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総論

I. 解剖学の概念

 解剖学とは形を具えたあらゆるものの世界Korperweltの形と構造についての科学である.

 それは鉱物,植物および動物の領域におよぶので,解剖学の取り扱う範囲ははなはだ大きい.

 肉眼をもって見ることのできる形と構造だけが解剖学の属するのではない.顕微鏡によって認めることのできるすべての事がらもまたそれに属する.

 光学顕微鏡は微細構造をある一定の限界までしか表わすことができないが,電子顕微鏡によれば分子の群まで見ることができる.ゆえに形という問題にも肉眼的顕微鏡的および限外顕微鏡的というような区別があってよいのである.

 この広範な全領域から見ると,人間の解剖学は本の小さい一部を占めるにすぎない.それでもその内容はまさに莫大なものである.

 人間は形や構造の上からも,それを成している物質から云っても,決してその周囲の世界から完全に分離して独立しているものでなく,それどころか動物の世界とは多かれ少なかれ密接な関係を明らかに示すのであるから,それ故に比較Vergleichungということが必要である.人間の解剖学は比較解剖学vergleichende Anatomieという広範な学間のただ一とくぎりを成すにすぎない.だから人間の解剖学の研究は比較解剖学の研究と手に手をとってすすまなければならない.

 人間の解剖学Anatomie des Menschenの対象とするところはまず成人Erwachseneの体である.しかし成人の体は終止形Endformであって,これは最初のAnfangformからはじまって,一連の数多くの中間形Zwischenformenをへて発達して,やっと生じたものである.したがって個体の発生学Entwicklungsgeschichte,すなわち個体発生Ontogenieこそが解剖学の暗い小径をてらす第2の大切な光明であり,それが人間の解剖学を理解するのに欠くことができないのは比較解剖学と同じ程度である.なお次のことも考えなければならない.何れの植物,何れの動物もその体は個体発生をへなければならないのであるから,比較発生学Entwicklungsgeschichteという科目があるわけで,これが人間の解剖学にとって第3の光明をなすのである.

 解剖学の第4の光明としては生理学Physiologieをあぐべきである.すなわち個々の体あるいはその部分の機能または働きについての学間である.これは機能学Ergologie, Werklehreとよぶのがいっそうよういであろう.それが解剖学にとって非常に大事であることは,身体の機能のために存在しており,機能は物質と形のうえにおこるものであることを思えば,すぐわかるのである.

 前には人体の最初の形や中間の形に対しての終止形Endform des menschlichen Korpersについて述べた.ところで,だれでも知るごとく,この終止形はただ1つでなくて,正常な状態でそれが2つある.すなわち女と男の終止形である.この2つの形のちがいとその差異の本質を究めることが,両性の解剖学Anatomie der Gerschlechterの仕事である.

 地球上の全地域に住む人の数は男女の終止形を合わせて,今のところおよそ24億600万である.その中のどの個体をとってみても他の個体と全く同じというものはない.そして身体の上でたがいに異なるそれぞれの大きい人間の群を外部および内部の特徴によって記載する解剖学の部門は人種の解剖学Anatomie der menschlichen Rassenとよばれる.

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最終更新日13/02/03

 

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