Rauber Kopsch Band2. 78

S. 656

II. 内耳Auris interna, inneres Ohr

A. 骨迷路Capsula ssea labyrinthi, knöchernes Labyrinth

 骨迷路は前庭Vestibulumとよばれる中央の部分と,その前方にある蝸牛Cochleaと,後方にある半規管Canales semicircularesから構成される.前庭には膜迷路に属する2つの小嚢がある.残りの部分は,骨性の蝸牛のなかに膜性の蝸牛管Ductus cochlearisがあり,骨性の半規管のなかに膜性の3つの半規管があることは名前を見ただけでわかる.

 内耳神経および迷路の脈管をみちびいている管が内耳道Meatus acusticus internusであって,この内耳道は骨迷路と密接なつながりをもっている.順序としてまず内耳道をしらべてみよう.

1. 内耳道Meatus acusticus internus, innerer Gehörgang(図687, 688)

 内耳道は側頭骨の錐体乳突部を貫いて外側へ向かって伸びている管で,内耳孔Porus acusticus internusではじまり,約0.7~1cmの短い経過ののちに内耳道底Fundus meatus acustici interniでゆきづまりになっている.内耳道に向かった内耳道底の面は横稜Crista transversaという水平方向の1本の隆線によって,上方の小さい領域と下方の大きい領域に分れている.

 上方の領域には前内側に寄って顔面神経管口Introitus canalis n. facialisがある.その外側には1群の小さい孔があって,前庭神経の大部分の線維束がここを通っている.この小孔群の存在する領域を卵形嚢膨大部[前庭]Area vestibularis utriculoampullarisとよぶ.

 下方の領域はいっそう広くて,蝸牛野Area cochleaeとよばれる前方の領域にはラセン状の1つの帯がみられる.ここには多数の孔が渦巻き状に並んでいてラセン孔列Tractus spiralis foraminosusとよばれ,蝸牛神経の線維束がここを貫く.ラセン孔列の後端に隣って1群の小さい孔があり,球形嚢[前庭]Area vestibularis saccularisとよばれる1領域をなしている.また下方の領域の後方3mmほどのところに,直径約1/2 mmのかなり大きい孔がたった1つあいている.これは単孔Foramen singulareとよばれ,前庭神経の後膨大部神経N. ampullae posteriorisが通る孔である.

[図687]新生児の左の側頭骨錐体部

[図688]内耳道底 左の側頭骨(×3)

S. 657

2. 前庭Vestibulum, Vorhof(図689691, 695697)

 骨迷路の前庭は前方では蝸牛に,後方では半規管につながっている.前庭の内側壁は内耳道底に属する一方,外側壁は鼓室の内側壁に当たっている.

 外側壁では2つの孔が目立っている.これらは鼓室の観察(649頁)のときすでに外方から見たもので,上方の1つは腎臓形であり,下方のは円または三角に近い形である.前者は前庭窓Fenestra vestibuliで前庭腔に通じ,後者は蝸牛窓Fenestra cochleaeで蝸牛腔に通じる孔である.

 内側壁でまず目につくのは上下の方向に走る1本の隆線によって分けられた2つの浅いくぼみである.そのうち前方のくぼみの方が境界が鮮明で位置がやや低い.これは球形嚢陥凹Recessus sacculiとよばれて球形嚢をいれている.後方のくぼみはそれより大きくて卵形嚢陥凹Recessus utriculiとよばれ,卵形嚢がここにある.また上下の方向に走る隆線は前庭稜Crista vestibuliとよばれ,その上端は多少強く高まって前庭錐体Pyramis vestibuliをなしている.前庭稜の下方でやや後方に1つの浅い溝があって,これが1つの孔に通じている.この孔は前庭小管の内方の開口であって,前庭小管の前庭口Apertura vestibularis canaliculi vestibuliとよばれる.球形嚢陥凹のすぐ下前方には蝸牛への入口があって蝸牛陥凹Recessus cochlearisとよばれる.

 三つの半規管は5つの口をもって前庭の後壁に開いている.図689にはそれが全部みえている.

 前庭錐体のところにはフルイのように孔があいていて卵形嚢膨大部篩状野Area cribriformis utriculoampullarisとよばれる.これは内耳道底の卵形嚢膨大部前庭野に対応している.球形嚢陥凹も1つの篩状野を呈し,これは球形嚢篩状野Area cribriformis saccularisとよばれて,内耳道の球形嚢前庭野に対応するところにある.

[図689]左側の骨迷路を開いたところ(×5)

S. 658

第3の節状野が後半規管の膨大脚の開口の近くにあって,膨大部篩状野Area cribriformis ampullarisとよばれる.これは内耳道の単孔に対応している.

 したがって内耳神経の諸枝が内耳道底を貫く部分のうちで,前庭に通じないのはたった1つだけで,ほかのすべてはそれぞれ前庭に開口をもっているのである.前庭に通じない唯一のものというのはラセン孔列Tractus spiralis foraminosusであって,これは蝸牛に通じるのである.

[図690, 691]子供の骨迷路(左)×2

図690は外側から,図691は内側からみたところ.

3. 骨半規管Canales semicirculares, knöcherne Bogengänge

 骨半規管はC字形にまがった3つの骨性管で,管の形は円柱を弯曲面に垂直の方向から圧平した形である.前庭から出てまた前庭に開いている,管の長さは不同であるが内腔の太さはほぼ同じであって,楕円形の横断面の短径は0.8~1.0 mm, 長径は1.2~1.7mmの範囲内にある.管の内腔はその中にある膜迷路の管よりずっと太くできている(図706).3つの半規管ともに全円周のほぼ2/3に相当する弧をえがいている.また各管の両脚のうち膨大部脚Crus ampullareとよばれる方には骨膨大部Ampulla osseaという著しく広がった部分がある.膨大部脚の開口は3あるけれども,膨大部をもたない方の脚の開口は2しかない.もっとも膨大部をもたない脚の開口も,やはりかるいふくらみは示しているのである.

 三つの半規管はたがいにほぼ垂直をなす3つの平面上に位置している.

S. 659

 上骨半規管Canalis semicircularis superior(前骨半規管Canalis semicircularis anterior(Anterior semicircular canal))は他の迷路のどの部分よりも上方にぬきんでていて,側頭骨錐体部の上面に弓状隆起Eminentia arcuataという高まりを生ぜしめている.その膨大部は上骨膨大部Ampulla ossea superior(前骨膨大部Ampulla ossea anterior(Anterior bony ampulla))とよばれて,外側半規管の膨大部のそばで前庭の上部に開くのである.上半規管の単脚Crus simplexは後半規管の単脚と合して共通の総脚Crus communeとなり,それが前庭の後部でその内側壁に開いている.上半規管の長さは凸側縁で測つて18~20mmである.

 後骨半規管Canalis semicircularis posteriorは22mmあって,3つの管のうち最も長いものである.その膨大部は後骨膨大部Ampulla ossea posteriorとよばれ,前庭の下後壁に接している.後半規管の単脚は上半規管の単脚と合流して総脚になる.

 外側骨半規管Canalis semicircularis lateralisは14~15mmで最も短い.2つの口をもって前庭の上部と後部に開いている.その膨大部は外側[骨]膨大部Ampulla ossea lateralisとよばれ,上膨大部のすぐそばにあり,前庭窓の上でやや前外方に当たっている.単脚は総脚と後膨大部とのあいだで前庭に合する.

4. 蝸牛Cochlea, knöcherne Schnecke(図689697)

 蝸牛は骨迷路の前方部をなし,その基底部はほぼ鉛直に立っており,蝸牛底Basis cochleaeとよばれて内耳道と境を接し,先端は外側に向かっていて鼓膜張筋半管に隣接している.蝸牛はまた前方では頚動脈管に接し,1枚の薄い骨壁でそれと境されているに過ぎない.蝸牛底の幅は8~9mmで,先端と底との距離は4~5mmである.蝸牛の回転の中軸は内耳道の方向とほぼ同じで,いくらか外側下方へと傾いている.

 蝸牛を貫いている管は蝸牛ラセン管Canalis spiralis cochleaeとよばれ,前庭の前下外側の隅からはじまっている(図689).岬角Promunturiumとしてすでに述べた鼓室内側壁のあの高まりは,蝸牛の起始部に当るのである.

