Rauber Kopsch Band2. 81

S. 717

B. 皮膚の角質器

a)爪Ungues, Nägel(図763768)

 爪は手と足の指で末節の背面を大部分被っている角質板である.爪はここで保護器官として,天与の武器ないし道具として,また反対がわにある高度に発達した触覚装置に対する後楯としてはたらいている.ヒトの爪は動物のツメやヒヅメ,また猛獣や猛禽の鋭いかぎのあるツメなどとともに自然の1系列をなすのである.

 爪の後縁は凹の曲線をえがき,側縁は直線をなして,いずれも皮膚の溝のなかに入りこんでいる.前縁は凸縁をなし,皮膚のそとに露出して突きでている.したがって爪には次の諸部が区別される.後方部は最もつよく皮膚のひだのなかへ埋まっていて爪根Radix unguis, Nagelwurzelとよばれ,側方の縁は外側縁Margo lateralisであり,爪根と外側縁を包んでいるひとつづきの皮膚のひだは爪廓Vallum unguis, Nagelwall,といい,また爪が食いこんでいる溝は爪洞Sinus unguis, Nagelfalzとよばれ,爪がその上にのっている真皮の部分は爪床Lectulus unguis, Nagelbettという.なお爪の中央部は爪体Corpus unguisといい,前方へつきでた縁は自由縁Margo liberである.爪根は潜入縁Margo occultusともよばれ,爪のもっとも薄い部分である.爪根の前縁は爪洞よりいくらか前へ顔を出して,前方へ凸の円みをおびた少し白い場所としてみられる.これが半月Lunula(図763765)であって,たいてい母指に現われるが,しばしばそのほかの指にも,ときにはすべての指に(女の方がその頻度が高い)みられることもある.(荒木文吾の日本人男女成人1600名の統計では,爪半月が母指のみに現われる頻度は男36%,女19%で,以下小指にいたるまで頻度は減少する.すべての指に現われることは男35%,女19%.どの指にも爪半月のないことは男女とも2%にすぎない.一般に右手は左手より多くあらわれる.長崎医会誌11巻12号,1933. )爪は半月の前縁のところで最も厚い.爪床はその前端のところで爪洞につづく1本のせまい溝によって指頭から分けられている.この溝の底に爪床縁Nagelsaum(Sohlenhorn)があって,これらの背面に爪の自由縁が伸びだしているのである(図767).

 爪板は横の方向では上方に凸の弯曲をしており,この弯曲は細い第5指でとくに強い.たいてい縦の方向にもふくらんでいて,この弯曲もまた小指でとくに著しい.したがって小指の爪はそのほかの指のものよりいっそうワシやタカの爪に似ているわけである.

 爪は無理やりに爪床からはがすことができるし,また不要の破壊をさけてていねいにはがすこともできる.はぎとった爪は白つぼく半透明で,とくに爪根のところが白い.生体で自然の位置にあるとき爪体は赤味をおびていて,1本の狭い明るい線条によって半透明の自由縁の部分からはっきり分けられている.半月は白っぽい色をしており,この色調の差は主として下層の血液の量がちがうことによるのである.

 爪床から爪をはがすと,爪床には次のようないくつかの部分がみられる(図768).いちばん目立って,しかも広いのは爪床小稜Cristae lectuli unguisというかなり太い隆線が並んでいる1帯である.この部分では爪床小溝Sulcus lectuli unguisという溝によって境されたたくさんの縦の隆線が,半目と爪床縁のあいだの全領域を占めている.(原文ではSulcus lectuli unguisを爪洞と同義にしているが,これは一般の定義にあわないので訳文で改めた,(小川鼎三))この範囲が爪体に相当する.この部分の前縁には,個々分離した乳頭のならぶ狭い一帯があり,ここは爪床の前方の溝のところに当たっている.さらにその前方には乳頭をもつ指頭の皮膚小稜が弓状にまがって続いている.太い隆線のならぶ部分の後方には,すでに爪根に当るところに細い隆線の1帯がある.この帯状部の前後両縁はともにふくらんでいる.さらに後方にはなお2つの細い帯状部があって,その1つは乳頭をもつ隆線を,他は独立の(隆線と関係ない)乳頭をふくんでいる.つまり爪床には全部で5つの帯が存在するのである.しかしこれで爪床における乳頭の形成をみな述べたわけでなくて,さらに爪洞の後部の底において前方へ伸びている乳頭がある.この乳頭も隆線の上に付いていることがある.爪廓の下面にはごくわずかの乳頭しかないが,その前縁では乳頭の数が多く長さも大である.爪廓の上面は(手と足の)指の背面の皮膚と同様である.爪の下面は爪床の各帯状部に対して鋳型をとったように反対の像をあらわしている(図768).

