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β)静脈弁(図610, 611)

大部分の静脈はその内面にKtappenをもっている.これは末梢へ向かって血液が逆流して,そこに停滞するのを防ぐためにできている.静脈弁Valvulae venarumは内膜のつくるひだであり,結合組織によって補強されている.これは薄い小さい帆状のものであって,その凸縁(底)は血管壁に固着し,凹縁は遊離して血管腔に突出している.遊離縁は心臓の方に向いているので求心性の血流は弁を壁に向かって平らにおしつける.弁のつくところに相当して血管壁は外に向かってかるく膨出している.この膨出部は弁とともに,2つの大きな動脈幹(肺動脈と大動脈)の基部におけると同様に袋をなしている.この配置により弁は正常の方向におこる血流に対しては何らの妨害をしない.しかしもし圧力または他の原因により停滞が起ると,血液は静脈のふくれた部分に侵入し,弁の遊離縁を血管壁からおしのけたがいに接着させて,かくして血管を末梢へと閉めきつてしまう.そこで静脈はその場所に相当して節状のふくらみを現わすのである.

 普通はいま説明したような帆状弁の2枚がたがいに向き合って存在する.比較的大きな動物では静脈壁をめぐって3枚の弁があることもあるが,人間の場合それはまれなことである.これに対し比較的小さな静脈では所々に各1枚だけの弁がある.またかなり大きい静脈でもそれより小さい枝が開口する所にはただ1枚の弁がみられることとがしばしばである.同様に心臓の右心房において,下大静脈および冠状静脈洞の開く所に各々ただ1枚の帆状弁が形成されている.静脈の開口部にある簡単な帆状弁はWinkelklappen(角静脈弁)またはAstklappen(枝静脈弁)とよばれる.

 完成された弁のほかにまたはなはだ多くの未完成のものがあり,これは完成への途中に止まつたものか,あるいは退化したものであろう.静脈弁の退化ということは,新生児で完成した状態にあった弁が後になって退化することが知られているので,充分に考えられるし,また胎生期には後になって完成するものよりもずっと数多くの弁が作られるということは静脈弁の一部が未完成のま,に止まることを暗示するのである.たとえば胎生期には門脈の分布区域に多数の弁があるが,後にその大部分が消失し,少数のものだけがところどころに,特に小さな静脈が静脈アルケードVenenarkadenに開口する所に残るのである.

 最も弁の数が多いのは四肢の静脈であって,ここでは血液が重力にさからつて運ばれなくてはならないばかりでなく,またしばしば筋の圧力に曝されている.

ところが弁の存在により一方では筋の圧力がかえって静脈の血流を促進するものとなり,他方ではまた弁の存在は四肢などにおいて,静脈内の高い液柱が所属する毛細管系に圧力を加えて,毛細管の血流を妨げる危険を未然に防ぐことになる.右縦胸静脈,肋間静脈,門脈およびこれらの静脈の枝では弁の存在は例外であり,もしあってもその数は非常に少ない.なお弁は一般に最も小さい静脈,および四肢の比較的小さい静脈にも欠けているが,さらに上下の大静脈,大部分の頭部の静脈,肝臓,腎臓,子宮の静脈,および卵巣静脈でも欠けている.また頭蓋脊柱管,骨の内部の静脈,臍静脈および肺静脈にも弁がまったく存在しない.

[図610] 静脈弁 内部からみたところ(×1) 大伏在静脈の一部,いくつかの側核をもっところ,切り開いてある.

[図611] 静脈弁 外方からみたところ(×1) 橈側皮静脈の一部,膨らませて乾燥させたもの.弁の付ぎ方とその周囲の膨大部(静脈弁洞Sinus valvulae)がわかる.

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最終更新日13/02/03

 

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