歴史的な偉大な解剖学書
橋は脳底にある1つの強大な膨らみであって白くみえ,下方は延髄,上方は左右の大脳脚からはっきりと境されている.しかしいま述べた諸性質は橋底部Pars basialis pontisだけのことである.橋背部Pars dorsalis pontis(すなわち橋被蓋Brückenhaube)は菱形窩の上部を境している.橋の外側の境界は,左右とも三叉神経と顔面神経の両者の根が出るところをむすぶ線,すなわち三叉神経-顔面神経線Trigeminus-Facialislinieによって定められる.この線より外側にあって,小脳に達する橋の部分は橋腕Brachium pontisと呼ばれる.
橋の腹方面は横および矢状方向に強く膨らみ,横走する強い線条が目立っている.この横走する線条は全体的にいえば橋腕への道をとっている.そのさい上部の線維束は背方に向うと同時に下方に傾いている.中央部の1つの束がこの傾向を特に強く示し,横走する他の線維の上を越えて顔面神経が出る場所に向かって進んでいる.これが橋斜束Fasciculus obliquus pontisである.
[図410] 図408に示した脳の正中断面の一部を拡大したもの 脳弓柱没部Pars tecta columnae fornicisおよび乳頭視床束Fasciculus mamillothalamicusは,これらを被っている第三脳室の側壁の部分を取り除くことによって,見えるようにしてある.髄ヒモTaenia medullarisは第三脳室脈絡叢を剥ぎとることによって,見えるようにしてある.小脳では,虫部垂を取り除き,虫部小節をうしろに曲げて,第四脳室外側陥凹Recessus lateralis ventriculi IVへの入口を比較的よく見られるようにしてある.
橋の腹側面には正中線を縦走する1つの溝,すなわち正中溝Sulcus medianusがある.橋の上方の境界には橋外側糸Fila lateraliApontisが走っている(図422).橋外側糸は結合腕と橋腕とのあいだの溝において始まり,橋の上縁に沿って走り,大脳脚に移行している.
橋の腹側面の長さは20~30mm,その幅は30~36mm,その厚さは約25mmである.橋の背面における境界は,下方は髄条により,上方は脳室底の上端によって示されている.骨格との局所関係では,橋は斜台の上部の上にのり,鞍背の上縁にまで達している.
[図411]脳梁Corpus callosum(上からみる),および半卵円中心Centrum semiovale左右の大脳半球の上部を脳梁の上面の高さまで取り除き,脳梁膝と脳梁膨大を被うところの帯状回の部分を取り去ってある.
(日本人の小脳の大きさ:最大横径(両外側角間の距離)は平均9.88cm,前後径は虫部において平均3.6 cm,前縁と後縁との中間点のあいだの距離は平均左4. 97cm. 右4. 95cm,背腹径は虫部で平均3.51 cm,半球前部で平均左4.82cm,右4.83cm,半球後部ではそれぞれ3.91cm,3.87cm,重さは平均男134.7gr,女122.2gr,容積は平均男128.6ccm,女117.0 ccmである.(小川鼎三,細川宏:日本人の脳,23~26,165~166,1953))
小脳は横臥した楕円体が鉛直の方向におしつけられた形をしている.その長軸(9~11cm)は左右に,短軸(4~6cm)は前後に向い,その厚さの軸(約3cm)は上下の方向にある(図408, 409, 410, 417, 418, 426, 427).
位置:小脳は延髄を被い,さらに両側に強く突き出て,後頭鱗の小脳後頭窩をほとんど完全に満たしている.上方は小脳天幕Tentorium cerebelliに接し,小脳扁桃は時として大後頭孔の中にまで入りこんでいる.
小脳の重さは,男と女でほぼ同じであり,120~150grである.
小脳に上面Facles superiorと下面Facles inferior,前縁と後縁とを区別する.その前縁には前小脳切痕Incisura cerebelli anteriorがあり,後縁にはそれより深い後小脳切痕Incisura cerebelli posteriorがあって切れこんでいる(図418).
前と後の両小脳切痕のあいだにある小脳の中央部Mittelteilは,数多くの横走する溝があって環形動物を思い起させるので,虫部Vermis, Wurmと呼ばれる.背方では上虫Oberwurmが2本の浅い溝によって,腹方では下虫Unterwurmが2本の深い溝によって,小脳の外側塊,すなわち左右の小脳半球Hemisphaeria cerebelli(図426, 427)から分けられている.
小脳の両面は円くふくらんでおり,殊に下面がいっそう強くふくらんでいる.しかし下面全体のふくらみが1つの深く落ちこんだ部分によって中断され,この部分は後方で後小脳切痕に移行している.この落ちこんだところは小脳谷Vallecula cerebelli, Talと呼ばれる.小脳谷の底には下虫がある.
小脳は数多くの小脳溝Sulci cerebelliという切れこみによって多数の幅の狭い回転,すなわち小脳回Gyri cerebelliに分たれている.
一つの小脳回は平均2~3mmの幅をもっている.そのあいだの溝は2~27mmの深さであるが,ある場所では溝がごく浅くて,その存在がやっと認められる程度である.
