Rauber Kopsch Band2. 12

V.肺Pulmones, Lungen(図99, 208221, 223, 224, 226)

 左右の肺のうち1つは心臓と太い血管の右側にあり,もう1つはこれらの器官の左側にある.肺は胸腔Cavum thoracisの断然大きい部分をしめていて,胸腔の壁と密に接触している(図99, 223).

1. 肺の形(図208210, 212, 213)

 成人の肺の形ははつぎり決めにくい.それは傷の全くない胸郭のなかにおいて肺が示している形は独りでのものでなくて,他から強制されたものである.肺は胸膜嚢のなかで陰圧の下にあって広がっているが,胸膜嚢が開放されるかまたは肺が外に取りだされるとすぐにその形が変り,初めの容積のおよそ1/3に縮んでしまう.

S.154

 左右の肺はまん中で縦に2分した円錐の形をしていて底面を下方に向けており,内側面はくりぬかれたようにへこんでいる.底面すなわち肺底Basis pulmonisは横隔面Facles diaphrgmaticaをもって横隔膜の上にのっている.肺底は凹面をなし,そのまがりはそれぞれの側で横隔膜の円蓋の突出した形にぴったりと一致している.また肺底の外縁は凸弯をしめしており内縁は凹弯をしめしている.肺底の鋭い縁は下縁Margo diaphragmaticusとよばれる.肺の先端Spitzeは肺尖Apex pulmonisといい,円くなっている.これは左右とも第1肋骨が傾いているために,第1肋骨の縁を越えて下頚部の前部と側方部のなかにつきでていて,しかも後方は第1肋骨の頚,つまり脊柱についていうと第7頚椎の棘突起の高さまで達している.肺尖は第1肋骨の前部からほぼ4~5cm,鎖骨からは2~3cm上方に突出している.肺尖のところを越えて鎖骨下動脈が走り,そこに鎖骨下動脈溝Sulcus a. subclaviaeという浅いへこみを生じている.また第1肋骨のために1肋骨圧痕Impressio costae primaeができている.

 肋骨に向い合った肺の面は肋骨面Facles costalisといって凸面をなしており,はなはだ広くて,前方で内側面すなわち縦隔面Facles mediastinalisに移るところが前縁Margo sternalisという鋭い縁を作っている.縦隔面はへこんでいて,その大部分が心膜嚢の弯曲に一致している.心臓および心膜嚢によるくぼみを心圧痕impressio cardiacaという(図208, 209).これは左肺のほうが深くなっている.左肺の前縁には心圧痕につついた切れこみがあり,これを心切痕Incisura cardiacaという.これをとりかこんでいる稜線の下方の角がときどきかなり長くなっていて,左肺の小舌Lingula pulmonis sinistriとよばれる.内側面において肺の中央よりやや上方で後面に比較的近いところは,気管支と肺の脈管が出入する場所であって,これらのものが肺の柄のようになっている.かくして肺根Radix pulmonis, Lungenwurzelができている(図210, 212).肺根は縦隔肺ヒダPlica mediastinopulmonalisをなして下方にのび,これは前額面の方向にのびる三角形の板となって肺と縦隔とをつないでいる.その出入個所は胸膜によって被われていないのであって,肺門Hilus pulmonisとよばれる.左肺は肋骨面と縦隔面とが後方で移行する所(図208)に大動脈溝Sulcus aorticusという縦の溝をもっている.これは下行する胸大動脈の走行に一致している.右肺には(図209)同じような縦走するへこみが2本あり,上部にあるものを上大静脈溝Sulcus venae cavae cranialis,下部のものを食道溝Sulcus oesophagicus という.

2. 肺葉Lobi pulmonum, Lappen der Lungen(図208210, 212, 223)

