Rauber Kopsch Band2. 73

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VI. 感覚器Organa sensuum, Sinnesorgane

序論

 感覚器は外界と神経系のなかだちをする生体の機構であって,外界の何らかの運動現象や化学的刺激がこの機構によって神経系に作用して,そこに感覚や表象を生ぜしめるのである.従って1つの感覚器には次のものがふくまれる.1. 末梢の受容装置すなわち外界と精神活動の場とのあいだに介在するもの.2. 精神活動の中枢器官,到達する興奮がここで処理される.3. 末梢と中枢を結合する伝導路

I.嗅覚器 Organon  olfactus, Geruchsorgan

嗅覚器は鼻粘膜の嗅部Regio olfactoriaからなる.

 そのほかになお鋤鼻器Organon vomeronasale(ヤコブソン器官Jacobsonsches Organ)がある.両者とも鼻腔のなかにあるが,鼻腔については副鼻腔とともにすでに内臓学のところで述べておいた.それでここでは鼻粘膜嗅部の位置・範囲・構造・中枢神経系との連絡について述べればよいのである.

 嗅部の粘膜はもっぱら上鼻甲介と,鼻中隔のこれに向き合った部分だけを占めている.嗅部の粘膜の黄褐色調が嗅部だけの範囲に限られていることもあり,あるいは多少とも広く中鼻甲介の領域にまでのびていることもあるが,とにかく嗅部の粘膜はこの色調によって赤みがかった呼吸部Regio respiriatoriaから外観的に区別することができる.とくに新生児では黄色調が上鼻甲介から中鼻中介へ広くのびているのが常である.嗅部の粘膜は特殊感覚装置を所有するほかに,単純な知覚神経の終末をもふくんでいる.後者は呼吸部の全域にもひろがっている.

 左右両側の上鼻甲介と鼻中隔にひろがる嗅上皮Riechepithelの全面積は,或る1例について約500平方ミリメートルであるとされた.そのうちわけは1側だけで側壁に124,中隔に133平方ミリメートルであった.第2の例では嗅上皮の面積は約480平方ミリメートルで,そのうち各側の中隔に99,側壁に139平方ミリメートルであった.この例でも嗅粘膜の領域は,上鼻甲介にだけあって,この甲介の下縁はどこにも嗅粘膜をもっていないのであった.嗅上皮が斑点状の線毛上皮の部分をとりかこむ傾向は強くあらわれている.また孤立した小さい嗅上皮の島Riechinselnもみられる.線毛上皮の島のなかに小さい嗅上皮の島が存在することもある.(A. v. Brunn, Arch. mikr. Anat., 39. Bd.,1892. )

 ヒトの嗅上皮の厚さは平均して0.06mmで,呼吸部の上皮の厚さとほぼ同じである.

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 嗅上皮には表面から結合組織まで達する長くのびた2型の細胞があって,嗅細胞Riechzellenおよび支持細胞Stützzellenという名で区別される.それらの基底部に第3型の細胞があって,補充細胞Ersatzzellenとよばれる(図595, 596598).

[図595]ヒトの嗅部の粘膜 横断

[図596]A. 嗅粘膜の上皮(M. Schultze)×500, a, a嗅細胞, b, b支持細胞.B. 嗅部の縁のところの線毛上皮細胞(M. Schultze)

[図597]ヒトの嗅部の神経上皮(v. Brunn)

o 嗅系の線維,r そのうちの1本と結合する嗅細胞,r' 嗅細胞の末梢部,1 嗅粘膜の楕円核帯,2 同じく円核帯.

[図598]ヒトの1個の嗅細胞(v. Brunn)

1 細胞体とその核,2 末梢がわの突起,3 終末円錐,4 嗅小毛,5 中枢がわの突起(嗅糸線維のはじまり)

 1. 嗅細胞Riechzellenはまた棒状細胞Stäbchenzellenともよばれ,核を有する細胞体は紡錘形をなし,中枢がわと末梢がわへそれぞれ1本ずつの突起をだしている.中枢がわの突起はきわめて細く,末梢がわのは円柱形でかなり太い. 中枢がわの突起は隣接する細胞の同じ突起といっしょになって細い線維束をつくり,それが集まって嗅糸になって,嗅球にいたり,ここで嗅球内の糸球Glomerulumにおいて終末分枝をなして終る(図486).

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核をもつ細胞体は非常にまちまちな高さにあるので,両突起の長さがおのおのの嗅細胞によってはなはだふそろいである.それゆえ断面でみると細胞体とその核は1つの幅のひろい帯のなかにある.この帯は補充細胞の層から上皮の高さの中央を越えるあたりまで伸び,ここで1線をなして終わっている.この幅のひろい1帯を円核帯Zone der runden Kerneという(図595, 597).その核はみな1個の明瞭な核小体をもっていることが特徴である.嗅細胞の配置は1つの支持細胞をかこんで少くとも6つ,ときにはそれ以上の嗅細胞が存在するようになっている(図599).