 丈夫な皮膚支帯が爪床を骨膜につないでいる.

 微細構造(図766, 767).爪は各1層の爪胚芽層Stratum germinativum unguisと爪角質層Stratum corneum unguisとからできている.

S. 718

[図763]薬指の爪 自然の状態(9/10)

[図764]薬指の爪と爪床(9/10) 爪の半分を除いてある.

[図765]薬指の爪をはがしたところ(9/10)

[図766]新生児の爪の横断

[図767]成人の爪の縦断 図が大ぎくなりすぎるので,爪の中央部は除いてある.

S. 719

前者はふつうの表皮の胚芽層に相当し,円柱細胞からなる基底層のほかに有棘細胞や上皮細胞間迷路をもっており,黒人ではここに暗い色がついている.爪角質層は爪の固有の物質である.この層の下面は後部のみ全く平滑であるが,前の方には爪床の小溝に対応する角質の隆線がある.しばしば爪の外面にも明瞭な縦のすじがみられ,かるい凹凸を示している.爪の角質板は何層もの葉からできていて,その深層のものは屋根瓦状にたがいにかさなり合っている.爪の物質は半月のところだけで形成される.細胞の角化はケラトヒアリンやエレィディンの形成を伴なわずに起る.

 個々の葉は角質小鱗Hornschtippchenという平たい多角形の角化細胞からなり,この細胞にはまだはっきりと核の名残や棘や細胞間迷路の痕跡をみることができる.細胞間迷路のすきまにはところどころに外の空気がたまっている.そのため含気上皮Aero-Epithelの1型をなすのである(第I巻33頁).爪のこのような場所は白く見え,爪が全体としてある程度白く見えるのはこのためである.爪は生体ではたえず成長し,保護してやれば非常な長さ(5cmまで)に達する.

 爪の厚さについて,また長さ・重さ・季節・体側などによる毎日の成長のぐあいについては,H. Vierordt, Anatomische Tabellen,1893を参照されたい.(日本人の爪の成長につては,最近次の論文が国際的協力の下に発表された.J. B. Hamilton, H. Terada, and G. E. Mestler: Studies of growth throughout the lifespan in Japanese; growth and size of nails ad their relationship to age, sex, heredity, and other factors. Journ. of Geront.10: 4, 401~415,1955)

 爪床の血管は根部の方が比較的少くて,爪体の部分に豊富である.深部から爪床に向かって上つてくる動脈は小稜の基部で主として縦の方向に走り,隆線や乳頭へ小枝を送っている.

 爪床にはリンパ管もみとめられる(Teichmann).

 神経は爪床の皮下組織に小幹をなして存在する.Vitali(Internat. Monatsschr. Anat. u. Phys., 23. Bd.,1906)は無髄線維が糸球や係蹄の形をして自由終末をなすこと,および神経終末小体すなわちマイスネル小体・層板小体・ゴルジーマッツォニ小体・ルフィニ小体が存在することを証明した.皮膚の胚芽層で知られているような上皮細胞間の神経終末もおそらく存在すると思われる.

[図768]爪をとりさつて爪床の表面をみる(Hebraによる模型図)

1 前方の乳頭の1帯,2 粗大な隆線の1帯,3 微細な隆線の1帯,4 乳頭をもつ隆線の1帯,5 後方の独立乳頭の1帯,3~5は爪根の領域,3の前方部が半月の領域に当る.

b)毛Pili, Haare(図769782)

 毛はほとんど全身にひろがっている糸状の皮膚付属器で,保護と装身の役目をしているが,神経系とのつながりにより1種の感覚装置をもなしている.毛は毛包という皮膚の特別の陥入部の中にその根をもち,平滑筋や脂肪を分泌するをそなえ,脈管によって養われている.

 毛がないのは体表面のごく小部分にすぎない.すなわち手掌・足底・手足の指の末節の背面・赤唇縁・陰茎亀頭および陰核亀頭・包皮の内面である.

