解剖学用語の歴史

年表
1895年 バーゼル (Anatomische Gesellsehaft:ドイツ語圏内の解剖学会) B.N.A.: Basle Nomina Anatomica
1935年 イエナ(ドイツ語圏内の解剖学会) J.N.A.: Jena Nomina Anatomica
1955年 パリ(第6回国際解剖学者会議) P.N.A.: Pari Nomina Anatomica (Nomina Anatomica 1.ed)
1960年 ニューヨーク(第7回国際解剖学者会議) Nomina Anatomica 2.ed
1965年 ビースバーデン(第8回国際解剖学会議) Nomina Anatomica 3.ed
1975年 東京(第10回国際解剖学者会議) Nomina Anatomica 4.ed
1980年 メキシコ(第11回国際解剖学者会議) Nomina Anatomica 5.ed
1985年 ロンドン(第12回国際解剖学者会議) Nomina Anatomica 6.ed
1997年 サンパウロ(第13回国際解剖学者会議) Terminologia Anatomica[TA]

 歴史を振り返えると

 18世紀の末頃 欧州の医学専門用語はラテン語(ラテン語化されたギリシャ語も含む)が用いられていた。自国語で用いられるようになってもラテン語が国際的な解剖学用語として用いられていた。1895年のB.N.Aはドイツ語圏の解剖学会が整理統一したもので準国際公定用語の地位を得ていた。

 英国では1933年に自国で用いられていた英語名をB.N.A(ラテン語)と対照させたB.R.1933がイギリス解剖学会(Anatomica Society of Great Britain and Ireland)の承認をえて発表された(Birmingham Revision 1933)。B.N.A.は1935年にJ.N.A.に大改訂されている。その後J.N.Aを国際用語にしようとする動きがおこったが第二次世界大戦の影響で消滅し、英語圏ではJ.N.Aを採用していない。しかし、J.N.A.では標準の解剖学体位が廃止され、体位を示す用語は体部の用語に関連付けられたので用語集は全脊椎動物に適用できるようになった。

 1955年の第6回国際解剖学者会議で初めて制定された国際解剖学用語がNomina Anatomocaである。英語圏の解剖学者も加わって制定された国際用語としてはN.A.1ed(日本ではP.N.A.と呼んでいる)が最初である。しかし、Nomina Anatomicaは、英語名は採用されておらず、ラテン語名(一般用語は英語で記載されている)だけで、国際論文=英語、および臨床の現場ではNomina Anatomicaは古典の様に扱われていた。

 このような歴史的な混乱の中で国際的な解剖学用語はラテン語で統一されるべきであるが英語圏ではB.R.を元に医学用語が自由に用いられていた。1998年に出版されたTerminologia Anatomica by Federative Committee on Anatomical Terminology(FCAT) (以下TAと略する)が現在国際的な解剖学用語であることは間違いない。そのなかで特筆すべきは英語を公式な代用語として選定し、その国際的な使用を認めている。それに準じて代表的な医学辞典であるDorland's Illustrated medical dictionary 29th edition(2000)やStedman's Medical dictionary 27th Edition(1999)ではTAを採用し臨床を含めた国際論文はこのTAにより統一化されることは間違いない。

 医学生が解剖学を勉強する際、ラテン語で解剖学用語を記憶しておけば、日本語も英語もこれに準じて訳することができ、英語の論文を読むとき敢えて辞典を引く必要はない。しかし、多くの医科系大学ではカリキュラムの関係でラテン語教育が削られているところが多い。医学を志す医学生の諸君は、人体の構造の名称を覚え、機能を理解しなくてはならない。英語圏の医学生は母国語で解剖学用語を覚えればよいが、日本の医学生は、英語と日本語の両方を覚えなければならない。独自に発展してきた英語とNomina Anatomicaに準じて和訳されてきた日本語の間には語順等で不統一があるが概ねラテン語を基本に英語と日本語を覚えるのが合理的であるように感じる。

