Rauber Kopsch Band2. 62

2.腕神経叢Plexus brachialis, Armgeflecht CV~CVIII, ThI. (図537548)

 腕神経叢の形成にはC V~C VIII(それらの前枝Rami ventrales)が全部, C IVは1本の小枝, Th Iはその大部分が加わるのである.しばしばTh IIもまた細い1根をこの神経叢に送る.そのうえ腋窩においてTh IIの外側皮枝Ramus cutaneus lateralisとの結合が(肋間上腕神経N. intercostobrachialisとして)常に存在する.

 第1胸神経もそれ以下の胸神経と同じく後枝Ramus dorsalisをそれに属する肋間隙をへて椎体の側方から後方に送る.一方,その前枝Ramus ventralisは直ちにすこぶる大きさの違う2,すなわち細い肋間神経と太い上腕枝Ramus brachialisとに分れ,後者は腕神経叢の下方の根をなし,直ちに第1肋骨を越えて上方にいたる.

 腕神経叢はかくして太さがまちまちである5~6個の()神経叢根Radices plexus(brachialis)をもっている.諸根の太さはCVからCVIIまで増し,次いでふたたび減ずる.

 この神経叢の諸根は前と後の肋横突間筋Mm. intercostotransversarii ventrales et dorsales(後者はMm. intertransversarii posteriores, B. N. A. )のあいだを通り,斜角筋裂において現われ,そこを出るときに中斜角筋の起始はこれらの根の後方に,前斜角筋の起始は前方にある(図537, 541).上方の3つの根は下行性の,第4の根は水平の,第5(および第6)の根は上行性の進み方をする.そしてこれらすべての根が鋭角をなしてたがいに結合し,それによって腕神経叢の初まりAnfangがなされ,さらにその根索の配列が変つたりしてこの神経叢は完成されるのである.それゆえ腕神経叢は全体として1つの大きな縦の広がりを有ち,これは斜角筋裂から上腕骨頭のところまで延びている(約15~20cm).

S. 498

この神経叢の方向は斜めに下行しており,その神経束は同時に遠位の方で集まっている.鎖骨がこの神経叢と交叉するので,鎖骨上窩にある鎖骨上部Pars supraclavicularisと腋窩にある鎖骨下部Pats infraclavicularisとが区別される.

 鎖骨上部Pars supraclavicularisは胸鎖乳突筋の下部の外側で後方にあり,肩甲舌骨筋の下腹と交叉する.この神経叢の上部の3根は鎖骨下動脈より上方にあるが,下部の2根あるいは3根はこの動脈の背方にある.頚横動脈はこの神経叢の束と束のあいだをへて現われるか,あるいはこれらの前方を通りすぎる.

 鎖骨下部Pars infraclavicularisは小胸筋と大胸筋とに被われている.その終末のところは肩甲下筋と外側鋸筋とのあいだに埋もれている.腋窩動脈はこの神経叢の前面から正中神経の2根がつくる裂け目を通りぬけ,正中神経のフオーク状の部分に囲まれて,かくしてこの神経のうしろがわに達する.

[図536]頚部の神経と血管 深層

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[図537]腕神経叢(Hirschfeli)およびLeveilléによる)

[図538]腕神経叢の模型図

 C5, C6, C7, C8 第5,第6,第7,第8頚神経(前枝);D1第1胸神経の前枝;I 上神経幹,II 中神経幹,III下神経幹;いずれも1本の前枝a1, a2, a3と1本の後枝 p1, p2, p3を出す;a1とa2は合して外側 の第2次の幹である橈側神経束1となる;a3は内側の第2次の幹である尺側神経束をなす;後方の3枝の合したところからは後方の第2次の幹である背側神経束2が生ずる.

[図539]腕神経叢のもう1つ別の模型図 V~1第5~第8頚神経と第1胸神経との前枝.後方の幹である背側神経束(r)を形成するために集まる線維束は点絵で示してある;r 橈骨神経;mc 筋皮神経;m 正中神経;u 尺骨神経.

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叢形成の様式(図538, 539)

 腕神経叢の形成にあずかる諸神経索の結合および分離には細かい点では多くの変異が現われるとしても,その形成の様式は1つの定型的なものといえる.