 毛の生えている場所でみると,毛に次の3つの主要型がある:生毛(うぶげ),短毛すなわち剛毛長毛

 毛の長さは短いのが0.5mmから長いものは1.5 mもあり・太さは0.007 mmから0.17mmまでの範囲である.比較的長い毛の毛包は長さが2.7~3.8mmある.

 長毛Langhaareに属するのは次のものである:頭毛(かみのけ)Capilli, Kopfhaare,須毛(ひげ)Barba, Barthaare,腋毛(わきげ)Hirci, Achselhaare,陰毛Pubes, Schamhaare,胸毛(むなげ).

 剛毛Borstenhaare(長さ0.5~1.3 cm)には次のものがある:眉毛(まゆげ)Supercilia, Haare der Aagenbrauen,眼瞼縁の睫毛(まつげ)Cilia, Wimpern,鼻腔の入口の鼻毛(はなげ)Vibrissae,外耳道の耳毛(みみげ)Tragi.

S. 720

 生毛(うぶげ)Lanugo, Wollhaareは長さ14 mmまでの細い毛で,顔・胴・体肢のほか小陰唇や涙丘にもある.

 毛は孤立して存在することもあるが,2ないし5本が寄り集まって群生していることもあり,とくにこの傾向は頭毛に著しい.

 毛のはえている頭皮は平均80000本の毛をもち,その他の体部には約20000本の長毛および剛毛がある.--婦人の頭毛の全重量は約300grである.金髪140000本,褐髪109000本,黒髪102000本,赤毛88000本が300grに当る.金髪はほかの色の毛より細いのである.--1cm2の範囲に生えている毛の数は,Krauseによると:頭頂部171,後頭部132,前頭部123,オトガイ23,恥丘20.また前腕の掌側面の生毛は約50本--Withofによると,同じくl cm2の頭皮に黒髪86,褐髪95,金髪107本.(五島匡一(東京医事新誌2710,1931)は日本人の頭毛の数を,発毛状態の良好な青壮年男子20例(生体および死体)についてしらべ,次のような結果を得た.頭髪の総数は平均100659本,頭の有毛部の面績は592 cm2,1 cm2あたりの頭髪数は頭頂部199本,後頭部172本,前頭部183本,側頭部130本.)--毛は熱の不良導体で,湿度の変化によって鋭敏に長さを変える.しなやかで弾性があり,しかも固い.1本の長毛は約60grの重さに耐えるのである.また引っ張ると長さの1/3だけ伸び,20%引きのばすと弾性の余効(伸びの残留)は6%である.

 毛の構成と構造

 それぞれの毛には固有の毛Pilus, Haarと毛包Folliculus pili, Haarbalgが区別される.前者には露出している部分,すなわち毛幹Scapus pili, Schaftと,毛包内に埋まっている部分すなわち毛根Radix pili, Wurzelがある.毛包の下端は毛球Bulbus pili, Haarzwiebetという柔かい膨らみに終わっている.毛球は毛幹の1倍半から3倍ぐらいの太さがあって,その内部が空いていて,そこに毛乳頭Papilla pili, Haarpapilleという毛包の結合組織性突起を容れている.また毛幹はとがった自由端に終り,ここを毛尖Apex piliという(図769, 770).

 微細構造では(図769 B)次の部分が区別される:毛髄質Substantia medullaris, Marksubstanz,毛皮質Substantia corticalis, Rindensubstanz,毛小皮Cuticula pili, Haaroberhäutchen.

 毛髄質は毛球から毛尖のところまで,毛の中軸を走っている索で,たいてい2列にならんだ円い上皮細胞からできている(図769, 772).この細胞は髄質細胞Markzellenとよばれ,その内容は微細粒子性で,やはり空気の小泡を封じ入れていることがあり,その場合にには一種の含気上皮Aëro-Epithelになっているわけである.そのさい核はひからびている.空気を含む髄質は落下光線でみると銀白色に,透過光線では黒くみえる.髄質細胞は毛球のところでは空気をふくまず,ケラトヒアリンの粒子をふくんでいる.

 生毛には髄質がないのが普通である.短い太い毛では長い毛より髄質が太い.動物によっては髄質が毛の最も大きい部分をなしていることが少なくない.たとえばシカがそうであるが,このような場合には毛が折れやすいのである.

