舌咽神経[Ⅸ]

 

 舌咽神経は迷走神経群のなかの一つで、延髄の後外側溝から出て、頚静脈孔の上と下でそれぞれ上、下の神経節(脊髄神経節と相同)をつくり、やがて舌根部に達する。

 

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 舌咽神経は次の5種類の主成分から成る混合性の脳神経である。

 

1)耳介、外耳道皮膚の温度感覚・痛覚・触覚の情報を伝える一般体性求心性線維。

 

2)舌後部・口蓋扁桃・上咽頭後壁・耳管粘膜・鼓膜の内面鼻部咽頭と口部咽頭の粘膜温痛触覚をつたえるもの、頚動脈洞からの刺激の情報を伝えるものなどが含まれる一般内臓性求心線維。

 

3)舌の後1/3領域からの味覚の情報を伝える特殊内臓性求心性線維。

 

4)耳下腺の分泌を支配する一般内臓性遠心性線維。

 

5)茎突咽頭筋・上喉頭収縮筋への特殊内臓性遠心性線維(随意運動支配)。

 また、舌咽神経は第三鰓弓の神経であり、形態面でも機能面でも迷走神経と密接な関係にある。両神経ともオリーブ核の背側方から脳幹を去り、それぞれ頚静脈孔の別々の部分を通って頭蓋から出てくる。舌咽神経は咽頭の部分、鼓室、耳管を感覚性に支配し、舌の後方1/3から起こる味覚線維を含む。感覚性ニューロンの細胞体は頚静脈孔のレベルとすぐその下方のレベルとにある二つの神経節、すなわち、上神経節と下神経節にある。

 

①舌咽神経の求心性線維

 舌咽神経の求心性線維には次のような要素がる。

 

1)一般体性求心性線維の細胞体は上神経節にあり、三叉神経脊髄路核に終止する。

 

2)一般内臓性求心性線維の細胞体は下神経節にあり、「孤束核に終止する」。

 

3)特殊内臓性求心性線維は味覚線維である。その細胞体は下神経節にあり、孤束核の頭側部に終止する。

 一般体性求心性線維は耳介のうしろの皮膚の小領域を支配し、一般内臓性求心性線維は口腔咽頭の部分、口蓋舌弓、舌の後方部、耳管、鼓室などを支配する。一般内臓性求心性線維は口蓋反射、燕下にとって重要である。特殊内臓性求心性線維は舌の後方1/3からの味覚を伝達する。

頚動脈洞からは頚動脈洞神経が起こる。この神経は孤束核でシナプス結合し、次いで二次線維は迷走神経性の分泌運動中枢の迷走神経背側核へ向かう。迷走神経背側核からは心臓に対する抑制性の迷走神経線維が起こり、血管運動中枢からは脊髄の側角に向かう下行性線維が起こる。血圧が上昇すると、頚動脈洞の圧受容器の発火頻度が増加し、その結果増加する孤束核からのインパルスによって心臓の拍動の減速と血管拡張が起こり、血圧が下降する。血圧が下降すると、頚動脈洞の圧受容器の発火頻度が減少し、そのため孤束核からのインパルスも減少するので血圧波再び上昇する。以上がいわゆる頚動脈洞反射であって、血圧を耐えず制御している。

 

②孤束

 孤束には次のような線維が含まれる。

 

1)舌咽神経からの線維(舌の後方1/3の領域からの味覚)。

 

2)顔面神経からの線維(舌の前方2/3の領域からの味覚)。

 

3)迷走神経からの線維(呼吸器系および消化器系の粘膜からの内臓感覚性インパルス)。

 

③舌咽神経の遠心性線維

 一般内臓性遠心性線維:下唾液核→鼓室神経→鼓室神経叢→小錐体神経→耳神経節(シナプス結合)→耳介側頭神経→顔面神経→耳下腺。

特殊内臓性遠心性線維:疑核→上咽頭収縮筋・茎突咽頭筋。

 

舌咽神経の臨床的側面

 口蓋垂あるいは口部咽頭の粘膜が接触刺激を受けたとき、催吐反射または燕下反射が起こり、気管は喉頭蓋により閉じられた状態となる。この反射は、しかし全身麻痺下の状態にある患者では消失している。しかも、意識を失っている患者は嘔吐を起こしやすいので、全身麻痺を行う前の8~12時間には患者は飲食をしないようにすることが絶対に必要である。さもないと意識喪失時に起きる嘔吐の際に、胃の酸性内容物が開放されたままの状態にある気管・肺の中に侵入して、吸引性肺炎などの重大な結果を招きかねない。一側の舌咽神経が障害されると唾液分泌の減退、舌の後方領域と咽頭上部の感覚異常が起こる。両側性障害では燕下困難、とくに流動食の燕下が障害される。

 

解剖学用語(舌咽神経)

1. 舌咽神経[IX] ラ:Nervus glossopharyngeus [IX] 英:Glossopharyngeal nerve [IX]