 図538の模型図が示すように,まず神経叢の2根Th IとCVIIIとが多くのばあい斜角筋裂のなかで合して下神経幹Truncus caudalisをつくる.斜角筋裂から出たところで上方の2根CVとCVIとがたがいに合して上神経幹Truncus cranialisとなる.また中央の1根であるCVIIはまず中央の幹すなわち中神経幹Truncus intermediusをつくる.これら3つの幹からは2次索が次のようなぐあいにできる.それは3つの1次索がそれぞれ各1本の前枝と後枝とに分れる.それらの後枝は合してただ1本の索,すなわち背側神経束Fasciculus dorsalis(2)となる.第2の2次索である橈側神経束Fasciculus radialis(1)は両2次索の残りであるa1とa2とが合して作られる.第3の2次索である尺側神経束Fasciculus ulnaris(3)はやはり1次索の残りであるa3からできる.

 ここに述べた腕神経叢の様式は日本人でも全例の70~80%にみられる(Hirosawa, Arb. anat. lnst. Kyotoの1931)(平沢興).神経叢の形式とその枝の関係におけるヨーロッパ人と日本人の差異は全くわずかなものでしかない.

 これら3つの索は小胸筋の後方にある腋窩動脈A. axillarisの部分をその全長にわたって取り囲んでいる.(前上方にある)橈側神経束からは正中神経の半分と筋,皮神経とがおこる.(前下方を占める)尺側神経束からは正中神経の別の半分,尺側上腕皮神経と尺側前腕皮神経,尺骨神経がおこり,背側神経束からは橈骨神経と腋窩神経とが発する.

 正中神経の両根は正中神経係蹄MedianusschlingeあるいはMedianusgabelとして腋窩動脈をフォーク状にはさんでいる.

 その5つの根のそれぞれに前枝と後枝とが区別される(図539).それらの後枝は合して橈骨神経といくつかのいっそう小さい神経を形成する.前枝についてはまずIとVIIIとが合して1つの幹となり,次いでVII, VIおよびVが合する.この索の上方の部分をなす幹からは正中神経の上方の根と筋皮神経とが出るし,下方の索からは正中神経の下方め根と尺骨神経および前腕と上腕との尺側皮神経が出る.

 なおさらにつつこんだ分け方をしてこの神経叢から出るいっそう小さい枝にまでもおよばすならば,2つの大きな神経群が区別される.その2群とはそれぞれ上肢の屈側伸側とに行くものである.それは神経叢の根と枝とに後方の部分と前方の部分とがあって,これらの枝や根が運動性のものである限り,上肢帯と自由上肢の背方および腹方の筋肉を支配する.ここで体肢の“背方の神経”dorsale Nervenというのはただ局所解剖学的に見ただけの背方の領域にあるものであって,形態学的意味における背方の神経ではないということは,形態学的な背方の神経は何であるかを思い出してもらえばよいのである.本当の背方の神経は体肢には決して存在しないのである.

 Eislerによれば腕神経叢の前方の層からは次の諸神経が発する;すなわち,前胸神経・筋皮神経・正中神経・尺骨神経・尺側前腕皮神経である.これに対して後方の層には次の諸神経が属する:すなわち,肩甲背神経・長胸神経・肩甲上神経・腕窩神経および橈骨神経である.

 尺側上腕皮神経はこの両方の層から線維を受けている.体幹への短い神経はこの神経叢の形成にはあずからない.

a)腕神経叢と他との結合

1. CIVから出てCVに達する1結合枝;

2. Th IIから出てTh Iに達する1結合枝(腕神経叢の下部の根であるが,その存在は不定であり,その太さは個体的に異なる);

3. 交感神経とのかなり太い結合.これはこの神経叢の諸根が合して叢を形球するまえにそれらの根から出ている.

b)腕神経叢の枝

A. 腕神経叢から出て体幹に分布する神経

 これらは腕神経叢の諸根が椎間孔からでた直後にこれらの根からでる.これは筋に行く神経Muskelnervenであって,前斜角筋と中斜角筋との下部,頚長筋の下部および後斜角筋に分布する.

