Rauber Kopsch Band2. 09

C.消化器系の終末領域

 消化管の終末領域とは大腸と直腸をいうのである.

I.大腸Intestinum crassum, Dickdarm

 大腸は盲腸Intestinum caecum(これに虫垂Processus vermlformisが付属する)と結腸Intestinum colonとからなる.

S.107

結腸はさらに4つの部分にわけられる.それは上行する部,横走する部,下行する部,S状にまがる部, Colon ascendens, transversum, descendens, sigmoldesである.

[図159]腹部内臓の位置関係III. 腹腔の後壁の左半をみる.

 腸間膜小腸を右の方に飜転してある.

 * 上十二指腸結腸間膜ヒダ.

 † 下十二指腸結腸間膜ヒダ.

S.108

[図160]腹部内臓の位置関係IV. 腹腔後壁をみる.腸間膜小腸は空腸の最初のところから回腸の終りのところまで除去し,小腸間膜はその根のところで切りとってある.

 大腸の長さは約1.3mである.その直径はいろいろの場所に異なるが,5~8cmである.盲腸から下流に向かって径が次第に減少する.それは小腸がやはり下方に細くなるのと一致している.すなわち小腸も大腸も長くひきのばされた円錐の形をもつわけである.

S.109

 大腸と小腸との間には外形について重要なちがいがある.小腸が表面の平らな円柱状の管をなすのに反して,大腸の表面では多数の外方へ向かったふくらみ,すなわち結腸膨起Haustra coli(図159112)がめだつのである.結腸膨起のあいだを境して大腸の内面に結腸半月ヒダPlicae semilunares coliという横走するひだがあり,このひだに相当して外面には溝がある.なお結腸膨起を境するものとしては,縦走筋層が厚くなってつくる3本のよく発達した平らな束であって,結腸ヒモTaeniae coliとよばれ,たがいに平行して縦走する3本の条をなしている(図159,160). 

 Fujita(藤田恒太郎) (Anat. Rec.,114. Bd.,1954)は大腸の全長にそってその内外の両筋層からおこり,附近の結合組織のなかに放散する平滑筋線維の平たい束をみいだして,これをMm. parietocolici(体壁結腸筋)とよんでいる.

[図161]大腸 中等度に充ちている. レントゲン像(W. Knothe作)

1. 盲腸と虫垂Intestinum caecum (Typhlon), Blinddarm, et Processus vermiformis, Wurmfortsatz

 盲腸は6~8cmの長さと,(日本人の盲腸の長さ(平均)は男5.61cm,女4.83 cmである.久保武:日本人の消化管調査.東京医学会雑誌20巻269~305,1906.)それとほぼ同じだけの幅をもっていて,回腸が開口する所より下方にある大腸の一部である.ここは大腸が嚢状にふくれでた部分であり,また大腸のなかで最も広がっている個所である.

 盲腸の終りで,回腸の開口に多少とも近いところから虫垂(虫様突起)という細長い円柱状の突起(図159163)が外にでており,これは腸壁のすべての層をそなえている.

 虫垂の長さは2~20cmあるいはそれ以上のあいだであり,その太さは1/2~1cmである.そして多くのばあい軽くラセン状にまがって,右の腸骨窩から小骨盤の縁に向かってのびており,小骨盤のなかに達することさえある.

 この付属物はその端まで中空であって,この腔所は1つの小さい口をもって盲腸に開き,その口が時として小さい半月形の粘膜のひだである虫垂弁Valvula processus vermiformisで囲まれている(図163).虫垂の行きづまりの端が少し太くなっていることもまれでない.

S.110

[図162]盲腸と虫垂,および回腸の終りの部とその付近の腹膜嚢 (3/4)

[図163]盲腸と虫垂,および回腸の終りの部 アルコ一ルにより硬化した標本 (3/4) 盲腸の前壁は大部分とり除いてある.

S.111

[図164]腹部内臓の位置関係V.

 腹腔の後壁,とくに網嚢の後壁をみる.消化器系のうちで肝臓・胃・小腸・大腸をとり除いて,ただ十二指腸と膵臓ならびに直腸が自然の位置に残してある. 右側の結腸くぼみ(十二指腸凹所),*左がおの結腸くぼみ(膵凹所)[Waldeyer]

S.112

 回腸の終りの部分は小骨盤から上後方かつ右の方へすすんで,盲腸と結腸の境のところで大腸に達する.回腸から大腸へ通じる口は2つのひだ(上唇Labium cranialeと下唇Labium caudale)からなる1つの弁すなわち結腸弁Valvula coliをそなえていて,これが腸の内容を小腸から大腸にゆくことを許すが,その逆は許さないようにできている(図163).