 末梢がわの突起はその自由端に嗅小毛Riechhärchenという短くて細い原線維性の総をつけている(図598).

これは長さ約2µの繊細な小毛で,先がとがっており,6~8本あって多くのばあいやや放射状に散開している.小毛が直接に付着している細胞の部分は,薬品で処理した標本では,大きさのいろいろなボタン状のふくらみを示すが,この部分が自然の状態でも嗅小毛の根ざす土台をなしているかどうかは,まだ確かでない.

[図599]家兎における嗅細胞の配列(G. Retzius,1900)

家兎の嗅粘膜の表面の一部.固有の上皮細胞の外表面のあいだに,嗅細胞の末梢端が黒い点をなしてならんでいる.左の方で嗅細胞が非常に数多く,右へかけて次第に少くなっている.

[図600]生後8日のハツカネズミの嗅粘膜から(v. Lenhossék)

a 嗅細胞,その下端で1本の嗅糸線維につづいている.b, c 自由神経終末.

2. 支持細胞Stützzellenは円柱細胞Zorlinderzellenともよばれ,その核は卵円形で,嗅細胞の円核帯の外方縁にあって,みな同じ高さに並んでいる.かくして楕円核帯Zone der owalen Kerneができているのである(図595, 597).細胞の末梢部は太くて,その下端のところに核がある.この末梢部には核より外方のところに帯黄色の色素顆粒がある.支持細胞は核のあるあたりから結合組織に達するまでの部分が細くて,しばしば圧平されており,嗅細胞を容れるへこみをもっていることが多い.支持細胞の基底がわの端はしばしば分岐し,鋸状をなし,かつ足板をもっている(図596).細胞のこの部分にも色素がある.細胞内に縦の方向に1本の支持原線維Stützfibrilleが通っている.

 嗅細胞の細胞体は,ところどころで楕円核帯より外方にのび出ているものがあり,このような嗅細胞の末梢がおの突起は非常に短いのである.この種の嗅細胞は異型atypische Formとよばれる.これはDogielが魚類と両棲類で記載してRiechzapfen(嗅栓)とよんだ構造物を思いおこさせる.

3. 補充細胞Ersatzzellenあるいは基底細胞Basalzellenとよばれるものは上皮の結合組織に対する境のところにあって,大体において円錐状であるが,突起をもって細胞間橋をつくってたがいにつながり合い,原形質性の網を形成している.

 哺乳動物では上皮の自由表面が嗅境界膜Membrana limitans olfactoriaとよばれるクチクラ性のうすい膜をもっている.この膜には嗅細胞の末梢がわの突起の1ずつに対して小さい孔があいている.つまりこの孔から突起が表面に顔を出しているわけである.しかし支持細胞はこの膜にすっかり被われている.

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 嗅境界膜の外面には支持細胞に対応するところで,放射状にこまかい線条のついたクチクラ性の被いがしばしばみられる.これは腸の上皮細胞の小棒縁Stäbchensaumを想わせる.嗅境界膜は今目なお時どき論議の的になっているが,それはこの神経上皮の全体の自由表面のところを保護する膜であると同時に,これを固定する装置でもある.

 嗅細胞神経上皮細胞Neuroepithelzellenである.嗅細胞の中枢がわの突起は神経突起であって,嗅糸球において終末分枝をなしている.

 嗅上皮が線毛上皮と境を接するところ,および線毛上皮じしんのなかに,上皮内神経線維intraepitheliale Nervenfasernがあり,これは粘膜の結合組織性の部分から上皮内へはいってきて,ここで細胞と結合することなく上皮中を表面の近くにまで進む. これは三叉神経に属する単純知覚性の神経線維の終末であるが,おそらく一部はまた終神経N. terminalisに属すると思われる(372頁).これと全く同様な自由終末が嗅部の領域内でも嗅糸線維の細胞性終末とともに存在する(図600).

