Rauber Kopsch Band2. 63

c)上肢の神経
1. 筋皮神経N. musculocutaneus(図537, 541, 542, 547, 548)

 この神経は橈側神経束から出て,初めは正中神経の外側面に接しているが,次第にこれから離れ,多くの例では烏口腕筋を貫き,ついで上腕筋と上腕二頭筋とのあいだで上腕二頭筋腱の外側面に達し,肘窩より上方で上腕筋膜を貫く.皮下にでるとこの神経のつづきは橈側前腕皮神経N. cutaneus antebrachii radialisとよばれて,各1本の背側および掌側の2終枝に分れ,この両枝は前腕の外側縁に沿ってすすみ手関節と母指球とのあたりまで達する(図547, 548).

 筋皮神経の枝で上腕に分布するものは次のごとくである:a)烏口腕筋M. coracobrachialisへの神経;b)上腕二頭筋の両頭M. biceps brachiiへの神経;c)上腕筋M. brachialisへの神経,これは肘関節への細い枝をも導いている;d)常に存在するとは限らないが上腕の下方1/3で正中神経と合する1結合枝があり,これはときには2本以上あって,かつ個体的変化にとむ(この結合枝はフランス人では約39%,日本人では43%に見られる[Hirosawa 1931]).筋皮神経は初めはごく細いこともあり,また太いこともあるが,上に述べた正中神経との結合枝がそれを普通の太さに直すのである;e) さらに上方から発して,上腕動脈に伴って烏口腕筋の停止よりも下方まで達する細い1枝があって,これが上腕動脈に細い枝をあたえ,なお上腕骨の栄養管を通って骨の実質および骨髄に達している.これはかんたんに上腕骨のKnochennerv(骨神経)と呼ばれる.

 橈側前腕皮神経N. cutaneus antebrachii radialisからは掌側の終枝volarer Endastが出て,これはふつうに前腕の橈側皮静脈V. cephalica antebrachiiの前を通って,その分布領域にいたり,枝分れして手関節および母指球にまで達し,これは日本人においても嶢骨神経の浅枝R. superficialis n. radialisとほとんど常に結合している(Hirosawa 1931).--背方の終枝dorsaler Endastは橈側皮静脈の背方を通り,前腕の外側縁に達して,この縁の背側面の皮膚に手関節の近くまで分布する.

S. 503

[図541]右の腋窩の神経(1/2)

S. 504

[図542]右上腕の神経 内側面よりみた図.(1/2)

 a 腕神経叢の(上方の)橈側神経束.b 上腕動脈.c 腕神経叢の(下方の)尺側神経束.

S. 505

2. 正中神経N. medianus(図537, 541543, 545, 547, 548)

 この神経は腕神経叢の(上方の)橈側神経束と(下方の)尺側神経束とからでる.その橈側根Radix radialisと尺側根Radix uInarisとよばれる両根はMedianus gabel(正中神経の両叉)をなして腋窩動脈をはさみ,この動脈の前で鋭角をなして合する.そしてこの動脈の前面から上腕の上部で間もなく動脈の外側面に達し,この動脈とともに尺側上腕二頭筋溝のなかを遠位に走る.上腕の下方1/3では正中神経は上腕動脈の前(まれにはその)面を越えて次第にその内側面に達する.すなわちこの神経は上腕動脈のまわりに長く延びた1つのラセンを画くわけである.肘窩では円回内筋の両頭のあいだを通り,ついで前腕の中央線上で浅指屈筋と深指屈筋とのあいだを通り,遠位に走って手関節に達する.正中神経は手関節より上方では筋膜の下にあり,そして多くは(88例中53例)橈側手根屈筋と長掌筋との腱のあいだにあり,またそれよりいっそう少いことであるが(88例中35例)長掌筋と浅指屈筋との腱のあいだにある.次いでこの神経は指の諸屈筋の腱の上で,手根管を通って手掌に達し,手掌腱膜の下でその終枝に分れる.

 正中神経は上腕においてはすでに上に述べた存在の不定な結合枝を筋皮神経にだし,まれには1本あるいはそれ以上の枝を上腕筋にあたえる.

 変異:正中神経が表面にでて円回内筋の尺側頭の上にあることがあって,そのときは円回内筋と橈側手根屈筋との間を走って,その後にやっと正常の位置にもどる(Ferner, Anat. Anz.,84. Bd. ).

 正中神経の枝で前腕に分布するものを次にあげる:

a)関節枝Rami articularesは肘関節に,

b)筋枝Rami musculares(図543)は深指屈筋の両尺側頭と尺側手根屈筋とを除く前腕のすべての屈筋に達する.