 上下の両唇が回盲結腸口Ostium iliocaecocolicumというほず横走する細長い口に向かって集中した形である.この細長いすきまである回盲結腸口の両端で上下の両唇が相合して,それぞれ1つの横走するひだとなって大腸の粘膜の内面につづている.この部は結腸弁小帯Frenula valvulae coliとよばれる.

 回腸に向かった結腸弁の面は小腸粘膜で被われ,この弁の大腸に向かった面は大腸の粘膜をもっている.大腸の壁がひつばられると,2つの小帯が緊張して,弁の自由縁は相接し,そのため大腸の内容が逆流しないようになっている.

 盲腸と虫垂ははじめは1つの長い単一のものであった.新生児においても両者のちがいがあまり著しくなくて,盲腸が次第に細くなって虫垂に移行する.このような関係が成人にも残っていることがあって,そのさいは虫垂のかなり大きい部分が2~3cmの太さをもっている.まれには虫垂が全く欠けている.

 RibbertとZuckerkandlによると虫垂は荒廃する傾向が大きいのであって,Ribbertは25%において部分的な廃止,3.5%に全体的な廃止をみており,Zuckerkandl(Anat. Hefte, 4. Bd. )は23.7%に部分的,13.8%にその全体的な廃止をみている.

 変異:盲腸が見かけの上で,あるいは実際に普通より長くなっていることがまれでない.Vogt(Verh. anat. Ges.,1921)によると移動盲腸Caecum mobileは老人には必ずおきるといってもよい現象であって,年をとるとすべての内臓が全般的た下降することの結果としておこる.

 盲腸が普通より高い所にあることHochstand des Caecumsはしばしばみられる.その程度が大であって,上行結腸が全く欠けているとおもわれることもある.妊娠のときにしばしば盲腸と虫垂および上行結腸が,拡大した子宮のために上方に変位させられている.

 比較解剖:盲腸は哺乳動物には全般的にみられるが,その各部類によってごく大きい変動を示すのである.あるものではひじょうに小さいか,または全く欠けている.草食動物では全身の長さよりももっと長い盲腸をもつものがある.

 局所解剖:盲腸の位置.右の腸骨窩で腸骨筋膜の上にあり,盲腸の前面は鼡径靱帯の中央部の上方で前腹壁に触れている.また盲腸が後腹壁に固着するひろさはいろいろで,そのひろさは腹膜の関係によって異なるのである.回腸が盲腸に開口するところはモンロー線Monrosche Linie(前腸骨棘と膀とをむすすぶ線)の中点にあたり,ここをマック・バーネイ点Mc. Burneyscher Punktという.ランツ点Lanzscher Punktは左右の前腸骨棘をむすぶ線の右1/3のところをいうのであって,ここは虫垂が盲腸に開くところに当たっている.

 盲腸の位置の異常をThorsch(Z. Anat. u. Entw., 61. Bd.,1921)が記載している.盲腸が多少とも遠く左方に達して,正中線まできたりジあるいはそれをこえていることさえあり,同時にやや下方に達している(これらを合せるとおよそ18%).盲腸が上方かつ右に位置を変えていることは約12%にみられる.

 虫垂の位置.最も多い1の位置は右の分界線をこえて小骨盤に達し,腸骨動静脈と交叉するのである.そのさい男では右の尿管と精巣動静脈に,女では卵巣と卵管に近接している.2の位置は回腸と盲腸のつくる角にある.3の位置は回腸の終りの部に接している.4の位置は盲腸と上行結腸の後面に接している.

2. 結腸Intestinum colon, Grimmdarm

 上行結腸Colon ascendensは右の腸骨窩からほとんどまっすぐに(軽く外側へ弓なりにまがって)肝臓の内臓面にまで上り,この面に結腸圧痕Impressio colicaというへこみを生ぜしめている.胆嚢の近くで上行結腸は前方にでて,ついで左にまがって横行結腸に移行する.そこに生ずる浅い弯曲が右結腸曲Flexura coli dextra(s. hepatica)である(図99,160,161).

 上行結腸は盲腸よりも細いが,横行結腸よりは太い.そして前方は小腸の集りで一部被われ,後方は腹膜によって後腹壁に固く着いている(図160,164).

