Rauber Kopsch Band2. 57

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X.迷走神経N. vagus(pneumogastricus) (図223226, 524526, 527, 534, 536)

 迷走神経は初めから混合性である.その起始核Ursprungskerneについては上記424頁を参照されたい.迷走神経は延髄の後外側溝において10~15本の根束をもって表面に現われる.これらの根束が集まって作る平たい神経幹は小脳の片葉の下を通って頚静脈孔の前方部,すなわちこの孔の神経部Nervenabteilungに達し,ここでは副神経とともに1つの共通な硬膜鞘に包まれている.この鞘は迷走神経と舌暉神経とのあいだを隔てる.頚静脈孔の初まりのところでこれらの根束は1つのかなり大きい神経節に入る.これが頚静脈神経節Ganglion I jugulareであって,脊髄神経節に相当しており,迷走神経の知覚性線維の大部分のものの起始核である.

 頚静脈孔から出たのちに迷走神経は副神経の内側枝をその幹に受け入れる.次いでふくらんで長く延びた節状神経節Ganglion nodosumとなる.この神経節もやはり偽単極の神経細胞をもっている.節状神経節では迷走神経の多くの枝は,たとえば上喉頭神経,咽頭枝などは単にこの神経節に接して通り過ぎるだけである.

 節状神経節に接し,あるいはその内部に,または頚静脈上球に接して,クローム染色で染まらない若干のパラガングリオンParaganglienがあり,これに対してWatzka(Z. Zellforsch., 36. Bd.,1951)はParaganglion nodosum(節状パラガングリオン)という名前を提唱した.

 局所解剖:頚静脈孔の下では迷走神経は内頚静脈の前方,舌下神経の外側にある.舌下神経は次いで節状神経節の後面に接しつつ迷走神経の外側面に移ってゆく.迷走神経はここでは内頚動脈(さらに下方では総頚動脈)と内頚静脈とのあいだの溝のなかにあり,交感神経幹の前方を下行する.そして右側のものは右鎖骨下動脈の前方,左側のものは左鎖骨下動脈の前方を通って胸腔に入る.胸腔内では左の迷走神経は大動脈弓の前方ないしその左側の面の上にある.胸腔のなかでは左右の迷走神経はそれぞれのがわの気管支の後壁に接し,次いで食道に接してこれに伴って走り,多くの枝を出して細くなって腹腔に入る.

 迷走神経は全体としてみると生理学的には次のような種類の線維を含んでいる:1. 喉頭・咽頭・食道および胃・腸の上部への運動性の線維,2. 甲状腺(?).胃腺・膵臓・腎臓への分泌性の線維,3. 心臓への抑制神経線維,4. 血管神経,5. 知覚性の線維である.

 迷走神経の広汎な分布領域Verbreitangsgebietに従ってこの神経の幹とそれからでる枝とを頭部・頚部・胸部および腹部に分けて述べる.

a)迷走神経の頭部Kopfteil des Vagusは延髄からでるところから節状神経節の上端まで.この部分には次のものがある:

1. 硬膜枝Ramus meningicus.これは頚静脈神経節から頭蓋腔に逆もどりして横静脈洞と後頭静脈洞のところに分布する.

2. 耳介枝Ramus auricularis.これは頚静脈神経節あるいはそのすぐ下方から発し,多くのばあい舌咽神経の外神経節からの1つの交通枝を受けとり,頚静脈上球の前外側壁に接して乳突小管の内側の口に達する.耳介枝はこの小管を通ってすすみ顔面神経と交叉し,またこれと結合して,鼓室乳突裂において乳突小管の終末の口から外に出て,直ちに2本の小枝に分れる.その1つは顔面神経の後耳介神経と結合し,もう1つの太い方の枝は耳介の後面と外耳道の後下壁とに分布する.

3. 舌咽神経との交通枝Ramus communicans cum n. glossopharyngicoは1~2本の細い小枝で外神経節からでて迷走神経にいたる.

4. 上頚神経節との上交通枝Ramus communicans superior cum ganglio cervicali cranialiは交感神経の上頚神経節からでる頚静脈神経と迷走神経の頚静脈神経節とを結合する枝である.