 毛皮質は縦にすじがあって,毛幹では角化した紡錘形の長い上皮細胞からできている これらの細胞は細長い1つの核をもち,また色素粒子がさまざまな頻度でふくまれている(図772).また小さい気泡もふくまれており,白髪では気泡が非常にたくさん存在する.粒子状の色素は明るい黄色から赤・褐色・黒にいたるあらゆる変化を示す.そのほかさまざまな色調の色素が溶けた状態で豊富に存在することがある.紡錘形の細胞はたがいに固く結合しているが,小さい棘や細胞間隙をはっきりと示し,細胞間隙には空気がふくまれることもある.毛球では皮質細胞は短くなり円くなって,ここでは決して空気をふくまない.しかしここでは皮質細胞のあいだに色素を有する星形の構造がみえる.これはおそらく毛の内部へ色素を運びこむことを任務とする結合組織性色素細胞であろう.

 毛小皮は屋根がわらのように重なりあう透明な鱗片,すなわち角化した無核の上皮細胞の単一の層からなっている(図769B).

 毛包Folliculus pili, Haarbalgは結合組織性部分と上皮性部分とで構成されている(図770, 772).結合組織性部分が狭義の毛包であって,重なりあう2層の結合組織性線維膜からなり,その下端からは毛幹と毛根を通じて唯一の結合組織性部分である毛乳頭が伸びだしている.

S. 721

内線維膜にはなおガラスのように透明な丈夫な1境界層があり,これを硝子膜Glashautという(図772).

 結合組織性毛包外線維膜äußere Faserhaut(縦走線維層Längsfaserhaut)は真皮の産物であって,縦走する結合組織束からなり,表在性の多くの弾性線維,また多数の紡錘形の結合組織細胞,わずかの脂肪細胞,および豊富な毛細管網をもっている.なおここには分枝を示す有髄線維がみられる.

 結合組織性毛包の内線維膜innere Faserhautは毛包の下端から脂腺の開口部にまで伸びており,輪状に並ぶ結合組織束からなって,したがって輪走線維層Ringfaserhautともよばれ,やはり豊富な毛細管網(図773, 774, 777780)をもっている.

[図769]毛の諸部分 ヒトの眉毛でまさに抜けようとしていたもの(すなわち充実根をもっている).A 毛の全体, B 毛幹の一部.

[図770]ヒトの頭毛の縦断

[図771]頭毛の横断の概観図 皮膚が斜めに切れている.

S. 722

 硝子膜Glashautは毛をひき抜いたとき必ず毛包内に残る部分で,層をなすけはいをわずかに示し,乳頭のつけ根のところから脂腺の開口部まで伸びている.その外面は平滑であるが,内面には鋭い小隆線が密にならんでいて,毛包の上皮にくいこんでいる(図778).

 毛乳頭Haarpapilleは1個の皮膚乳頭に相当するもので,大きくて枝分れしない単純な形の,卵形・円錐形またはキノコの形をしており,1つの短い茎によって毛包の底部とつながっている.毛乳頭は血管とわずかばかりの神経をふくむ結合組織からできている(図770, 772, 773).

 硝子膜の内側には毛包の上皮性成分が続き,これは2つの非常にちがった層をつくっている(図770774, 777780).

S. 723

[図772]ヒトの毛の毛根と根鞘を縦断したところ 内根鞘の細胞内にある赤い粒子はケラトヒアリンである.

S. 724

[図773]毛球の横断(図771および772を参照)

[図774]毛根を毛乳頭のすぐ上で横断したところ(図771および772を参照)

内根鞘の細胞内の赤い粒子はケラトヒアリン.

 硝子膜に接する外根鞘äußere Wurzelscheideは表皮の胚芽層に相当するもので,胚芽層の特徴をすべてそなえている.5~12層の細胞からなり,その深層では,とくに毛球のところで常に核分裂の像が所々にみられる.

 その内側には内根鞘innere Wurzetscheideがある.これは毛包の上部では皮膚の角質層の構造を示す.脂腺の開口より下では内外の2層にはっきりと分れている.外層ヘンレ層Henlesche Schichtとよばれ,丈の低い上皮細胞の単層または2層からなる.

