滑かな側面,また同じく葉状乳頭の側面,まれには有郭乳頭および茸状乳頭の上面にも味覚の末梢性終末装置である味蕾Geschmacksknospenがある(感覚器の項を参照せよ).

β)舌腺Glandulae linguales, Zungendrüsen(図69, 72, 74, 75, 78)

 舌には上皮性の腺と脈管腺とが存在する.前者は前方,側方,後方のものが区別され,後者はいわゆる舌小胞腺Zungenbalgdrüsenである.

 前方の舌腺は各側1つの特別な小群をなしていて,舌尖腺Glandula apicis linguaeとよばれ,多くの導管をもって舌小帯のそばに開いている(図78).側方の舌腺は葉状乳頭のあたりにあり,後方の舌腺は多数あって舌根および有郭乳頭の領域を占めている.

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 構造によって区別すると舌腺には粘液腺と漿液腺と混合腺とがある.舌尖腺は混合性のものである.舌根の腺は一部が漿液性,一部が粘液性である.漿液性のもの,すなわち蛋自腺は有郭乳頭のところに限つて存在する.ここでは大きい集りをなしている.その導管は有郭乳頭をとりまく輪状の濠や葉状乳頭の縦の溝のなかに開いているが,それらの管壁が線毛をもつ円柱上皮で被われていることがまれでなく,また時としては味蕾をももっている(W. Märk).

 舌の小胞腺は舌小胞Folliculi linguales, Zungenbälgeとよばれて,後舌の範囲にあって,後方は喉頭蓋,また側方は口蓋扁桃にまで伸びている.舌の小胞腺の全部を合わせてまた舌扁桃Tonsilla lingualisともいう(図69).個々の小胞腺は舌の表面の円みをおびた低い高まり(直径1~4mm)としてたやすく認められる.その中心にある小さい口から奥に入ると小胞腔があつで,ここは粘膜のつづきが腔所をとりかこんでいる.小胞腺じしんは固有層のなかにあるリンパ性組織の厚い板であって,この板が腔所をとりかこんで弯曲しており,またリンパ組織のなかにかなり多数の胚中心Keimzentrenの存在することがしばしばである(図75).粘膜の一部がこの弯曲した板の外面をとりまいて,これが小胞腺の線維被膜Faserhülle, Kapselをなしている.つまり舌小胞は粘膜壁の一部がリンパ性に変化して落ちこんだものであって,全体として扁豆形あるいは球形をなしている.個体が生きている間は絶えず多数のリンパ球がリンパ性組織からでて上皮を通りぬけて小胞腔に出る(遊出Diapedesis).そしてここから唾液に加わるのである(唾液小体Speichelkörperchen).小胞腔をかこむ上皮にはしばしば広い範囲にわたってリンパ球がひどく瀰漫していて,そのために上皮の境が分らないほどになっている.そのさい上皮が広い範囲で破壊することも容易におこるのである(Stöhr).しかしこの点については58頁のHellmannの説をも参照のこと.

[図72]上下の舌における各種の腺の分布 (A. Oppel, Festschrift Kupffer 1899による.但し少しく変更してある)漿液腺は点状,粘液腺は横の破線,混合腺は斜めの格子状で示す.X-Yの線は小胞腺の領域の前方境界である.異なる種類の2つの腺が重なり合うところでは上にあるものだけが見えるようにして,下にかくれている分は点線をもってその輪郭を示してある.

[図73]舌の神経支配を示す模型図剖出および機能検査による (R. Zander) 舌神経の分布する範囲は横線をもって示し,舌咽神経の範囲は斜めの線,迷走神経のそれは小さい点をもって示してある.単一の神経が支配している舌粘膜の部分は記号が1種であるが,重複支配の部分では記号が重なり合っている.

 腺体が深いところにある粘液腺の導管が時として小胞腔に開口している.

 舌粘膜の血管としては舌動脈からの細い枝がここにきている.粘膜下組織にあるかなり太い小幹からおこる枝がすべての乳頭に達し,その2次乳頭のなかまで伸びている.上皮性の腺の終末部をとりまいて豊富な毛細血管網がある.また細い動脈が小胞腺の線維被膜を貫いて入り,リンパ性組織のなかで毛細管になっている.リンパ管は表層と深部にそれぞれ1つの網をつくっている.とくに舌根のリンパ管は豊富である.しかしこれと舌体のリンパ管とのつながりはわずかしかない.

 舌粘膜の神経は三叉神経の第3枝からくる舌神経と舌咽神経および迷走神経である.それらの経過中に小さい神経節があり,腺の分泌神経,単純な知覚神経,あるいは特殊の感覚神経として終わっている.舌神経は舌尖と舌体への味覚神経および知覚神経であり,舌咽神経は舌体の最も後部と舌根への味覚神経および知覚神経である.