S.113

上行結腸の後面は腸骨筋膜,腹横筋膜および右の腎臓の前面の下部に接して,これらとは疎性結合組織によって結合している.

 局所解剖:I. 全身的にみると,上行結腸は中腹部の右外側部にある.II. 骨格との位置関係からいうと,上行結腸は上下にならぶ腰椎の肋骨突起と第12肋骨に当たっている.III. 近くの諸器官との関係としては,上行結腸は腰方形筋と腹横筋の上にのっており,右の腎臓の内側の下部を通りすぎて,右結腸曲をもって肝臓の右葉の内臓面に触れている.

 横行結腸Colon transversum(図159161)は上腹部を横にすすんでいて,それも中腹部の膀部の上方の境にそって横走し,軽く上方に向かって上腹部の左外側部にいたり,ここで脾臓の前端に接するところで,左結腸曲Flexura coli sinistra(s. lienalis)というつよい屈曲をなして下行結腸となる.左結腸曲は右結腸曲より上方にあり,また横隔結腸ヒダPlica phrenicocolicaによって横隔膜と結合している.

 局所解剖:I. 全身的にみると,横行結腸は上腹部と中腹部の膀部とにある.II. 骨格との位置関係は左右の第10肋軟骨の終りを結合した線にほぼ一致している.III. 近くの諸器官との関係は横行結腸が上方は肝臓・胆嚢・胃・脾臓に接し,後方は十二指腸と膵臓に,腹方は前腹壁に,また下方は小腸に接している.横行結腸間膜は腺腹Drüsenbauchと腸腹Darmbauchとの境をしている(Waldeyer).

 左右の結腸曲はずっと後方にあり,その間の中部が前腹壁に接している. Haßelwander(Z. Anat. Entw.,115. Bd.,1951)は左右の結腸曲が体位や姿勢により,また呼吸運動によって,その高さがいろいろと変ることをみている(第12胸椎から第4腰椎まで).

 変異:時として横行結腸が隣まで達し,つよくまがっているときはそれよりもなお下方で,小骨盤のなかにまで達していることがある(結腸下垂Coloptosis).上方あるいは下方へ係蹄をなしていることがある.前者の場合には係蹄の頂がしばLば横隔膜と肝臓のあいだで,ふつう肝鎌状間膜の左にある (Thorsch 1921).

 下行結腸Colon descendensは左結腸曲からはじまり,中腹部の左外側部を下行して左の腸骨窩に達し,ここではっきりした境なしにS状結腸に移行する.下行結腸は前方および側方から腹膜で被われ,後面が疎性結合組織および脂肪組織によってその下にある諸器官と結びついている(図99,159161,164).

 局所解剖:I. 全身的にみると,下行結腸は上二腹部と中腹部とのともに左側部にある.II. 骨格に対する位置は,下行結腸が第12肋骨と腰椎の肋骨突起と左の腸骨稜に当たっている.III. 近くの諸器官との関係では,左結腸曲が脾臓に触れており,下行結腸は左の腎臓の外側縁に接し,また腰方形筋と腹横筋の上にのっている.前方はその大部分が小腸の集りによって被われる.

 S状結腸Colon sigmoides(図99,159161)はS. romanum(ローマ字のS)とも通称されて,腹膜に完全に被われ,腹膜のつくるひだすなわちS状結腸間膜Mesosigmoideumによって保持されている係蹄状の結腸部であって,その長さと形と位置が変化に富むのである.S状結腸はいろいろと異なるぐあいで左の腸骨窩ではじまる.それより上方であっても,S状結腸間膜が開始すれば,それとともにはじまる.その終りはS状結腸間膜の終るところ,すなわち第3仙椎の上縁までとする人があり,あるいはもっと上方で岬角の枯側までとする人もある.S状結腸間膜は左の外腸骨動静脈・左の精巣動静脈(卵巣動静脈)・左の尿管と交叉している.

 変異:S状結腸は多くは岬角の左側で小さい係蹄をなして小骨盤に下りてゆくが,他のばあいにははなはだしく右の方へまがって伸び,盲腸に達したり肝臓にまでいたることがあって,それからやっと骨盤に戻ってくるのである.下行結腸に直ぐつづいて多少の差はあるが小骨盤のなかまで下っている部分をColonschenkel(結腸脚)といい,そこからふたたび戻ってくる部分をRektumschenkel(直腸脚)といい,これらが係蹄の頂を形成している.そして岬角にまで達して,もう一度つよく簿曲した上で直腸に移行する.係蹄の頂が水平方向で右方に向いていたり,また上方に向うことさえある.