 左右の肺にはそれぞれ葉間裂Fissura interlobarisという長くて深い裂け目があって,各肺を前上の部分と後下の部分とに分けている.葉間裂は後上方は内側面で肺尖から7~8cm離れたところで始まり,外側面上を斜め下方へ向かって肺底の前部にいたり,さらにそこをへて内側下面に達し,ふたたび肺根のところにきて終わっている.肺の葉間裂から上の部分を上葉Lobus ventrocranialis, Oberlappenといい,それより下方にある部分よりも小さくて斜めに切り取られた半円錐の形をしている.一方下葉Lobus dorsocaudalis, Unterlappenは上葉より大きくて,むしろ四角形に近い右肺にはなお[右肺の]副裂Fissura accessoria pulmonis dextri, Nebenspalteがある.副裂は葉間裂の外側部から出て,ほとんど横の方向にすすんで胸骨縁にいたり,こうして中葉Lobus mediusという第3の小さい肺葉が区切られている.中葉は上下の大きい肺葉にはさまれたクサビ形の部分である.葉間裂に面している肺葉面を葉間接触面Facles contactus Ioborumという.各肺葉は結合組織によってたがいにしっかりつながる多数の肺小葉Lobuli pulmonis, Läppchenからなりたっている.各小葉の境は肺の表面では多角形の区画を示している.その個々の区画は5~12mmないしそれ以上の直径をもつのである(図210).

 左右の肺のあいだには上に述べた相違のほかになお若干の違いがある.右肺は左肺に比べて短くて(大きな肝臓と隣り合せているために)幅が広く,左肺は心臓が左によっているために幅がせまいのである.

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右肺は概して左肺より大きい--先に述べた葉間裂のほかにいつも存在するとは限らない裂け目がみられることがあり,そんなときには肺葉の数がふえている.しばしば左肺の上葉で(Beckmann, R., Morph. Jahrb.,89. Bd.,1943)右肺の中葉に相当する部分が,右肺の副裂に相当する痕跡的な裂け目とそれに続く結合組織の隔壁によって区切られている.その部分には特別の気管支枝があって小舌部Portio lingularisと呼ばれる.

 重量:肺の重量は変動がはなはだしく,含まれる血液の量や漿液の浸潤する程度などによって著しく変る.右肺と左肺の重量比は11:10である.両側の肺は絶対的にも相対的にも男の方が重いが,それは呼吸の需要が男ではいっそう大きいからである.平均重量はKrauseによれば男1350gr,女1050grである.

 本質的な変化をしていない,つまり正常と思われる肺についてReidとHutchinsonが男29例,女21例において,またHoffmannが男21例,女16例において計つた平均値は次の通りである.

ReidとHutchinson  Hoffmann

男{

 右肺 720gr                       645gr

 左肺 630gr                       548gr

     1350gr           1193gr

女{

 右肺 510gr                      476gr

 左肺 450gr                      395gr

      960gr                      871gr

 なおReidとHutchinsonによると男の右肺と左肺の重量比は8:7で,女は17:15である.またHoffmannの計算では男は7:6の比であり,女は29:24であるという.

 ReidとHutchinsonによると男25例, . 女13例で,肺の重量の体重に対する比は男1:37,女1:43である.

 容量:普通の状態で行われている呼吸はごく浅いものであって,容量の変化は400~500ccmくらいである.この価を呼吸[]Respirationsluftという.そして出来るだけ吸気を深くするときはその上に1600ccmも吸いこめる(補気Komplementärluft).また出来るだけ呼気を強くするとなお1600ccm吐きだすことができる(蓄気Reserveluft).したがって深い呼気の後に深い吸気をするさいにはいってくる空気の量は3700ccmとなる(肺活量Vitalkapaxität).最も深い吸気の後にもなお残っている空気は約1000ccmあり,これを残気Restluft, Residualluftという.胸郭を開いたときに排出される空気の量を萎縮気Kollapsluftといい,萎縮した後になお残存する空気を最小残気Minimalluftという(Hermann).肺活量は人によって趣めてさまざまで,体の大きさ,職業,性別などに関係する.

 胎児が産れでて最初の吸気をするまでは,肺のなかにも,またすべての呼吸道にも空気は含まれていない.そこにはただ少量の液が存在して,これが羊水とつづいている.気管も気管支も矢状方向に多少とも圧縮されていて.ごく小さな内鰓しかもっていない.

 :若いときに肺は白っぽいバラ色を呈していて,血液の泡と同じような色合である.年令が進むとともに次第に色が暗くなり,灰青色の暗い斑点や条で被われる.時としてこの斑点や条がその大きさや色の濃さを増して,肺の表面全体が黒青色の外観を呈するようになる.この暗い色調を示すものは小さい色素の粒子ないしその集団で,小葉間結合組織のなかで特に表面に近いところに集まっていて,深層にはそれほど多く見られないものである.これは年令とともに増加するが,女では一般に比較的少ない.炭礦で働く人々では肺を着色する物質が極めて多量であって,それには色素と炭粉とがまざつている.色素は肋骨の走行に一致して列をしていることが多い.また気管支リンパ節にも黒い色がついている.着色する物質が肺のリンパ管をへてリンパ節に運ばれるのである.