 蝸牛の回転の数は2 1/2~2 3/4である.回転は同一平面内でまいているのではなく,前のものより次のものが常にせり上りながら,同時に狭くなってゆくのである.最後の半回転は強く圧平された形をしている点と,第2の回転の終りの部分と同じ高さの面に並んでいる点で,他の部分と異なっている.従って蝸牛頂Cupula cochleaeとよばれる部分は,第2回転の終りの部分と盲端部とを一緒にしたものでできている.ラセン管の全長は28~30mmである.ラセン管の内腔の断面の形は長径2mmの楕円形のところもあれば,半円形やかどのとれた三角形のところもある.もっともこれは蝸牛軸から張りだす骨ラセン板を考慮に入れないでの話である.ラセン管の盲端部はかどがとれてまるくなっている.

 ラセン管によってとりまかれる蝸牛の中軸は,蝸牛軸Modiolus, Spindelとよばれ,海綿状の骨質からできている,つまり蝸牛軸はラセン管の内壁をなしているのである.ま々蝸牛軸の外壁は緻密な骨包でできている.ラセン管の上壁と下壁をなすのは,それぞれの回転と回転のあいだの隔壁Zwischenwandである,隔壁は第1と第2の回転のあいだではかなりの厚さがあるが,それより先にゆくにつれて薄くなっている(図693).

 蝸牛軸は蝸牛底のところで蝸牛軸底Basis modioliをもってはじまるが,その先は蝸牛頂まで達しているのではない.第2の回転と最後の半回転とのあいだを見ると蝸牛軸のつづきのようなものが蝸牛頂にまで伸びている.しかしこれは緻密骨質でできていて,これらの両回転のあいだの隔壁の部分にほかならないのである.これは蝸牛軸板Lamina modioliとよばれる.

S. 660

前にも述べたように,最後の(第3の)半回転は第2の回転よりせり上つておらず,同じ高さに並んでいるので,それらの間の隔壁は上向きに立って,蝸牛軸とまちがえられるのも当然なのである(図692, 3).蝸牛軸板に管が通じていることはかなりしばしばであるが,これは最後の神経束が通る管ではなくて,1本の静脈がとおるのである.

骨ラセン板Lamina spiralis ossea

 蝸牛軸からこれをラセン状にとりまくようにして2枚の骨葉が出ていることは,蝸牛軸の外面を一見するとすぐわかる(図692).その1つは隔壁Zwischenwandで,もう1つは骨ラセン板である.隔壁はそれぞれの回転のあいだを仕切るものであるが,骨ラセン板の方は管の中ほどまで伸びているだけで,ラセン管の外壁には達しない.こうして骨ラセン板はラセン管を2本の相並んで走る道に不完全に分けている.これらの道は蝸牛の階Treppenという名でよばれている,骨ラセン板にそのつづきとして膜ラセン板Lamina spiralis membranaceaがつくと,両階の仕切りはたった1つの場所を除いて完全なものとなる.一方の階は前庭階Scala vestibuli, Vorhofstreppeとよばれ,広い開口をもって前庭に通じている.すなわち前庭から起こっている.もう1つの階は広い開口をもって蝸牛窓によって鼓室に開くもので,これを鼓室階Scala tympani, Paukentreppeとよぶ.しかし自然のままの状態では蝸牛窓が第二鼓膜によって閉ざされていることはすでに述べた.両階のうちで前庭階はその外側部に,蝸牛器官の全体を通じてもっとも重要な部分である蝸牛管Ductus cochlearisをもつことが特に著しいのである(図686).

 骨ラセン板は図689でみるように,後半規管の膨大部脚の開口および蝸牛窓の近くで,前庭の内側壁からはじまっている.

 骨ラセン板の初まりの部分に向いあって1枚の骨小板が出ていて,ラセン板の自由縁と外側壁とのあいだのすきまを狭くしている.この骨小板には第二ラセン板Lamina spiralis secundariaという名がつけられている.これは前庭から遠ざかるほど低くなって,最初の1回転の半分の長さのところですでに消失してしまう.骨ラセン板と第二ラセン板の出発点は,前庭の蝸牛陥凹Recessus cochlearisとよばれる場所である,この陥凹は前庭稜の下行部と球形嚢陥凹の下縁とによって囲まれる小さいくぼみで(図689),膜性の蝸牛管の前庭盲端を容れるところである.骨ラセン板と第二ラセン板とのあいだの細長いすきまは,蝸牛のそのほかの腔所と同様に膜ラセン板によって閉ざされている.

[図692]蝸牛ラセン管を開いたところの模型図×5

1, 2, 3 蝸牛軸,1 蝸牛軸底, 2 蝸牛軸, 3 蝸牛軸板, 4, 4, 4 骨ラセン板, 5 骨ラセン板鈎,6, 6, 6 隔壁, 3と3のあいだに蝸牛孔がみえる.7 鼓室階,8 前庭階.

[図693]蝸牛の中央を通る断面 ×5(Arnoldによる)

2, 2, 2 骨ラセン板, 3, 3, 3 鼓室階, 4, 4, 4 前庭階, 5 蝸牛軸をつくる多孔性の骨質.

[図694]蝸牛管の上端

dc 蝸牛管, k 頂盲端, h 骨ラセン板鈎,t 蝸牛孔--前庭階(読者に近い方にあってその上壁はとりさつてある)と鼓室階との間の開放性結合.

S. 661

 骨ラセン板は最後の半回転の初まりのところで蝸牛軸からはなれて,鎌形の骨小板として遊離した状態で蝸牛腔内につき出ている.この遊離した骨ラセン板の部分は骨ラセン板鈎Hamulus laminae spiralis(図689, 692)とよばれ,その凸縁が外方に向き,凹縁が蝸牛軸板(すなわち蝸牛軸のつづき)の方に向いている.このようにして骨ラセン板鈎によって囲まれて生ずる門は蝸牛孔Helicotrema(図694)とよばれる.膜ラセン板は鈎の凸縁から起こっており,蝸牛管もそれにくっついていて,いずれもこの蝸牛孔を充たしていない.この門を通って前庭階と鼓室階とがたがいに移行しているのであって,これら両階は他の場所では完全に分離されていて,この蝸牛孔を通じてのみ,いつも自由につづいているのである(図694).

 骨ラセン板は緻密な1つの骨板ではなくて,ラセン状のすきまによって2葉に分れている.そのうち前庭階がわの1葉はかなりの厚さがあるが,鼓室階がわのものは薄い骨の箔をなしているにすぎない.このすきまは骨ラセン板の中をその全長にわたって伸びており,蝸牛神経がその終末領域である蝸牛管ヘラセン状に放散して達するさいに,その通路をなしている.このすきまは蝸牛軸に近づくと横断面が卵円形の管となり,広くなっている.この部分は蝸牛軸ラセン管Canalis spiralis modioliとよばれ,その中にラセン神経節Ganglion spirale cochleaeがある.蝸牛軸ラセン管にはラセン列の孔からはじまるたくさんの管,すなわち蝸牛軸縦管Canales longitudinales modioliが続いている(図686, 688).

 鼓室階の初まりのところに蝸牛小管の内口Abertura abyrinthica carialiculi cochleae(図689)がある.蝸牛小管はここでロート状をなしてはじまり,側頭骨の錐体の下面にある蝸牛小管の外口Apertura externa canaliculi cochleaeという円錐状のくぼみで終ることは,すでに骨学で述べた.蝸牛小管の内口からわずかに離れたところに,横走する小さい骨隆線がある.これは蝸牛窓稜Crista fenestrae cochleaeとよばれ,第二鼓膜の付着に関係している.さ. らした標本ではこの稜が蝸牛窓と鼓室階とのあいだのいわば閾をなしている.

迷路の鋳型(図695697)

 鋳型をみることによって迷路の内腔の観察を補なうことにしよう.鋳型によって内腔の全系統が立体的な像として示される.そのさい自然の状態でのくぼみは高まりとして,また突出部はへこみとして現われるのであるが,空所の形とその相互関係がを無はだ明瞭にわかるのである.

[図695697]骨迷路の鋳型(ベルリン大学解剖学教室の標本によってM. Wendland描く)×2

図695は左の迷路を外方から,図696は右の迷路を内方から,図697は左の迷路を上方からみる.a, a, a 半規管の膨大部;s 上半規管,p 後半規管,e 外側半規管,c 蝸牛,c' ラセン孔列,fo 前庭窓,fr 蝸牛窓,re 卵形嚢陥凹,rs 球形嚢陥凹,av 前庭小管.