 →第IX脳神経(第三鰓弓神経)。混合神経で知覚、運動、味覚の3主の神経線維を含む。その核は延髄中に存し、大部分迷走神経核と共通である。この神経は数根をもって延髄オリーブの後方で後外側溝の最上部から出て硬膜に小枝を与えた後、頚静脈孔の前部に至り上神経節を作り、頚静脈孔を出て再び膨大して下神経節を作る。とともに脊髄神経節と同じ構造でそのなかの神経細胞が知覚神経線維の起始である。その後しばらく垂直に走り内頚静脈の間、つぎに内頚動脈と茎突咽頭筋の斜め後方を下行する。咽頭および茎突咽頭筋への運動性線維。咽頭粘膜、扁桃および舌後1/3(味覚線維)への知覚性線維、鼓室神経へいたる副交感性線維を含む。

 

2. 上神経節 ラ:Ganglion superius 英:Superior ganglion

 →頚静脈中にある求心性線維の小神経節。

 

3. 下神経節 ラ:Ganglion inferius 英:Inferior ganglion

 →頚静脈孔直下にある求心性神経の大神経節。

 

4. 鼓室神経 ラ:N. tympanicus 英:Tympanic nerve

 →第一枝。鼓室神経はおもに下唾液核から出る副交感性の分泌神経線維を耳下腺に運ぶものであって、まず下神経節から出て前上方にすすみ、鼓室小管を通って鼓室中に入り、その内壁にある溝である岬角溝を通って上に向かい、顔面神経の膝神経節からくる吻合枝や、交感性の内頚動脈神経叢から起こり、頚鼓小管を経て鼓室にくる上下2条の頚鼓神経と結合して鼓室内壁で鼓室神経叢を作る。この神経叢から鼓室粘膜に分布する多くの枝を出し、その一つは耳管に沿い咽頭にまで行く。これを耳管枝という。鼓室神経の本幹はここに終わらないで、小錐体神経となり、鼓室上壁を貫いて錐体の前上面に出て前方にすすみ、蝶錐体軟骨結合を貫いて頭蓋底下面に出て耳神経節に入る。この神経節から耳介側頭神経との交通枝によって耳介側頭神経と結合し、さらに耳介側頭神経の枝である耳下腺枝によって耳下腺に達する。

 

5. 鼓室膨大;鼓室神経節 ラ:Intumescentia tympanica; Ganglion tympanicum 英:Tympanic enlargement; Tympanic ganglion

 →鼓室神経の走行中、不規則に散在する神経細胞群。

 

6. 鼓室神経叢 ラ:Plexus tympanicus 英:Tympanic plexus

 →岬角粘膜中の神経叢。鼓室唇系、内頚動脈神経叢、および顔面神経の鼓室神経との交通枝によりつくられる。

 

7.  耳管枝 ラ:R. tubarius 英:Tubal branch

 

8.  頚鼓神経 ラ:Nn. caroticotympanici 英:Caroticotympanic nerves

 →内頚動脈神経叢よりでる鼓室神経叢の交感性線維。

 

9. 迷走神経耳介枝との交通枝 ラ:R. communicans cum ramo auriculari nervi vagi 英:Communicating branch with auricular branch of vagus nerve

 →下神経節よりでて迷走神経耳介枝へいたる小枝。ときには直接迷走神経幹に至る。

 

10. 咽頭枝 ラ:Rr. pharyngei 英:Pharyngeal branches

 →咽頭神経叢へ入る3~4本の枝。種々の高さで舌咽神経から出て咽頭側壁に至り、迷走神経および交感神経の因頭枝と結合して咽頭神経叢を作る。

 

11. 茎突咽頭筋枝 ラ:R. musculi stylopharyngei 英:Stylopharyngeal branch

 

12. 頚動脈洞枝 ラ:R. sinus carotici 英:Carotid branch

 →頚動脈洞および頚動脈小体への枝。交感神経幹および迷走神経と連絡する。頚動脈洞枝は洞神経とも呼ばれ頚動脈洞に至る神経で、いわゆる頚動脈洞反射の求心性神経をなして心臓作用の抑制および血管拡張を招来し、迷走神経の枝である減圧神経とともに反射的に血圧の調節を行う機能的には極めて重要な神経である。

 

13. 扁桃枝 ラ:Rr. tonsillares 英:Tonsillar branches

 →口蓋扁桃粘膜およびその周囲へいたる枝。

 

14. 舌枝 ラ:Rr. linguales 英:Lingual branches

 →舌咽神経の終枝で舌骨舌筋の内側を通って舌根に入り、舌後1/3の味覚線維。有郭乳頭へも分布する。

 

15. 小錐体神経、(耳神経節副交感神経根) ラ:Nervus petrosus minor; Radix parasympathica ganglii otici 英:Lesser petrosal nerve; Parasympathetic root of otic ganglion

 →鼓室神経叢よりでて耳神経節へいたる復興間神経。錐体前壁を貫き、蝶錐体裂を通り、卵円孔の下、下顎神経の内側で耳神経節へ入る。

 

16. [下顎神経の]硬膜枝との交通枝 ラ:R. communicans cum ramo meningeo 英:Communicating branch with meningeal branch

 →下顎神経の硬膜枝との交通。

 

17. 耳介側頭神経との交通枝 ラ:R. communicans cum nervo auriculotemporali 英:Communicating branch with auriculotemporal nerve

 →耳下腺へいたる副交感性節後線維による連絡。

 

18. 鼓索神経との交通枝 ラ:R. communicans cum chorda tympani 英:Communicating branch with chorda tympani

 →知覚性の連絡。