 比重:肺の組織は多孔質で軽く海綿状を呈していて水に浮ぶ.それに反して胎児の肺,あるいはある種の変化をあたえて(圧縮したり,液体を注入して空気を追いだしたりして)正常でなくなった場合は成人の肺も水中にしずむ.健康な肺の比重は0.345と0.746の間を変動する.強く膨脹した肺の比重はわずかに0.126である.それに対して空気を全くふくまない肺の比重はKrauseによると1.045~1.056であるという.指の間ではさむと捻髪感crepitierendes Gefühlがあり捻髪音knisterndes Geräuschを出すが,これは空気が外に出ていくためである.肺を切ると肺は縮んでそのとき上と同じような音を出す.そのさい泡をもっている赤みをおびた粘液性の漿液が出てくる.

 弾性:肺の組織は著しい弾性をもっている.したがって胸膜嚢を開くと肺の容量はおよそ1/3に減少する.

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3. 肺根Radix pulmonis, Lungenxvurzel(図208210, 212)

 各側の肺根は気管支・太い血管(肺動脈の左枝と右枝,左右の肺静脈,気管支動脈および静脈).リンパ管・リンパ節・神経からなりたっている.これらのものは結合組織によってまとめられて肺門から中にはいっている.

 局所解剖:右の肺根は上大静脈の後方で,右心房の一部の後方にある.また右縦胸静脈の終りの部分の下方にある.一方,左の肺根は下行する胸大動脈の前方で大動脈弓の下を左にすすんでいる.横隔神経は左右とも肺根の前方を下方にすすみ,迷走神経は肺根の後方を下行している(図223, 224).肺の横断面でみると,気管支は気管支動静脈およびリンパ管とともに肺に出入する太い血管の後方にある.肺動脈は気管支と肺静脈とのあいだにあり,肺静脈が最も前方にある.

 前額断では左右の間に差があって,右側では気管支がもっとも上にあり,その下に肺動脈がある.それに対して左側では肺動脈が上にある.左右とも肺静脈はいちばん下にある.

4. 気管支枝Rami bronchales, Bronchales verästelung(図202, 203, 204, 211)

 気管は右と左の気管支に分れ,この2つは56-90°の角度を作ってたがいに離れてゆく.その角度の平均は70.4°である.左右の気管支の幹Stammbronchusは肺底の後部を指して次第に細くなりながら走っている.つまりこの幹は肺の軸には沿っていないでそれより後方にそれている.そしてまっすぐには走らないで弧を画いている.しかも気管支の幹の弯曲のしかたが左右の間で違っている.右側の幹はかなりまっすぐで正中面からのへだたりがいっそう少なくて,わずかにC字形にまがっている.この状態とさらに右の気管支がいっそう太いことから(右2.2cm:左2cm)気管分岐部よりも奥にはいる異物がたいてい右の気管支に達することが説明できる.左の気管支の幹は明かにS字状にまがっている.大動脈弓がその上を越えて走るためにこの幹は正中面に向かって凸の弓をなしていて,これが上半分の弯曲部となっている.それより下方では心臓の位置が左にかたよっているので正中面に向かって凹の曲りをしていて,そこがこのS字の下半分の弯曲部に相当している.気管支の幹からは気管支枝Rami bronchales, Seitenbronchiが分れて出る.気管支枝は下の方から出るものほどいっそう下方に向かっている.気管支枝には前方のものと後方のものとがある.前枝の方がずっと太くて外側から前方にすすみ,後枝は後方に向かっている.

 左肺の気管支の幹は4~5cm走ってから4本の前枝と4本の後枝とを出している.第1の前枝だけが上葉に分布し,第2,第3,第4の前枝と4本の後枝がみな下葉に分布している.左の気管支枝はすべて肺動脈左枝よりも下方で出ている.それゆえ動脈下気管支hyparterielle Bronchiと呼ばれるのである.

