Rauber Kopsch Band2.730   

 こんなわけで毛はその豊富な神経終末のゆえに,全身の感覚器のなかで重要な一員としての地位をしめる.また毛の露出部は知覚器としての皮膚を被っており,からだが感じとる外界が毛の存在のためにそれだけ広くなって,いわば感受領域を増大していることは明かである.毛は剛さ柔かさのいろいろな感覚テコ(Fühlhebel)として働いており,そよ吹く風のようなごく弱い刺激が毛の末梢に加わっても,テコの中心部にはそれに応じた振れが起るのでる.

毛の生え方の異常について

 毛の形と色調にはいろいろ普通とちがったことがあらわれる.また双子の毛Zwillingshaareや三つ子の毛Drillingshaareがみられる.さらに重要なのは全身的および局部的な多毛症Hypertrichosisや貧毛症Hypotrichosis,無毛症Atrichosisである.

 多毛症はたいていの場合は一種の抑制型の形成に属する.それは胎生期に生えている毛すなわち生毛が生後にまでひきつがれ,長さを増すのである.生毛Lanugo, Wollhaarは胎生の後期にはほとんど全身の皮膚の表面を被い,成人でも体の大部分にこれが存在している.成人の生毛はふつう退化的なものであるが,まれにはそれがさらに発達して,いわゆる“毛人Haarmenschen”の状態になり,顔やからだが絹のように柔かい長い毛で被われる.

 真性多毛症Hypertrichosis vera, echte Überbehaarungは第2次毛(かたい毛)が発達しすぎた状態である.

 頭毛は並はずれた長さに達することがある.婦人では1.20mの頭毛,さらには1.40mもの長さの頭毛が見られている.中央アメリカのモスキト族の婦人では,頭毛がほとんど「かがと」にまで垂れていることが多い.

 長さ30~40cmのひげは決して稀なものではない.おそろしく長いひげも知られている.たとえばフランスのニエーブル県のヴァンドネス(Vandenesse, Dép. Nièvre)に住んでいたルイ クーロン(Luis Coulon)はそういうひげのもち主であった.20才のとき彼のひげの長さは1mだつたが,1790年代には2.32mに達した.クーロン自身の身長は1.59mであった.(日本人とアイヌのひげを中心にした「ひげの人類学」を松村瞭(人類学雑誌19巻211号,1903)がまとめている.)

毛の寿命

 第2次毛は一生のあいだ同じものがひきつづき生えているのではなくて,それらは部位によって異なる一定期間だけ存続し,ついで抜けおちて新しい毛がこれに代つて生えるのである.

 毎日ぬけおちる毛は18~26才の男女では30~108本,20~30才では90本,50~60才では120本以上である.

 毎日の長さの成長も研究されており,体の各部分により,また体重や四季により,さらに昼と夜によってそれぞれ結果が出されている(H. Vierordt, Anatomische TabellenおよびZ. ärztl. Fortbild.1925)(わが国では谷野駿(皮膚と泌尿4,1936)の男女僧侶133名についての研究がある.それによると青壮年の1日の毛髪成長は平均0.52mmである.)

 毛の寿命は18~26才の人では頭皮の「はえぎわ」の短い毛が4~9月,頭皮一般については(計算によって)2~4年,まつげは100~150日である.

毛の再生

 新しい毛は古い毛の毛包から再生してくる.古い毛は荒廃して消失しかけた乳頭を捨てて,ゆっくりと上方へ移動し,ついに抜けおちてしまう.それと同時に,脂腺の開口より下方にある毛包の部分が短縮する.毛乳頭をはなれた毛は棍状毛Kolbenhaareとよばれ(図762, 769, 770),その根には乳頭を容れるへこみがなくて,ただの棍棒のかたちをしている.このような形状の毛根を充実根Vollwurzelとよび,これに対して乳頭の上にのっているふつうの状態の毛根を中空根Hohlwurzelという.

 P. Spulerの観察によると,一生のあいだに表皮からの毛の新生はたくさんに起るのである.このばあいたいてい若い毛が早期になくなって,その「棍状毛」からはじめて胚芽が出発して,髄質をもつ強い毛をつくるべく真皮の最深層と皮下組織に進入してゆくのである.古い毛がぬけおちてからこれに代る新しい期毛Terminalhaareが出現するまでの期間は49~89日である(Z. Morph. Anthropologie, 24. Bd.,1924).

毛のはたらき

 毛はいろいろな働きをしている.触覚毛としてはたらいているものには先ず第1にまつ毛がある.眉毛もはなはだ敏感である.敏感さにおいては顔およびその他の大部分あ皮膚表面にある小さい毛がこれにつづいている.頭毛とひげはこれらのものより鈍感である.

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最終更新日10/08/31

 

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