S. 662

B. 膜迷路Labyrinthus membranaceus, häutiges Labyrinth

 膜迷路はよく発達した中央部と,それから発する特有の形をした何本かの管からできている(図698, 699).これらの管の多くのものは平衡覚部Pars staticaと総称され,これに対して聴覚部Pars auditivaというのは蝸牛管だけからなっている.中央部を構成するのは2つの小嚢で,その1つはやや長く伸びた形の卵形嚢Utriculus,もう1つはだいたい円いがやはり多少つぶれた形の球形嚢Sacculusである.中央部から出ている管は3つの膜半規管Ductus semicirculares,内リンパ管 Ductus endolymphaceus,連嚢管Ductus utriculosaccularis,結合管Ductus reuniensとこれに続く蝸牛管Ductus cochlearisである.卵形嚢は長さ5~6mm, 球形嚢は長さ3mm,幅2mmである.

 卵形嚢は球形嚢の壁と1ヵ所で寄り合っている.といっても両者の壁が融合して1枚の壁に,つまり1枚の隔壁になっているというわけではなく,両者の壁はたがいに分離している.内径0.17mmの細長い1本の管が両嚢と開放性に結合しており,これを内リンパ管Ductus endolymphaceusという.内リンパ管から球形嚢につづく脚の方が太くて,もう1つの卵形嚢に開く脚の方が細い.後者を連嚢管Ductus utriculosaccularisという.内リンパ管はその末端部でふくらんで,内リンパ嚢Saccus endolymphaceusというかなりの大きさの平たいふくろになっている.これは長さ約1cm,幅5~8mmのふくろで,前庭小管の内口より外側にあり,側頭骨の錐体乳突部の後面に接して硬膜の2葉のあいだにはさまれている.その方向は下外側方へと伸びている.

 なお卵形嚢からは3つの膜半規管Ductus semicirculares, hdiutige Bogengängeが出ている.その横断面は楕円形で長径0.5~0.58mm,短径0.3~0.4mmである.長径は半規管の弯曲線を含む面に垂直の方向である.

[図698]胎生5カ月の人胎児で右の耳の膜迷路を内側からみる(Retziusによる,多少改変)×10

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各半規管は全円周の約2/3の弧をえがいている.しかも3つの管がたがいにほぼ垂直の平面内にある.

 三つの半規管はその位置によって上,後および外側[膜]半規管Ductus semicircularis superior, posterior, lateralisに区別される.成人ではこれらの膜半規管は骨半規管内のそれぞれ定まった位置に,結合組織索によってつなぎとめられている(図706).

 おのおのの膜半規管は2つづつの脚をもっていて,それによって卵形嚢に開いている.したがって6つの開口があるはずであるが,鉛直方向の2つの半規管(上および後半規管)の相寄る2脚が開口のかなり手前で合して,1本の共通な管(総管Ductus communis)をつくっている.それゆえ半規管が卵形嚢に開く口は5しかない.かなり根拠のある別の見解によれば,総管は卵形嚢の一部が太い管状になった部分であって,卵形嚢上洞Sinus superior utriculiとよぶべきものであるという.これに従えば,すべての半規管をあわせて,6の口が卵形嚢に開くことになる.

 半規管の開口部や終末部がみな形や意義を同じくするものではない.半規管の初部Anfa ngsteileとよばれる3つの開口部は,著しくふくらんでいることと,神経上皮をもつ1つの隆起がそのふくらんだ内腔へ出ていることを特徴としている.このふくらんだ初部は膜膨大部Ampullae membranaceaeとよばれ,神経上皮をもつ隆起は膨大部稜Crista ampullarisとよばれる.従って膨大部は3つあるわけで.それぞれ上(前),後,外側膜膨大部Ampulla membranacea superior, posterior, lateralisとよばれる.膨大部稜もまた3つあって,それぞれに1本ずつ前庭神経の枝が行つて,そこに終末している(図698, 699).

 上半規管と外側半規管の膨大部および膨大部稜は,たがいに非常に近よっている.これに反して後半規管の膨大部と膨大部稜は他の2者と非常にはなれた所にあり,反対がわにあるといってもよいほどである.3つの膨大部は形と大きさがほぼ同じであって,その径は半規管の伸びている方向には2~2.5mmであるが,それと直角の方向には1.5mmである.膨大部の神経が進入するところは半規管の凸側にあって,膨大部溝Sulcus ampullarisという横走する1本の溝として示されている.膨大部稜は半月形をなして横の方向に伸び,膨大部の全周の1/31/2を占めている.

 膨大部以外の半規管の全領域には,いかにしらべてみても神経終末がみつからない.膨大部のない方の脚も,とくに外側半規管では明かに軽いふくらみをなして卵形嚢に開いているが,やはりここにも神経は来ていない.

 卵形嚢と球形嚢においても神経上皮は壁の一定部分に限られている.すなわち両嚢はそれぞれ1つの神経終末領域をもっているのであって,これを平衡斑Maculae staticae という.

 卵形嚢斑Macula utriculiは平らな卵円形で,長さ3mm,幅2.4mmである.卵形嚢の底の一部と前壁の一部を占めて,さらにご㌧から外側壁にも伸びている.神経は上前方から卵形嚢斑に達する(図698).球形嚢斑Macula sacculiは卵円形(長径2.5mm,短径1.5mm)で長軸を上下に向けている.一さてこれら5つの神経終末領域のほかに,なお6の終末領域が蝸牛管のなかにある.

 蝸牛管Ductus cochlearis, Schneckengangの横断面は迷路の腔所の他の部分のように円かったり平たかったりせず,三辺形に近い形である(図686).また蝸牛管には2つの閉じた端がある.1つは球形嚢にとなる端で前庭盲端Caecum vestibulare, Vorhofsblindsackとよばれ,もう1つの端は頂盲端Caecum cupulare, Kuppelblindsackとよばれる.

[図699]膜迷路とその神経

1 内耳道内の顔面神経,2 前庭神経の前方部,その枝が5,8および9に分布しているところ.3 前庭神経の後部,その枝が6と10に分布する.4 蝸牛神経,5 卵形嚢,6 球形嚢,7 総管,8 上(前)膜膨大部,9 外側膜膨大部,10 後膜膨大部,11 外側半規管の後端.

S. 664

前者は前庭の前縁のところにあり,後者は骨性の蝸牛ラセン管の頂のところにあるからである.これらの両端のあいだの蝸牛管は直線的に伸びているのではなくて,骨性のラセン管の構造に従って,せり上りながらラセン状に回転している.前庭盲端もまっすぐな管の部分をなさず,ほぼ半円をえがいて外方から内方へまがっている.蝸牛管は前庭盲端の近くで,結合管Ductus reuniensという短い管によって球形嚢につながっている.神経終末領域は細長い1つの帯をなして隆起している.これがラセン器Organon spirale,いわゆるコルチ器官Cortisches Organである.ラセン器は蝸牛管の全長を貫通し,したがって蝸牛管と同様にラセン状にまいている.幅はせまいがかなり長さがあるために,ラセン器は驚くほど多数の神経線維の終末部となっている.蝸牛管は全体で2 1/2~2 3/4回転しており,長さは28~30mmである.

[図700]第2回転のところで蝸牛管を横断してかなり拡大した図(×50) 図686を参照せよ.

 以上述べたことから分るように,膜迷路のすべての部分はたがいに開放性につづいているのである.つまり蝸牛管の頂盲端から,内リンパ嚢や半規管の最も遠い端ばしにいたるまで,道が開いて通じている.

S. 665

この特有なかたちをした管系の中にふくまれる液体を内リンパEndolymphaとよんで,膜迷路の外面を洗う液体,外リンパPerilymphaと区別している.後者は迷路のリンパ路に属するものである.

 いままでに述べた6つの神経終末領域に内耳神経の諸枝が到達している.