 これらの枝の上方の1群は円回内筋・長掌筋・橈側手根屈筋を支配し,また浅指屈筋の上顆からの起始をも支配する.--中央の1群は長母指屈筋の上顆における存左不定の起始・浅指屈筋の橈側頭を支配し,またこの群にすぐあとで特に述べる掌側前腕骨間神経N. interosseus antebrachii volarisも属している.--第3の下方の1群は浅指屈筋の示指に行く筋頭のみに入っている.

c)掌側前腕骨間神経N. interosseus antebrachii volaris(図543)は掌側骨間動脈とともに前腕骨間膜の上で長母指屈筋と深指屈筋とのあいだを走り,方形回内筋に達してその背側面からこの筋に入る.この神経は次の枝をだしている.

α. 筋枝Rami muscularesを長母指屈筋と深指屈筋の橈側部とに送る;--β. N. membranae interosoeae antebrachii(前腕骨間膜神経) (Rauber)を出す.これは各1本の橈側枝と尺側枝とに分れ,両者は橈骨と尺骨との両方の骨間稜に沿って遠位に走って方形回内筋にまで達し,骨間動静脈と骨膜と前腕の骨じしんに枝をあたえ,また数多くの小さいファーテル層板小体を有っている;--γ. 筋枝Ramus muscularisを方形回内筋にあたえる;--δ. 掌側前腕骨間神経の最後の部分は手関節の背側面にまで続いている.

d)掌枝Ramus palmaris(図543).これは細い枝であって,手関節より上方の種々な高さで正中神経から発し,橈側手根屈筋と長掌筋との腱のあいだで前腕筋膜を貫き,皮下を走って手掌に入り,2本の枝に分れて,これらの枝は母指球の皮膚と手掌の皮膚に終る.

 上腕および前腕における正中神経の枝分れのぐあいは日本人においてもだいたい同様である(Hirosawa 1931).

S. 506

[図543]右の前腕屈側の神経(3/5)

S. 507

[図544]右の前腕伸側における橈骨神経の分枝(3/5)

前腕表層の伸筋を切断し,それらを側方に引いてある.

S. 508

 手根管の内部で正中神経が橈側と尺側の各1本の枝に分れる(図545).尺側の枝からは尺骨神経との交通枝Ramus communicans cum n. ulnarisがでて,これは浅掌動脈弓に平行して走っている.尺側と橈側の両枝は筋枝を第1と第2の虫様筋に,また母指球の筋の全体く但し母指内転筋と短母指屈筋の深頭とを除く)にあたえ,次いで3本の総掌側指神経Nn. digitales volares communesに分れ,これらがさらに固有掌側指神経Nn. digitales volares propriiに分れて母指側の3指の両側縁と第4指の母指側縁に分布する(図545).

 正中神経の終枝はくわしく述べると次のように分れている:すなわち

1. 橈側終枝Ramus terminalis radialis;これは直ちに4本の枝に分れる.

α. その第1枝は短母指外転筋, 母指対立筋および短母指屈筋(の梶側頭)に分布する.--β. 橈側母指掌側指神経N. digitalis volaris pollicis radialis;これは母指の掌側面の橈側縁に分布し,細い小枝によって母指の背側面を走る橈骨神経の枝と合する,--γ. 尺側母指掌側指神経N. digitalis volaris pollicis ulnaris; これは母指の掌側の尺側縁に分布する.--δ. 橈側示指掌側指神経N. digitalis volaris indicis radialis;これは示指の掌側の橈側縁に広がり,第1虫様筋神経N. lumbricalis Iを出す.2. 尺側終枝Ramus terminalis ulnaris;これは直ちに第2総掌側指神経Ndigitalis volaris communis IIと第3総掌側指神経N. digitalis volaris communis IIIとに分れる.

 α. 第2総掌側指神経 Ndigitalis volaris communis II;これは第2中手骨間隙Spatium interosseum IIの前を通って中手骨の遠位端にまで達し,第2虫様筋神経N. lumbricalis IIを出し,尺側示指掌側枝Ramus volaris indicis ulnarisと橈側中指掌側枝Ramus volaris digiti medii radialisとに分れる.--β. 第3総掌側指神経N. digitalis volaris communis III;これは第3中手骨間隙Spatium interosseum IIIにあって前に述べたのと似た関係を示し,尺側中指掌側枝Ramus volaris digiti medii ulnarisと橈側第4指掌側枝Ramus volaris digiti quarti radialis とを出す.時には両枝に分れる前に第3虫様筋神経N. lumbricalis IIIを送りだすが,この枝はしばしば尺骨神経の掌側枝の深枝から発している. またこの第3総掌側指神経N. digitalis volaris communis IIIが尺骨神経との交通枝を1本もっている.

