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学間上の利益というのはもちろん無限に大きいものにちがいない.しかし実地上の利益も大きさにおいてそれにすぐつづく位置にある.解剖学の実地上の利益は学間的な仕事から洪水のようにあふれてででてくる.この関係をいっそうくわしく考えるならば,次のことがすぐに明らかとなる.身体のすでに起こった障害を判断して治療するためにはあらゆる方面の解剖学の知識が必要であることはいうもでもないが,それよりもいっそう高い価値があるのは,科学がわれわれに教える限り,この完全な構造をその生きるあらゆる段階において障害の起こることから守るということである.まずもって大切なことは,この驚愕すべき構造をその最初の出発からよくはぐくみ保護して,それが完全に花を開くように,つまり完全な健康を持って発達して,その健康を永く保つことができて,病気にならぬようにすることである.それを目的としているのが体育学と衛生学の領分である.その実施方法は体の微妙な構造とその微妙さが要求するところを常に歩調を合わせるわけである.

 生活体の成長およびその保存のもとをなす建設的な動物は生命の最初の出発のときからたえず減少してゆく.害を起こすものを遠ざけ,あらゆるものに度を過ごさぬというのが,生命の長さを短縮しないための2つの主要手段である.

 また解剖学深く研究することによって道徳の面に何か利益がないであろうか.何か一つの体の実在ということに対して感受性のつよい人間は驚愕の目をみはって不思議に思うのである.実に,大宇宙の実在,およびその極微な各部が実在するということはあらゆる謎の中で最初の,そして最大の不思議である.そして12個の原子の存在する起原や1個の結晶について研究してあとに考えてみるがよい.その起こりをしらべてみるがよい.あらゆる方向から完全と秩序の原則がわれわれにむかって輝いてあらわれる.そして形の完備した植物のなかに生命の活動が初めて姿をみせるとすれば,それをみて驚かないような人間は鈍い心の持ち主といわねばならない.対象が動物となるとその感じはいっそう深くなるし,あらゆる創造物の王位にある人間となると,生きとし生けるものの典型として,最も深い感銘がわれわれに迫ってくるものである.

 リービッヒJustus Liebigが云ったように,自然の法則や自然の現象を知ることがなければ,人間の精神は創造者の偉大さと無限の叡智をうかがう試みにおいて失敗する.何となればいかに豊かな空想,いかに高く磨かれた知力であっても絵をみて考えることのできるあらゆることが,真実に対しては,いろいろの色を示しながらその色が刻々かわるそして内容の空虚なシャボン玉にしかすぎないのである.

 Nil admirari?(驚愕すべきものはこのように何もないのか.)

 われわれが森羅万象からうけとる印象はこんなものであろうか.いや,印象は全く違っている.それがまた最も大事なことである.ゲーテGoetheの云った次の言葉をよく身にしみこませておきたい.『君らが驚異の眼をもって取りかかるのでなければ,神聖なものの奥に入ることは決してできないであろう.』

Reinke, Johannes, Die Welt als Tat. umrisse einer Weltansicht auf naturwissenschaftlicher Grundlage. 7. Aufl.1925.-Kern, Berthold, Das Problem des Lebens usw. Berlin,1909.-Thomson, I. A., The system of animate nature.-Allgemeine Biologie. I. Bd. d. 4 Abt. D. III. Teils von Die Kultur der Gegenwart. Leipzig,1915.-Loeb, I. The Organism as a whole.1916.-Uexkull, I. von, Theoretische Biologie. Bellin,1920.-Peter, Karl., Die Zweckmasigkeit in der Entwicklungsgeschichte. Berlin,1920.-Becher, Rrich, Geisteswissenschaften und Naturwissenschaften. Munchen,1921.-Driesch, Hans, Philosophie des Organische. 4. Aufl. Leipzig,1928.-Schaxel, I., Grundzuge der theorienbildung in der Biologie. 2. Aufl. Jena,1922

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最終更新日10/09/01

 

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