S.114

大腸壁の各層

 大腸の壁は胃や小腸でみられたのと同じ層からできている(図165).

a)漿膜Tunica serosa.これは上行結腸と下行結腸では小腸や他の大腸の部分におけるほど完全にそのまわりをとりまいていないで,後壁の大きい部分が結合組織によって後腹壁およびそこにある諸器官と結びついている.しかし横行結腸とS状結腸では漿膜の関係が小腸の大部分におけると同じであって,それはこの2つの部分がそれぞれ結腸間膜Mesocolonをもっていることである.自由ヒモと大網ヒモに沿って漿膜が脂肪組織によってもち上げられて,その脂肪組織といっしょに絨毛状あるいは葉状の突出部をなしている.これを網膜垂Appendices epiploicaeという(図109,160,162).

b)筋層Tunica muscularis.この層は他の腸の諸部と同じく,外方の縦走線維層と内方の輪走線維層とからなっている.

 しかしその縦走繊椎層が他の腸の諸部では腸の全周をとりまく平等な厚さの層をなしているのに対して,盲腸と結腸では3ヵ所でかなり強く発達している.そこは低いが,はっきりと分離されていて,漿膜をとおして見える3本の縦条をなしており,結腸ヒモTaeniae coliとよばれ,その1本の幅は10mmで厚さは2~3mmである.結腸ヒモのあいだの所では縦走線維層は薄くて,肉眼的には認めにくい層をなして広がっている.結腸ヒモは虫垂の根もとの近くではじまる.虫垂じしんでは縦走線維層は紐が合した形で,一様なかなり厚い層をしている.また結腸ヒモは下方には直腸に移行する所まで,分離したすじとしてみられる.しかし直腸では3つのヒモがふたたび合して著しい厚さのひとまとまりの層をなしている.もっとも直腸の所々でいっそう厚い層の個所がある.

 3本の結腸ヒモの1つは間膜ヒモTaenia mesocolicaとよばれて,これは結腸間膜の付着するところに沿っている.第2のヒモを大網ヒモTaenia omentalisといい,結腸壁の前縁に当り,また横行結腸では大網の付着するところである.第3の自由ヒモTaenia libera(図109,159)は腸の表面で何も特に付着していない所にある.すなわち上行および下行結腸では内側縁に,横行結腸では下縁に当たっている.

 3本の結腸ヒモは結腸壁の他の諸部よりも長さが短いのであって,腸壁のくびれている所をこえてつづいており,結腸膨起より深いところにある.ヒモとヒモのあいだには縦につづく帯状の部分がやはり3本あるわけで,ここでは腸壁がいっそう強くはりだしている.結腸ヒモをとり去って腸壁をひつばってみると,膨起はなくなり,腸はいっそう長くなる.

 輪走線維層は盲腸・結腸・虫垂の全表面を通じてひとつづきに広がった層をなしており,膨起と膨起のあいだの所では,いくらか他の部分よりも強く発達している.

c)粘膜Tunica mucosa.大腸の粘膜が小腸のそれとちがう主な点は,まずケルクリング襞と絨毛がともに欠けていることである.

[図165]下行結腸の壁の縦断,同時に1つの結腸半月ヒダが横断されている.

S.115

 ケルクリング襞がなくて,その代りに盲腸と結腸には結腸半月ヒダPlicae semilunares coliがある.これはケルクリング襞とちがい,その形成に粘膜のみがあずかるのでなくて,筋層のつづきがそのなかにふくまれている(図165).また半月ヒダは腸の全周にわたるのでなくて,全周のおよそ1/3しか続いていない.つまり結腸ヒモのあいだの3つの縦の帯状のところだけに或る距離をおいて横に張られている.この高まりのあいだにあるへこみが結腸膨起Haustra collであって,大腸の外面においてすでに述べた,規則正しい3列をした同名のものがこれに当るわけである.1つの粘膜のひだと輪走線維がそのなかにはいってできている結腸弁Valvula coliについてはすでに述べた.同じく虫垂弁Valvula processus vermiformisについてもすでに述べたのである.大腸の粘膜にはリーベルキュン腺Lieberkühnsche Drüsenすなわち腸腺Glandulae intestinalesが密にならんで存在する(図124,165).腸腺の長さは直腸に向かって増すのである.腸腺と腸腺のあいだでは粘膜が円柱上皮をもっており,その個々の細胞は小腸の上皮と似た小棒縁Stäbchensaumをもっている.そのほかに多数の杯細胞がある.リーベルキュン腺のあいだを占めて固有層Lamina propriaが豊富に発達していて,これは平滑筋線維より成る粘膜筋板Lamina muscularis mucosaeによって,はなはだ疎にできて脂肪細胞をふくむ粘膜下組織Tela submucosaから境されている.これら2種の上皮性の腺(杯細胞と腸腺)のほかに数多くの孤立リンパ小節Lymphonoduli solitariiがある(図124).虫垂ではリンパ小節が密集して存在する(図157).