 変異;正中神経の外側根は1枝を尺骨神経にあたえるが,このことは日本人ではヨーロッパ人におけるよりもいっそうまれである.前腕においては正中神経と尺骨神経とのあいだの結合がヨーロッパ人ではおよそ25%に,日本人では10.48%に見られる(Hirosawa 1931).単独の交通枝のかわりに1つの神経叢が見られることはヨーロッパ人では全例のおよそ1/3ないし1/2 (Gehwolf 1921),日本人では全例の45%である(Hirosawa 1931).

3. 尺骨神経N. ulnaris(図537, 541543, 545548)

 これは腕神経叢の(下方の)尺側神経索から発し,これが上腕を通るあいだは枝を出さず,前腕では若干の関節枝と筋枝と皮枝を送りだし,手の中で2終枝すなわち浅枝Ramus superficialisと深枝Ramus profundusとに分れる.

 腋窩の中および上腕の上部においては尺骨神経は腋窩動脈と上腕動脈の内側面を下行し,次いで尺側上腕筋間中隔の背側に達し,これに沿って上腕三頭筋尺側頭の掌側面の上を走り尺骨神経溝に達する(図542).ここからは尺側手根屈筋の両頭のあいだをへて前腕の掌側面に達し,深指屈筋の上を走り,尺側手根屈筋に沿って手関節にいたる.尺側手根屈筋は前腕において尺骨神経と尺骨動脈の誘導筋Leitmuskelをなしている.前腕の中央では尺骨動脈が尺骨神経の外側面に接して,これに伴って走る(図543).また尺骨神経はそこでは[手の]背側枝Ramus dorsalis manusを分ち,この枝は尺側手根屈筋の腱の下でこれと交叉して,手背に達し,ここでは第3指の尺側縁と第4・第5指の両側縁とに分布し,かつ橈骨神経の浅枝と吻合をなしている(図546).尺骨神経の幹は豆状骨の橈側面に密接して遠位の方に走って手掌に達する.手掌でその終枝に分れて,これらの枝が第4指の尺側縁と第5指の両側縁の掌側部に分布し,また筋枝を小指球の諸筋・すべての骨間筋・第3と第4の虫様筋・母指内転筋と短母指屈筋の深頭とにあたえる.

 尺骨神経からおこる枝は前腕に分布するものVorderarmzweigeと終枝Endzweigeとに大別される.

a)前腕に分布する枝;これには関節枝Rami articularesと筋枝Rami muscularesと皮枝Rami cutaneiとがある.

S. 509

α)関節枝Rami articulares:いく本かの関節枝があって,上腕骨の尺骨神経溝のなかを通り,肘関節の関節包に達している.

β)筋枝Rami musculares(図543):これらは尺骨神経が尺側手根屈筋の両頭のあいだを貫通するときに分れて出て,この筋と深指屈筋の両尺側頭とにゆく.

γ)手掌枝Ramus palmaris(図547):これは1本の細い枝で前腕の中央より上方で尺骨神経から発し,尺骨動脈に伴って浅掌動脈弓にまで達し,この動脈に数多くの細小枝を送り,またいろいろな揚所で細い枝を前腕の下方1/3の皮膚および小指球にあたえる.これらの枝のうちの1本は尺側前腕皮神経の1小枝と結合していることがある.

 変異:この枝はすでに肘窩で分れていることがあり,普通のように多くの皮枝を出したのちに手掌腱膜の下で正中神経と吻合している.R. Spanner(Anat. Anz., 56. Bd.,1922).

δ)手の背側枝Ramus dorsalis manus-(図546):この枝は前腕の中1/3と下方1/3の境のところで前腕の背側面の方に向かって,尺骨と尺側手根屈筋とのあいだを通る.この背側枝は手関節よりいくらか上方で筋膜からでて,尺骨小頭の上で背側指神経Nn. digitales dorsalesという3本の終枝に分れる.この3枝は:

1. 小指の背側尺側面への1枝; 2. 第4中手骨間隙の背側面で2つの部分に分れる1枝,その2つの部分はそれぞれ第5指の橈側面と,第4指の尺側面とに基節骨の範囲において分布する;--3. 橈側の1枝で,これは橈骨神経の浅枝R. superficialis n. radialisからの1小枝と結合し,第3中手骨間隙を遠位の方に走り,2つの部分に分れ,この両部分は第3指と第4指のたがいに向い合った側面にゆくのである.

