Rauber Kopsch Band1. 34

第3群:胸部の筋Musculi thoracis, Muskeln der Brust, Brustmuskeln

 これを2群に分ける.その1群は腕に停止する表層の筋であり,他の群は胸壁に属する深層の筋である.さらに第3に胸部と腹部とのあいだの境をなすものとして,横隔膜Diaphragma, Zwerchfellがある.

S. 379

第1群:胸部にある上肢筋

1. 大胸筋M. pectoralis major. (図490, 500)

 この筋は非常に細い筋束からなり,そのために表面が滑らかであり,胸郭の前面の大部分を被っている.この筋には3個の起始部がある.第1のもの,すなわち鎖骨部Pars clavicularisは鎖骨の内側1/2から,あるいはこの骨の内側2/3から起ることもしばしばである.第2のもの,すなわち胸肋部Pars sternocostalisは胸骨の外面および上部の5個(まれに6あるいは7個)の肋軟骨から起る.第3のもの,すなわち腹部Pars abdominalisは多くは細い筋束であって,胸肋部とよく分けられないものであり,腹直筋鞘の前葉からでている.

 上に述べた3つの部分の線維は外側に向って集中して,横断面では馬蹄形をした幅の広い腱になっていて,この腱は筋の背方の面からはじまるのであるが,けっきょく上腕骨の大結節稜に固着している.この筋の下縁は腋窩の前方の境をなしている.

 神経支配:前胸神経.

 脊髄節との関係:C. V~VII(VIII, Th.1),鎖骨部はC. V~VI, 胸肋部はC. VII(VIII, Th. I).

 作用:腕の内転および内旋.腕を固定しているときには胸肋部は肋骨を上にあげて吸気のはたらきをすることができる.そのうえになお鎖骨の運動にも関与している.

 変異:この筋は全部(きわめてまれ),あるいは一部が欠如していることがある.個々の部分が欠けていることは比較的しばしばみられる.表層と深層とに分れて重複しているもの,他側の大胸筋と結合しているもの,三角筋・腹直筋・上腕二頭筋・広背筋・小胸筋・胸骨筋と結合しているものがみられる.胸肋部は上部の4個の肋骨だけから起っていることが多いが,この起始がまた第7,第8,第9肋骨にまで達していることもあり,腹直筋鞘の上にまでおよんでいることもある.腱の線維束のあるものはふつう上腕筋膜に達し,他のものは結節間溝および肩関節包に達している.両側の筋がつよく発達しているときには,筋の内側縁が胸骨のところで直接に接し合っている,胸肋部と鎖骨部とのあいだの裂け目はまれに大き一いことがある.この筋の外側縁と三角筋との間にある三角形の裂け目,すなわち三角筋大胸筋三角Trigonum deltoideopectorale(図506)は重要であり,これは皮膚の上ではモーレンハイム窩Mohrenheimsche Grubeに相当している.ここを通って橈側皮静脈が鎖骨下静脈に向って走る.この両筋の相対する縁が完全に融合して三角筋と大胸筋とが単一のものになっていることもある.また三角筋大胸筋三角が大胸筋の鎖骨部の欠如のためにはなはだ幅が広くなっていることがある,大胸筋の腹壁部は独立していることがある.Le Doubleによれば,M. pectoralis tertius, quartus, chondroepitrochlearisなどの名前で記載された過剰筋束はこれにほかならないという.これらの過剰筋束は大胸筋の外側縁・最下部の肋軟骨・腹筋の筋膜から起って,尺側上腕二頭筋溝で上腕筋膜・上腕骨の尺側顆に終っている.

 胸骨筋M. sternalis(日本人において胸骨筋の存在する頻度は西の統計によれば13. 3%である.胸部に認められた変異筋として1)M. supracostalis anterior(Bochdalek jr),2)M. sternoc!avicularis anteror s. praeclavicu!aris mediahs(Gruber,1860),3)M. tensor semivaginae articulationis humeroscapularis(Gruber,1860)が日本人において報告されている(梅末芳男,鴛淵幹雄:解剖学雑誌,20巻,27~34,1942).)はまれに現われるもので(ヨーロッパ人では4.4%,日本人ではAdachiによれば14.3%Koganeiによれば6.7%と,また中国人ではWagenseil1936によれば17.1%),その発達の程度は非常にちがうものである.この筋についてはかなり多数の丈献がある.胸骨筋を支配する神経としては肋間神経あるいは前胸神経があげられている.Strandberg(Upsala Läkaref's Förh. Ny följd.,19. Bd. )によればその神経支配はもっぱら前胸神経であるという.R. Fickが記載した1例では2重の神経支配を示し,Frankの報告した1例も同様であった.--胸骨筋の問題については,Frey, Hedwig, Morph. Jahrb., 51. Bd.,1921--Wagenseil, F., Z. Morph. Anthrop., 36. Bd. を参照せよ.