 一方、日本の解剖用語は「解体新書」(杉田玄白ら、安永三年1774年)、「医範提綱」(宇田川玄真、文化二年1805年)、「重訂解体新書」(大槻玄沢、文政九年1826年)などにはじまるが、B.N.A.制定後これと対照させた解剖学名彙(鈴木文太郎、明治28年1905年初版)がひろく用いられた。日本解剖学会ではこれを手直しして昭和4年4月(1930)に東京で開かれた第37回総会で岡島敬治(慶應解剖学初代教授)、西成甫、遠藤篤一および平光敬吾の4氏にその改訂を委託し、翌年昭和5年4月に大阪で開かれた第38回解剖学会総会で鈴木文太郎著改訂解剖学名彙、昭和7年1933年が決定された。

Nomina Anatomica Japonicaの初版以来の改訂経過

初版:昭和19年6月に解剖学用語Nomina Anatomica Japonicaが刊行される。

 1935年のドイツ解剖学会がB.N.A.をJ.N.A.に大改訂したので日本解剖学会もこれを用語改訂の議が起こり、昭和15年(1941)8月に台北に開かれた第48回日本解剖学会総会で西成甫、遠藤篤一、平光敬吾および望月周三郎(慶應解剖学教授)の4名が改めて委員になり、その後小川鼎三が平光敬吾に代わり、更に尾持昌次が加わり用語委員会は昭和16年の秋以来、日本医学会の医学用語整理委員会と連携をとりながら、昭和18年3月に原案がまとめられた。

 日本解剖学会は以上の解剖学用語選定とともに組織学用語および発生学用語の選定をはかり、昭和10年7月新潟で開かれた第43回解剖学会総会で森於莵、森田秀一および鈴木重武の3氏を委員に挙げ、更にこれに進藤篤一、平光敬吾および舟岡省五の3氏および遅れて小川鼎三を加えてこの仕事を委託した。委員会はそののち森於莵の組織学用語原案および鈴木の発生学用語原案について主に文書を以て協議を行い、且つ前期の解剖学用語委員会および医学用語整理委員会と連絡をとりながら、昭和18年3月に組織学用語及び発生学(総論)用語案をができている。

第2版:昭和22年4月20日に組織学用語と発生学用語が加えられている。この版から丸善発行となる。
第3版:昭和29年5月25日。

 「全改訂版」として、巻末に索引が加えられた(中山知雄)。用語の変更はないが組織学用語と発生学用語にはドイツ語の他に英語を加えてある(組織学用語を細川宏、発生学用語を鈴木重武)。

第4版:昭和30年3月25日
第5版:昭和31年3月20日
第6版:昭和31年8月25日 以上三つの版(第4,5,6版)は第3版の増刷
第7版:昭和33年6月30日

 「新版」として、従来のJ.N.A.がもちいられてきたが、1955年パリで行われた第6回国際解剖学者会議で決定をみたP.N.A.をもとに改修されている。用語委員の顔ぶれは西成甫、森於莵、小川鼎三、尾持昌次、加藤信一、新島廸夫、中山知雄、中井準之助、阪田隆の諸氏であった。ここでむずかしい漢字をできるだけ廃して当用漢字を用い、カナ字も使って、重箱読み辞さない、耳で聞いて他のものと混同せず区別できるようにする。しかもP.N.A.になるべく忠実に従うというものであった。

第8版:昭和33年11月20日。これは第7版の増刷にすぎない。

 ここで、「今後は内容の改変が行われない限り、版数を変えない」という取り決めが行われ、昭和34年3月15日、昭和35年5月10日、昭和36年4月15日の3回にわたって第8版の増刷が行われた。

第9版:昭和38年5月10日。

 1960年 ニューヨーク(第7回国際解剖学者会議) Nomina Anatomica 2.ed に補修された。これに伴って改訂された日本語名(昭和32年決定)に従ったものである。この版の不統一な二、三の用語、ミスプリントなどについて正誤表が作られた(昭和39年7月1日)。