 変異:それゆえ全体として尺骨神経の背側枝は5本の背側指神経となる.すなわち5本の手指に必要な神経の数の半分をなしている.残りの橈側の半分は橈骨神経の浅枝によって支配される.尺骨神経からおこる背側指神経の数は,多くの動物ではいま述べた数よりいっそう少いことが正常であり,人間でもその数が1本あるいは0にまで減っていることがある.そのばあいには橈骨神経の浅枝がその補充をなしている.しかしまれには尺骨神経からの背側指神経の数が普通より増していることがある.

b)尺骨神経の両終枝  尺骨神経は横手根靱帯の上では手の掌側枝Ramus volaris manusとなっていて,ここで浅枝Ramus superficialisと深枝Ramus profundusとに分れる(図545).

α)浅枝Ramus superficialisは短掌筋と小指球の皮膚にそれぞれ1本ずつの小枝をあたえ,ときには第4虫様筋にも1小枝を送り,そして2本の総掌側指神経Nn. digitales volares communesに分れる.

 その1本は小指の尺側面へいたる尺側小指掌側神経N. volaris digiti V. ulnarisであり,他の1本は第4総掌側指神経N. digitalis volaris communis IVである.後者は第4中手骨間隙に沿って走り,第4指と第5指のたがいに向い合った側面への2枝に分れる.これを橈側小指掌側神経N. volaris digiti V. radialisおよび尺側第4指掌側神経N. volaris digiti IV. (quarti)ulnarisという.その経過のあいだにこの両枝からは中節骨と末節骨の背側面にいたる枝が出る.--手掌では指にゆく諸神経は手掌腱膜と浅掌動脈弓との下で,諸屈筋の腱の前にある.第4中手骨間隙のなかにある神経は正中神経から尺骨神経との交通枝Ramus communicans cum n. ulnariを受けとり,また第4総掌側指神経からは若干の細い皮神経と血管神経とが出ている.

β)深枝Ramus profundus. 豆状骨を回って走る1小枝によってこの深枝は手の背側枝Ramus dorsalis manusと結合し,また小指球の筋膜下にある諸筋に1本の枝をだして,尺骨動脈の深枝とともに小指屈筋と小指外転筋とのあいだを通って深部に入る.この深枝は手掌では深掌動脈弓の近位縁で,諸屈筋の腱と骨間筋とのあいだにある.この神経の弓状部からは次のような多くの枝がでている:すなわち

S. 510

[図545](右の)手掌の神経(5/6)

手掌腱膜と横手根靱帯の一部とを取り去ってある.

S. 511

1. 近くの手根靱帯装置へ分布する細い枝(関節枝Rami articulares);--2. 掌側および背側骨間筋のすべてに対してそれぞれ1本ずつの骨間筋枝Ramus interosseus;3. 第3と第4の虫様筋にいたる枝;--4. 短母指屈筋の深頭と母指内転筋への枝(2. から4. までが尺骨神経の深枝の弓状部から出る筋枝である);--5. 中手骨間隙の背側面に達する穿通枝Rami perforantes,これは背側前腕骨間神経の終枝と結合していることがあり,中手骨の小頭のところまで達する.

 変異:日本人においてHirosawa(1931)は123本の上肢のうちで3回だけかなり太い枝が背側神経束あるいは橈骨神経の近位部から出て尺骨神経に達しているのを見た.

4. 尺側前腕皮神経N. cutaneus antebrachii ulnaris(図541, 542, 547, 548)

 これは腕神経叢の(下方の)尺側神経索から発して,腋窩静脈と上腕静脈および正中神経に伴って走り,上腕の中央で上腕筋膜の尺側皮静脈裂孔Hiatus basilicusに達し,この孔を通って皮膚に達する.ここで,あるいはそれよりわずかに上方で,その2終枝に分れる:その1本は掌側枝Ramus volarisであって,これは前腕の掌側面を,他の1本は尺側枝Ramus ulnarisで,これは前腕の内側面を走り,手関節のあたりまで達する.

1. この神経は近位部で1本あるいはそれ以上の上腕皮枝Rami cutanei brachiiを上腕二頭筋を被う上腕の皮膚に送っている.