S. 725

また内層バクスレイ層Huxleysche Schichtとよばれ,単層の有核細胞でできている.両根鞘の内面は根鞘小皮Cuticula vaginae, Scheidenkutikulaによって閉ざされている.これは毛小皮とむかいあっており,構造もそれと同じである.

 皮膚の表面に近いところで毛包内へ脂腺すなわち毛包腺Talg-od. Haarbalgdrüsenが開いている(図770).毛包は脂腺の付着部のすぐ下方でいちばん細くなっている.ここが毛包頚Collum folliculi piliであって,毛の神経終末部としてとくに重要なところである.毛包は頚の下方ではまた広くなり,立毛筋Mm. arrectores pilorum(すなわち毛包筋Haarbalgmuskeln)の付くところはとくに広い.それから毛球の上方でまた少し細くなって,毛球のところは毛包の最も広い部分となっている.毛包は脂腺の付着するところより上方では毛包の開口まで広がってゆく.

 毛を横断してみると,その毛のはえていた体の個所により,また個体や人種によってさまざまな差異がみられる.大きさがちがうとか,まるいか卵円形か,平滑か溝がついているかなど.毛の弯曲状態もこれに関係している.毛は人種の区別にある程度の役割を演じる.E. Schmidtにしたがって毛の形を次の6型に分けるのが民族学には都合がよい.すなわち剛い毛straff,滑かな毛schlicht,(以上の2型と波状毛のごく不完全なものとを総称して直毛という.日本人の頭髪の92%までが直毛である.(小川鼎三) )波状の毛wellig,まがった毛lockig,巻毛kraus,うずまき毛spiralig gerollt.

[図775]毛の方向(Voigt)左半は体の前面,右半は後面.

[図776]毛流の種類

1 放散点,2 集中点,3 散開流,4 集合流,5 毛十字,6 毛渦.

S. 726

[図777]毛乳頭のわずかに上方で毛根と根鞘を横断(図771図772を参照)

ハクスレイ層の細胞内の赤い粒子はケラトヒアリン.

[図778]毛乳頭からさらに少しはなれたところで毛根と根鞘を横断(図771図772を参照)

ハクスレイ層の細胞内の赤い粒子はケラトヒアリン.硝子膜と外根鞘のあいだのすきまは人工産物.

 毛の色:毛の色の由来については,すでに684頁で表皮の色について述べたのと同様のことがいえる.毛球の上皮細胞が色素をつくるのか,あるいは外から色素を受けとるのか,この2つの意見がまだ対立している.またもし後者が正しいとすれば,色素を血液やリンパから直接に受けるのか,結合組織性色素細胞が上皮内に色素を運び込むのかが問題である.

S. 727

[図779]汗腺のある深さで毛根を横断(図771参照)

[図780]脂腺のある深さで毛根を横断(図771参照)

 皮膚の場合と同様に毛においても完全に色素の欠如する異常な状態すなわち白色症Albinismusがある.

 毛の色についてはなお白髪化Ergrauenという現象が残っている.白髪化は動物界および植物界では大きな役割を演じるものであって,ヒトの場合と違って必ずしも老年現象ではない.(白髪化の問題を統計的に追求した最近の研究として,H. Terada:Appearance of gray hair, as an aging phenomenon in Japanese. Fol. anat. jap. 28.1956がある.(小川鼎三))この現象はまず上皮細胞が含気上皮Aëroepithelに変化すること,すなわち空気が上皮細胞間迷路および上皮細胞じしんの内部に侵入することによって起る.この変化は毛が形成されるときに,毛根のところだけで起りうることなので,皮膚の外に出ている毛の部分が一朝にして白髪になるというようなことは,とても真実とは思われない(Stieda, Dtsch, med. Wschr.,1910).しかしHoepke(Z. ges. Anat., 61. Bd.,1921)によれば突然の白髪化は否定できないという.

S. 728

 毛の白髪化に際して同時に色素の消失が起りうる.それは色素を運び込む結合組織細胞がその働きをやめるか,あるいは上皮細胞が色素をつくりえなくなるかによって起ることである.