小脳半球の上面では,1つの深い溝によって四角形の部分が半月形の部分から分けられている.前者を四角小葉Lobulus quadrangularis(図418)といい,これが上記の深い溝にほぼ平行したいっそう小さい溝によって,前部Pars anteriorと後部Pars posteriorとに分けられる.四角小葉の前方には結合腕のすぐ上方に中心小葉翼Ala lobuli centralisがある(図427).
四角小葉のうしろには上半月小葉Lobulus semilunaris superiorが続いている(図418).この小葉に隣接する下半月小葉Lobulus semilunaris inferior (図426)は主として小脳の下面に属しており,上下の半月小葉のあいだを境する小脳水平溝Sulcus horizontalis cerebelliは長くて深い溝であって(図418),この溝はなお両半月小葉の範囲を越えて橋腕にまで延びており,これをさらに越えて腹方の正中線にまでも達していることがある.この小脳水平溝にその他の大きな溝がみな合している.
小脳半球の下面にはしばしば2つの部分よりなる二腹小葉Lobulus biventer(図426),および馬蹄形に並んだ小脳回の1群よりなる小脳扁桃Tonsilla cerebelliが続いている.二腹小葉と小脳扁桃の前方には,下葉の前部として片葉Flocculus, Flockeがある.これは橋腕の下面に接していて,これが内側は白い髄質の片葉柄Pedunculus flocculi, Flockenstielにつダいている.片葉柄は内側は1枚の薄い板,すなわち後髄帆Velum medullare posterius, hinteres Marksegelに続き(図427),後髄帆じしんが下虫の小節とつながるのである.
しばしば片葉の外側にあたって,二腹小葉と四角小葉とのあいだの角のところに,橋腕の上に接してなお他の小脳回の特別な小さい1群があって,これは副片葉Flocculus secundarius, Nebenflockeとよばれる.
虫部の回転Gyriは,小脳半球の回転と続いている.下虫では虫部と半球とのあいだに深い溝があるが,回転の続きはかなりはっきりとみられる.
上虫には次に述べる部分がある(図408参照):すなわち
1. 小脳小舌Lingula cerebelli, Züngelchen(図422).これは両側の結合腕のあいだで前髄帆の上にある4~6個の低い回転よりなる.小脳小舌の後部をなす小板の外側には,左右それぞれ1つの低い細長い高まりがある.これを小脳小舌ヒモVinculum lingulae cerebelliという.
2. 中心小葉Lobulus centralis, Zentralläppchen(図427),これは前髄帆の上方にあり,左右各側がそれぞれ中心小葉翼Ala lobuli centralisに続いている.
3. 小山Monticulus, Berg(図418).これは上虫のなかで最も大きな部分である.これに山頂Culmen, Gipfelと山腹Declive, Abhangとを区別し,これらの回転群は左右両側の四角小葉のあいだをつないでいる.山頂は四角小葉の前部に,山腹はその後部に属する.
4. 虫部葉Folium vermis, Wipfelblatt(図408).これは両側の上半月小葉の内側端をつなぐ狭い橋をなしている部分であって,その上下両面には横走する溝がある.
下虫には次の各部がある:すなわち
1. 虫部隆起Tuber vermis, Wulst(図426).その回転は両側の下半月小葉をつないでいる.
2. 虫部錐体Pyramis vermis, Pyramide(図426).これは後方に向かって強く突出した回転群をもち,これらの回転が両側の二腹小葉をつないでいる.
3. 虫部垂Uvula vermis, Zäpfchen(図426).これは細長い形の横走する回転群で,左右の小脳扁桃の後端部をつないでいる.
4. 虫部小節Nodulus, Knötchen(図427).これは密に集まっている回転群で,モミ(縦)の実に似た形をしており,後髄帆と片葉柄を介して左右の片葉を連ねている.
これは一部は小脳半球のなかに,一部は虫部のなかにある.
1. 小脳半球の髄体は半球とだいたい同じような形をしていて,内側は虫部の髄質につづき,3つの対をなす強大な柄Stieleによってそれぞれ延髄,橋および中脳と続いている(図427).延髄に達する柄,すなわち索状体Corpus restiforme(327, 337頁)と橋に達する柄,すなわち橋腕Brachium pontis(330, 335頁)とについてはすでに述べた.中脳に達する柄は結合腕Brachium conjunctivumと呼ばれる.これら3対の柄は小脳の内部に達して,小脳半球の髄質と虫部の髄質の基をなし,表面の高まり(回転)Randwülsteにいたる途中で髄板Laminae medullaresという板に分れる.この髄板がさらに2次および3次の髄葉に分れている.髄板は灰白質に被われ,かくして小脳の回転Gyriができている.
髄板を除いた髄核は10~15mmの厚さがある.これは小脳半球じしんの厚さのおよそ1/3である.--小脳半球の髄核から出る1次髄板Primäre Blätterの数は10と15のあいだを変動する.終末の髄板Endleistenと回転Gyriは小脳半球を通る最大の断面上でおよそ315個かぞえられる.
