Rauber Kopsch Band1. 51

c)胸大動脈Aorta thoracica(図636)

胸大動脈は脊柱の前面にそって下方に向う.

 胸大動脈は脊柱の弯曲に沿っているから軽く前方に凸の胸部弯曲と,軽く後方に凸の腰部弯曲とをもっている.なおこの動脈はその初まりで椎体の左側にあるが,次第に椎体の中央に向いその腹腔部はふたたび左の方に曲がっている.したがって軽く右に向かって突出した弓を画いている.それゆえ胸大動脈には矢状面と前額面における弯曲が区別される(脊柱の弯曲の項参照,267頁).

 胸大動脈は胸腔ではあまり太くない数多くの枝を出していて,そのためわずかながら下方にすすむとともに直径が小さくなる.それに反して腹腔では内臓と下肢とに向かって強大な枝を送るので,その太さは著しく減少し,そのため遂に尾部の大動脈Aorta caudalisは1本のごく小さな血管にすぎなくなる.

 頚部と頭部の諸動脈におけるよりもっと明瞭に,下行大動脈の諸枝は2群に大別される.すなわち a)壁側枝Rami parietales,これは分節的配列をなして体壁と脊髄を養う.b) 臓側枝Rami viscerales,これは体壁でとり囲まれた内臓に向かっており,分節的配列はごくわずかに認められるだけである.臓側枝の関係はそれが分布する内臓の様子によって大きい相違を示すが,壁側枝の分枝は簡単な法則に従っており,このことについてはすでに501頁で述べたのである.

 局所解剖:下行大動脈の胸部は第4胸椎の左側で始まって第12胸椎まで達し,そこで横隔膜の大動脈裂孔にはいる.胸大動脈は左右の胸膜腔のあいだで,縦隔の後部において心膜嚢の後にある.左側は胸膜の縦隔部に接し,右には右縦胸静脈,胸管,および食道がある.しかし食道は胸郭の上部においてだけ大動脈の右側にあり,それより下方では大動脈の前がわになり,横隔膜を通過するさいにはしばしば大動脈の少しく左側にある.左縦胸静脈は胸大動脈の左側にあり,ついでその後を右にすすんで右縦胸静脈に合する.

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 胸大動脈の枝はすでに述べたように胸壁とそのなかに囲まれている内臓に分布する.その壁側枝は全体としていっそう強いものであり,臓側枝は重要な気管支動脈を除くと概して弱いものである.

 神経:交感神経の縦隔枝と迷走神経による.

臓側枝viscerale Äste
1. 気管支動脈Arteriae bronchales

 気管支動脈はかなりな大きさの血管で肺の組織を養うものである.この動脈は気管支の分枝に伴って肺の全体にはいりこみ,同時に気管支リンパ節を養っている.気管支動脈の数と起り方にはいくらか変化がある.

 右気管支動脈A. bronchalis dextraは右側の第3肋間動脈から出るか,あるいは左気管支動脈と短い共通の幹をもって直接に大動脈から出ている.左気管支動脈A. bronchalis sinistraは2本(1primaと2secunda)あることが普通である.この2本とも胸大動脈の初めのところからわずかの間隔をおいて発する.たいていの場合,左右の気管支動脈はそれぞれの側の気管支の後面に向かって走り,気管支のすべての,分枝に伴って肺の内部にひろがる.気管支はなおそのほかに大動脈弓の凸側縁から出る不定性の気管支枝Rr. bronchales(図636)および内胸動脈からの気管支枝Rr. bronchalesをうけ入れている.

 変異:右気管支動脈については,これが直接に大動脈,内胸動脈,または下甲状腺動脈から出ることが観察されている.さらに鎖骨下動脈から左右に共通な幹をもって出ていることもあった.ほかの1例では左右に共通の幹が2本あって,この2本からそれぞれ左右の肺に枝が送りだされていた.そのうちの1本は内胸動脈から,ほかの1本は最上肋間動脈から出ていた.ときおり左右の各肺に向かって初めから2本に分れて出てゆく気管支動脈がみられている.

2. 食道動脈Arteriae oesgphagicae (図636)

 これはふつう4~5本の小幹であるが,ときにはもっと多いこともあり,大動脈の前壁または右壁から出て,斜め下方に走って食道に達している.

 この動脈の下部のものは胃の冠状動脈の上行枝とつながり,上部のものは下甲状腺動脈の枝とつづいている.

3. 心膜枝Rami pericardiaci 変化に富む細い動脈で心膜の後面にいたる.
壁側枝parietale Äste
4. 縦隔枝Rami mediastinales

 多数の小枝であって,縦隔の後部にあるリンパ節と疎性結合組織におもむく.

5. 上横隔動脈Arteriae phrenicae thoracicae

 胸大動脈の下部から出る小枝で横隔膜の腰蔀の胸腔面にいく.

6. 肋間動脈Arteriae intercostales (図636, 647, 661)

 縦に並んだ2列をなして分節的配置をなし,胸大動脈の後壁からおこるたいてい10対の動脈である.椎体の左右両側面に接してだいたい横の方向に走って肋間隙にいたり,背枝Ramus dorsalisを出し,ついで本来の肋間動脈A. intercostalisとしてさらに走っていく.

 第1と第2の肋間隙に属している肋間動脈はたいてい肋頚動脈の枝であるから,大動脈からの肋間動脈は上のごとく通常10対である(567頁).大動脈の位置が左側にあるので右側の肋間動脈は左側のよりも長くて,椎体の前面を越えて左から右後方に走って分岐部に達するのである.それだけ左側の肋間動脈の長さが短い.