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[図74]上下の舌で1個の有郭乳頭をとおる断面

[図75]上下の舌扁桃の小胞群

舌神経から内側にでる枝の一部は正中線をこえて4~7mmも反対側に達している.舌咽神経は舌根の粘膜に枝をあたえ, また舌体の後部で分界溝の前,すなわち葉状乳頭や有郭乳頭のある部分に分布している.なお迷走神経の枝である上喉頭神経がいつも舌根の一部を長さ1.5cm,幅1cmの広さだけ支配している(図73).

b) 舌筋Musculi Iinguales, Zungenmuskeln(図7678,82,84)

 外舌筋と内舌筋とに区別される.前者は骨からおこって舌腱膜に終わっており,後者は舌腱膜でおこり,またそこに終るのである.個々の筋線維が何本かの枝に分れて,そのおのおのが膠原線維あるいは弾性線維からなる細い腱をもって終わっている.

a)外舌筋äußere Zungenmuskeln

1. オトガイ舌筋M. genioglossus. すべての舌筋のうちで最も有力なものであって,下顎骨のオトガイ舌筋棘から左右のものがごく接近しておこり,扇状にひろがって最も前方の線維は舌尖に,最も後方の線維は舌の根もとに達している.

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2. 舌骨舌筋M. hyoglossus.薄くて幅の広い筋でほとんど4辺形の板をなし,舌骨の大角およびその近くの舌骨体の部分からおこって上方かつ前方にのぼり,オトガイ舌筋の外面に接し,縦走および横走する筋束に貫かれて,舌の外側部の粘膜に達している.

 この筋は下方の角のところ以外は顎舌骨筋および顎二腹筋によって被われており,また顎下腺の一部がこの筋の上に接している.この筋の上方を (下から上に数えると)舌下神経・顎下腺管・舌神経が通っている.またこの筋じしんがオトガイ舌筋・舌骨咽頭筋の起始部・舌動脈・舌咽神経を被っている.

3. 茎突舌筋M. styloglossus.これは側頭骨の茎状突起および茎突下顎靱帯からおこって,内側翼突筋のうしろを下前方にすすみ,舌縁に沿って舌尖に向い,そこまで達している.

 変異:この筋の起始が外耳孔の近くや,また下顎角にまで及んでいることがある.そういう場合にはこの筋が1つにまとまっていないで,分れていることがある.またこの筋は時として欠如している.過剰の外舌筋としては麦粒舌筋M. triticeoglossusが時としてみられる.これは喉頭の麦粒軟骨からおこって舌骨舌筋とともに舌にいたるものである.

[図76]舌および咽頭の筋肉(I) 左側からみる(5/6)

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β) 内舌筋innere Zungenmuskeln(図7678,82,84)

1. 浅縦舌筋M. longitudinalis superficialis.この筋の線維束は粘膜の近くを舌尖から舌骨のあたりまで縦走している.舌骨の近くではその層の全体が薄くなる.

この筋は舌骨舌筋およびオトガイ舌筋の上行する筋束によって貫かれている(図82,84).

[図77]舌と咽頭との筋肉(II) 前下方よりみる(5/6)

2. 深縦舌筋M. longitudinalis profundus.平らな形をしてかなり長い特別な1筋束であって,オトガイ舌筋と舌骨舌筋とのあいだにあり,舌の根もとから舌尖まで伸びている.前方ではこの筋が茎突舌筋の線維束とつながっている(図76, 78).

3. 横舌筋M. transversus linguae(図82).浅深の両縦舌筋のあいだの場所を占めて横走する多数の筋束より成り,力つよい1系をなしている.その大部分が固い結合組織性の舌中隔Septum linguaeからでて舌縁と舌背の粘膜に達している.

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 その筋束および筋束の集まった板がオトガイ舌筋の筋板と直角に交わっており,また側縁の近くになると舌骨舌筋の束が横舌筋のなかを貫いている.舌根の近くでは横走する筋束が舌縁を離れてゆき,一部は(舌口蓋筋)軟口蓋に,一部は(頭咽頭筋の舌咽頭部)咽頭壁にいたる(図76).横舌筋の筋束の一部は舌中隔によって中絶されずに中央の線をこえて他側に入っている.ことにそれは舌尖において著しい.

4. 垂直舌筋M. verticalis linguae.これは舌の遊離部において舌背から舌の下面まで走る筋束からなっている.

 舌の動脈は主として舌動脈からくる.しかし顔面動脈および上行咽頭動脈からも細い枝がきている.静脈はこれらの動脈に相当する静脈に流れこむのである.舌の運動をつかさどる神経は舌下神経である.

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最終更新日 13/02/03

 

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