Rauber Kopsch Band2. 04

III.食道Oesophagus, Speiseröhre(図8790,93)

 食道は喉頭の輪状軟骨の高さ,すなわち第6頚椎の高さではじまり,長さ28~30cm(日本人の食道の長さ(輪状軟骨の高さから噴門まで)は男の平均24.71cm,女の平均22.9cmである(谷口健康, 日本外科学会誌28巻1151~1174頁,1928).)の縦の管をなして下行し,下るとともに次第に脊椎から離れて,第9ないし第11胸椎の高さにいたる.ここで横隔膜の食道孔Foramen oesophagicumを通り抜けて,右後方から胃に開口する.食道の横径は1.5cmほどあって,同時にここが消化管の全部を通じて最もせまいところである.もっとも食道の中央部は嚥下運動のときに径3~3.5cmまでひろがることができる.

 ふつうの場合に食道の広さと拡張性はどこでも全く同じというわけでなく,食道の最初のところ,ついで大動脈弓のそばあるいは左の気管支の初まりの部に向いあったところ,および横隔膜を通り抜ける直ぐ上のところで,いくらかいっそう狭い場所のあることが多い(輪状軟骨峡部Ringknorpelenge,大動脈ないし気管支峡部Aorten-bzw. Bronchialenge,横隔膜峡部Zwerchfellenge).

 食道の脈管.いろいろの場所から血管が食道にやってくる.下甲状腺動脈から来るし,胸大動脈からはふつう4本ないし5本の食道動脈Aa. oesophagicaeがくる.そのほか左胃動脈や左の下横隔動脈からもやってくる.また静脈叢ができていて,それから流れでる食道静脈Vv. oesophagicaeは下甲状腺静脈,縦胸静脈,胃の冠状静脈(これは門脈に入る)に達している.食道の下部1/3のリンパ管は上胃リンパ節にいたり,中部1/3のものは気管支リンパ節および後縦隔リンパ節に,上部1/3のものは下深頚リンパ節にいたるのである.

 食道の神経は主として左右の迷走神経からきて,これらが食道神経叢Plexus oesophagicusをなしている.さらに縦隔神経叢Plexus mediastinalisからいくつかの小枝がきている.

 局所解剖:食道はまず気管と脊柱(椎前筋膜が被っている)とのあいだにあり,気管とは強固な結合組織により,脊柱とは疎な結合組織により連なっていて,最初のうちはその前方にある気管の方が幅がひろいので,食道はそのかげに全くかくれている.しかしまもなく食道は左の方に偏してきて,そのため胸腔に入る前に,食道の左縁が気管の左縁と一致するようになり,さらに下方では気管の左縁のところに見えてくる.ついで食道は左の気管麦と交叉する.この高さから下では食道はだんだんと脊柱から離れる(図89).そして胸大動脈の前方で長くひきのばされた1つのラセンをえがくのである.胸大動脈の初まりの部は食道の左側に接しているが,それより下になるとこの動脈は脊柱と食道のあいだに入りこむ.そして食道が横隔膜を通り抜けるときは食道が大動脈より左方に離れているが(図88),これは胃の噴門に移行するためである.気管分岐部より下方では食道は長い距離にわたって心膜のうしろにあり,そのさいまず食道神経叢にとりまかれるが,さらに下方になると迷走神経の前幹と後幹Truncus ventralis, dorsalis n. vagiに伴なわれている.食道はその経過のおよそ中央のところで右側で或る距離だけ右側の胸膜で被われている.頚部では甲状腺の外側葉が食道の側縁に少しの範囲ながら接している.

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食道と上部胸椎の椎体とのあいだを胸管が右から左上方にすすんでいる.また食道の上部の左右両側に頚動脈があり,左の頚動脈が一番近くにある.左の下喉頭神経は気管と食道のあいだの溝のなかを上方にすすむ.

