Rauber Kopsch Band1. 38

II. 体肢の筋Muskeln der Extremitäten

 体肢の筋は全部合せても,いままでに述べた2大筋群,すなわち背方群と腹方群に対して同列におくべき特別な部分をなしているのではない.それらはむしろ大きな腹方の筋団ventraler Muskellagerの一部であるに過ぎない.つまり腹方の筋は体幹Stammの筋団と体肢Extremitätenの筋団とに分れるのである.

上肢の筋Musculi extremitatis thoracicae, Muskeln der oberen Extremität

 上肢を動かす筋の一部はすでに背部および胸部の筋の項で述べてある(352, 379頁).それゆえここでは体幹から起っているものを除いた他の数多くの筋についてしちべてみよう.

a)肩部の筋Muskeln der Schultergegend
1. 三角筋M. deltoides, Deltamuskel. (図490, 523)

(日本人の三角筋について古泉は100肢を調査し,これを鎖骨部,肩峰部,肩甲棘部の3部に区別し,後2者の分離率は78%,前2者の分離率は57%であるという(古泉光一:日本医科大学雑誌,5巻,1063~1083,1934).)

 この筋は鎖骨の外側1/3から,および肩峰と肩甲棘では僧帽筋の停止する線に対するところから起って,上腕骨の三角筋粗面に停止している.

 鎖骨および肩峰における起始は大体において筋性である.しかし肩甲棘ではその起始は腱性であり,しかも腱線維は内側のものほどいっそう長くなり,多少の差はあるが棘下筋膜と固く結合している.

 その筋束は粗大で,この筋の停止に向って独特なくくあいに走って集中するが,それは幾重にも羽毛状になっているのである.その力つよい終腱は特にこの筋の内面でよく発達している.

 この筋と上腕骨大結節との間には大きい粘液嚢,すなわち三角筋下嚢Bursa subdeltoideaがあって,これは多くは肩峰下包Bursa subacromialisと続いている(図531).

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[図523] 右上腕および右肩甲骨の筋 側方からみる.

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[図524] 右上腕および右肩甲骨の筋 後面.(9/20) 外側および内側腋窩裂は,これらを境する筋を広げてはっきりみえるようにしてある.

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 神経支配:腋窩神経による.

 脊髄節との関係:C. V, VI.

 作用:上腕を引きあげるが,さらにこれを前およびうしろに引くことができる.

 変異:肩峰部Pars acromialisはときどき欠如しており,鎖骨部Pars clavicularisはまれに欠けている.鎖骨部はしばしば独立して,多少とも幅のある裂け目によってその他の部分から分けられている.上腕骨におけるこの筋の停止が,時として通常の位置よりも上方にあり,あるいは下方にあることもある.ふつうにその停止は上腕骨の上方1/3をこえた所にある.過剰の筋束が肩甲骨の椎骨縁や棘下筋膜から(M. basiodeltoideus(底三角筋)),肩甲骨の腋窩縁から(M. costodeltoideus(肋三角筋)),また表層では鎖骨の肩峰端から(M. acromioclavicularis lat. (外側肩峰鎖骨筋))来ている.他の筋との結合としては,大胸筋・僧帽筋・棘下筋・広背筋・腕橈骨筋・上腕筋と続くものがときとして存在する.

 肩峰の上には,皮下の粘液嚢,すなわち肩峰皮下包Bursa subcutanea acromialisがみられるが, これは常にあるとは限らない.

[図525, 526] 右鎖骨における筋の起始と停止 図525. 上面. 図526. 下面.

[図527] 肩甲骨における筋の起始と停止 右の肩甲骨の肋骨面.

2. 棘上筋M. supra spinam, Obergrätenmuskel. (図523, 524, 534)

(古泉によれば日本人の棘上筋の全長は白人よりは長く,アイヌ人よりは短いと(古泉光一:日本医科大学雑誌,5巻,1063~1083,1934).)

 この筋は三角形である.棘上窩の壁および棘上筋膜から起り,肩峰の下を通り,その終腱によって肩関節の関節包と癒合し,上腕骨の大結節の上部に付着している.

 神経支配:肩甲上神経による.

 脊髄節との関係:C. V.

 作用:上腕骨を上にあげることにあずかる.

 変異:この筋の変異は大して薯しいものがない.Le Doubleは副筋束および,この筋の腱が近在の筋と結合する若干の例を述べている.

3. 棘下筋M. infra spinam, Untergrätenmuskel. (図523, 524, 534)

 この筋は三角形をしており,棘下窩の大部分から起り,肩関節の関節包の上をこえて走り,大結節の中央部に停止している.

 その終腱と関節包とのあいだには棘下筋嚢 Bursa m. infra spinamという1つの粘液嚢の見られることがある.

 神経支配:肩甲上神経による.

 脊髄節との関係:C. V, VI.