毛の方向Haarstrich

 毛が皮膚の表面に対して垂直に生えているのはごくわずかの場所だけであって,大部分の場所では傾いて生えているものである(図770).すでに最初の原基において,毛の原基をつくる表皮の突起は斜めに深部へ侵入している.それでその方向を見ただけで毛の原基だということがわかるほどである.出来上がった毛も傾いた方向に生えているが,立毛筋のはたらきによって毛が垂直に立つことができる.毛は前後や横の方向に列をなしてならんでいる.同じ方向にむいて同じように走っている毛の列の全体を毛流Flumen pllorum, Haarstromという.またHaarstrichとは毛の方向を一般的にいうときの言葉である.毛の方向は両半身で対称的な配列を示している.毛の方向は5ヵ月か6ヵ月の胎児で最も研究がたやすい.この時期の胎児では皮膚が短くてかたい生毛で密に被われているのである.

 毛流については図775が少し小さいけれども参考になる.毛流の問題は広汎であり,とくに比較解剖学的に見るとおもしろいものであるが,個別的にいうとすれば次のことだけ挙げておこう.

 毛流には放散点・集中点・散開流・集合流・毛十字・毛渦(単一および重複)がある.

1. 放散点Ausstrahlungspunkte:周囲の毛がそこへむかつて毛根を向ける.

2. 集中点Anziehungspunkte:周囲の毛がそこへ毛尖を向ける.

3. 倣開流divergierende Ströme.

4. 集合流konvergierende Ströme.

5. 毛十字Cruces pilorum, Kreuze:2つの散開流がぶつかつてできる四角い場所で,ぶつかつた毛流はここで消えるが,ほかの2つのかどからは新たに集合流が起こっている.

6. 毛渦Vortices Pilorum, Wirbel.

 Ludwig(Z. ges. Anat., 62. Bd.,1921)は毛の方向の成生について機械説ともいうべきものをたてている.毛の方向は表皮の平面的な発育がより早い速度で起る方向と一致しているというのである.

 毛包腺すなわち脂腺についてはすでに715頁で述ベた.

 立毛筋Mm. arrectores pilorum, Haarbalgmuskeln(毛包筋) (図770).この平滑筋は幅45~200µの円柱状または扁平な束をなし,毛包と脂腺のそばにたいてい1個,まれには2個存在し,弾性線維をまじえた結合組織の腱をもって,真皮の最上層から単根または多根性に起こっている.筋束はひろがりながら脂腺を包み,この腺の近くで毛包につく.この筋は毛包が外皮となす鈍角の中に位置を占めているので,毛を立てることができるのである.毛がほとんど全体表にひろがっていることを思えば,立毛筋の全量は相当大きいことが推測できる.ただし毛は生えていても立毛筋のない場所がいくつかある.すなわち随毛・眉毛・眼瞼や鼻の小さい毛・口唇の毛・腋窩の毛には立毛筋がない.

 毛包や腺とつながりのない皮膚の平滑筋についてはかなり以前から論争があった.しかしUnnaによれば顔や背中の皮膚にそういう平滑筋が豊富に存在し,量は少なくてもそのほかのいろいろな場所にある(Häggoquist).これらの筋は真皮または皮下組織内にあり,一般に皮膚の表面に平行して走っている.とくに腋窩でこのような筋がしばしばよく発達している.ただし腋毛じしんには多くは立毛筋がない.外生殖器の皮膚には平滑筋層がとくに密に強く発達している.さらに乳頭と乳輪には男女両性とも平滑筋層がある(Schiefferdecker).--Häggoquist, G., Kunigl. svenska Vetenskapsakad. Handlingar., 53. Bd.,1915.-Schiefferdecker, P., Biolog. Centralbl., 37. Bd.,1917.--Quast, P., Z. Anat. Entwg., 66. Bd.,1922.--毛と立毛筋とのなす角はOkajima(Proc. Imp. Acad., 6. Bd.,1930)によれば23~27°である.

毛の血管

 毛の血管には毛包に分布するものと毛乳頭に分布するものとがある.毛包の血管はその縦走線維層のなかを,主として縦の方向に走るが,また毛細管網をもなしている.最もこまかい毛細管網は輪走線維層にあって,ここでは主として横走する密な毛細管網が毛包の全体をからみ包んでいる.

S. 729

 毛包の血管は毛包の入口のところで真皮の血管とつながっている.毛包の豊富な血管分布にくらべると,毛乳頭にふくまれる血管は貧弱なものといえる(図773, 774, 777, 778).