 大腸の血管とリンパ管.大腸に分布する動脈は上および下腸間膜動脈からくる.また大腸からでる静脈は小腸のそれと同じように門脈に入る.リンパ管は小腸におけると似た関係を示すが,絨毛が無いだけいっそう簡単な状態になっている.

 大腸の神経は多数あって,腹腔神経叢・大動脈神経叢.腸骨動脈神経叢・上直腸神経叢から来る.他の消化管の諸部と同じように粘膜下神経叢と腸筋神経叢が発達している.

II.直腸Intestinum rectum(=終腸Intestinum terminale),Mastdarm. (図167,168, 262, 266, 275, 276)

 直腸は腸の終りの部分であって,第3仙椎の上縁から会陰まで達している.しかしその間をまっすぐに走らないで,矢状面および前額面でまがっている.

 矢状面におけるまがりは2つある.その1つは仙骨の凹面に相当して後方に凸をえがくのであって仙骨曲Flexura sacralisとよばれ,第2のものは前方に凸であって,腸の末端部が尾骨尖をまわって後方にまがるために生ずるもので,会陰曲Flexura perinealisという(図262, 266, 276).

 前額面における弯曲はいくつかあり,個体的に変化に富むものである.それはなかなか著しいもので,直腸の一部が骨盤の右半に突出しているほどである.ふつうは右側に向かった2つの弯曲があり,その上方のものは岬角の左側ではじまり,第2の右側に向かった弯曲は肛門の近くにある.

 直腸は結腸や盲腸と違って膨起をもっていないので,表面が平滑で円柱状を呈し,結腸ヒモもない.直腸の長さは15~20cmで,その太さはS状結腸より細い.ただ横ヒダPlicae transversaeの上方に多少の差はあるが,かなり広がったところがあって膨大部Pars ampullarisとよばれる.

 最後のところを直腸肛門部Pars analis rectiといい,そこで消化管が外へ開口する.直腸が収縮しているときには粘膜の全体にわたって輪走や縦走する数多くのひだがある.壁が中等度に張られると消えるべきひだは消えるが,そのとき消えない性質のひだが若干のこるのである.それはふつう3本の輪走するひだであって,これらを横ヒダPlicae transversaeという.その中央の高さにあるのが最も大で,右側にあり,肛門の上方6~6.5cmにあって,コールラウシュヒダKohlrauschsche Falteとよばれる.他の2つは左側にある.おのおののひだに向い合って,腸管がその反対がわで外方へ膨れだしている.

S.116

 なお直腸は外からみると側方のくびれをもっている.多くのばあい2つあるいは3つのくびれが直腸の下部においてはなはだ明瞭にみられる.縦走筋層は直腸の全体で平等な強さに発達しているのでなくて,前面と後面でとくに厚い.前面の肥厚はS状結腸の自由ヒモと大網ヒモからつづいており,後面の肥厚は間膜ヒモのつづきをなしている.

[図166]十二指腸・膵臓・脾臓および後腹壁の諸器官を自然の位置で示す

S.117

 局所解剖:直腸は腸管が腸間膜を失ってその後面が仙骨に接したところではじまる.それは第3仙椎の上縁である.直腸は小骨盤内のいろいろの器官と大切な位置関係をもっている.男では膀胱・精嚢腺・前立腺のうしろにあり(図262, 266),女では子宮と腔のうしろにある(図275, 276).

 腸管の下口は肛門Anus, Afterであって,これは拡張性に富む穴で,その内方は粘膜に,外方は皮膚に被われており,粘膜と皮膚がここでたがいに移行する.

[図167]直腸を外方から剖出する(3/4) *コールラウシュヒダに相当するところのへこみ.