2. 終枝の1つである掌側枝Ramus volarisは初めは尺側皮静脈の外側面にあり,次いで多くのばあいこの静脈に被われて尺側正中皮静脈あるいは肘正中皮静脈と交叉し,前腕の掌側面を手関節のところまで広がっている.その枝の1本がときとして尺骨神経の手掌枝のだす1穿通枝と結合する.

3. いま1つは尺側枝Ramus ulnarisであって,前者よりいっそう細くて,尺側皮静脈の内側面に接して遠位の方向にすすみ,その終枝は前腕の内側縁を廻って前腕の背側面の内側部にいたる.その枝のうち最初にでるものはすでに尺側上顆の上方で分れており,しばしば尺側上腕皮神経の終枝の1つと結合する.1本の小枝が尺骨神経の背側枝と結合し,他の1本が尺側前腕皮神経じしんの掌側枝と結合することがまれではない.

5. 尺側上腕皮神経N. cutaneus brachii ulnaris (図541, 547, 548)

 これは腕神経叢の(下方の)尺側神経索からでて,腋窩では初めに腋窩静脈の背方にあり,次いでその内側面に接し,Th II(いっそうまれにはTh IあるいはTh III)からの外側皮枝といろいろなぐあいに結合する.この外側皮枝が特に肋間上腕神経N. intercostobrachialisとよばれるものである.両神経は合して1本の小幹をなすか,あるいは分れたまま進みつづけるか,または肋間上腕神経が主な神経となっていて,尺側上腕皮神経はそれとは分れて走る細い枝であったり,あるいは細い1結合枝にすぎないことがある.

 その結合枝,あるいは肋間上腕神経N. intercostobrachialisは腋窩で次の枝を出している:

1. 腋窩の皮膚に分布する枝,2. これに続く上腕の皮膚にいたる枝.

 尺側上腕皮神経の続きは上腕の中央の高さでその内側面において上腕筋膜を貫き,下方に進んで尺側上顆ならぴに肘頭のあたりに達する.

6. 橈骨神経N. radialis(図537, 541544, 546548)

 橈骨神経は腕神経叢の背側神経索の続きであって,腕神経叢の最も太い枝である正中神経とほとんど同じ太さである.橈骨神経は間もなく尺側上腕二頭筋溝の中を走る神経や血管から分れて,上腕動脈の背方,大円筋の腱と広背筋の腱の前方をへて,上腕深動脈といっしょに上腕の背側面にいたり,上腕三頭筋の長頭と橈側頭とに被われて上腕骨の橈骨神経溝のなかを走り上腕の外側面に達する.そして上腕の下方1/3の初まりのところで腕橈骨筋の起始を貫き,この筋と上腕筋とのあいだにある隙間の深部に達する.

S. 512

この隙間のなかを走って橈側上顆にまで達し,ここでその2終枝,すなわち深枝Ramus profundusと浅枝Ramus superficialisとに分れる(図544).この神経は上腕ですでにかなり多くの枝をだしている.しかしその2つの終枝は前腕と手にゆくのである.

[図546](右の)手背の神経 (5/6)

S. 513

 橈骨神経は手背の尺側半を除く上腕と前腕との伸側の全体にわたって運動性の枝と知覚性の枝をだしている.手背の尺側半のみは尺骨神経の背側枝によって支配されるのである.

a)橈骨神経から出て上腕に分布する枝

1. 背側上腕皮神経N. cutaneus brachii dorsalisは上腕筋膜を貫き,上腕三頭筋の尺側頭を被っている上腕の背側面の皮膚に分布して肘の近くにまで達している(図547, 548).

2. 筋枝Rami muscularesは上腕の伸筋の全体にゆく.それを詳しくいうと:

 a) 上腕三頭筋長頭への若干の枝;--b) 上腕三頭筋尺側頭への1本の枝;これは多くは各1本の上枝と下枝とに分れる.その下枝は長くて橈骨神経の尺側側副枝R. collateralis ulnaris nervi radialisとよばれ,これは尺骨神経といっしょに所々で1つの結合組織の鞘に包まれて,尺側上腕筋間中隔の後方に接して下方に走り,次いで三頭筋尺側頭のなかに入る.また若干の小枝が肘関節の関節包に達している;--c)上腕三頭筋の橈側頭および肘筋への1枝;これは2本に分れ,その1本は上腕三頭筋の橈側頭に分布し,他の1本が上腕三頭筋の尺側頭に枝をあたえ,この筋の内部を通って肘筋にいたる.