C. 迷路の微細構造

1. 前庭と半規管

 球形嚢・卵形嚢および3つの半規管の壁は全体として薄く,平衡斑と膨大部稜のところだけがかなりの厚さを示している(図701, 705).平衡斑では厚さが 0.15~0.2mmである.壁はどこでも皮膚の場合と同様に上皮性の部分結合組織性の部分とからなっている.この2つの部分は基底膜Grundhautというガラスのように透明な層によって境されている.基底膜につついて網胞をふくむ線維性結合組織の層があり,これは場所によって厚さがまちまちである.この層には弾性線維もふくまれ,球形嚢・卵形嚢・半規管にゆく脈管や神経が通っており,また上皮層を周りのものと結合する役目をもなしている.平衡斑と膨大部稜では結合組織の内層(基底膜に接する層)がはなはだ細胞に富んでいる.これに対して外層は次第にゆるくほぐれて,線維束が網のような配列を示す.膜半規管では基底膜がすこぶる厚く,ここでは基底膜が壁の主成分をなしている.

[図701]球形嚢斑の辺縁部 (×400)

図の両片のあいだの白いすきまは斑のかなり大きい部分を除去してあることを示す.

 上皮はどこでも単層で,一般に丈が低い.ただ一定の場所に限って丈が高くなっており,とくにそれは平衡斑と膨大部稜とで著しい.ここでは上皮が神経上皮Neuroepithelとなっている.

 膨大部稜の端は円柱上皮によってくまどられている.そのため神経上皮のまわりに半月形の縁が生じている.膨大部稜に向い合った1本の線条部にも円柱細胞がある.半規管の凸側の壁を走る1本の線条(いわゆる縫線Rhaphelinie)に沿っても円柱細胞がある.ここでは丈は低いけれどもほつそりした上皮細胞が密集している.

 平衡斑および膨大部稜の神経上皮には有毛細胞糸状細胞という2型の細胞がある(図702).糸状細胞Fadenzellenは支持細胞Stützzellenともいい,基底膜から上皮の表面まで達する細長い細砲で,上下の両端が多少とも太くなっている.核は下端の近くか,それより少し高いぐらいのととろにある.

S. 666

上端部の原形質はしばしば黄色の色素粒子をふくんでいる.平衡斑においては糸状細胞が比較的太くて低く,膨大部稜では長くて細い.有毛細胞Haarzellenは糸状細胞のあいだにあって,糸状細胞によってたがいにへだてられている.その円みをおびた自由端は上皮の表面にまで達し,自由端の面の形は卵円である.しかし下端部は大きい球状の核をもっていて,ビンのような形に広くなっており,上皮の高さの半分より下方には決して達しない(Retzius).この細胞の円盤状の自由端面からそれぞれ1本の小皮性の毛がはえている.この毛は基部はわりあい太いが先の方へ細くなってとがっていて,膨大部稜のもの(28µ)は平衡斑のもの(20~23µ)より長い.この毛は一般に聴毛Hörhaareとよばれ,そのおのおのは枝分れしない細い糸が密集している束なのである.標本作製のさいに,聴毛はたやすく分解して個々の糸がほぐれるので,聴毛が総のような状態となる.

 上皮にいたる神経線維は膜迷路壁の基底膜を通りぬけるときに髄鞘を失い,はだかの軸索となって神経上皮のなかに入り,糸状細胞のあいだを上方にまで進入する.そして有毛細胞の円くふくらんだ下端に直接に達するかあるいは側面にまわって,或る距離だけ有毛細胞の側面に沿って上行する.その最後の終末が有毛細胞の内部にあるという説はおそらく正しい.

[図702]新生児の卵形嚢斑の上皮細胞(G. Retzius)

平衡砂Statoconia(図701, 703, 704)

 二つの平衡斑の上には膠様の薄い層がある.これは以前に耳石膜Otolithenmembranとよびならわされたものである.これは無構造の柔かい物質でできた条が網状にならんでいるのであって,その表面には大きさ1~15µの平衡石Statolithen(以前には耳石Otolithen,聴石Hörsteinchenとよばれた)が単層をなして存在する.平衡石は両端面で2つの低い錐体がくつついた6面体の形をしている.炭酸石灰と多少の燐酸石灰のほか,うすい酸に溶けない窒素含有物質の基礎でできている.

 平衡石膜Statolithenmembranは特異なかたちの小皮形成Kutikularbildungとしての形態学的意義をもっている.これは蝸牛管に存在する被蓋膜Membrana tectoriaと相同のものである.

 膨大部稜には平衡石膜のかわりに,聴毛を包み囲んで杯をふせた形の高まりがあり,膨大部平衡頂Cupula ampullarisとよばれる.

半規管の乳頭

 膜迷路の壁にはわずかな高さの乳頭状の突出があって,孤立していることもあり,群をなして集まっていることもある.これは壁じしんと同じ基層からなるもので,扁平上皮で被われている.その出現する頻度は個体によって多少異なるが,全く欠如することはむしろ例外である.すでに新生児にみられることもあるが,生後に初めて形成されるのが普通である.

S. 667

この乳頭がもっとも多く見出される場所は膜半規管の側部,すなわちこの管を横断した楕円形において,もっともカーブの急なところである.しかし乳頭は半規管の凸のがわにも凹のがわにもないわけではない.

 内リンパ嚢にも同様の乳頭が見いだされた.

球形嚢・卵形嚢・膜半規管の固定(図704, 706)

 両嚢と膜半規管はそれぞれ前庭と骨半規管のなかで中央からはずれたところにその位置が固定されている.すなわち両嚢は前庭の骨壁のうちとくに内側壁に接してここに固着している.また膜半規管は骨半規管の凹側壁(弯曲の中心から遠いがわ)に接してここに固着しているのである.前庭と骨半規管は内面を薄い骨膜でおおわれている.両嚢と膜半規管とはまずこの骨膜に結合するのであるが,しかもこれらの膜迷路の結合組織性の壁と骨膜とのあいだには,かなりのすきまがある.つまりこれは膜迷路の結合組織の内部にふくまれる空所である.ここは一種のリンパ腔をなして外リンパPerilymphaによって充たされており,外リンパ隙Spatium perilymphaceumとよばれることはすでに述べた.

 アブミ骨底をとり去って,前庭窓から前庭の内部をのぞくと,そこに前庭の外リンパ腔の主要部分がみられる.外リンパ隙は前方では前庭階とそのリンパ腔につづいている.この前庭階が蝸牛孔のところで鼓室階へ移行する.その他のところでは鼓室階と前庭階は骨ラセン板と膜ラセン板によって隔'てられているのである.また外リンパ隙は鼓室に対しては第二鼓膜によって遮断されている.外リンパ管Ductus perilymphaceiという若干の管が,外リンパ腔と脳のクモ膜下腔とをつないでいる.このつながりのうちで重要なものが蝸牛小管であって,これは脳のクモ膜下腔と開放性に結合するのである.蝸牛小管にはそのほかに蝸牛小管静脈V. canaliculi cochleaeという1本の静脈が通っている.

 外リンパ隙は反対がわへも伸びて,半規管の凹側にある同様な腔隙につづいている.外リンパ隙はさらに内リンパ管の外面に沿って前庭小管め端にまで伸びる.外リンパ隙はまた,前庭の内壁を細かい神経管が多数貫くところで,頭蓋腔の方面へもつながりをもっている.この経路によってもクモ膜下腔と結合されているのである.

 前庭や骨半規管を被う骨膜の内面は粗になっており,これと両嚢および膜半規管の外面とのあいだには,いろいろな場所に結合組織索が張られている.これらの索はやはり骨包内にある軟い構造物の位置を固定するのに役だっている(図706).

前庭小管Canaliculus vestibuli

 前庭小管の内容として最も重要なものについてはすでに述べた.それは内リンパ管Ductus endolymphaceus(662頁)であって,それが盲端に終るところは広くなっていて,内リンパ嚢Saccus endolymphaceusとよばれるのである.さらにまた前庭の外リンパ隙のつづきが内リンパ管に沿って頭蓋腔の内面に達することも述べた.このリンパ路は前庭小管の骨膜と内リンパ管の壁の結合組織性部分とのあいだに存在する.前庭小管の内容としてはさらに1本のごく細い静脈があり,前庭小管静脈V. canaliculi vestibuliとよばれる.

[図703]ヒトの卵形嚢斑の平衡砂

平衡石が細かい粒子状の砂のなかにある.大きい結晶のいくつかには中央部に小球(空胞か?)がみられる.