[図168]直腸 上と同じ標本を前方の正中線で切り開いて,壁の左右両半を少しく側方にひっぱってある(3/4)

S.118

 肛門輪(痔輪)Anulus haemorrhoidalisという名前で本来の肛門の口をとりまく輪状の高まりがよばれる.これは内肛門括約筋M. sphincter ani internusによっていくらかその他の部分より突出している.これは直腸洞Sinus rectales(119頁を参照のこと)のすぐ下方に接し,また直腸柱Columnae rectalesが上方からきて肛門輪と合している.

 肛門の口をとりまく皮膚は肛門が閉じているときはひだをつくっていて,ここでは結合組織が多数の乳頭をなし,また脂腺をともなう毛があり,また肛門周囲腺Glandulae clrcumanalesという管状の腺がある.この腺はヒトでは発達がわるいが,多くの哺乳動物では形の上でも機能的にもはなはだ大きい役目をしている.

直腸壁の各層

a)漿膜Tunlca serosa.直腸の表面はその小部分だけが腹膜に被われている.それは前面では直腸の全長の半分まで,側壁ではその範囲がもっと少なくなり,後面は全く被われていない.直腸の下方の半分は,つまり第4椎以下は,全く漿膜を有しないで,結合組織と脂肪組織の集りすなわち直腸傍結合組織Paraproctiumによって骨盤の壁および骨盤内の諸器官と固着している.

b)筋層Tunica muscularis.直腸もやはり,外方の縦走筋層と内方の輪走筋層とをもっている.縦走筋層は前にも述べたように厚い層をなして,さらに続いてすすむうちに輪走筋層の外方の筋束と交織し,また終りには肛門挙筋に達する.肛門挙筋の束は鋭角をなしてこれに近づいてくる.

 縦走筋層は第2あるいは第3尾椎からくる薄い筋板すなわち直腸尾骨筋M. rectococcygicusと結合している.直腸尾骨筋は左右に分れて対をなしていることもある.直腸の前壁にもこれと似た報骨筋の配置がみられる.すなわち男では直腸から前立腺の被膜や尿生殖隔膜の後縁にいたる少数の筋束があり,さらに上方で側方の筋束が直腸と膀胱のあいだを結合している.女では正中線の近くにある少数の筋束が直腸から子宮の筋肉につづき(直腸子宮筋Mm. rectouterini),また腟の後壁にもゆく.なお腹膜のつくるひだである直腸子宮ヒダPlicae rectouterinaeのなかに側方の筋束がふくまれて直腸と子宮のあいだを連ねている.

 輪走筋層は肛門に向かってその強さを増す.そしてその開口部のまわりに高さ1~2cmの厚い1つの輪すなわち内肛門括約筋M. sphincter ani internusをつくる.そのさらに外方に横紋筋線維からなる外肛門括約筋M. sphincter ani externusがあり,両者はよく区別できる(図168) (会陰の項をも参照せよ).

 時として直腸の中央より少しく下方のところにも(肛門からおよそ6cm離れて)輪走筋層の厚くなったところがあって,3肛門括約筋M. sphincter ani tertiusとよばれる.その位置に当たって内方に著しい粘膜のひだ,すなわちコールラウシュヒダができている.

c)粘膜Tunica mucosa.直腸の粘膜はもはや規則正しい半月ヒダをもたないが,それでも結腸の半月ヒダに相当するやはり半月形をした横走のひだがみられて,直腸横ヒダPlicae transversae rectiとよばれる.そのうちの1つで中央の高さにあるものが肛門から6~7cm隔たって直腸の右側の壁にあることはすでに述べた(115頁).その他の2つのひだ(その1つは上方に他の1つは下方にある)も前額面における直腸の弯曲の折れまがる個所に桐当して存在するのである.かくして直腸の内部が階段状に分れている.それは前額断面で内腔が波状の経過を示すことに当るのであるが,全体としてみると内腔が少数のラセン状の回転をしているのであって,これは直腸がその内容物を支え,またそれを押しだすのにかなり意味のあることである.