5. 副神経との交通枝Ramus communicans cum nervo accessorio.副神経の内側枝は頚静脈神経節のすぐ下方で迷走神経に移行する.また迷走神経からの少数の細い枝が副神経の外側枝に達する.

b)迷走神経の頚部は節状神経節から下喉頭神経の出るところまでである.

 節状神経節は細い枝を次のものに送っている.

α. 交感神経幹の上頚神経節にゆくもの,これは上頚神経節との下交通枝R. communicans inferior cum ganglio cervicali cranialiと呼ばれる;

β. 舌下神経にいたる枝,これは舌下神経との交通枝Rami communicantes cum nervo hypoglossoである.

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[図524]交感神経幹の上部・舌咽神経・迷走神経・副神経・舌下神経(1/2) (HirschfeldおよびLeveilléによる)

 比較的大きな枝は:

1. 咽頭枝Rami pharyngici(図524).

 多くのばあい迷走神経からは各1本の上咽頭枝下咽頭枝とが出る.これらは咽頭の側壁に達し,舌咽神経および交感神経からの咽頭枝と結合して咽頭神経叢Plexus pharyngicusを作っている.

 咽頭神経叢は目のあらい網をなして舌骨咽頭筋の外面にあり,多くは1個あるいはそれ以上の数の神経節をもっている.この神経叢からは多数の小枝が出て,一部は筋肉に,一部は粘膜に達する.咽頭の輪走筋の内部ではそこに入りこんだ細い枝が目の細かい叢を作り,その結節点(網を作る各神経が相交わる場所)には神経細胞がある.同じような神経叢が粘膜下組織にもあって,神経細胞を豊富にもっている.両種の神経叢はその他の腸管にある腸筋神経叢Plexus myentericusと粘膜下神経叢Plexus submucosusとに相当するのである.

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[図525]頚部の神経(3/4) (HirschfeldおよびLeveilléによる)

 胸鎖乳突筋はその上部以外は,広頚筋とともに取り去り,胸骨柄の右半分と鎖骨の胸骨端とは取り除いてある.

 上咽頭枝の枝は口蓋帆挙筋と口蓋垂筋とに達する.1本の細い枝が上上皮小体にまで追求された(Braeucker).また咽頭神経叢からのいくつかの枝が甲状腺に達する.また迷走神経の咽頭枝の1つからは迷走神経の舌枝Ramus lingualis n. vagiも発する(Luschka).この舌枝は舌咽神経の咽頭枝から1本の細い枝を受け入れて,舌下神経のところにいたり,2本の小枝に分れる.その1本は舌下神経といっしょに末梢にすすみ,他のものは交感神経外頚動脈神経叢に入る.

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2. 上喉頭神経Nervus laryngicus cranialisl(図524, 526, 536)

 上喉頭神経は節状神経節の下部で迷走神経から分れ,交感神経の上頚神経節および咽頭神経叢Plexus pharyngicusから細い枝を受けとった後に,2本の枝に分れる.それは外枝Ramus externusと内枝Ramus internusとである.この2枝に分れる前に細い頚動脈枝Ramus caroticusを総頚動脈神経叢に送りだしている.

 上喉頭神経の起始の近くで,この神経および迷走神経の幹から短い2根をもって抑制神経N. depressorが発する.これは心臓にいたる神経の1つであって,その中枢がわの部分を刺激すると血圧が著しく下降するのである.

 外枝Ramus externus(図524)は交感神経の上頚神経節から1本の細い枝を取り入れ,喉頭咽頭筋と輪状甲状筋とに分布する.この枝からさらに細い枝がでて甲状腺に達する.

 内枝Ramus internus(図524)は外枝よりもずっと太くて,舌骨甲状膜を貫いて喉頭蓋の粘膜に声門裂のところまで分布し,また喉頭の後壁を被う粘膜にも分布する.下喉頭神経との交通枝Ramus communicans cum nervo laryngico caudaliは後輪状披裂筋の後面の上を下方に走る(図526).