 右肺の気管支の幹は2.5~3cm走ってから1本の太い気管支枝を出していて,これは肺動脈右枝よりも上方にある.したがって動脈上気管支枝eparterieller Bronchusと呼ばれる.そのほかのもめはすべて動脈下気管支枝である.動脈上気管支枝は右肺の上葉に分布している.それに続いて左肺と同じく4本の前枝と4本の後枝が出ていて,第1の前枝が中葉に分布し,第2ないし第4の前枝および4本の後枝がまみな下葉に分布している.右肺にはHerzbronchus(心臓気管支)という特別の気管支枝がある.これは第2の前枝の高さで始まり内側に向かって下葉の実質中にはいっている.この枝が心臓気管支と呼ばれるのは,それが少数の哺乳動物の肺において分離しているLobus infracardiacus(心下葉)に分布する気管支枝と相同のものであるからである.

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[図210]肺根 前方から剖出したもの.

[図211]上下の気管支樹Bronchalbaum,およびリンパ節(Sukiennikowによる. Corningから引用)

 p, p 肺動脈;d1-d4第1ないし第4の後気管支枝;v1-v4第1ないし第4の前気管支枝.

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[図212]肺根 後方から剖出したもの.

[図213]呼吸細気管支が肺胞管へ移行するところの模型図

 a細気管支;b, c 肺胞管;i 肺胞,その間に肺胞間中隔がある;e胸膜の被い.

[図214]ネコの肺胞壁の呼吸上皮と毛細管の模型図 (Elenzによる) ×350

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 気管支枝を動脈上のものと動脈下のものとに分けることは局所解剖学的に意味があるだけで形態学的には意義がない.それゆえこの区別を高く詳価する向きもあるが,このことから形態学的な理論づけをするのは正しくない.

 Heissは気管支の幹という概念を否定している.彼の説によると気管は右と左の気管支に分れて,右の気管支からは3本の肺葉気管支 Lappenbronchus,すなわち上・中・下肺葉気管支Bronchus lobaris superior, medius, inferiorが出る.また左の気管支からは2本,すなわち上・下肺葉気管支Bronchus lobaris superior, inferiorが出て,それぞれ相当する肺葉にいたる.これらの肺葉気管支はそれぞれの肺葉の中で枝分れしており,しかも個人個人についてちがった様式を示している.しかしいくつかの定まった基本型があってその型からいろいろな種類の分枝の形がみちびかれるのである.Heiss, Robert, Arch. Anat. u. Phys.1919.

[図215]生体の肺 レントゲン像,血管が明かにみえる.

 気管支から前と後に出る枝がさらに分れて細い枝になると,二叉分岐dichotomische Teilungの形をとっている(Justesen).直径0.8~1 mmの細い枝は細気管支Bronchuliと呼ばれ,それぞれ1つの肺小葉に分布している.細気管支は肺小葉気管支Läppchenbronchenといわれる.これは肺小葉の中でさらに枝分れして,最後に呼吸細気管支Bronchuli respiratoriiとなり,それに肺胞Alveoli pulmonisからなる肺胞管Ductuli alveolaresが続いている(図4B, 213, 218).

5. 肺の微細構造

 左右の肺は大きな複合胞状管状腺である.その導管は気管支であり,腺体は肺胞をもつ肺胞管である.

 気管支にはすでに気管において述べたと同じ成分が含まれている.すなわち線毛細胞と杯細胞の混じた上皮が基礎膜の上にあり,それに弾性線維と細胞に富み気管支リンパ小節Lymphonoduli bronchalesをもった固有層,ついで平滑筋線維からなる輪走線維層,粘膜下組織,気管支腺Glandulae bronchales,小さい軟骨,かなり太い神経の幹,および栄養する血管がある.

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 しかしながら次のことを注意すべきである.すなわち太さが減ずるとともにすべての部分がより小さくなり,上に述べたものの多くが順次にその壁から消失していく.多列上皮はだんだんと1層の線毛上皮となり,上皮細胞がもはや円柱だとはいえなくなる.軟骨についても気管や気管支の幹にみるものと違って不規則な形となり,無秩序に配列された軟骨板となる.これは次第に小さくなって肺小葉気管支では全くなくなってしまう(図221).気管支腺も漸次に数と大きさが減じ,同じく肺小葉気管支ではなくなってしまう.しかし平滑筋はもっとも細い気管支の枝にいたるまで存在し,呼吸細気管支にいたってもなお残存している.気管支の太さとの比例からいうと,平滑筋は太い気管支の枝よりも細い枝においておそらくいっそうよく発達しているのである.

