Rauber Kopsch Band2. 10

脾臓Lien, Milz(図166,170179)

 脾臓の形はコーヒー豆に似ている.そして軟くて,血管にはなはだ富み,たやすく拡大する性質がありジその色は青灰あるいは紫赤である.脾臓の長さは成人で10~12cm,幅は6~8 cm,厚さ3~4 cmである.重さは150gと200gのあいだである.(日本人の脾臓の重さはふつう70~130grである(男の62%,女の58%がこの大きさの脾臓をもつつ但し病理解剖のさい測つたもの).また硬化した死体で測ると,日本人の脾臓の大きさ(平均)は男では長さ99.7mm,幅72.3mm,厚さ33.4mm;女では長さ84. lmm,幅602mm,厚さ32. Ommである(鈴木文太郎:人体系統解剖学3巻上279~294,1920).他の計測によると日本人の脾臓は長さ105mm,幅65mm,厚さ25 mm,重さ97~106grのものが最も多い(西川義方,河北真太郎:東京医学会雑誌33巻23~95,1919).また山田によれば脾臓の重さは男(1129例)の平均131.5gr,女(755例)の平均122・4grである(山田致知:日本人の臓器重量.医学総覧,2巻14~15,1946).)40才を過ぎるとたいていその大きさが減ずる.

 脾臓には椎骨端Extremitas vertebralisと前端Extremitas ventralis,鋭縁Margo acutusと鈍縁Margo obtusus,横隔面Facles diaphragmaticaと内臓面Facles visceralisがある.

 横隔面(図172)は平滑であって,腹膜によって被われ,横隔膜に接している.内臓面(図171)は血管が入ってくる所に当たってへこみ,すなわち脾門Hilus lienisがあって,これにより前後の2部に分れ,両部ともその大部分がやはり腹膜で被われている.前部はいっそう広くて胃底に密接していて,それゆえ胃部Pars gastricaとよばれ,後方は腎部Pars renalisといい,ここは左の腎臓と腎上体ならびに横隔膜の腰椎部に接する.しばしば鈍い稜線が胃部と腎部を分け,かつ脾門をふくんでいる.膵尾と左結腸曲が内臓面の下部に達していて,ここは膵部Pars pancreaticaとよばれる.鋭縁は多くのばあい,それも主として前端の近くで,溝または切れこみをもっている.前端は横隔結腸ヒダの上にのっている.椎骨端は多くは鈍い円みを呈して終り,横隔膜の円天井に接している.脾門の位置は後胃間膜の胃脾部の付着部に相当する.

 局所解剖:I. 全身に対する位置の関係としては,脾臓は上腹部の左外側部にある.II. 骨格に対する位置の関係としては,脾臓の長軸はおよそ第10肋骨の経過に当たっている.椎骨端は第10肋骨の角と結節とのあいだにあって,第10胸椎の横突起から約2cm,その棘突起からは4cm離れている.前端は腋窩線を前方にこえている.脾臓の横軸は第9肋骨から第11肋骨に及んでいる.III. 近くの諸器官との位置の関係は,脾臓の横隔面が横隔膜と接し,内臓面は前方は胃に,後方は腎臓と腎上体に,下方は膵尾と左結腸曲に接している.

 変異:脾臓の近くにしばしば小さくて円い副脾Lienes accessorii, Nebenmilzenがみられる.副脾が1つあるいは2つあることはかなりしばしばである.まれにはその数が20個に達する.エソドウ豆の大きさからクルミの大きさまであって,多くのばあい脾臓の前端や内臓面のそばにある(図113).脾臓じしんの切れこみが深くなって,その一部が全くちぎれるまで,あらゆる程度の移りゆきがみられる.まれにはもっと離れたところに副脾がみられる(Witsche, Arch. path. Anat., 273. Bd.,1929).

[図170]脾臓の内臓面 他の器官との接蝕面をしめす.(1/3)

 構造.脾臓はまず漿膜で被われて,その内方に丈夫な被いがあり,この2つを合せて脾被膜Capsula lienis, Milzkapsel(図173)という.この2つの膜のあいだには漿膜下すなわち浅層のリンパ管網が入りこんでおり,両膜はたがいに密につながっている.白膜Albugineaは固い結合組織性の膜で弾性線維および多くの動物では)平滑筋をふくんでいる.それによって囲まれた内容である脾髄Pulpa lienisは軟くてたやすく切られる.脾髄の色は暗調の褐赤ないし青赤であって,空気にふれると明るい赤色となる.

S.121

 被膜からつづいて細大いろいろの多数の突起が内部に入る.これを脾柱Trabeculae lienis, Milzbdlkchenといい,枝分れをして,またたがいに結合して,そのために密な網材ができており,これが他の内容を支える役目をしている.しかし非常に多くの細い脾柱が,それと同じ種類の脾柱に付着しないで,脾臓の内部で枝分れしつつある静脈の壁と合している.それによって静脈のかよわい壁が保護されて,この軟い器官の内部における血液の循環が促がされるのである.