 ここで動物(類人猿をもふくむ)の洞毛Sinushaare, Spürhaare(鋭敏な毛の意)の特別な構造についてしらべてみるとしよう.この種の毛は横断および縦断像がほかの毛と著しく違って見えるが,本質的な差異はけっきょくわずか1つの点であって,それは毛包の結合組織層内に立派な血液腔があるということなのである.洞毛には多数の神経が分布するが,その一部は毛の神経終末部に達するためにこの血液腔を貫いている(後述).ヒトには洞毛がない(Henneberg, Anat. Hefte, 52. Bd.,1915参照).

毛の神経(図781, 782)

 毛には神経が豊富に来ている.神経の終末は毛の太さや長さによって異なっていて,細い毛では終末の状態が単純で,太い毛ではそれが複雑になっている.

 毛乳頭内に存在するわずかの神経糸(図781)を別にすると,神経終末部は毛包頚の領域,すなわち脂腺の少し下方のところにある.

 最も単純な型の神経分布(図782)は次のようになっている.すなわち2,3本の有髄神経線維が脂腺のすぐ下方で毛包に達し,髄鞘を失つたのちにそれぞれ2本の無髄線維に枝分れし,これらは左と右にまがって硝子膜の外面上に輪状に配列する.この輪から多数の(40から50まで)扁平な突起が出て,毛の縦の方向に平行して,しかも次第に多少集中する傾向を示しつつ皮膚の表面に向かってすすみ,短い経過の後に尖端状の終末や,圧平されたり小さく膨らんだりした形の終末に終る.かくしてこの終末装置の全体は冠,またはダイヤモンドをとめる金属台にある程度似ている.--比較的まれに下行線維があらわれて,樽型の終末装置を生ぜしめている.

 いっそう複雑な型の終末装置では,今のべた冠状の終末の外方に輪状にならぶ神経叢が存在するが,その発達の程度はさまざまである.

 最も豪華な型の神経終末はかなり太い毛だけがもっていて,その神経線維は硝子膜を貫き,外根鞘の外方層の内部でメルケルの触覚細胞に接する終末板をもって終わっている.

[図781]毛乳頭の神経(G. Retzius)

体長19.5cmの人胎児の口唇の毛. h 根鞘で囲まれた毛,n 神経,p 乳頭.

[図782]ヒトの生毛にみられる単純型の神経終末

40才の男の下唇(Szymonovicz).

S. 730

 こんなわけで毛はその豊富な神経終末のゆえに,全身の感覚器のなかで重要な一員としての地位をしめる.また毛の露出部は知覚器としての皮膚を被っており,からだが感じとる外界が毛の存在のためにそれだけ広くなって,いわば感受領域を増大していることは明かである.毛は剛さ柔かさのいろいろな感覚テコ(Fühlhebel)として働いており,そよ吹く風のようなごく弱い刺激が毛の末梢に加わっても,テコの中心部にはそれに応じた振れが起るのでる.

毛の生え方の異常について

 毛の形と色調にはいろいろ普通とちがったことがあらわれる.また双子の毛Zwillingshaareや三つ子の毛Drillingshaareがみられる.さらに重要なのは全身的および局部的な多毛症Hypertrichosisや貧毛症Hypotrichosis,無毛症Atrichosisである.

 多毛症はたいていの場合は一種の抑制型の形成に属する.それは胎生期に生えている毛すなわち生毛が生後にまでひきつがれ,長さを増すのである.生毛Lanugo, Wollhaarは胎生の後期にはほとんど全身の皮膚の表面を被い,成人でも体の大部分にこれが存在している.成人の生毛はふつう退化的なものであるが,まれにはそれがさらに発達して,いわゆる“毛人Haarmenschen”の状態になり,顔やからだが絹のように柔かい長い毛で被われる.

 真性多毛症Hypertrichosis vera, echte Überbehaarungは第2次毛(かたい毛)が発達しすぎた状態である.

 頭毛は並はずれた長さに達することがある.婦人では1.20mの頭毛,さらには1.40mもの長さの頭毛が見られている.中央アメリカのモスキト族の婦人では,頭毛がほとんど「かがと」にまで垂れていることが多い.

 長さ30~40cmのひげは決して稀なものではない.おそろしく長いひげも知られている.たとえばフランスのニエーブル県のヴァンドネス(Vandenesse, Dép. Nièvre)に住んでいたルイ クーロン(Luis Coulon)はそういうひげのもち主であった.20才のとき彼のひげの長さは1mだつたが,1790年代には2.32mに達した.クーロン自身の身長は1.59mであった.(日本人とアイヌのひげを中心にした「ひげの人類学」を松村瞭(人類学雑誌19巻211号,1903)がまとめている.)