S. 668

[図704]ヒトの球形嚢斑の横断(×50)

 *から*までが丈の高い平衡斑の上皮である.

[図705]ヒトの後半規管の膨大部稜 横断(×100)

S. 669

[図706]成人の上半規管の中央を通る横断(×50)

[図707]蝸牛管の第2回転のところの強拡大(×100) 図700参照

2. 蝸牛管と蝸牛
A. 蝸牛管Ductus cochlearis(図686, 700, 707)

 蝸牛管には3つの壁がある.1つは鼓室階がわの壁,1つは前庭階がわの壁,もう1つは外側壁である.

a)前庭階がわの壁は前庭階壁Membrana vestibularis(ライスネル膜Reissnersche Haut)とよばれ,うすくて繊細な膜であるが,肉眼でみとめることができる(図700, 707).

S. 670

この膜は2つの固定線(内方の線はラセン縁Limbus spiralis,外方の線は蝸牛管の外側壁の骨膜)の間にたいていまっすぐに張っており,内方の上皮層と外方の結合組織層とからできている.その結合組織はわずかしかないが微細線維性であって,そのためこの膜にはかすかにすじめが見える.外面は内皮細胞で被われている.うすい結合組織層のなかには成人では血管がないが,初期の血管のなごりが痕跡的に残っていることはある.内面の上皮は多角形の単層扁平上皮である.この細胞は表皮の胚芽層の最深層と同様に,しばしば黄色の色素粒子をふくんでいる.

b)蝸牛管の外壁は骨膜と密に結合している.この壁は[蝸牛]ラセン靱帯Lig. spirale cochleae(後述)の上方への放散と,血管条Stria yascularisとよばれる層とでできている.血管条は柔かくて血管に富んで少しもり上つており,蝸牛管の内リンパを分泌するものとされている.血管条の内面は蝸牛管の上皮で被われている.

 鉛直方向に切断してみると,血管条の内面は平らでなくデコボコしている.とくに下方の凸出は常に見られるもので,ラセン隆起Prominentia spiralisとよばれる.血管条のところで上皮は丈が高くて,前塵膜の上皮と同様に色素粒子をふくんでいる.血管条には血管がはなはだ豊富であって,とくにまがりくねって走る多数の毛細管があり,その一部は血管条の表面のごく近くにまで達して,各上皮細胞の側面と側面のあいだにはいりこんでいる.つまりここでは上皮内(上皮細胞間)interepithelialに血管が存在するのである.

c)蝸牛管の下壁は鼓室階との境をなす壁で,注目すぺき点がもっとも多い部分である.ここにはまず内方部(つまり蝸牛軸に近い方)と外方部とが区別される.内方部はラセン縁Limbus spiralisと骨ラセン板の鼓室唇Labium tympanicumでできている.また外方部は膜ラセン板とその諸構造物でできている.両部の内外方向の幅は,回転によって異なっており,蝸牛管の下壁全体の幅は蝸牛の頂回転に近づくほど増している.

ラセン縁Limbus spiralis(図707709)

 これは全体として骨ラセン板の外方端の部分にのっている低い高まりであって,蝸牛管の内腔へ突出し,外方ではヒサシのように伸びだして,ラセン板の前庭唇Labium vestibulareという鋭い稜をなしている.前庭唇の外側しかも鼓室階寄り(下方)にはラセン板の鼓室唇Labium tympanicumがある.また両唇のあいだにあるへこみはラセン溝Sulcus spiralisとよばれる.

[図708]ラセン縁

内方端から外方端までを含む1小片を上方からみる.R 前庭階壁のラセン縁への付着線,P ラセン縁の乳頭と乳頭間溝,zp 歯の形をした乳頭すなわちフシュケの聴歯,i 歯間溝,c 聴歯列の前端すなわち前庭唇,b 基底膜,上皮をとり去り,その下にある放線状の細かい溝がみえている.

 ラセン縁をその上方(前庭階がわ)からみると,前庭唇はたがいに平行した溝によって深く切りこまれて,位置のほず揃つた個々の部分に分けられている.これはHuschikeによって聴歯Gehörndhneと名づけられたもので,切歯をずらりと7000個ほども1列にならべたものと思えばよい.それより内方(つまり蝸牛軸に近いがわ)へ聴歯のつづきが伸びているが,ここでは長いのやまるいのが不規則に何列にもならんでいる.これはやはりラセン縁の実質の突出であって,しばしば特有の輝きを示している.突出のあいだにはくぼみがあって,フシュケの聴歯のところでは歯間溝interdentale Furchenとよばれ,そのほかの突出のところでは乳頭間溝interpapillare Furchenとよばれる.

S. 671

これらの溝は密集した小さい上皮細胞でみたされている.この上皮細胞は突出の部分にもないわけではなくて,その表面に上って来てはいるが,ここでは扁平になっている.つまりラセン縁の全表面は上皮性の細胞で被われているのであって,各細胞のさかいは硝酸銀によってはっきり示すことができる.前庭階壁の上皮がラセン縁の上皮に直接つづいている.

 ラセン縁で上皮の下にある組織は非常にかたい線維性の結合組織であって,ここには枝分れした突起をもつ紡錘形の細胞がある.少数の血管が表面の近くまで達することがあるが,それは稀なことである.ときにはこの結合組織のなかに石灰塩が沈着して不規則な小板をなしていることがある.ラセン縁の下面は直接に骨ラセン板の骨組織に接している.したがってラセン縁は1種の変化した骨膜であるといえる.

ラセン溝Sulcus spiralis(図710)

 ラセン溝と鼓室唇Labium tympanicumとは蝸牛管の下壁の内方部に属しており,やはり蝸牛管の上皮によって被われている.鼓室唇の上皮の下にはラセン縁のかたい結合組織のつづきをなす薄い1層がある.

基底板Lamina basialis(図707710)

 骨ラセン板の結合組織性の成分は外方にゆくと薄くなって基底板につづいている.鼓室唇の端が基底板に移行するところには,約4000の孔が1列にならんでいることが著しい.これは神経孔Foramina nervorumとよばれて,蝸牛神経の線維束がここを通るのである.神経孔は卵円形でその長軸は放線方向に向かっている.また神経孔をもっている板にはHabepula perforata(穿孔手網)という名がついている.蝸牛神経は神経孔へはいる直前に髄鞘を失うのである.

 基底板は内方(ラセン軸に近い方)では鼓室唇において1線をなして始まっている.そして基底板の外方端は厚くなり,すでに述べたラセン靱帯Ligamentum spiraleの実質中に放散している.基底板はこれら両付着線のあいだにきつく張られているのである(図707).

[図709]第2回転におけるラセン縁と基底板の上(前庭階がわの)面

上面を被う上皮の大部分をとり去ってある(G. Retzius)×800

S. 672

 基底板は固有膜eigentliche Membranと鼓室階被層tympanale Belegschichtからできている.固有膜には鼓室唇に近い内方の領域とラセン靱帯に近い外方の領域とが区別される.内方の領域弓状帯Zona arcuataとよばれ,鼓室唇からすぐあとで述べる外柱の付着部までの範囲であって,うすくて放線方向に細かいすじがついている.これに対して外方の領域櫛状帯Zona pectinataとよばれ,外柱からラセン靱帯までの範囲をいうのであって,上皮のほかに3つの層からできている.中央の均質層homogene Lageと,これをはさむ上下の線維層Faserlagenである.そのうち下の線維層の方が太い線維からできていて,より強く光を屈折し,一層はっきりとみとめられて,その横断は円柱状をしている.ラセン靱帯に達すると均質層がなくなって,両線維層がこの靱帯の結合組織へ移行するのである.表面からみると下の線維層の存在のために, この領域全体がクシのような外観を呈している.基底膜の外方の領域のことを櫛状帯とよぶのはそのためである.上下の両線維層には長めの核が少数散在している(図709).

 基底板の鼓室階被層は2層よりなっている.その1つは下の線維層に接する薄い均質な層であり,もう1つの層は原形質にとむ結合組織細胞が少数の層をなしてつみかさなった部分で,この細胞は胎生期に鼓室階と前庭階をみたしていた結合組織の残りものにほかならない.前庭階では前庭階壁の内皮がこの細胞層に相当している.いま述べた原形質にとむ細胞は卵円形の核をもっていて,ラセン状の方向にのびる原形質の突起を出している.この細胞層には鼓室唇の少し外側にラセン血管Vas spiraleという1本のごく細い血管があり,これは蝸牛管の全長にわたって伸びている.