 なお脾髄のなかにはなはだ多数の脾小節Lymphohoduli lienales, Milzknötchen(マルピギー小体Malpighische sche Körperchen)がある.新鮮な脾臓を切断してみると,脾小節は径0.2~0.7 mmの円くて灰色のものとして認められる.

[図171]脾臓 内臓面(9/10)

[図172]脾臓 横隔面(9/10)

S.122

[図173]新生児の脾臓の断面 概観像

[図174]動脈性毛細管が毛細管性の静脈に移行するところ(Weidenreich)

[図175]赤脾髄内の毛細管性静脈の内皮細胞をとり出したもの(Weidenreich)

S.123

これは脾柱の系統といっしょにして白脾髄weiße Milmpulpaをなし,それに対するものが残りの全部で,いわゆる赤脾髄rote Milepulpaである(図173).Hellmanによると白脾髄の量は脾臓の全体の6~22%である.

 マルピギー小体は脾柱に付いているのでなくて,一定した太さの細い動脈の壁に付いている.しばしば動脈の分れる角のところにある.しかしまた,マルピギー小体はそれをもっている動脈によって中央部を貫かれていることがある(図173).

 細い動脈の枝でそのまわりの結合組織性の鞘がリンパ性組織の性質をもつのである.このリンパ性に変つた動脈の鞘が局部的に肥厚したものがマルピギー小体である.多くのばあいリンパ性組織の集合が,動脈のまわりのうちの或る1ヵ所だけにおこる.そうすると動脈はマルピギー小体の中心をはずれている.あるいはリンパ性組織が動脈を輪状にとりまいて発達する.このときは動脈がマルピギー小体の多少とも中心部を貫くことになる(図176).

 脾小節はリンパ球の新生する場所である.おのおののリンパ小節に中央部の明るいところがあって,縁の方のいっそう暗くて広い部分と相対している.胚中心Keimzentrenとよばれるこの明るい中央部でリンパ細胞の有糸分裂が多数にみられる.その分裂でできた若い細胞がリンパ小節の周辺部に集まって,リンパ小節の小細胞性の縁すなわちその皮質をなすのである.胚中心は1才から10才までの子供で最も大きくて,その全部の重量も最も大きい.その数は20才までは100,000~200,000であり,その後はだんだんと減る(Hellman). Hellmanは脾臓の胚中心もまた,リンパ節や扁桃にみられる胚中心と同じく反応中心Reaktionszentrenであると考えた. Hoepkeはこの説に全面的には賛同しないで,脾臓についてもこの構造は胚中心としても,また反応中心としても作用しうるものであると述べている(Z. Anat. Entw.,99. Bd.,1932).

 赤脾髄はHellmannによると脾臓の全量の70~90%を占めていて,“毛細管性の静脈”kapillare Venen(Billroth)と疎な集り方をしたリンパ性の組織からできており,後者はマルピギー小体とも直接につながり,なおその線維が毛細管性の静脈の壁を支えており,またその静脈壁の形成にあずかっている.

[図176]ヒツジの脾臓内の動脈の小幹.マルピギー小体をもっている×15

 1. 動脈の小幹. 2, 2いっそう細い枝でその一部が筆毛状の分枝を示す.3, 3マルピギー小体.

[図177]動脈性毛細管(a, a)が毛細管性の静脈(V, V, V)に直接に移行する関係を示す イヌの脾臓.(R. Thomaによる)

[図178]赤脾髄の毛細管性の箭脈の壁

S.124

 赤脾髄のリンパ細胞は血液へもリンパ球を供給するのである.新しく作られたリンパ球はまずもってリンパ路に入る.おそらく一部のものは直接に毛細管性の静脈にはいってゆく.普通のリンパ球のほかに赤脾髄には同じ種類の細胞でそれよりいっそう大きいものがあり(多核のものもみられる),なお血管のそとに出た赤血球や,血球を捕えているリンパ細胞や,顆粒状の色素もある.

 脾臓の血管.腹大動脈からおこる腹腔動脈の最大の枝である脾動脈が6本あるいはそれ以上の枝に分れて脾門から入る(図171).そして脾臓の内部で速かに枝分れするが,その諸枝のあいだに吻合がない,すなわち終動脈Endarterienをなしている.マルピギー小体のなかで細い動脈が突然に多数の細い枝に分れて,それが筆毛状にみえるので,この細かく分れた部分を筆毛動脈Penicillusというのである.マルピギー小体からでてきた細い毛細管が結合組織性の特別な鞘でかこまれる.これを毛細管の莢Kapillarhülseあるいは毛細管鞘Kapillarscheide (Schweigger-Seidel)という.この毛細管が直接に毛細管性の静脈に注いでいる(図174,177).後者から血液がいっそう太い静脈にあつまり,この静脈が脾柱とともに走って,けっきょくその全部が脾静脈に集るのである.