 上に述べた直腸の半月状のひだは永続性のものであるが,そのほかになお収縮のために生ずるひだ(Kontraktionsfalten)があって,これは縦走および横走していて,内腔が広がるときにこれが消えることは食道のひだと同じである.それゆえ収縮している腸の横断面では内腔が星状を呈する.縦走する永続性のひだは直腸の最終の部分すなわち直腸肛門部Pars analis rectiにだけみられる.それは(およそ8本ある)小さくていずれも垂直方向にのびて,全体として輪をなしてならんでいる.かわいいひだであって直腸柱Columnae rectalesとよぼれ,その底には少しく筋肉が入り,またその結合組織は豊富な静脈叢をもっている(図168).

S.119

この柱と柱のあいだにあるへこみが直腸洞Sinus rectalesであって,これはF方で最も深くなっている.

 直腸の粘膜の微細構造は大腸のそれとほとんど同じである.粘膜の表面は平滑で絨毛をもたず,単層の円柱上皮で被われ,これがはなはだ多数の杯細胞をもっている.リーベルキュン腺がいっそう密に集まっているために,直腸の粘膜固有層は大腸のそれより量が少ない.孤立リンパ小節がたくさんあり,とくにこれは直腸の初まりめ部に多い.そして直腸のリンパ小節は粘膜筋板を貫いて,粘膜下組織に達している.粘膜筋板は固有層と疎な性質の粘膜下組織とのあいだを境している.直腸柱が出現するとともに円柱上皮が次第に重層扁平上皮に移行する.後者の最も深層の細胞は色素をもっている.肛門輪の領域に(いつもとは限らないが)独立脂腺がみられる.

 直腸の血管とリンパ管.直腸の動脈は下腸間膜動脈の枝である上直腸動脈A. rectalis cranialis,内腸骨動脈からの後直腸動脈A. rectalis caudalis,内陰部動脈からの肛門動脈Aa. analesである.

 直腸の静脈は2,3の特別な点がある.直腸のまわりには直腸静脈叢Plexus rectalisというよく発達した静脈の網があり,この網からおこる静脈が一部は動脈に伴って上方にすすみ,かくして門脈の根の領域に属している.一部は内腸骨静脈にいたり,すなわち下大静脈の領域に属している.

 直腸のリンパ管と神経については,115頁で大腸に関して述べたことがここにもあてはまる.

腸液Darmsaft

 唾液腺,胃,十二指腸および十二指腸に開く大きい腺の分泌物についてはすでに述べた.ところで腸液はリーペルキュン腺の分泌物であって,それに遊走してでた白血球がまじっている.大腸からの腸液Dickdarmsaftについては研究が少ししか行われていないが,おそらくこれは消化作用を全くもたないのであろう.

腸の長さと腸の重さ

 上に述べたことから分るように消化管は1本の円筒形の管ではなくて,いろいろと異なる長さの5つの部分に区分されていて,その各部がみな終りが細く,初めが太くて,すなわちだいたいにロート状および円錐状であり,そういう形の5つの部がたがいに続いてできている.それを模型で示すと図169のようになる.

 Rolsennによると子供は成人より比較的にいっそう長い空腸-S状結腸,あるいは空腸-回腸をもっている.女は男より空腸一回腸がやや短くて,これに反して大腸がやや長い.死後硬直は腸の長さを短くし,ガスが内部にたまることにより腸は長くなる.腎臓・肝臓・腸・腹膜の慢性疾患では,腸の長さが短くなる.

[図169]消化管の5つの口ート状の部分をしめす模型図 1口腔,2咽頭と食道,3胃,4小腸,5大腸と直腸.

 M. Mühlmannは上下の腸(胃を合わせて)の重さと長さをいろいろの年令層について研究した.新生児では腸の重さが例えば142grと149 grであり,成人ではそれが1175gr~2755 grである.腸の重さの変動はだいたいに体重の変動に相当している.生涯を通じて腸は全身の量と平行して成長する.年をとって体重が減ると腸の重さもまた減り,そのパーセント関係すなわち体重の3%が腸重という関係は変らない.また腸の長さと体幹の長さの割りあいも一生の間かなり等しい値の範囲にとどまるのである.

S.120

 ElzeとGanterは造影用の粥で充たして小腸のうねりをレントゲン像でしらべ(図117),生体においても小腸は数メートルの長さがあるはずだということ,すなわち死体で研究したり手術のときにしらべて得られた腸の長さというものは大体に正当であることを確かめた.

 Lewke(Anat. Anz.,94. Bd.,1943)は固定して保存した死体で小腸の長さを腸間膜の付着するところで測つてそれが約3メートルであり,あまり少なくない範囲で個体的に変動することを知った.

2-09

最終更新日 13/02/03

 

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