 Hoferが機能の検査をした結果によれば,内枝の支配する粘膜の範囲は声門裂を越えてさらに下方まである距離だけ伸びている.(Monatsschr. Ohren. heilk., 63. Jahrg.,1929).内枝からも細い小枝が出て甲状腺に達する(Braeucker).この神経の喉頭粘膜における細かい枝分れの中にGanglia n. laryngici cranialis(上喉頭神経神経節)という小さい神経節が散在している.

[図526]喉頭神経の分枝(3/4)

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3. 反回神経N. recurrens.(図88, 224226, 524, 526, 527)

 反回神経が迷走神経から発する高さは(右側は)鎖骨下動脈の初めの部分の前方,(左側は)大動脈弓の終りの部分の前方である.そして右の反回神経は鎖骨下動脈を回ってわなを作り,左のそれは大動脈弓を回ってやはりわなをなす.次いで左の反回神経は気管と食道とのあいだの溝のなかを上行して喉頭に達し,右の反回神経は鎖骨下動脈を回ったところから斜めの方向に走って喉頭に達する(図88, 223226).反回神経の終りの部分を下喉頭神経N. laryngicus caudalisとよぶ.これは甲状軟骨の下角の後方で喉頭咽頭筋を貫通し,あるいはこの筋の下縁の下から喉頭の内部に入り,終枝に分れる.その長い経過のあいだに数多くの枝を出す:すなわち

α)若干の下心臓枝Rami cardiaci caudalesを心臓神経叢に;

β)結合枝を(交感神経幹の)下頚神経節Ganglion cervicale caudalbに;

γ)気管枝Rami trachealesと食道枝Rami oesophagici;これらの枝は若干の甲状腺にゆく小枝とともに(Braeucker)反回神経が気管と食道とのあいだの溝を通っているときにでるのである.

δ)下喉頭神経N. laryngicus caudalis.これは反回神経の終枝である.下喉頭神経は喉頭に達したのちに前枝Ramus ventralisと後枝Ramus dorsalisとに分れる.前者は外側輪状披裂筋・甲状披裂筋および声帯筋・甲状喉頭蓋筋および披裂喉頭蓋筋に分布する.後枝は上喉頭神経の交通枝を受け入れて,後輪状披裂筋ならびに披裂筋に分布する.若干の細い枝が声門裂より下方にある喉頭粘膜に達している.

 下喉頭神経はかくして喉頭筋の大部分を支配するものであり,上喉頭神経はただ1つの喉頭筋だけを支配している.交通枝は知覚性の線維を下喉頭神経に導いている.--しかしHoferによれば下喉頭神経は混合性の神経であって,これは声門裂より下方の粘膜におよそ第3または第4気管軟骨の高さまで分布し,なお声帯より上方の領域にも達しているという.

4. 心臓枝Rami cardiaci.

α)上心臓枝Rami cardiaci craniales(図524).これは2~3本あり,上下の喉頭神経のあいだにある迷走神経の頚部から発して,総頚動脈に沿って下行する.そして右側では腕頭動脈に沿ってすすんで深心臓神経叢に達し,左側では大動脈弓に接して存在する浅心臓神経叢に達する.これらの心臓枝のうちで最も上方にあるものが上に述べた抑制神経N. depressorである.また若干の細い小枝を甲状腺に送っている(Braeucker).

β)下心臓枝Rami cardiaci caudales(図524).これは一部は反回神経から,一部は迷走神経の幹から発する.これらの枝はたがいに結合し,また上心臓枝と,そのうえに交感神経の心臓にゆく諸枝とも結合して,深心臓神経叢に入る.若干の細い枝が気管神経叢Plexus trachealisおよび食道神経叢Plexus oesophagicusにもあたえられる.

c)迷走神経の胸部Brustteil des Vagusは反回神経の出るところから横隔膜の食道孔まで.

 迷走神経は胸腔内におけるその全経過のあいだに交感神経の枝を受ける(Braeucker 1927).これらの枝は脊髄神経の線維を迷走神経にもたらすものである(図570).