[図216]呼吸細気管支の上皮 ヒト,細気管支の縦断向かって左が肺胞管につづく.

 (Clara, M., Z. mikr-anat. Forsch., 41. Bd.,1937)

 気管支壁には特に注目すべきいくつかの特性がある.比較的太い気管支の枝はその内腔が常に開いているが,中くらいないし細い方の枝では輪走筋のために締めつけられて,内腔は星状をていし,粘膜と固有層がしわを作っている(図221).固有層の弾性線維はほとんどみな縦の方向に走っている.中等大ないし細い枝では筋層は独立した内方の1層をなしている(図221).軟骨はこの筋層の外側にあり,中等大の枝ではこれらの両層のあいだに脈管や腺やリンパ節がある(v. Hayek, Ber. phys-med. Ges. NF., 64. Bd. ).気管支の枝は肺小葉気管支にいたるまでは1側に肺動脈の1枝を,他側に肺静脈の1枝を伴なっている.気管支リンパ節は特に気管支の枝分れするところにある.

 一つの肺小葉に所属する肺小葉気管支はその小葉のなかでかなり多数の細気管支に分れる.これらの細気管支は初めは薄い基礎膜の上にある丈の低い線毛上皮と固有層,および比較的よく発達している輪走筋層,それに粘膜下組織をもっている.そして肺胞管に移行する少し前に上皮の性質が変る.ここの上皮には線毛を失なった丈の低い細胞が群をなして集まっている(図216).これらの細胞の間には小さいウロコのような薄い板があって,これが肺胞のいわゆる呼吸上皮respiratorisches Epithelである.さらにこの細い枝の壁に半球形の壁龕つまりくぼみがある.これを肺胞Alveolenといい,肺胞管がもつ肺胞と同じものである.これらの点からして気管支のごく細い枝を呼吸細気管支Bronchuli respiratorliというのである(図218).

 呼吸細気管支はさらに二叉分岐をくりかえして,いっそう広い空所をもつ肺胞管Ductuli alveolaresに移行しており,肺胞管はその周りを2次的のくぼみである肺胞Alveoli pulmonisがすっかりとりまいている(図213, 218).

 肺胞は収縮した新鮮な肺ではFI]形ないし長円形である.ふくらんでいる肺では平らになるために円みをおびた多角形である.肺胞の大きさは0.15~0.35mmの間である.しかしその2倍から3倍に広がっても,破裂することがなくて,またもとの状態に戻ることができる.

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隣接する肺胞のあいだには肺胞管の内腔に向かって堤状に突出するものがあり,これを肺胞間中隔Septa interalveolaria, Alveolensepta という.肺胞の存在するところはすべて肺の呼吸部respiratorische Teileで,その目的にかなった概造をもっている.

 一つの肺がもつ肺胞の数はH. Marcus(Morph. Jahrb., 59. Bd.,1928)によって4億4千4百万,呼吸表面積は50qmであると計算された.

 内腔に向かっている肺胞面はいわゆる呼吸上皮respiratorisches Epithelであって,これは明るくて薄くて大きくて核を持つていないが,もともと有核の上皮細胞から生じたものである(図214, 217).この無核板のあいだには細かい粒子をもった小さくて暗い有核上皮細胞が孤立して,あるいは群をなして存在する.この細胞は肺胞をとりまく毛細血管の密な網の隙間のところにあり,肺胞間中隔を貫いて隣の肺胞にまで達している(v. Hayek, Anat. Anz.,93. Bd.,1942).この細胞は丈の低い円柱状ないし丈の高い稜柱状をしている.上皮の外側では肺胞の壁は明るくてほとんど無構造の基礎層があり,これは厚いところでは明かに線維性の構造を示し,そこには結合組織細胞の卵円形の核と多数の弾性線維とがある.肺胞の中隔では弾性線維が輪状に配列していて,その輪から細かい線維が放射状にあらゆる方向に出ていて肺胞壁を支えている.肺胞管の初まりのところでも弾性線維が輪状にとりまいている.以前には平滑筋は肺胞管には存在しないといわれていたが,近年の研究によるとこれは肺胞管の初めめ部にあって肺胞への入口を輪状にとりまいている(Baltisberger, Z, Anat., 61. Bd.,1921による).