基底板の上皮

 基底板の前庭階がわの面には蝸牛管の重要な一部をなす上皮がついていて,この上皮は一定の場所で神経上皮Neuro-Epithelになっており,これがコルチのラセン器Organon spirale(Corti)とよばれる.そしてここが蝸牛神経の終末の分布するところなのである.

 ラセン器の構成要素は,円柱上皮細胞がいろいろな程度に変形したものと,その一部のものに分布する神経線維とである.ここにある細胞および細胞から生じたものぼさまざまな種類である.すなわち有毛細胞・柱細胞・ダイテルスおよびヘンゼンの支持細胞・網状膜・被蓋膜.最後にあげた被蓋膜は小皮性のものである.

1. 柱細胞Pfeilerzetlen(図710)

 これには内柱Innenpfeilerと外柱Außenpfeilerとがある.柱という名前であるが,いずれも細胞と同格めものであって,細胞体の一部が剛い靱帯様の構造すなわちPfeilerになっているのである.また細胞体のうちでこのような変化を示さない部分は薄い層をなして柱を被い,基底部ではそれがとくに多く集まって核をつつんでいる.基底部に集積したこの原形質の部分は床細胞Bodenzelleともよばれる.内柱は神経孔のすぐ外方で基底板の前庭階面に突出し,蝸牛管の全長を貫いて1列にならんでいる.内柱は垂直に立っているのではなく,その上端が外方へ傾いている.内柱から少し離れたところで基底板上にある外柱もやはり斜めに出ているが,これは内方へ傾いて,その上端をもって内柱に寄りかかつている.かくして内外の両柱はラセン弓Arcus spiralisとよばれるアーチをつくり,トンネルTunnelraumという三角形の空所を橋わたして囲むのである.

α)内柱はその原形質性部分を除けば剛い帯状の索をなし,その広がった面をトソネルに向けている.内柱は足板Fußplatte,Körper,Kopf,頭板Köpfplatte,被蓋板Deckplatteからできている.足板は矩形をなして基底板上にかたく付いている.頭の端は太鼓のバチのように太くなっており,その外側がえぐれていて,そこに外柱の頭が接している.

S. 673

頭板はごく薄くて長く,矩形で,基底板とだいたい平行した面の上にある.その下面には外柱の舵をうけるための1本の縦の溝がある.頭板に対して柱頭からそれぞれ1本の下行する小さい突起が内方へ出て,2つの有毛細胞の自由端のあいだへ伸びて来ている.柱頭と頭板は隣りのもの同志で側面を非常に密に接しあっており,足板もそうである.しかし柱体と柱体のあいだには柱間隙Fissurae interpilaresというすきまがあいている.柱の実質は縦にすじがついており,これはおそらく角質線維を含むと思われる線維である.頭板もはっきりと縦走する線維の性状を示している.床細胞は柱体と基底板とにはさまれた鋭角のなかにある.

β)外柱もやはり放線方向に長く伸びた足板にはじまる.この足板は内柱よりずっと外方にはなれて基底板についている.また外柱にはそれぞれ1つのと,頭についているRuderという突起とがある.外柱は長さも幅も内柱よりいくらか大きい.したがってその数は内柱より少なくて,内柱の4個に対して外柱3個という割合である.体は断面が円くて内柱より幅が細く,かるくS字形にまがっている.幅がせまいために柱間隙が内柱におけるよりも広い.その四角形をした頭はたがいに密接して並んでいる.頭の内方の面は内柱の方に向かっていて,円く凸出して,2ないし3個の内柱の頭の,これに対応するへこみの中にはまっている.これに対して頭の外方の面は下から上へと軽くへこんでいる.おのおのの頭の外方縁の中央には1本のほつそりとした突起がついている.これはその先の方が舌か舵のように広くなっていて,Ruderまたは1列の節板Phalanx erster Reiheとよばれ,(普通には指節という訳語が用いられている.しかしPhalanxは元来「列をなすもの」という意味であって,手のPhalanxが指節であるからといって,聴覚器のそれをも指節と訳すのはま違っている.列板というのが最も正しいかもしれない.(小川鼎三))基底板と平行した方向にのびている.内柱のうすい頭板が外柱の頭の上へ伸びて来てこれを被い,また舵の内方部をも被っている.しかし舵め外方部は内柱の頭板に被われていない.外柱は内柱より数が少ないから,内柱の頭板のどれもが舵をうける溝をもっているわけではない.外柱の床細胞は内柱のそれと向いあわせになっていて,やはり柱体と基底板とにはさまれた鋭角のところに位置を占めている.

[図710]ラセン器の横断(放線方向の断面) (G. Retzius)

T トンネル, Nニュエル腔.

2. ダイテルス細胞Deiterssche Zellen(図710, 711)

 内方から外方へと見てゆくと,柱細胞の次にあるのがダイテルス細胞で,内外の柱細胞とは1つの間隙でへだてられている.ダイテルス細胞もまた支持構造に属する ものであって,小さい6角形の足板をもって基底板からはじまり,太さを増しながら斜め内方に傾いて上行し,長さの中央を過ぎてからはまた細くなって,節板突起Phalangenfortsatzという部分に移行している.この突起は網状膜をなす1個の節板と結合するのである.あるいはHensenが最初に見いだしたように,節板はそのダイテルス細胞の上端面が広くなったものじしんであるともいえる.細胞体の太くなった中央部では原形質が著しく顆粒状をなしており,またここに球形の核がある.

S. 674

顆粒性の原形質はこの細胞の節板突起のなかにまでも続いている.しかしダイテルス細胞の下端部はひじょうに明るい物質からできていて,ごくわずかしか顆粒性を呈さない.また各ダイテルス細胞は輝いた1本の細い糸によって全長を貫かれている.この糸はレチウスの糸Retziusscher Fadenとよばれ,細胞底のところで小さい足板をもって基底板から起り,この細胞の前面に沿って上行する.レチウスの糸は柱細胞の柱と同様に細胞形質が変化してできたものである.従ってダイテルス細胞も柱細胞であって,たずその剛い部分の形成が弱いだけのものといえる.

3. ヘンゼン細胞Hensensche Zellen(図710)

 これは基底板上でダイテルス細胞より外方にあって,ラセン器の外方の傾斜部をつくっている上皮細胞の大きな1群である.不規則な形で高さもいろいろと異なる細胞が単層をなして密に集合し,1つの高まりをつくっているのであるが,丈の高い細胞が低い細胞の上へかぶさるような位置をとることがあるために,多層配列と思えるような観を呈することがある.事実また上皮の圧力の関係によって上皮細胞の一部が他のものの上に完全に重なっていることもあり,これはラセン器の内方の傾斜部ではいつも見られる現象である.

 ヘンゼンの支持細胞は明るくて,顆粒も糸状構造もほんのわずかしかふくまれていない.この細胞はうすいけれども丈夫な被膜をもち,また球形の核を1つもっている.

 ヘンゼン細胞の外方には丈の低い上皮が続いている.これはクラウディウス細胞Claudiussche Zellen(図710)とよばれ,蝸牛管の外壁の上皮層に次第に移行している.

4. 網状膜Membrana reticularis(図712)

 これは個々の部分から組み立てられたきれいなモザイクをなしてラセン器の上にのり,たくさんのすきまがあって,そのすきまに外有毛細胞の自由端がはいり,これらの細胞を定まった位置に固定するのに役だっている,網状膜は第1~第4列の節板からなり,上述の外柱の舵はそのうちの第1列の節板に当たっている.節板の中央部はごく薄くて半透明であるが,縁の方は厚くなっていて,個々の節板にとっても,またそれらが相互に結合することによって板全体にとっても,かなり強い支柱となっている.節板の下面に,しかも節板の内方の広くなった部分に,ダイテルス細胞の節板突起が付いて,これに移行している.そのさい節板突起は蝸牛頂に向う方向で側方に傾き,それぞれが隣りの外有毛細胞と鋭角的に交叉して,節板の今のべた場所に固着するのである.節板の形は一般に8字形またはビスケット形であるが,弯入が小さかったり大きかったりするなど,いろいろの変異がみられる.第3列の有毛細胞の外方には節板のかわりに小さい多角形の小板があって,網状膜のいわゆる閉鎖枠Schlußrahmenをつくっている.その辺縁の糸は比較的よわいかまたは欠如している.閉鎖枠の小板にダイテルス細胞の第3(外方の)の上端が達している.図712において閉鎖枠の外方にはヘンゼン細胞の上端面がえがかれている.