3. 背側前腕皮神経N. cutaneus antebrachii dorsalis(図548).これは背側上腕皮神経よりも太くて,上腕三頭筋の橈側頭と尺側頭とのあいだあるいは尺側頭と腕橈骨筋とのあいだで上腕筋膜を貫き,肘頭と橈側上顆とのあいだをへて,前腕の背側面に達する.この神経は上腕の下部の伸側の皮膚に分布し,また橈側前腕皮神経の分布領域と尺側前腕皮神経の背側枝の分布領域とのあいだの前腕の背側面に分布し,手関節Handgelenkまでは達していない.

 上腕筋と腕橈骨筋とのあいだの隙間で橈骨神経から出るものは,a)腕橈骨筋への核;これは1枝を肘関節にあたえるのが常である;--b) 長橈側手根伸筋への枝;この枝が橈骨神経の深枝からも出ていることがある;--c)上腕筋への1枝,ただしその存在は不定.

b)橈骨神経の両終枝

1. 橈骨神経の深枝Ramus profundus n. radialis(図543, 544).

 これは2本の終枝のうちの太い方のもので,回外筋を貫いて,この筋から前腕の背側面にあらわれ出る,そこでこの神経はかなり多数の枝に分れ,これらの枝は伸筋群の浅層と深層とのあいだをへて,前腕のすべての伸筋に分布する.これらの枝のうちで最も長いものは背側前腕骨間神経N. interosseus antebrachii dorsalisである.これは伸筋群の深層と浅層とのあいだにあって,前腕の遠位1/3で前腕骨間膜の背側面に達し,初めは短母指伸筋と長母指伸筋とのあいだにあるが,次いで長母指伸筋に被われ,最後に総指伸筋の諸腱と固有示指伸筋に被われて,手根の背面にでて,ここで広がって終る(図544).

 その枝はくわしくいうと次のごとくである(図544):α. 短橈側手根伸筋と回外筋への若干本の枝;--β. 尺側手根伸筋と総指伸筋と固有小指伸筋への1本の枝;--γ. 長母指外転筋と短母指伸筋へいたる1枝;--d. 長母指伸筋への1枝;--e. 固有示指伸筋への1枝;--ξ. 前腕骨間膜に分布する若干の小枝,この小枝のうちの1本がしばしば前腕骨間膜を貫いて掌側前腕骨間神経の1小枝と結合する;また橈骨と尺骨の骨膜への細い枝が出る;--η. 手関節Handgelenkの背側面への若干の小枝;--θ. 手根間関節および総手根中手関節の背側面にいたる若干の小枝,その遠位端は尺骨神経の深枝Ramus profundus n. ulnarisの穿通枝と結合していることがある.

2. 橈骨神経の浅枝Ramus superficialis n. radialis(図543, 544, 546548).

 これは深枝よりもいっそう細く,はじめは前腕の掌側面にあり,腕橈骨筋に沿って橈骨動脈の橈側に接して遠位の方向に走る.

S. 514

この枝は前腕の遠位1/3で腕橈骨筋の腱の下を通ってこれと交叉し,前腕の背側面に達して,そこを進んで手関節よりやや上方に達する.そして橈側前腕皮神経の1枝と結合したのちに,この神経はいくつかの枝に分れ,これらの枝は手背の橈側半と第1および第2指の背側の両側縁と第3指の背側の橈側縁とに知覚性の神経をあたえる.これが[手の]背側指神経Nn. digitales manus dorsalesである.手背では尺骨神経の背側枝からの諸枝といくつかの結合をなしている.この結合を尺側交通枝Ramus communicans ulnarisという(図546).

[図547, 548](右の)上肢の皮神経の分布領域 図547は掌側面;図548は背側面.

 日本人では橈骨神経はヨーロッパ人におけるのと大体同じぐあいになっている(Hirosawa 1931).

S. 515

 変異:欠如すること(趣めてまれ)および橈側前腕皮神経により代られていることがある.手背における尺骨神経の背側枝と橈骨神経の浅枝の分布領域はある程度の変異を示す.普通はこの両神経のそれぞれが手背と手指を合せたものの尺側半と橈側半とに分布するが,橈骨神経の浅枝はそれより大きい領域に分布していることがある(509頁参照).まれに1本の小枝が上腕の上部で橈骨神経から尺骨神経に達していることがある.

3. 胸神経の前枝Rami ventrales der Brustnerven

 胸神経の前枝はまた肋間神経Nn. intercostalesとも呼ばれる.上方の11対の前枝だけが(胸郭をつくる肋骨との関係において)本当に肋間隙にあって,第12番目の前枝は最下の肋骨の下方にあるので,これは肋下神経N. subcostalisと呼ばれる.