[図217]呼吸上皮 (ネコの肺) 細胞の境は鍍銀法であらわされている.

 多くの学者たちが1925年いらい肺胞は上皮で隙間なく被われているかどうかということを疑つている.Brodersen(Z. mikr.-anat. Forsch., 32. Bd.,1933)によると胎児時代にあった上皮がなくなるので結合組織が裸のままで肺胞の空気にさらされでいるという.しかしClara(Z. mikr.-anat. Forsch., 40. Bd.,1936)によると上皮から生じたものは被蓋細胞(Epicyten)となって毛細管の網の目に相当するくぼみの中に残存しているという.この細胞は多くはその場所に1個ずつ孤立しているが,2個ないし3個が集まっていることもあり(図219),そしてそのわずかな一部分だけがすく憐接する毛細管の壁の上にのびている.Claraによると毛細管の結合組織の壁も肺胞の表面に露出していて空気に触れているという.以前からそこを被っているといわれていた無核板が実際には見あたらないからであるという (なおBargmann, W., Z. Zellforsch., 23. Bd.,1935参照). v. Hayekによると(Anat. Anz.,93. Bd.,1942)毛細管の網の目のなかにある上皮細胞は肺胞の表面に接している毛細管の壁の上に幅のせまい突起,または帯状の突起を出しているだけだという.しかし(ラッテの肺についての)電子顕微鏡による研究では肺胞膜Alveolar membranがあって肺の組織を外気から遮断しているという (Clemens, Z. Zellforsch.1954).肺胞の上皮細胞の全体積,すなわち“肺胞上皮器官Alveolarepithelorgan”をv. Hayekは150ccmと計算している.この値はおよそ脾臓の体積に相当する.この細胞塊が血液の通路を通って肺に達した脂肪をとりあげて貯え,かつこれを変化させる.

 肺胞の小孔Alveolenporen:健康な肺でも肺胞間中隔に円みをおびた,あるいは卵円形の穴があり,これが相隣る肺胞の間をつないでいる(Hansemann 1895, Merkel 1902).同様な穴は別々の肺胞管に属する肺胞のあいだにも存在する.こρようなつながりが正常にあるかどうかについて論争がなされた(Ebner, Miller, Oppel).

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[図218]肺(コウシ)概観像

 1本の小葉間気管支の分枝の縦断.弾性組織はオルツェイソで染められている.*呼吸細気管支が2本の肺胞管に移行するところ.肺胞管の1本はふたたび枝分れしている.

著者は独自の研究によってこの孔が実際に存在することを信じており(図217),Fr. E. Schulze(Sitzber. Akad. Wiss. Berlin 1906)とともにそれが正常の像であることを確かめた.このことはOertel(Sitzber. Heidelberger Akad. Wiss.1919)によってふたたび証せられた.

6. 肺の脈管と神経

1. 右心室から出て静脈血を導びく肺動脈A. pulmonalisは右枝と左枝に分れて,それぞれめ側の肺にはいる.肺動脈の多数の枝が気管支の分枝に伴なって最後は肺胞壁に終わっている.個々の肺胞の境をとりまいて動脈輪Arterienkreisがあって,隣接する動脈輪とつながっている.この輪状の動脈からひじょうに密な毛細管の網が始まる(図220).毛細管網は個々の肺胞の壁のなかにあって,血液はここをとおる間に滲透作用によって肺胞内の空気と交流をなすことができ,酸素を吸収して炭酸ガスと水蒸気を送り出すのである.毛細管の網から静脈が始まってこれが動脈性となった血液を送り返している.そして細い静脈は特に肺の表面の近くでは気管支といっしょに走っていないで,それだけ単独で走り,そばのものと多数のつながりをもちながらもっと深いところで初めて気管支の分枝に伴っている.静脈はさらに集まって太い枝となり,肺動脈の前下方で肺根に達している.

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肺根では左右ともたいていは2本の幹,すなわち右と左の肺静脈Vv. pulmonales dextrae et sinistraeに集まって,その血液は心臓の左心房に注ぎこんでいる(第1巻の脈管学を参照のこと).