毛の寿命

 第2次毛は一生のあいだ同じものがひきつづき生えているのではなくて,それらは部位によって異なる一定期間だけ存続し,ついで抜けおちて新しい毛がこれに代つて生えるのである.

 毎日ぬけおちる毛は18~26才の男女では30~108本,20~30才では90本,50~60才では120本以上である.

 毎日の長さの成長も研究されており,体の各部分により,また体重や四季により,さらに昼と夜によってそれぞれ結果が出されている(H. Vierordt, Anatomische TabellenおよびZ. ärztl. Fortbild.1925)(わが国では谷野駿(皮膚と泌尿4,1936)の男女僧侶133名についての研究がある.それによると青壮年の1日の毛髪成長は平均0.52mmである.)

 毛の寿命は18~26才の人では頭皮の「はえぎわ」の短い毛が4~9月,頭皮一般については(計算によって)2~4年,まつげは100~150日である.

毛の再生

 新しい毛は古い毛の毛包から再生してくる.古い毛は荒廃して消失しかけた乳頭を捨てて,ゆっくりと上方へ移動し,ついに抜けおちてしまう.それと同時に,脂腺の開口より下方にある毛包の部分が短縮する.毛乳頭をはなれた毛は棍状毛Kolbenhaareとよばれ(図762, 769, 770),その根には乳頭を容れるへこみがなくて,ただの棍棒のかたちをしている.このような形状の毛根を充実根Vollwurzelとよび,これに対して乳頭の上にのっているふつうの状態の毛根を中空根Hohlwurzelという.

 P. Spulerの観察によると,一生のあいだに表皮からの毛の新生はたくさんに起るのである.このばあいたいてい若い毛が早期になくなって,その「棍状毛」からはじめて胚芽が出発して,髄質をもつ強い毛をつくるべく真皮の最深層と皮下組織に進入してゆくのである.古い毛がぬけおちてからこれに代る新しい期毛Terminalhaareが出現するまでの期間は49~89日である(Z. Morph. Anthropologie, 24. Bd.,1924).

毛のはたらき

 毛はいろいろな働きをしている.触覚毛としてはたらいているものには先ず第1にまつ毛がある.眉毛もはなはだ敏感である.敏感さにおいては顔およびその他の大部分あ皮膚表面にある小さい毛がこれにつづいている.頭毛とひげはこれらのものより鈍感である.

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触覚毛の型から最もはなれているのは陰毛肛門部の毛ならびに腋毛である.これらの毛はむしろ転子のような役目をしている.2つの皮膚面がすれあうとこうの毛はいずれもこの働きをもっている.もっともまつ毛は狭められた眼瞼裂の格子をなしていて,そのすきまを光線はよく通るが,有形物はごくこまかいものしか通ることができない.かくしてまつ毛は小さい昆虫やほこりなどを防ぐ重要な役目をなしている.鼻毛や外耳道の毛もこれと同じような働きをしており,その位置と方向は外から物がはいってくるのを妨げる一方,出てゆくものがたやすく出られるようになっている.たいていの動物では毛が体温調節器として最も重要な作用をしているが,ヒトでは頭毛とひげだけがこの働きをもっているにすぎない.なお最後に毛は装飾物として役だっている.とくに頭毛とひげがそれである.ヒトではこういう大きい毛は自然陶汰により体表の大部分で消失し,ただ一定の個所でのみ,やはり自然陶汰によって強く発達しているのである. 

 Bischoff, C. W., Histologische Untersuchungen Über den Einflußdes Schneidens der Haare auf ihr Wachstum. Arch. mikr. Anat., 51. Bd.,1898. 毛を刈ることは毛の生長におそらく何の影響をもおよぼさない.--Brandt, A., Über die sogenannten Hundemenschen, bzw. über Hypertrichosis universalis, BioL. Zentralbl.,17. Bd.,1897.--Über Mannweiber(Viragines). Biol. Zentralbl.,1897.--Günther, M. Haarknopf und innere Wurzelscheide des Saugetierhaares. Dissertation Berlin,1895.

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最終更新日 13/02/03

 

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