1. 下気管枝Rami tracheales caudales.これは反回神経より下方で迷走神経の幹から分れて,気管神経叢を作り,この神経叢はその近くにある神経叢と結合している.

2. 気管支枝Rami bronchales.前気管支枝Rami bronchales ventralesと後気管支枝Rami bronchales dorsalesとが区別され,前後の両枝のうちでは後のものの方がいっそうつよく発達している.これらの枝は肺に入る前に若干の細い小枝を肺胸膜に出している(Braeucker 1927).そして気管神経叢と結合しつつ前肺神経叢Plexus pulmonalis ventralis と後肺神経叢Plexus pulmonalis dorsalisとを作るのである(図524).

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 後肺神経叢の形成には交感神経の第1から第4までの胸神経節から出る枝が関与している.両側の後気管支枝は肺神経叢を形成するに当たって線維の交換Faseraustauschをする.同様に前と後の肺神経叢がたがいに結合して,気管支とともに肺の内部に入る.肺の神経には顕微鏡でやっと見える神経節,すなわちMikroganglien(微小神経節)がたくさんにある.

3. 食道枝Rami oesophagici. 右の迷走神経は食道の後面に接し,左の迷走神経は食道の前面に接する.そして前方と後方にでる枝によって両側の迷走神経がたがいに結合し,そのうえ一部は網状に分れている.かくして食道神経叢Plexus oesophagicusが生じ,これは食道の下半部の筋肉と粘膜とに分布し,さらに枝を大動脈神経叢と壁側胸膜の縦隔部とにあたえている(図570).

(4. 心膜枝Rami pericardiaci. )心膜の前壁には左右の迷走神経がそれぞれ1本の枝をあたえ,また後壁には迷走神経の幹と食道神経叢と後肺神経叢とから枝が達している.

d)迷走神経の腹部Bauchteil des Vagus,両側の迷走神経がその左のものは食道の前面に,右のものはその後面に接しつつ腹腔に入る.

 食道神経叢から生ずる2つの主な神経索は前方の細い方のものと後方の太い方のものとがあって,両者はBraeucker(1927)によればもはや左とか右とかの迷走神経と呼ぶべきものでなく,いっそう正確には前幹Truncus ventralisおよび後幹Truncus dorsalisと呼ぶべきである.なぜならば両者とも右と左の迷走神経からの線維を含むからである.

1. 前幹Truncus ventralisは食道の前面に接してすすみ噴門ついで小弯に達する.ここで前幹はその終枝に分れる前に小弯の前面にある前胃神経叢Plexus gastricus ventralisを作る.この神経叢から終枝がでて胃と肝臓とに達する.

a)胃枝Rami gastrici.この枝は胃の前面の上に放散して幽門にまで達し,そのさい左および右胃動脈の周りにある交感神経の枝と結合して前胃神経叢Plexus gastricus ventralisをなす.しばしば噴門のそばにある左側の腹腔神経節からの1枝も胃の前面に達している.

b)肝枝Rami hepatici.この枝は小網をへて肝門に達する.

2. 後幹Truncus dorsalisは前幹よりも太くて,食道の後壁に沿って進み腹腔に達して,大きさの違う次の2部に分れる.

a)胃枝Rami gastrici.この枝は小さい方の部分(線維のおよそ113を含む)であって,胃の後壁にいたる.ここでは小弯の後面に接して後胃神経叢Plexus gastricus dorsalisを作る.ここでも左胃動脈の交感神経叢との結合がある.

b)腹腔枝Rami coeliaci.これが後幹の線維の2/3をなしていて,左胃動脈に沿って腹腔神経叢に達し,それぞれの動脈に伴って肝臓・脾臓(脾枝Rami lienales).膵臓・小腸(腸枝Rami intestinales).腎臓(腎枝Rami renales)および腎上体に達する.

 これらの枝の一部は腹腔神経節に入り,他の一部は直接に上に述べた諸器官に追跡される.膵臓・右の腎臓および腎上体にゆく枝は右の腹腔神経節に入るが,しかし実はそこを通過するだけであることが証明されている.

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最終更新日 13/02/03

 

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