2. 肺は肺動脈のほかに特別な栄養血管として気管支動静脈Vasa bronchaliaをもっている.肺はこの点からいうと肝臓に似ている.後者では肝門から太い静脈の流れと,細い動脈の流れがはいっている.気管支動脈Aa. bronchalesは直接に,あるいは間接に大動脈から出て,1本ないし3本のものが各側の肺門からはいり3つの領域に分布している.a) 気管支樹の壁と血管の壁,および気管支のリンパ節;b)小葉間中隔;c)胸膜下枝として粗い網や細かな網を作って胸膜に分布している.

[図219]肺胞壁 (ヒト)肺胞の表面に沿って切ってある ×約800

 網状をなす毛細管の一部は切断され,一部はその管壁の面がみえる.黒は毛細管の基礎膜(灰色)がふくむ銀好性線維,青は被蓋細胞(M. Clara, Z. mikr.-anat. Forsch., 40. Bd.,1936).

[図220]肺胞の壁の毛細管網(ネコ)×100

 *肺胞壁の毛細管網を表面からみたところ.

気管支樹の末梢部では気管支動脈と肺動脈の終枝との吻合がみられ,また肺静脈との動静脈吻合もたくさん見られる.気管支静脈Vv. bronchalesはその血液を肺胞管や細気管支の毛細管からではなくて,気管皮樹の細大いろいろの枝から受け入れている.気管支静脈は気管支動脈ほどに肺のなかで広くひろがってはいない.それは気管支動脈によって肺に導かれた血液の一部は肺静脈の方に移行するからである.肺動脈の枝と気管支静脈の間にある動静脈吻合はV. Hayek(Z. Anat. Entw.,112. Bd.,1942)により記載されている.気管支静脈は肺根に集まって,右は右縦胸静脈に,左はふつう第3肋間静脈の幹に開口している.

3. リンパ管は浅層の密な胸膜下リンパ叢subpleuraler Plexusと,深層にあって肺胞管の間および肺小葉の間にあるリンパ管の網,および気管支樹の壁に所属する網からなっている.リンパ管は比較的太い気管支の部分に沿って存在する気管支リンパ節Lymphonodi bronchalesにいたり,(気管支肺リンパ節Lymphonodi bronchopulmonalesとすべきであろう.(小川鼎三))さらに肺根で肺リンパ節Lymphonodi pulmonales にはいる.(気管支リンパ節Lymphonodi bronchalesとすべきであろう.(小川鼎三))肺根からは左側のリンパ管は大部分が直接に胸管へ開き,小部分は左の内頚静脈と鎖骨下静脈のあいだの“静脈角Venenwinkel”に開口する.右側のリンパ管は右気管支縦隔リンパ本幹に集る.下葉から来るリンパ管は後縦隔リンパ節にはいる.

4. 肺の神経は迷走神経と交感神経から来ていて,後と前の肺神経叢iplexus pulmonalis dorsalis et ventralisをなして肺門からいる.神経は一部は無髄線維,一部は有髄線維からなっていて,神経叢のなかには多数の小さい神経節があり,神経はとくに気管支樹や血管の筋肉,および粘膜に分布している.

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[図221]肺小葉気管支と動脈および静脈 上下の肺(27才の男)褐色は弾性組織

[図222]甲状腺の小葉 (37才の男)

S.165

[図223]胸腔の内臓の位置 I

 胸部内臓の概観.胸腔の前壁を取り去り前縦隔の諸岩官とこれに接する頚部および上腹部の器官を剖出してある.

S.166

[図224]胸腔の内臓の位置 II

 後縦隔の諸器官を右側から剖出してある.右肺は左の方に折り返してある.頚部では前斜角筋を取り除いてある.

 交感神経線維は下頚神経節とそれに続くいくつかの胸部神経節から来ている(Braeucker).

 年令差と男女の差:生れてから老年になるにつれて呼吸器の全体が次第に下方にさがる.したがって輪状軟骨は胎生期から老年にいたるまでにほぼ5つの椎骨の高さだけ年令的の下降を示す(第2~第3頚椎から第1胸椎まで).

S.167

気管分岐部は成人では平均して第5胸椎の高さにある.老人では第7胸椎の高さにあることがある.肺の下縁は老人では若い人よりも1ないし2肋間隙だけ下方にある(E. Mehnert,1901). H. v. Hayek, die menschliche Lunge. Berlin 1953.

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最終更新日 13/02/03

 

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