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 作用:上腕骨を外方に回す.

 変異:この筋はしばしば小円筋と癒合している.しかもSchwalbeおよびPfitznerによれば完全な癒合は約13%に,部分的な癒合は約12%に見られるという.その最も上部の筋束は程度の差はあるが独立する傾向を示し,これがM. infra spinam minor(小棘下筋)である.

4. 小円筋M. teres minor, kleiner Rundmuskel. (図523, 524, 534)

 この筋は横断面では円いが全体としてみると長四角形をしている.肩甲頚までの範囲で肩甲骨の腋窩縁から起り,一部は大結節の下部に,一部は関節包および上腕骨の頚に付着している.

 神経支配:腔窩神経による.

 脊髄節との関係:C. V.

 作用:腕を外方に回し,関節包を緊張させることにあずかる.

 変異:この筋と棘下筋との融合については,棘下筋の項を参照せよ.上腕骨の頚に停止する部分はM. teres minimus(最小円筋)として独立することがある.(日本人における小円筋と棘下筋との分離不全のものを古泉が集計している.古泉13/100(13%),小金井39/289(13.5%).足立3Ttns(20・3%).佐野(アイヌ)0/10(0%).また完全癒合は古泉8/100(8.0%),小金井37/189(10.7%),足立13/128(7.1%),佐野(アイヌ)0/10(0%).また保志場はこの問題についてさらに詳細に報告した(古泉光一:日本医科大学雑誌,5巻,1063~1083,1934;保志場守一:金沢医科大学解剖学教室業績,27巻,73~97,1937).)

[図528]肩甲骨における筋の起始と停止 右の肩甲骨の背側面.

5. 大円筋M. teres major, großer Rundmuskel(図523, 524, 529, 530, 534)

 この筋は横断面では円いが全体としてみると長めの四角形をしている.肩甲骨の下角でその背側面の一小区域から起り,上腕三頭筋の長頭の前を外側にすすんで,力づよい板状の終腱に移行して,この腱が広背筋の終腱のうしろで上腕骨の小結節稜に停止している.大円筋の終腱の縁は広背筋の終腱と合する.

 この腱と上腕骨との間には1つの粘液嚢,すなわち大円筋嚢Bursa m. teretis majorisがある.大円筋の腱と広背筋の腱との間には同様に広背筋の腱下包Bursa m. latissimi dorsi(図531)という1つの粘液嚢があるので,大円筋の腱はその両面におのおの1つの粘液嚢をもつのである.(日本人においては大円筋停止腱と広背筋停止腱との間には96%に粘液嚢がある(古泉光一:日本医科大学雑誌,5巻,1063~1083,1934).)

 神経支配:肩甲下神経IIによる.

 脊髄節との関係:C. (V),VI, (VII).

 作用:上腕を背方および内側に引き,且つこれを内方に回す.

 変異:この筋は全く欠けていることがある.広背筋,菱形筋との結合が記載されている.きわめてまれではあるがこの筋が1つの筋束を上腕三頭筋の長頭あるいは上腕筋膜にあたえている.

6. 肩甲下筋M. subscapularis, Unterschulterblattmuskel. (図529, 530)

 三角形の扁平な筋であって,肩甲骨の肋骨面の筋線Lineae muscularesおよびこの線の間の部分から起り,力つよい終腱をもって一部は肩関節包に付着するが,大部分は上腕骨の小結節および小結節稜の上部に付着している.

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[図529]右の上腕および肩甲骨の筋 その尺側面を示す.(9/20)

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[図530] 右の上腕および肩甲骨の筋(9/20) その尺側面を示す.肩甲下筋を起始および停止の近くまで取り除き,また近傍の諸筋を引き離して内側, 外側両腋窩裂をはっきりわかるようにしてある.上腕二頭筋の筋腹を取り除き,烏口腕筋および上腕筋がよくみえるようにしてある.

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 Fickによれば肩甲下筋腱嚢Bursa tendinis m. subscapularis(図531)という1つの粘液嚢が,この腱と肩関節包とのあいだに存在する.これは烏口突起の基部のところにみられる粘液嚢,すなわち烏口下嚢Bursa subcoracoidea(図530)と多くのばあい続いている,後者は常に肩関節腔と連なっている.

 神経支配:肩甲下神経IおよびIIによる.

 脊髄節との関係:C. V, VI.

 作用:この筋は上腕を内側に回し,これを内転し,同時に関節包を緊張させる.

 変異:この筋は若干の(多くは2つの)独立した筋束からできていることがある.M. subscapularis minor(小肩甲下筋).として1つの副筋束が挙げられているが,これは肩甲骨の腋窩縁から,またしばしば間節下粗面から,あるいはまた上腕三頭筋の長頭から起って,小結節稜に停止するものである.

[図531] 肩部の粘液嚢 (大要はTestutによる).

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最終更新日 13/02/04

 

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