 食道の形の差異:Pratjeによると生体における食道がその全長にわたって平等に円い輪郭をもつことはただ時としてみられるにすぎず,ふつうはその頚部のみが円いのである.胸部はサーベルの鞘のように圧平されていて,かつその長軸のまわりにねじれている.頚部の内腔は(生体では)閉じていて,粘膜が縦走のひだをなすので,横断面で星形を呈する.胸部では食道は自発的に収縮しないかぎり,その内腔がいつも開いていて,空気をもっている.Hasselwander(Z. Anat. Entw.115. Bd.1951)によると食道の下部は吸気にさいして脊柱から7cmまで遠ざかる.

 Elze(Münch. med. Wochenschr.1927)によると中央の峡部はただ機能的にのみ生ずるのである.

[図89]若い男(およそ20才)の食道レントゲン像 第1斜径で腹背方向に照射.(Pratje, Z. Anat. Entw.,81. Bd.,1926)

食道の諸層(図90)

 食道の壁は3~4mmの厚さがあって,そのなかに粘膜Tunica mucosa,粘膜下組織Tela submucosa,筋層Tunica muscularisがある.

 粘膜は咽頭や胃の粘膜よりも色がいっそう白っぽい.壁がひきのばされていないとき粘膜は縦走するいくつかのひだをなすので,これに囲まれた内腔は横断面で星形にみえる.このひだは食道の壁を横にひっぱると消失する.

 粘膜の上皮は重層扁平上皮であって,それが胃に移行するところで突如としてその性状を変える.食道腺Glandulae oesophagicaeという小さい粘液腺がかなり多数,粘膜に散在している.その腺体は粘膜下組織に達している.それよりさらに小さい腺で粘膜固有層に限局するものが食道の下端部にとくに密集しており,また(およそ70%において)食道の上部で,輪状軟骨の下縁と第5の気管軟骨のあいだの高さにみられる.なお粘膜下組織に少数のリンパ小節がある.

 上皮の下に固有層Lamina propriaがあり,その上皮に向かった表面は乳頭をもつのみでなく,縦の方向にのびた稜線状の高まりLängsleistenをもっていて,この高まりの縁から円錐形の乳頭がでている.固有層の外面に接して,縦走する平滑筋線維の集まった,かなりりっぱな1層(粘膜筋板Lamina muscularis mucosae)があって,これは粘膜のつくるすべてのひだのなかまで入っている.

 粘膜下組織Tela submucosaは疎な性質であって,粘膜と筋層Tunica muscularisとのあいだを可動性に結びつけている.筋層は外方のいっそう有力な縦層と内方の輪層とからできていて,両層とも食道の上部では横紋筋線維よりなるが,食道の全長を4等分してその上から第2の区劃に当るところで,横紋筋が平滑筋に移行する.その移行は食道の前方に向かった壁のところで,まずはじまるのである.

 縦走する筋層は輪状軟骨の後面において,弾性に富む1つの三角形の線条部を介しておこる.それに咽頭口蓋筋とつづく側方の弱い縦走束がまじっている.常にあるとは限らない平滑筋束として気管支食道筋M. bronchooesophagicusと胸膜食道筋M. pleurooesophagicusとがある.前者は左の気管支の膜性壁から,後者は左胸膜の縦隔部からくるものである.

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 食道は附近の諸器官に対して,ごく疎な性質の結合組織によって連ねられている.筋層の縦走筋と輪走筋のあいだで神経の細い幹が網をつくり,この網には神経節が所々にある.これと近い関係はすでに咽頭でみられるのである.(アウエルバッハ神経叢Auerbachscher Plexusの項を参照せよ.)食道の上皮には上皮内神経終末が存在する.

 輪走筋はLaimerによると本当に輪をなしているでのなく,ラセン状に走っているのである.またやはりLaimerによると食道の筋肉の最もよわい個所は初まりの部の後壁,すなわち咽頭のすぐ下方のところであるという.

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最終更新日 13/02/03

 

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