[図711]家兎の頂回転のダイテルス細胞

細胞を縦にみる(G. Retziusによる,多少改変)

S. 675

[図712]網状膜の一部と柱細胞の頭板(Retziusの図を利用)

[図713]1個の外有毛細胞 強拡大(Retzius)

5. 内および外有毛細胞

α)内有毛細胞innere Haarzellen(図710, 712, 714)

 内柱の前庭階がわの斜面の上に1列にならんでいる細胞で,外有毛細胞よりいくらか短い.その下端部は太くなって,かどがとれて円くなっており,大きい球形の核がここにある.また自由端面は卵円形であって,内柱の頭の内方への突起によって,側方と内方から抱かれている.今のべた内柱の頭の突起は,その自由端がたがいにつながり合っているので,おのおのの内有毛細胞の自由端面をとりかこんで固定する多数の枠が生じている.内有毛細胞は太くて,その2個が内柱の3個に当たっている.細胞体は新鮮な状態では細かい顆粒を示すが,固定標本ではさらに顆粒性がつよくなることが多い.楕円形を呈する端面(端盤Endscheibe)には,その長軸に沿って,しかも外方へ軽く凸の弧をえがく毛線Haarlinieがあり,そこに毛Haareすなわち小棒Stäbchenが3~4列のたがいに平行したまっすぐな列をなして生えている.毛線上にある感覚毛の数は,蝸牛の第1回転で41~44本,第2回転で64本である(Held) (図714).感覚毛は剛くて輝いており,端盤の上に垂直に生えている.ただし端盤の面は網状膜の面に一致しているから,細胞の長軸方向に対して垂直ではない(図710).内有毛細胞の小棒は外有毛細胞の小棒の1倍半の長さのことがふつうである(Retzius).内有毛細胞の下端は太鼓のバチのように太くなっていて,基底板に達することなく,内柱の高さの半分ほどのところで終わっている.内有毛細胞の外方の面は内柱に接しているが,内方の面と下端にはラセン溝の上皮細胞が近寄っている.この上皮細胞は内被蓋細胞innere Deckzellenとよばれ,多層をなしている.その深層のものは特異な変化をして異形の細胞になっており,そこでは上皮細胞間腔が広く発達している.

β)外有毛細胞äußere Haarzellen(図710, 712714)

 外柱細胞とダイテルス細胞のあいだにあり,多くの点で内有毛細胞と一致している.

S. 676

この細胞は網状膜の表面に対してはほぼ垂直に立っているが,基底板に対しては内方に開く鋭角をなしている.上端は網状膜のそれぞれの孔にはまりこんで,その中に固定されている.外有毛細胞の細胞体は,新鮮な状態では明るくて透明で円柱状であるが,下半部が多くのばあいやや膨らんでいて,円錐に近い形をしている.細胞の側面は境界がはっきりして,原形質の辺縁層はわずかに顆粒性を呈している.細胞の下半部に大きい球形の核がある.また上半部には卵円形または円形の特有な暗さをもった小体があって,ヘンゼン体Hensenscher Körperまたはラセン体Spiralkörperとよばれる.ヘンゼン体の実質は顆粒状で,1本の明るいラセン状の糸によって巻かれているように見える.外有毛細胞の下端部はかどがとれて円くなっており,ほかの部分よりも強く顆粒性である.下端は基底板にまで達することなく,ダイテルス細胞の頚のところまでしか伸びていない.この細胞には神経原線維が密に絡みあっており,とくに細胞の基底部でこれが最も密になっている.

 外有毛細胞の上端面の形は,どの列の細胞であるかによっていくらか異なっている.とくに第1列の細胞は上端面の内方縁が直線状になっている.しかし端面のかたちは一般には卵円形で,その長軸は放線方向をとっている.毛線は外方へ多少とも強く凸弯した弧をえがいている.毛の数はHeldによれば第1列の細胞では83本,第2列の細胞では100以上である.ここに述べた数字は第2回転で得られたものである.これらの毛は長さがやや短いことを除けば,内有毛細胞の毛と同じ性状である.

 外有毛細胞の列の数には蝸牛管の各回転によって差異がある.すなわち(第1の)底回転では細胞が3列しかないのが普通であって,しかもところどころで細胞が1つ欠けている.(第2の)中回転では4が現れるのが普通であるが,そのさい前からあった列の細胞も完全に存在するのではなくて,新しい第4列の細胞と同様に多少の欠員を示す.頂回転では不連続ながら5ともいうべき細胞さえ現われる.第5の列は個々ばらばらの少数の細胞からできている.

 この点については個体差も認められる.第4列はヒトでは動物よりよく発達している.しかし以前に考えられていたように動物に第4列が存在しないわけではない.このことはRetziusによって,例えばイヌや家兎について証明された.ここで内有毛細胞について一言すると,これは普通は単一の列をなしているのだが,2列の内有毛細胞ともいうべきものが,ところどころで第1列の内方にみられる(Retzius).

6. ラセン器の内・中・外の上皮内腔(図710)

 上皮内(上皮細胞間)腔interepitheliale Räumeについては内方のものと中央のものとをすでに述べた.すなわち内方の上皮内腔はラセン器の内方の傾斜部にある細胞間のすきまとして,また中央の上皮内腔はトンネルTunnelraumとして述べたのである.外柱の列の外側,つまり外柱とその外方に続くラセン器の部分とのあいだに,これまたラセン状に走るかなり大きい腔隙(ニュエル腔Nuelscher Raum)がある.この腔隙は外柱間裂Fissurae interpilares externaeによってトンネルとつながっている.同様にして内方の上皮内腔は内柱間裂Fissurae interpilares internaeによってトンネルとつながる.つまりこれらの上皮内腔はすべて相互につながりあっているのである.ニュエル腔は外方でさらにいっそう小さい上皮内腔につづいている1それはダイテルス細胞と外有毛細胞(おそらくはヘンゼン細胞も)とのあいだにある腔隙である.そしてこれらの腔隙のすべてが内リンパEndolymphaという液体でみたされているのである.

[図714]内および外有毛細胞の端面とその感覚毛

ヒトの第2回転から(Heldによる)

S. 677

7. ラセン器内の神経終末(図710)

 ラセン神経節から起る細い神経束は,無髄になって鼓室唇の神経孔を通過してのち,上皮内に位置を占めてラセン器の上皮細胞間迷路のなかを一部は放線方向に,また一部はラセンの方向にひろがってゆく.

 ラセン索spira lige Stränge(ラセン方向に走る神経の集のは5ないし6本またはそれ以上ある.

α)1ラセン索すなわち内ラセン索erster od. innerer Spiralstrangは内柱の内方にあり,内柱の内方面に密接していて,多少とも柱足に近いところにある.神経孔を通りぬけた神経束は幅のせまい線維束に分れて,その大部分がこの内ラセン索に移行する.そしてこの索から内有毛細胞の下端をとりまく神経糸が出るのである.

 さらに第1ラセン索からはごく細い神経束がでて,内柱間裂を通りぬけてトンネルにはいり,内柱細胞の足の近くで2ラセン索zweiter Spiralstangすなわちトンネル索をつくる.

β) トンネル索Tunnelstrangからは短い間隔でつぎつぎに放線状トンネル線維radiäre Tunnelfasernがでて,外柱間裂を通りぬけて外有毛細胞の下端のところに達し,そこで大部分がラセンの方向にまがって3ラセン索dritter Spiralstrangをつくる.

γ)3~第6ラセン索drittebe bis sechster Spiralstrangはそれぞれ第1~第4列の外有毛細胞の下端の近くにある.すなわちダイテルス細胞列のあいだにも,ダィテルス細胞の第1列と外柱の列とのあいだにもある.ダイテルス細胞の細胞体の上部に密接して存在する.これらのラセン索から短い間隔でつぎつぎと神経糸がでて外有毛細胞の下端にいたり,その細胞周囲に終る.