 第1~第6肋閻神経だけが完全に肋間隙のなかを走って胸骨縁にまで達し,第7~第12肋間神経は肋間隙の前端で終るのでなくて,ここを越えて腹壁に入り,白線のあたりにまで達する.白線は腹部にある一種の胸骨Abdominalsternumといえるのである.腹壁に達するためには第7~第9肋間神経は上昇の方向をとっているところの肋軟骨の内面と交叉しなければならない.上部の肋間神経はかなり水平の方向にすすみ,下部のものは肋骨が扇形に放散するのに一致して,下方のものほどいっそう下方に向かった走り方をしている.

 第12肋間神経を除くすべての肋間神経は後枝から分れたのちに,その属する肋間隙のなかを内肋横突靱帯の前方で外肋間筋の内面上を走る.脊柱から肋骨角にいたるまでは内肋間筋が無いので,この範囲では肋澗神経は胸内筋膜と胸膜の肋椎部とに被われるだけである.内肋間筋がはじまるとこれらの神経は内肋間筋と外肋間筋とのあいだにある.肋間神経は初めは肋間隙の上縁に沿って走るが,次第にこの隙の中央部にいっそう近づく.肋間動静脈に伴われていて,これらの動静脈が肋骨溝の中にあり,肋間神経はその血管の下方にある.第1と第2の両肋間神経は部分的にはその属する肋骨の内面にさえある.最下の肋間神経は腰方形筋の前面の上にある.第7ないし第11肋間神経は横隔膜肋骨部の尖頭のあいだをへて,腹壁の筋肉内に入り,それからは第12肋間神経も同じことであるが,腹横筋と内腹斜筋とのあいだを走っている.

 肋間神経の分布する筋は次のものである:内肋間筋と外肋間筋・肋下筋・胸横筋・長と短の両横突肋骨筋・上後鋸筋と下後鋸筋・幅の広い3つの腹筋・腹直筋・錐体筋.

 肋間神経が分布する広い皮膚領域は後方は背腹境界線の胸の部分により(488頁参照),前方は正中線により境される.胸部の上部の皮膚は頚神経叢からの分枝く鎖骨上神経)を受ける.また鼡径靱帯の上方の1つの細長い皮膚区域と恥丘のところとは腰神経の範囲に属する.

 この皮膚領域に分布するのは2列に並んだ皮枝である:それは 1. 外側の太い方の枝,すなわち外側皮枝Rami cutanei lateralesの1列,2. 前方の正中線の近くにある細い方の枝,すなわち前皮枝Rami cutanei ventralesの1列である.

 すなわち各肋間神経は1本ずつの外側皮枝と前皮枝とを送り出している.第1肋間神経のみは若しもその外側皮枝が腕神経叢の第5番目の根をなしていない場合にはこの枝を有っていないのが普通である.この第5番目の根が第1肋骨を越えてすすんでいる.第2肋間神経の外側皮枝の一部は511頁に述べた肋間上腕神経である.第3肋間神経までも尺側上腕皮神経と結合していることがある.前皮枝は全部の肋間神経に存在し,第1肋間神経にだけは時に欠くことがある.腹壁を穿通している前皮枝は2本以上あることがまれではない.またその出る場所がしばしば不規則である(図549参照).

a) 肋間神経の結合

1. 隣りの体分節に属する前枝との結合がある,つまりCVIIIとはTh Iの結合枝により,LIとはTh XIIによって結合する.

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[図549]胸神経および上部腰神経の前枝の分布 

大胸筋と小胸筋を両側とも取り去り,右側では外腹斜筋と腹直筋とを剖出し,左側では腹直筋の」部と外側鋸筋を取り去って,腹横筋を示してある(HirschfeldおよびLeveilléによる).

S. 517

2. Th IとTh IIとのあいだの結合を除けば,肋間神経どうしの間の結合はごくまれにしかみられない.しかしその他のもの(幹でなく枝を指すか,小川鼎三)のあいだでは上方の神経から出て下方のものに達する細い小枝による結合が所々にみられる.

b)肋間神経の枝
1. 筋枝Rami musculares

 上方の7本の肋間神経と下方の5本とを分けて述べるのが適当である.それは下方の5本はその大部分が腹筋に達するからである.