 魚類・両棲類・爬虫類・鳥類では哺乳動物およびヒトと同一の典型的な構造の嗅粘膜がみられる.嗅細胞が同様の動かない嗅小毛をつけているのに対し,支持細胞は線毛運動をする毛をつけている.魚類の嗅粘膜はみな多少とも複雑なひだをなして高まり,このひだの群が横列をなすもの,放射状や花冠状にならぶもの,縦にならぶものなどがある.魚の嗅粘膜には嗅蕾Geruchsknospenとよばれる蕾状の粘膜部があって,これは嗅上皮をもっており,各嗅蕾のあいだは普通の上皮で被われている.魚の嗅蕾がいかなる範囲に分布しているかはまだ決定されていない.いずれにしても嗅蕾は魚の外皮にみられる神経丘Nervenhügelと相同のものとは考えられない.なぜなら後者にはふつうの上皮内自由神経終末が存在するからである.Kanon (Arch. mikr. Anat., 64. Bd. )(加門桂太郎(もと京都大学教授)が1904年にWürzburgで発表した研究,Über die “Geruchsknospen”653~664頁.)の研究によればEsox (シクカギョ)(敷香魚と書く.谷津直秀:動物分類表による.)およびTrigla(ホウボウ)の嗅蕾はこれらの動物の嗅蕾とは全くことなっている.

 嗅粘膜の結合組織性の部分は疎であって,リンパ球に富み,結合組織線維にとぼしい.ところどころに本当のリンパ小節というべきものがある.そのほか粘膜は血管神経に富んでいる.

 嗅部の腺は嗅腺Glandulae olfactoriae(図595)とよばれ,かなり密集して存在する不分枝あるいは分枝管状腺(太さ60µ)である.粘膜固有層のなかにあって,その細い(広さ4µ)導管が上皮を貫いている.腺体をなす細胞は黄色の色素をもっていることがある.嗅部の粘膜が黄色にみえる原因の一部はこれであるが,またその主な原因をなすのは支持細胞がもつ色素であって,さらに固有層の結合組織細胞も色素をもっている.嗅部に隣接するところでは呼吸部の線毛上皮細胞にも同様の色素沈着がみられるので,黄色の色調の範囲から嗅粘膜の広がりを決定することはできない(575頁).

 ヒトの嗅腺の分泌細胞は決して粘液をださない.従ってこの腺は純漿液腺である.

 しかしPaulsenによると,多くの哺乳動物の嗅腺は混合性の上皮をもっている.すなわち漿液性の細胞のあいだに粘液性細胞も存在するのである.

 さらにヒトの嗅腺のひとつの特徴は粘膜下の貯蔵所subepithelialer Behälter というべき部分があることで,これはさまざまな大きさのふくろで,上皮を貫いて細い導管を外方へ送る一方,反対がわでは何本もの腺管をうけ入れている.この貯蔵所は脂腺の或るものにみられる洞Sinusの像を思わせる.このふくろの壁が外に向かっていくつものへこみをなしていることがある.うすい単層扁平上皮で被われており,内容に固形物は全くない.嗅腺の開口様式の第2の型は線毛上皮で被われたくぼみ,すなわち陰窩Kryptenであるが,これは第1の型よりまれである.これら2型の嗅腺は嗅部の範囲をすべての方向にかなりの広さで越えてひろがっている.

 比較的太い嗅糸はその場所の骨の小さい管や溝のながにあり,比較的細いものが粘膜を貫いて次第にその表層に達する.これら嗅糸のすべてが脳膜からおこってくる神経周膜の鞘で包まれている.嗅糸の線維はすべて無髄であり,しかも無髄線維の特別なものである(図595および第I巻72頁).

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ヤコブソン器官Jacobsonsches Organ

 ヒトのヤコブソン器官は痕跡的なもので,もはや何らの感覚作用をもたない.この器官の外側壁は鼻粘膜の呼吸部の上皮で被われている.これに対して内側壁の上皮は丈が高くて嗅部の上皮に似ていて,すらりとした長い細胞をもっている.しかし糸状の感覚細胞は存在しない.ここには円柱状の支持細胞があり,その間にそれより短くて自由表面に達しない紡錘形の細胞がある.この細胞は嗅細胞の完全な段階まで発達しないもの,あるいはかなり高い発達段階から逆に萎縮したものと考えられるが,また発達がいっそう進んだ補充細胞とも考えることができる.

 多数の桑果状ないし球状の石灰結石が上皮の全領域に散在し,この器官がすでに活動を停止したものであることを示している.

 Köllikerの指摘したところによると,胎生8週の人胎児では,ヤコブソン器官に嗅糸の1が来ているのである.この神経はヤコブソン器官の上皮から中枢の方へ伸びたものと考えてよいから,この器官はこの時期には高度に発達していたといえる.そののちに退行的な変化が起るのである.

 切歯管Ductus incisivusと切歯乳頭Papilla incisivaはヤコブソン器官と密接な関係にある(130,132頁).哺乳動物でも実際にはたらいているヤコブソン器官は,その動物6嗅粘膜と同じ構造をもっている.

 嗅覚の中心伝導路については図486, 505および417, 443頁をみられたい.

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最終更新日 13/02/03

 

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