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κ)動脈の変異

変異には次のようなものがある.

1. 正常体には見られないはずの脈管が存在すること.

2. 正常体に見られるはずの脈管が欠けていること.

3. 正常に存在する脈管が異常な関係を示すこと.

 ほとんど大部分の変異が第3のものに属している.この異常な関係は脈管の起始,大きさ,走行,分枝,終枝の分布などにみられるのである.

 変異の一部は変化に富む胚性血管系の発生途上で現われてくる.すでに胚がその血管系に変異を持つていることがある.いっそう多くの変異は初めには弱かつた吻合が後に強く発達することによりできてくる.血管系が富豊な吻合を形成していることがその異常状態を生ずる傾向を内在させているのである.

 人の脈管にみられる多くの変異が動物界では正常のものとして存在する.また個体の生命をおびやかしたり,出生の前後に生命を失わせたりするような高度の脈管奇形もやはり形態学的に興味の深いものである.

 個々の脈管についての最も主な変異はそれぞれの脈管のところで述べる.詳細な報告はW. Krause, Varietljten der Arterien in Henle, Hapdbuch der AnatomieおよびAdachi, Das Arteriensystem der Japaner, Kyoto,1928にある. Adachiの大きな業績は同時にヨーロッパ人の脈管変異を新しくまとめている.その総括的な結論としてはヨーロッパ人にいっそうしばしば現われる多くの変異があり,また他の多くの変異が日本人にいっそうしばしば現われる.それにもかかわらず「動脈系の変異は,変異全部を総括的に見たばあい,日本人とヨーロッパ人にほぼ同じひん度で現われる.」さらに「多くの原始的な特徴が日本人によりしばしば見られるが,それに対してヨーロッパ入にもほかの多くの原始的な特徴がよりしばしば見られる.すべての原始的な特徴を同価値とみなし,そして総括的にみるど日本人とヨーロッパ人とは同じ程度の原始性をもつ.言い換えるとこの両人種は動脈系に関してはほとんど同じ程度の発達をしめしている.」(Adachi, Bd. II, S. 309. ).

λ)動脈の微細構造

 動脈壁の構造には3つの重要な特性,すなわち弾性と収縮性がある.前者は豊富な弾性成分により,後者は平滑筋によるものである.これらの成分は(内から外に)3つの層,すなわち内膜Tunica intima, 中膜Tunica mediaおよび外膜Tunica externaに配置されている.これらのなかで中層ではその成分が横走していて,大部分が平滑筋線維からなりそのため筋層Muscularisともいわれる.これにたいして内外の両層はその成分が主に縦走している.内膜に接する中膜の境界部には生子板のようなしわのある内弾性板Lamina elastica interna, elastische Innenhautがあり,外膜との境にはいっそう薄い外弾性板Lamina elastica externaが形成されている(図605607).後者は必ずあるとは限らない.

 血管をその口径により1. 非常に細い動脈と比較的細V動脈,2. 中太の動脈,3. 太い動脈,に分けることができる.

 いま1つの分類法は筋成分と弾性成分との割合による.a)弾性型の動脈Arterien wom elastischen Typus(大動脈,鎖骨下動脈,頚動脈,腸骨動脈,肺動脈の葉間分枝).b)筋型の動脈Arterien vom muskulösen Typus(比較的小さい動脈).ここではこれら2つの分類法のうち前者に従うことにする.

 毛細管系になる直前の小さい動脈の内膜Intima kleiner Arterienは1層の細長い紡錘形の内皮細胞(図88)からなりたっており,これが内弾性板に直接着いている.内弾性板は非常に細い動脈ではたがいに密接している弾性線維からなり,比較的大きい動脈では弾性線維が集まって融合しいわゆる弾性膜または有窓膜をなしている(図72).最も細い動脈の中膜は1層の平滑筋であるが,やや大きな動脈では輪走する重層の平滑筋からなる.外膜は線維性の結合組織と細い弾性線維からできている.外膜は判然とした境がなく,血管を周囲の部分に固着させている結合組織に移行する(図607).

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最終更新日13/02/03

 

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