[図179]ヒトの脾臓の構造模型図

 毛細管の莢はヒトでは証明できないことが時どきあるくらいに発達がよわい.これは細網線維と円みをおびた多角形の細胞(莢細胞Hütsenzellen)とより成り,この細胞が毛細管に対して同心性にならんでいる(Bargmann, Z. Zellforsch., 31. Bd.,1941). これは細網細胞が変化したものである.多くの学者はこの莢の系統を血液の循環に対する安全弁の装置とみなしている(Watzka, Z. mikr.-anat. Forsch., 43. Bd.,1938).

 赤脾髄の静脈性毛細管はその腔所がはなはだ広くて(80~150µ),壁がごく薄い.その壁は特別な形をした内皮細胞のただ1層からなり,この内皮細胞の列が周囲のリンパ性組織の線維によって管の形にまとめられているのである.おのおのの内皮細胞は細長くのびて,両端がとがった棒の形をしている(杵状細胞Stabzellen),その核は細胞の全長のおよそ中央にあって(図175),そこで細胞体を血管の内腔にむかつて強くもり上げている.杆状細胞には中央部に比較的密な1本のすじがあり,側方部に2本の縦のすじがある.あい隣る杆状細胞の側方のすじがたがいに接触しているが,しかしそれらの間に大小いろいろの口や,かなり大きい隙間のあることが多い.

S.125

 内皮細胞は桶の板のようにたがいに平行してならび,その長軸は血管の縦の方向と一致している.そして外側から輪状に(桶に箍をはめたように,faßreifenartia)リンパ性組織の線維によってとりまかれて支えられている(図178).またこの輪状線維は内皮細胞の外面にある溝のなかにある.この線維がたがいに結合しており,またリンパ性組織の細網線維ともつながっている.毛細管性の静脈の内皮細胞は食作用が著しくて,血液から赤血球をとりこむといわれている.脾臓内の血液循環は上に述べたところによれば“閉鎖された路”geschlossene Bahnenで行なわれている(ThomaとHelly).この閉鎖路の説はE. von Herrathが電子顕微鏡を用いて杆状細胞のあいだに膜の存在を証明したことによって,大いに根拠を固くしたのである(Verh. D. Ges. Path.1953).

 脾臓のリンパ管は浅層すなわち漿膜下と深部とに広がっている.深部のリンパ管は浅層のものとつづきながら動脈に伴って走り,後胃間膜の胃脾部にそってすすみ,リンパ節に達する.

 脾臓の神経は大部分が無髄であって,腹腔神経叢からきて動脈とともに脾臓の内部に入る.そして血管のまわりをとりまき,また脾柱のなかで細かい網をなしている.これから枝が赤脾髄にも白脾髄にもでて,そこで自由終末をしている.

 脾臓の大きさの変化は一部は周期的におこる.たとえば消化に際しておこる.そのほか大きさの変化がみられるのは病気のときであって,時として脾臓がひじょうに大きくなって,肝臓の大きさに近づいたり,また肝臓をしのぐことがある.脾臓の位置もまた変ることがあって,その場合には遊走脾Wandermilzenとよばれる.

 脾臓の機能的意義については次のごとく言うことができる.これは白血球の作られるだいじな場所である.血球を数えてみると,脾静脈の血液は動脈血とくらべて白血球にいっそう富んでいる.また脾臓では多数の赤血球が死滅する.年とった動物の脾臓が高い鉄含有量を示すのはその現われである.しかし最大の意義は脾臓がよく拡大する性質をもっていて,血液の循環を遅くすることである.血流をおくらせることは毛細管性の静脈においておこる.脾臓の拡張性のためにこの器官は血液の貯蔵所であり,生活体の安全弁となっている.血管の緊張が高度のときは,脾臓が大きく膨れて血管内の圧の一部が減らされて,心臓と血管系は荷重を軽くすることができる.循環がおそくなることは解剖学的にはなはだたやすく説明できる.血液は広さが8~10µしかない動脈性毛細管から80~150µの広さの静脈性の毛細管に入るのである.これは血流にとっては急な流れの小川が沼に注ぐようなものである.

血液は毛細管性の静脈のなかでひじょうにゆるやかに流れる.そのために白血球はその作用を発揮する機会があたえられる.何となれば白血球は急な血流のなかでは刺激状態にあって球形を呈するが,ゆるやかな流れのなかでは落ち着いて,偽足をのばし,食作用をいとなみ,そのほか生活体の保護に役だついろいろな性能をあらわすことができる.

 von Herrath(Verh. anat. Ges.,1938 und 1939)は多くの動物の脾臓をしらべて貯蔵型Speichertypと防衛型.Abwehrtypとそれらの中間の型を区別した.貯蔵型はウマ・食肉類・反芻類がそれに属し,脾柱がつよく発達しており,防衛型は齧歯類がその例で脾柱の発達がよわい.--Hellman, F., Die Altersanatomie der menschlichen Milz. Z. Konstitutionslehre,12. Bdr,1926.

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最終更新日 13/02/03

 

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