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B.腕神経叢から出て上肢帯に分布する神経

1. 後胸神経Nn. thoracici dorsales

 これは2本あり,1つは菱形筋への肩甲背神経N. dorsalis scapulae,他は外側鋸筋への長胸神経N. thoracicus longusである.

a)肩甲背神経N. dorsalis scapulae(図536, 540)

 肩甲背神経は腕神経叢の背方の層に属し,CVから枝分れして出て,直ちに中斜角筋を貫き,後斜角筋と肩甲挙筋とのあいだを走り,大および小菱形筋に達してこれを支配する,肩甲挙筋にも1枝を送る.しばしば外側鋸筋の第1尖頭がこれから1本の細い枝を受けている.肩甲背神経はその経路の一部が,頚横動脈の下行枝と伴っている.

b)長胸神経N. thoracicus longus(図536, 537, 541)

 通常はCVとCVIとからできる(CVIIからの細い1枝が加わっていることがある).この神経はおよそ腋窩線Linea axillarisの方向をとってすすみ,外側鋸筋の諸尖頭に分布して終る.

 日本人ではこの神経が多くはCVIとCVIIとから生じ,いっそうまれにはCVからの1小枝が加わっていることがある(Hirosawa 1931).

2. 前胸神経Nn. thoracici ventrales(図536, 541)

 多くのばあい2本ある.橈側神経束Fasciculus lateralisから出る方の神経は鎖骨下動静脈の前方で大胸筋の内面に達し,そのなかで枝分れする.この神経が尺側神経束Fasciculus medialisからでる第2の神経に細い1枝を送っており,後者は小胸筋と大胸筋とに分布する.

3. 鎖骨下筋神経N. subclavius(図537)

 これは多くのばあい腕神経叢の上神経幹からでるが,いっそうまれにはCVからでて,しばしば1枝を横隔神経に送り,横隔神経の外側で前斜角筋の上を通り,鎖骨の後方を回って鎖骨下筋に入る.

4. 肩甲上神経N. suprascapularis(図537, 540, 541)

 腕神経叢の上神経幹から発し,その後方の層に属していて,大鎖骨上窩(=肩甲鎖骨三角)のなかをこの神経叢の外側縁に沿って下方,外側方,後方に走り,肩甲舌骨筋に沿って肩甲切痕に達し,この切痕を通って棘上窩に達する.そして棘上筋に被われて,肩甲頚と棘下窩にいたる.棘上筋と棘下筋ならびに肩関節の関節包がその分枝を受ける.

5. 肩甲下神経Nn. subscapulares(図537, 541)

 これは腕神経叢の種々な部分からでる2~3本の神経よりなり,肩甲下筋・大円筋・広背筋にゆく.そのなかで最も長くて,かつ外科学的に最も重要なものは胸背神経N. thoracodorsalisであり,これは肩甲骨の腋窩縁に沿って走り,広背筋を支配する.

 第1肩甲下神経はCVおよびCVIからでて肩甲下筋に入る. 第2肩甲下神経は背側神経束より生じ,肩甲下筋の外側下部と大円筋とに分布する.また大円筋への枝が独立して発することもあり,あるいは腋窩神経から発することもある.

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--第3肩甲下神経,すなわち胸背神経N. thoracodorsalisと呼ばれるものはこの群のうちで最もよく発達し,背側神経束あるいは腋窩神経から発する.いっそうまれには橈骨神経からおこる.そして肩甲骨の腋窩縁に沿って走り広背筋に達する.

6. 腋窩神経N. axillaris(図540542)

 腋窩神経は背側神経束から発し,外側腋窩裂を通って上腕骨をめぐって背側上腕回旋動脈とともに走る.そして三角筋の内面に達し,この筋のなかに広がり,その途中で小円筋への枝を分ち,また次にあげる若干の特別な枝をだす:すなわち

 関節枝Rami articularesは肩関節に分布する.そのなかにRamus intertubercularis(結節間枝) (Rauber) という枝がある.

 橈側上腕皮枝Ramus cutaneus brachii radialis.この神経ほ三角筋と上腕三頭筋長頭とのあいだを貫いて皮膚に達し,上行枝と水平枝と下行枝となって,三角筋の背方の半分を被う皮膚ならびに上腕の上部の伸側の皮膚に放散する(図548).

[図540]右肩甲部の神経 うしろがわから見る.(HirschfeldおよびLeveillé) 1/5

 f 大円筋;g 広背筋;3 棘上筋への枝;4 棘下筋への枝;5 腋窩神経;6 小円筋に分布する腋窩神経の枝;7, 7 三角筋に分布する腋窩神経の枝;8 腋窩神経の皮枝.

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最終更新日 13/02/03

 

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