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しかし左側の肋間動脈は下方のものほど次第にその長さを増していく(図661).--大動脈から出る最初の肋間動脈erste A. intercostalis aorticaの起始は1個の椎骨の高さだけ,それに相当する肋間隙よりも下方にある.それゆえその肋間隙に達するために,上方に向かって開いだ鋭角を作って右側は椎体の前面を越え,左側は肋骨頚を越えて進まねばならない,それに反して下部の肋間動脈は殆んど直角に大動脈から出ている.ときどき2本の肋間動脈が短い共通の幹をもって出ている.このような場合に幹から分れた2本の枝の経過に特別な点があるのは当然である,一椎体の前にある肋間動脈の部分は椎骨と脊柱前面の靱帯に枝を送っている.大動脈からおこる右の第3肋間動脈はすでに592頁で述べたごとく,しばしば右気管支動脈A. bronchalis dextraという1本の臓側枝を出している.

 局所解剖:左右の肋間動脈は交感神経幹の後を走り,これと交叉する.右側の肋間動脈は同時に食道,胸管,および右縦胸静脈の後にある.

 背枝R. dorsalis.背枝は上下の肋骨頚のあいだで,内側は脊柱により外側は内肋横靱帯で囲まれた孔を通って後方にすすみ,まず脊髄枝Ramus spinalisを出し,ついで多数の筋枝を送って,その内側枝と外側枝で背筋群を養い,最後に1本の内側皮枝R. cutaneus medialisと外側皮枝R. cutaneus lateralisをもって皮膚を養っている.

[図661] 胸郭を横断して胸大動脈から出る諸枝を示す模型図 上方の断面を下からみる.(1/4) (Henleによる)

 A 胸大動脈;a, a 肋間動脈;b 筋枝;c 脊髄枝;d 内胸動脈;e 内胸動脈の肋間枝;f 胸骨枝;g 穿通動脈. 内胸動脈の肋間枝,肋間動脈の前枝,内胸動脈の胸骨枝がたがいに結合することによって各肋骨の高さで動脈輪arterietle Gefäßkranzeができている.これは特別の条件によっていっそう完全な発達を示すことがある;h, h, i, i後方および前方の臓側枝.

 脊髄枝Ramus spinalisはRüdingerの研究によると3本の定型的な枝をもって椎間孔を通り脊柱管に入る.これが前小枝,後小枝,中小枝である.前小枝Ramulus ventralisはすぐに比較的太い上行枝とそれより細い下行枝とに分れるが,これらは脊柱管の前壁で上下の両方からくる付近の同名動脈の枝と結合する.こうして左右各側にきれいな縦の血管弓Gefäßbogenが作られ,これが椎弓の根をとりまきその凸側をたがいに向け合っている.椎体の後面を通りすぎる内側の枝が両側の血管弓をたがいに結んでいる.後小枝Ramuli dorsalesは同側および他側のその付近にある小枝とつながって細かい網をつくり,この網は椎弓と弓間靱帯の内面の上に広がっている.しかし後小枝の網はたいていは前小枝のものより不規則である.第3の枝は中小枝Ramulus mediusであって,脊髄神経に沿って上行して脊髄とその被膜に達し,前および後脊髄動脈と吻合する.それによってこの2つの動脈は長く延びた縦の血管となっている.

 本来の肋間動脈A. intercostalisは一般にそれに相当する肋骨よりいっそうまっすぐに横走するもので,初めは肋間隙の後部を斜めにすすんで,肋骨角の近くで肋骨の下縁に達する.

 この動脈は外肋間筋の内面に接しており,後部では内胸筋膜のみによって胸膜の肋椎部から境されており,それより前方では内外肋間筋のあいだを走っている.そのさい肋骨下枝Ramus infracostalisとして下縁に沿い,肋骨溝の中にはいっている.これと並んで上方には静脈,下方には肋間神経がある.

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そして前方ではこれに向かってやって来る内胸動脈の肋間枝および腋窩動脈からの胸郭枝とつながっている.

 大動脈から出る最初の肋間動脈は第3肋間隙にあり,これはしばしば鎖骨下動脈から出る肋頚動脈の枝である最上肋間動脈につながる.最下の3対の肋間動脈は腹部の筋のなかを前方に伸び,そこで同側の筋横隔動脈の側枝とつづいている.また側方では下横隔動脈,下方では腰動脈の枝との結合がある.いちばん下にある肋間動脈は第12肋骨の下を走るので,肋下動脈A. subcostalisとよばれる.

 肋間動脈の幹からは,その幹が肋骨の下縁に接したところで,すなわち肋骨角の近くにおいて細くて長い肋骨上枝Ramus supracostalisという枝を出す.これは斜めにすぐ下の肋骨の上縁にいたる.この枝は幹と同じように肋骨と肋間筋とを養い,また近くの動脈,すなわちそれに向つ.やって来る内胸動脈の肋間枝の枝と吻合する.それゆえ各々の肋間隙では定型的には重複した動脈弓があって,大動脈と左右の内胸動脈のあいだに,これらをつなぐ2本の動脈枝があるわけである.

 皮膚にいく枝には(胸部および腹部の)外側皮枝Rami cutanei laterales(pectorales, abdominales)と(胸部および腹部の)前皮枝Rami cutanei ventrales(pectorales, abdominales)がある.前者はさらに後小枝Ramulus dorsalisと前小枝Ramulus ventralisに分れる.乳腺にいく枝は外側および内側乳腺枝Rr. mammarii mediales et lateralesという.肋間動脈が臓側枝をも出すことがあることはすでに述べた(気管支動脈の項参照, 592頁).

 肋間動脈の神経はBraeuckerによるとまず交感神経の縦隔校から,ついで交通枝の範囲ではそのあたりにある神経叢から来ている.さらに前方では肋間神経からひきつずき細い枝が出てこの動脈に達する.

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最終更新日 13/02/04

 

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