2. 小胸筋M. pectoralis minor. (図490, 501)

 扁平な三角形の筋であって,第3~第5(あるいは第2~5)肋骨の前部からおこって,幅が狭くなって肩甲骨の烏口突起に固着している.その起始は多くの場合いくらか肋軟骨の上に及んでいる.またその停止は烏口腕筋の起始と結合し,それによってまた上腕二頭筋の短頭とも結合している.

 神経支配:前胸神経による.

 脊髄節との関係:C. VII, VIII(Th.1).

 作用:肩甲骨を内転し,鎖骨をさげるが,さらにまた肋骨を上にあげることもする.

S. 380

 変異:この筋は全く欠けていることもある.Tiedemannはこの筋が重複している1例を記載した.起始の数が減少してわずか1個しかないことがあるが,他方では起始尖頭が第2肋骨から第6肋骨にまで広がっていることもある.その腱はしばしば烏口突起を越えて伸び,肩関節の関節包.棘下筋の腱・烏口肩峰靱帯・上腕骨の大結節に達している.烏口突起を越えて伸びているものは,中国人ではヨーロッパ人におけるよりもいっそうしばしばみられる(Fang-Dschau, Z. Morph. Anthrop.1937).大胸筋および鎖骨下筋との結合がみられている.第1肋骨からおこって,烏口突起に達する筋束はGruberによってM. pectoralis minimus(最小胸筋)と名づけられている.

[図500] 胸部および腹部の筋 側面図I(5/12)

S. 381

[図501] 胸部および腹部の筋 側面図II(5/12)

3. 鎖骨下筋M. subclavius. (図490, 501, 506, 508)

 この筋はつよい腱をもって第1肋骨の骨と肋軟骨の境のあたりでその上面から起り,外側に走って鎖骨の下面に達し,その筋束は扇形に広がって烏口粗面までの鎖骨に停止する.

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 神経支配:鎖骨下神経による.

 脊髄節との関係:C. (IV)V(VI).

 作用:この筋は鎖骨を胸鎖関節において固定し,鎖骨を前方および下方に引くが,また肩関節を固定しているときには肋骨挙上筋としてはたらくこともできる.

 変異(M. subclavius posticus(RosenmüllerI)の1例報告がある.(森富:解剖学雑誌,25巻,69~71,1950).鎖骨下筋の変異としてのM. scapuloclavicularis(Wood)s. coracoclavicularis(Calori)s. omoclavicularis(Schwegl)が日本人28体のうち4体について報告されている(進藤篤一:医学研究,12巻,2223~2234,1938).):この筋は全く欠けていることがある.この筋が普通にある場所に1個の靱帯がただ存在しているだけであることがある.いわゆる筋の重複は多くの場合,M. acromioclavicularis, m. omoclavicularis, M. sternoclavicularis, M. supraclavicularis, M. subclavius posterior, M. infraclavicularisのような過剰筋の存左によるのである(W. Krause, Le Double).起始の数が普通より増していることはLe Doubleが2回みている.すなわちこの筋が第1および第2肋骨から起っていたのである.この筋の停止は鎖骨に付着するほか烏口突起,烏口鎖骨靱帯,肩峰および上腕骨に付着していることもある.

4. [外]側鋸筋M. serratus lateralis. (図490, 500502, 509)

 この筋は胸郭の側面にあり,長い距離にわたって容易にたがいに分けることのできる9(10)個の尖頭をもって,第1~第8(第9)肋骨から起り,幅の広い板となって胸郭の壁と肩甲骨とのあいだを後方かつ内側に向って入り込み,肩甲骨の椎骨縁ならびに上角と下角との近くで肋骨面の一部に付着している.

 起始尖頭の数は,第2肋骨からの起始が2個に分れているので,起始をなす肋骨の数よりも普通に1個だけ多い.この筋は第1~第9肋骨から弓状に曲つた線をなして次のようにはじまる.すなわち中位にある起始尖頭は最も著しく前方に着いているが,上部および下部の尖頭は比較的後方に着いている.第1の尖頭は第1および第2肋骨から,第2の尖頭は第2肋骨から等々,以下これにならつて起る.第8の尖頭がすでに外腹斜筋と長い横の縫線によって密に結合しており,第9(最後)の尖頭はほとんど完全に外腹斜筋の中に移行している.

 神経支配:長胸神経による.

 脊髄節との関係:C. V~VII(VIII).

 作用:この筋は肩甲骨,特にその下角を前方に引く.その上部の起始尖頭は,それと隣接している肩甲挙筋のように,肩甲骨を上にあげる筋としてはたらく.その下  方の部分は,腕を水平位まで挙げる場合に肩甲骨を20°だけ回転することによって他の筋といっしょに作用する(MollierR).腕を水平位以上に挙げるときにはこの筋の下部によって肩甲骨の回転が30°もおこる.肩甲骨を固定しているときにはこの筋の全体が肋骨を上にあげて,吸気的に作用することができる.

 変異:筋の各部が欠けていることがある.起始の数が普通より減少して7個になっているもの,あるいは逆に11個にまで増加しているものが記載された.外肋間筋,外腹斜筋との結合がみられている.

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最終更新日 13/02/04

 

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