第10版:昭和40年7月10日(増刷は昭和41年5月15日と昭和42年4月10日)

 第9版の正誤表に従って改めらたもので、増刷のたびにミスプリントが訂正されている。

第11版:昭和44年7月25日

 1965年 ビースバーデン(第8回国際解剖学会議) Nomina Anatomica 3.edで改変されたのに伴って行われた。昭和43年4月長崎で開かれた第73回総会で、国際解剖学用語委員の中井準之助、新島廸夫、岡本道夫3氏のほか、尾持昌次、大内弘の2氏にその改訂が委託された。重要な変更ならびに意見の一致を見なかった十数項目については同年10月に全評議員の意見を求め、これに基づいて11月に成案を得た。

第12版:昭和62年9月30日

 1980年 メキシコ(第11回国際解剖学者会議) Nomina Anatomica 5.edで承認され、1983年に刊行された国際組織学用語第2版および国際発生学用語第2版に準拠して改訂された組織学および発生学の解剖学用語収録したもの。一般解剖学については、第11版を継続してある。

 第82回日本解剖学会(1977)に当時の三井但夫理事長(慶應医学部教授)は、これまでの解剖学用語委員会( 尾持昌次、大内弘、中井準之助、水野昇)の下に、一般解剖学用語(木村邦彦委員長、石井敏弘、金関毅、水野昇、森本岩太郎)、組織学用語(山田英智委員長、三井但夫、尾持昌次、黒住一昌、佐野豊、安田幹男)および発生学用語(森富委員長、浅見一羊、島崎三郎、滝沢安子吉、永野俊雄)の小委員会を設け、1975年 東京(第10回国際解剖学者会議) Nomina Anatomica 4.ed 、Nomina Histologica 初版、Nomina Embryologica 初版に準拠して解剖学用語11版の改訂を目的とする検討を委託した。そこで各用語委員会で検討したところ、かなりの不備があったので、上記の国際用語の採用を見送り、1980年 メキシコ(第11回国際解剖学者会議) Nomina Anatomica 5.ed 、Nomina Histologica 2.ed、Nomina Embryologica 2.edを待つことになった。この時、吉村不二夫前理事長は三井但夫元理事長の方針を踏襲し、ただちに上記の三解剖学用語委員会にその検討と解剖学用語11版の改訂を委託した。Nomina Anatomica 5.ed、Nomina Histologica 2.ed、Nomina Embryologica 2.edに少なからぬラテン語の誤植および文法上の誤りがあり、さらに3種の解剖学用語間で同一の事物を指すのに異なったラテン名が使用されていた。「一度定めた解剖学用語は、よほどの理由がない限り変えては成らない」などの理由により一般解剖学用語は平成2年4月(1990)の第95回日本解剖学会評議委員会で三度保留された。

 このように1955年から1985年にかけて6回のNomina Anatomicaが改訂され混乱を招いている、日本の用語改訂もNomina Anatomica 3.ed(1965)から37年の歳月が流れ、神経系を中心とした用語は大幅に増え用語改訂は必要に迫られている。

2001年11月1日 「日本語による解剖学用語」(案)についての会員からの意見募集ということで日本解剖学会も改訂を準備している。

付 1

 日本獣医学会では獣医解剖・組織・発生学用語を刊行している(平成12年12月初版)。解剖学雑誌Vol. 76. No6 (2001) P.561の書評の欄に紹介されているが、約1760頁にもおよび、TAを参考にしながら日本語(ラテン語)、英語が対照された用語集である。組織・発生学用語にも英語訳が付いていて非常に有用である。

付 2

 ステッドマン医学大事典改訂第5版は2002年2月20日にMedical view社からStedman's Medical dictionary 27th Edition(1999)の日本語版として発売された。当然、解剖学用語はTAに準拠している。ここで問題になってくるのが学会が正当な手続きをもって選定している日本語名とステッドマンに採用された用語に多少の相違があることが予想される。

最終更新日:2002/09/17

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