2. 虫部の髄体は小脳半球のそれよりもはるかに小さくて,2~3mmの厚さである.矢状断面ではきれいな樹木の模様,すなわち生命樹Arbor vitae, Lebensbaumを示す(図408).
[図412]左と右の側脳室Pars lateralis ventriculi telencephali,上方から開いてある.右側では島をあらわしてある.
1. 橋腕Brachium pontis, Britckenarm,すなわち橋小脳脚Crus pontocerebellare.これは最も強大であって,四角小葉, 二腹小葉および小脳扁桃の前縁で小脳半球の髄核から出て,片葉と片葉柄と副片葉とに被われて内側かつ腹方へ走り橋に達する.小脳から出るところでは小脳脚全体のなかで最も外側にある.
2. 結合腕Brachium conjunctivum(cerebelli), Bindearm,すなわち小脳大脳脚Crus cerebellocerebraleは楕円形の断面をした索である.これは橋腕の内側で小脳の前縁から出てゆく.
髄核から出るところでは,両側の結合腕はたがいに約1cm離れていて,上方に向かって相近づき,四丘体の下にかくれる所ではたがいに接触するまでに相近づくのである.
両側の結合腕のあいだに張っている薄い板はちょうど2つのたなのあいだに張られた膜の形であって,これを前髄帆Velum medullare anteriusといい,その背面の上に小脳小舌が載っている(図422).
[図413]小脳内部の灰白質の諸核 小脳の髄質核を通る水平断面.(9/10)
[図414]側脳室Pars lateralis ventriculi telencephali,透明中隔Septum pellucidum,室間孔Foramen interventriculare 脳梁幹を取り去ってある.*印は脳梁の断面.
3. 索状体Corpus restiforme, Strickkörper,すなわち髄小脳脚Crus medullocerebellareは内側から出る結合腕と外側から出る橋腕とのあいだにあり,後下方に走り,直角に曲がって小脳の髄質を出る.その曲るところでは結合腕と交叉している(図415).左右の索状体は下方に向かってたがいに近づき,延髄の中央の高さで次第になくなる.
1. 歯状核Nucleus dentatus, Kleinhirnoliveは各小脳半球の髄体の内側前方の部分にあり,やや長めで圧平された円形の構造物であって,その表面が波形に曲り,内側は開いている.ここが歯状核門Hilus nuclei dentatiである.
歯状核をなしている灰白質の板の厚さは0.6mmである.その最長径は斜めに前方に傾いて,その前端が鈎形に曲がっている.またその下内側面は室頂核のすぐ近くにある.この核のすぐまわりを包む髄質,すなわち羊皮部Vliesregionはその一部が同心性に重なった弓状の線維層としてばらばらに分けることができる.これに対して歯状核に取り囲まれる髄質の部分は髄質核Markkernをなしている.
[図415]小脳脚および脳幹内の若干の伝導路を線維束分離法によって示してある(Büttner, Z. Anat. Entw.1927による).
2. 室頂核Nucleus fastigii, Dachkernは第四脳室蓋のなかにあり,脳室上皮の上方でこれに近く小脳の髄体のなかにある.
これは平たい楕円体に似た形をしていて,正中面の近くにまで達しており,白質のなかに半透明で黄色を帯びた条として見える.その長さは9~10mm,幅は5~6mm,厚さは3mmである.その後端はいくつかの尖頭となって終わっているのが普通である.
3. 栓状核Nucleus emboliformis, pfropfkernは歯状核のすぐ内側にあり,歯状核の上内側端と細い線条部によってつながっている.
その底は前方に,その尖端は後方に向いている.栓状核の長さは13~18mm,その最も厚いところは3~4mmある.
4. 球状核Nuclei globiformes, Kugelkerneは室頂核の外側面に接していて,また栓状核の内側下がわに接して存在する.
その長さは12~14mm,最大幅はおよそ4mm,最も厚いところは約6mmある.
[図416]側脳室Pars lateralis ventriculi telencephali,第三脳室脈絡組織Tela chorioidea ventriculi III
両側の脳弓柱を室間孔のところで切断し,左と右の脳弓体Corpus fornicisを後方に折り返してある.
1. 後髄帆Velum medullare posterius(図427).
これは髄質の薄い小板で,外側は片葉柄に,内側は小脳の虫部小節に付着しており,下方には第四脳室脈絡叢とつながっている.その付着縁は菱脳ヒモの前方の部分である.後髄帆はその幅に広狭の差があるが,多くのばあいはなはだ繊弱な膜で,第四脳室の薄い蓋板の前外側部に当たっている.
[図417]脳底を示す. 視索および島はこれらを被う前頭葉および側頭葉の部分を取り去って剖出してある.
2. 前髄帆Velum medullare anteriusは第四脳室の上部を上から被うのにあずかって左右の結合腕が縦走してつくる梁柱と小脳とのあいだに張られ,背方は小脳小舌に被われ,且つこれと癒合している(図410, 422).
前髄帆の上端から下丘に,幅2mmの前髄帆小帯Frenulum veli medullaris anteriorisが延びている(図428).
最終更新日 13/02/03