 1~第7肋間神経は次の筋枝を送り出している:α. 外肋間筋と内肋間筋と肋下筋への筋枝,これらの枝は各肋間隙になん本かずつ存在し,後方にある枝が概して最も太い;--β. 短と長の横突肋骨筋への筋枝,これは肋間神経の初めの部分から出る;--γ. 上後鋸筋への筋枝.. これらの枝はTh 1-Th IVに由来し,外肋間筋を貫いて上後鋸筋の4つの尖頭に入る;最も上方の尖頭はしばしば腕神経叢からの1小枝を受けている;--δ. Th Vから腹横筋へいたる筋枝;--ε. 腹直筋の上部への筋枝,これはThV-Th VIIから出る.

 8-第12肋間神経は次の筋枝を出している:

 α. 外肋間筋と内肋間筋と肋下筋への筋枝;--β. 短と長の横突肋骨筋への筋枝;--γ. 下後鋸筋への筋枝,これはTh IX-Th XIから出る;--δ. 外腹斜筋と内腹斜筋と腹横筋への筋枝,第8から第12までの肋間神経は内腹斜筋と腹横筋とのあいだを通ってこれらの3筋に分布する;--ε. 第1腱画より下方の腹直筋に分布する筋枝.それは第8一第12肋間神経の前端部が腹横筋と内腹斜筋とのあいだの間隙から出て,腹直筋鞘に入り,内面からこの筋肉に入るのである;--ξ. 錐体筋への筋枝.

2. 皮枝Rami cutanei(図549)

 皮枝は筋枝よりもいっそう太く,外側皮枝Rami cutanei lateralesと前皮枝Rami cutanei ventralesとがある.

a)外側皮枝Rami cutanei laterales(図537, 541, 549)

 外側皮枝は肋間隙のおよそ中央で肋間神経から出て,前腋窩線と前正中線との中間で外肋間筋を貫き,下部のものは外腹斜筋を貫いて皮膚の下に出る.そのさい第1から第7までの外側皮枝は外側鋸筋の尖頭のあいだから現われ,第8~第12の外側皮枝は肋骨に停止する広背筋の尖頭の前に現われる.Th XIIの外側皮枝は外斜腹筋を貫く.

 これらの外側皮枝のすべてが広背笏の肋骨尖頭の毎域で2枝に分れ,これらの枝は皮膚の下でたがいに反対の方向に離れてゆく.すなわち太い方の前枝Rami ventralesは前方に,後力の後枝Rami dorsalesは後方にすすむ.Th IIの外側皮枝の後枝は上述の肋間上腕神経N. intercostobrachialisである(図237).この神経はときにはTh IあるいはTh IIIから出ていることがある.日本人ではTh IIから出るのが男では96.5%,女では94.7%である(Hirosawa 1931).

 ThII~Th VIの前枝は大胸筋の縁を廻って内側に走り,乳頭までの皮膚に分布する.第4から第6までの前枝からはなお外側乳腺枝Rami mammarii lateralesという枝が乳腺に達している. Th VII~Th XIの前枝は腹直筋のおよそ外側縁までの範囲で腹壁の皮膚に分布する.そのほかにTh XIIの前枝は1枝を腸骨稜を越えて中臀筋を被う皮膚に送っている.ときにはこの枝が大転子のあたりまで迫跡できる.

b)前皮枝Rami cutanei ventrales(図549)

 第1~第6肋間神経の前皮枝Rami cutanei ventralesは大胸筋を貫いて胸骨の側縁で皮膚に達し,そこで内側方と外側方とに広がっている.第2~第4前皮枝からの枝が乳腺の皮膚に達する.これが内側乳腺枝Rami mammarii medialesである.

 第7~第12肋間神経の前皮枝Rami cutanei ventralesは腹直筋鞘に入って腹直筋に分布する神経の知覚性の終枝である.これらの枝は腹直筋を貫き,またはその内側縁を廻って腹直筋鞘の前葉に達し,この前葉にある隙間を通って皮膚に達する.最下(第12の)肋間神経の前皮枝は濟と恥骨結合との間の中央よりやや下方にある.

S. 518

[図550]腰神経叢の諸枝および腹大動脈とその分枝.(3/8)

S. 519

[図551]腰神経叢とその諸枝 前からみる.右側は大と小の両腰筋を取り除いてある.皮膚と幅の広い腹筋群の切り口はそれらの間を広げてある.左側は前腹壁と鼡径靱帯とを取りさつてある.(HirschfeldおよびLeveilléによる.)

3. 胸膜枝と腹膜枝Rami pleurales et peritonaeales

 この両者は壁側胸膜および腹壁の外側部と前方部を被う腹膜に分布し,また横隔膜の周辺部の上面と下面を被う胸膜と腹膜に分布している.

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最終更新日 13/02/03

 

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