8. 被蓋膜Membrana tectoria(CortiI) (図707, 710).

 被蓋膜はラセン縁・ラセン溝およびラセン器を被うところの上皮から初期につくられるものである.完成した状態では被蓋膜は骨ラセン板に前庭階壁が付着するところから,いちばん外方の有毛細胞のところまで伸び,前掛のようにコルチのラセン器を被っている.被蓋膜は新鮮なときには柔かで弾性にとんでいる.これに内外の2領域が区別される.内方の薄い領域はラセン縁に属している部分で,一種の接合質Kittsabstanzによってラセン縁に付着している.また外方の領域はラセン溝とラセン器との上へ遊離した状態で張りだしている部分で,その中ほどのところが厚くなっているが,端の方はまた薄くなっている.被蓋膜の自由縁は底回転では1本の輝く索をなし,中回転では太い線維の網, 頂回転では細い線維の網をなし,その線維は最外方の有毛細胞の上へ遊離して伸びだしている.被蓋膜のほぼ中央にはヘンゼンの線条Hensenscher Streifenが輝きをもった1本の扁平なリボンとしてみとめられる.その位置は内有毛細胞より少し内方に当たっている.被蓋膜は無数の微細な線維からできている.ごの線維は内方かつ底側から外方かつ頂側へと走り,酢酸に対する抵抗性がはなはだ強い.また最外方のダイテルス細胞には,胎生期に被蓋膜がくっついていた名残の付着片がところどこに見られる.

蝸牛管の構造の部位的差異

 以上のべたことからわかるように,ラセン縁も基底板の幅も,ラセン器とその有毛細胞も,被蓋膜も,ラセン管の全長にわたって完全に同じ状態を示すのではない.全回転にわたる構造上の差異は,すでに蝸牛管の各構成部分を観察したときに述べたのである.ただ頂盲端についてもう一言ふれておかねばならない.ここでは聴歯が次第に長さと幅を減じ,ついには完全に消失してしまう.ラセン縁も低くなって終る.聴歯の消失と同時にラセン器もなくなるのである.

B. 鼓室階と前庭階Scala tympani et vestibuli(図685, 700)

1. 蝸牛壁

 蝸牛の骨壁は外板Lamina externa,内板Lamina Interna,および両者のあいだにある板間層Diploëの3層からできている.内板は蝸牛軸のほか各階の隔壁と外壁の基層をなし,外板(骨包)は蝸牛をひとまとめにして包んでいる.

S. 678

板間層の小梁のあいだには脂肪組織や血管がある.内板はまた蝸牛窓の第二鼓膜の基礎をもつくっている.ラセン孔列と蝸牛小管の内口のところでは,内板に孔があいている.

2. 骨膜

 両階の空間的関係と蝸牛管に対する関係についてはすでに述べた(660頁).蝸牛のまがった管の内面と骨ラセン板は,全長にわたって骨膜で被われている.この骨膜は内腔に面するところを一種の内皮によって裏うちされている.骨膜には細かい弾性線維がかなり豊富で,またところどころに褐色調の星形の色素細胞が散在している.

3. ラセン靱帯Ligamentum spirale

 蝸牛ラセン管の最も外方へ凸出したところで,骨膜は基底膜から放散するラセン靱帯をうけている(670, 671頁参照).さらに鼓室階に属するものとして:

4. 第二鼓膜Membrana tympani secundaria

 すでに述べたように蝸牛窓は第二鼓膜という結合組織性の膜で閉ざされている.第二鼓膜の鼓室階に向う面は外リンパ隙の壁の一部をなすために内皮で被われており,これに対して鼓室に向う面は,血管と神経をふくむ鼓室粘膜の薄いつづきで被われている.

5. 蝸牛小管Canaliculus cochleae(図689)

 蝸牛小管の内口は鼓室階の初まりのすぐ近くで鼓室階の床にあり,ロート状を呈している.蝸牛小管のなかにあるものが球形嚢や卵形嚢のつづきではないことは,今まで述べたことから明かである.この小管のなかには結合組織と蝸牛小管静脈V. canaliculi cochleaeという1本の静脈と,1本の外リンパ管があるにすぎない.蝸牛小管静脈は頚静脈上球Bulbus cranialis venae jugularisに注ぐ.外リンパ管は蝸牛の外リンパをクモ膜下腔につないでいる.

D. 迷路の脈管Vasa labyrinthi

1. 血管(図715, 716)

迷路の動脈は次のものから来ている:

1. 脳底動脈A. basialisから迷路動脈A. labyrinthiが出て迷路にいたる.迷路動脈は内耳神経に沿ってすすみ,前庭枝と蝸牛枝に分れる.前庭枝Rami vestibularesは2つの前庭嚢および3つの半規管に枝を送る.平衡斑と膨大部稜では密な」血管網をなすが,そのほかの前庭と半規管の領域では目のあらい網をなしている.蝸牛枝Ramus cochleaeは蝸牛にはいるところで多数の枝に分れる.これらの枝の一部は直ちに第1回転に分布するが,他の部は蝸牛軸の中を通ってすすむ.蝸牛軸から出てゆく枝はこの軸の実質の中で大小の糸球状の集りをなしている.小さい糸球は骨ラセン板の起始部のやや上方にあって前庭唇に分布し,ラィスネル膜の毛細管(それが存在するかぎりで)へも血液をあたえている.これに対して大きい糸球は回転の隔壁の基部にあって,2つのたがいにはなれた血管領域に血液をあたえている.すなわちすぐ下にある回転の血管条Stria vascularisと膜ラセン板とである.

2. 後耳介動脈A. retroauricularisからの枝.この動脈からは茎乳突動脈A. stylomastoideaが起り,これがa)蝸牛窓を通して蝸牛へ1枝を送り,またb)アブミ骨枝R. stapediusというさらに細い1枝をアブミ骨と岬角に送っている.このアブミ骨枝は顔面神経管の全長のほぼ中央で茎乳突動脈から分れ,アブミ骨閉鎖膜を貫いて岬角に達し,ここで前鼓室動脈A. tympanica anteriorの小枝と結合して,アブミ骨ならびにアブミ骨閉鎖膜に血液をあたえる.

S. 679

[図715]蝸牛の血管 右の蝸牛の底回転と中回転を放線方向に切ったもの.(模型図,F. Siebenmann)

2 ラセン動脈路とそのアーチ,3 上隔壁動脈,5 ラセン板の放線状動脈,6 外方のラセン血管,9 ラセン板静脈とアーチ.

[図716]迷路動脈の分枝の模型図 蝸牛と蝸牛神経の巻きをといてある(F. Siebenmann)

2 総蝸牛動脈,3 固有蝸牛動脈

S. 680

 蝸牛の静脈は隆起血管Vas prominensと蝸牛軸ラセン静脈V. spiralis modioliに集る.

 上に述べたことでわかるように,前庭階は動脈によって,鼓室階は静脈によってめぐらされている.従って鼓室階の上方に接する膜ラセン板は,動脈の搏動から全く隔絶しているわけである.

 残りの静脈は前庭静脈Vv. vestibularesであって,これは迷路静脈Vv. labyrinthiに注ぎ,迷路静脈は下錐体静脈洞または横静脈洞に開く.蝸牛小管の中を蝸牛小管静脈V. canaliculi cochleaeが通っており,これは蝸牛の第1回転からの血液を頚静脈上球に導く.また前庭小管の内口からは前庭小管静脈Vv. canaliculi vestibuliというごく細い静脈が入りこんで下錐体静脈洞に達する.

 迷路とくに蝸牛における脈管と血流についてはJ. Eichler(Anatomische Untersuchungen Über die Wege des Blutstromes im menschlichen Ohrlabyrinth, Leipzig 1902)およびF. Siebenmann(Die Blutgefäße im Labyrinth des menschlichen Ohres,11図葉つき, Wiesbaden 1894)を参照せよ.

2. リンパ管

 内ラセン血管Vas spirale internumは明るい量にとりかこまれて,そこに血管周囲リンパ管といったものが存在するらしく見える.膜迷路の周辺の顕著なリンパ隙とそれらの結合については667頁に記した.

[図717]内耳神経(その前庭神経)の末梢における終末の模型図 (G. Retzius, Biolog. Untersuchungen, Bd. IV,1892)

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最終更新日 13/02/03

 

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